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受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
6 第4変奏 月と太陽の夜想曲(ノクターン)
34/77

月と太陽の思い出

 相澤は、旅館の支配人に話すため、本館裏の別館に行った。着替えを終えたユメコも一緒だ。

 支配人は、制服を着た警官や他の男たちと一緒に何か話しながら、崩れ落ちた建物の周囲を歩いていた。

 相澤に気づき、支配人が話をいったん切り上げて来た。

「白い犬を飼われていましたね?」

 相澤はそう切り出した。

 支配人が頷く。

「君も例の幽霊騒ぎのことを訊くつもりなのかね? 娘がいなくなり、ティダも一緒にいなくなってしまってからというもの、ずっと幽霊が出たとかいう噂が絶えなくて客足も遠のいてなぁ……」

 いろんな歯車が狂ってしまったよ、と当時を思い出しているのか、支配人は遠い目をした。

「ティダ、というのが、白い犬の名前なんですね」

「そうだ。娘と一緒に、久しぶりに妻の郷里の沖縄に行ったことがあってね……妻は、娘を産んですぐに他界してしまいまして……」

 支配人は、庭の片隅で咲いている彼岸花ひがんばなを見つめながら、話しはじめた。



 娘を連れて、妻の墓に行ったのだという。

 死んだら郷里の沖縄に埋めてもらいたい、と生前話していたことがあったそうだ。

 支配人はそのことを覚えていて、愛する妻のためにその願いを叶えたのだ。

 だが、旅館を経営していると忙しく、遠い墓に参りに行くことは年に一度くらいしかなかった。

 やっと都合をつけ、娘が五歳になる誕生日に妻に会いに行くことができた、その日。

 墓に至る坂道を娘の手を握って歩き、ようやく海の見える場所にある墓が見える位置まで来たときだった。

「ママ!」

 娘が突然走り出した。

 幻でも見えたのだろうか。支配人――父は、感傷と不思議な感覚を感じながら、娘のあとを追って墓にたどり着いた。

 娘――月子つきこが、墓の前に座り、白い小犬をなでていた。

「ママからのぷれぜんと!」

 月子はにこにこしながら、父を振り返った。

 父は周囲を見回した。人家からは遠く、見晴らしがいい草原が続くのに、人影も見当たらない。

 あるのは、いま登ってきた坂と、いくつかの墓石、そして空と海だけだった。

「一緒に連れて帰ってもいいよね?」

 月子は、頼みごとをあまりしない子どもだった。客商売で苦労している父の背中を見ているからかもしれない。

 だから、父は「いいよ」と頷いて、娘の願いを受け入れた。

 母がいない寂しさを、少しでもまぎらわせることができたら……。父はそう思いながら、明るい笑い声をたてて子犬と遊ぶ娘を見ていた。



「ティダ――太陽、か」

 相澤が、あごに手を当ててつぶやくように言った。

「そうだ。よくご存知で……沖縄の言葉で、太陽を意味する」

つきちゃんと太陽ティダ、か……お揃いで、仲良しで、とても素適なお名前ですね」

 ユメコの言葉に、支配人は嬉しそうに微笑んだ。

「そうなんです。月子とティダは、それはもう仲良しでした。毎日一緒に遊んでいてね……そして、あの地震の日にも、ふたりで遊んでいたはずだった」

 崖が崩れ、道路が割れ、町のあちこちで家や旅館などの古い建物が崩れ落ちた。

 その日以来、娘と白い犬は消えてしまった――。

「もちろん、ここの崩壊していた旧別館の下も、捜索しましたが……何も見つけることができなかった」

「実際に、やってみないと何とも言えませんが」

 相澤は、日本庭園だった庭の片隅に膝をついた。

 瓦礫が飛び散っているなかの、松の木の側、割れた敷石の小道のすぐ横だ。

 手をかざし、目を閉じる。

 しばらくして目を開いた相澤は立ち上がり、大きめのスコップを手にした。

「すみませんが、この位置を掘らせていただきます」

「まさか……?」

 支配人が声を震わせた。

 相澤は目を伏せ、

「やってみないと何とも言えませんが――おそらくは」

 と、地面にスコップを突き立て、掘り出した。

 支配人は握りしめた拳を震わせたが、すぐに自分もスコップを手に駆け寄った。

「下に二メートルほどだ。そこからは、少しずつ、丁寧に」

 相澤は手を休ませずに動かしながら指示を出していた。今は、旅館の従業員も手伝ってくれていた。

「ユメコ、そろそろ着くはずだ。ロビーに迎えに行ってくれないか」

 相澤の言葉に、ユメコは戸惑いつつも頷いた。

「誰が来るの?」

 そのとき、相澤から預かっていた携帯端末スマホが鳴った。

「すまないが、出てくれ。たぶん着いたんだろう」

 その言葉に、ユメコは慌てて電話の受話器のアイコンに指を滑らせ、「はい、もしもし」と言いながら正面玄関に駆けていった。



「そういうことは、まず警察に言ってくれ。勝手にされては困るんだが」

 穴の中で掘り進めている相澤に、上からぶっきらぼうな声が降ってきた。

「問題ない。今、あんたが来ただろ?」

 相澤は逢坂おうさか刑事を見上げて、ニヤリと笑った。

「悠長に待っているより、一瞬でも早く出してやりたくてね。――もうそろそろだ。あんたも手伝ってくれ」

 相澤と支配人、そして逢坂刑事が小さな園芸用のこてと刷毛を使って丁寧に土を取り除いていくと……。

 その場所から――小さな人骨が発見されたのだった。




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