表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
6 第4変奏 月と太陽の夜想曲(ノクターン)
32/77

災難と、奇跡と

 ふたりは窓から目を細めるようにして、犬が立っている位置を確認した。

 側に松の木があり、飛び石を敷いた小道のすぐ横だ。その向こうには、赤い彼岸花ひがんばなが咲いている。

 庭園は電灯もなく、闇に没していた。光を放っている白い犬がいなければ、庭の様子は詳しくわからなかっただろう。

「……調べてみるか。そのためには、旅館の協力も要るから、明日にならないとできないが……」

 犬は、そう言った相澤を見て、ひと吠えすると、宙に溶けるように消えた。

「なんだか、頼まれたみたいだったね、いまの様子」

「……そうだな」

「なんだか不思議。ショウの力って、皆を繋いでいくんだね」

 ふと口から出た言葉なのに、相澤は動きを止め、まじまじとユメコを見た。

「え、何……? 何かあたし変なこと言った?」

 きょとんとして、ユメコが相澤を見上げた。

「いや」

 目を閉じ、開いて、ひとつ呼吸をした相澤は言葉を続けた。

「そうだ、ユメコ。――さっきの電話の話だが、ここは建て直される前に、地震で崩れていたことがわかった」

「え、そ、そうなの?」

 ユメコは思わず天井や床を見回した。

「そのとき、旅館のひとり娘が行方不明になったという――当時、五歳だ」

 そのとき、ユメコの右手がひんやりと冷たくなったのを感じた。

「ひゃあぁぁ!」

 ユメコは飛び上がらんばかりに驚いた。

 見ると、さきほどの女の子の霊が、ユメコ右の手に自分の手を伸ばしていた。頓狂とんきょうな悲鳴をあげられて、きょとんとしてユメコを見上げている。

「あ、へ、変な声出してごめんね、突然でお姉ちゃんびっくりしちゃって」

 あはははは、と笑って後ろ頭に手をやるユメコだった。

 相澤はかがみこんで、女の子に目線を合わせた。

「君の名前は『月子つきこ』ちゃんだね」

 女の子はコクンと頷き、口を開いた。

《来ちゃ、だめ》

「一番強い思念しか、伝えられないんだ。そういう霊は多い」

 自在に会話ができればいいんだが、と相澤は言った。

 女の子が申し訳なさそうな表情になったので、ユメコは慌てた。

「ううん、いいんだよ、気にしないで」

 にっこり微笑む。次いで、「でも、アレ?」と首をひねる。

「それにしても、一番伝えたい思念が『来ちゃだめ』って、何のことだろう」

「ふむ……」

 相澤は腕を組んだ。

「言葉通りなら、この場所、別館に来てはいけない、という意味になるな」

 そのとき、女の子の目が見開かれた。口を開け、ぱくぱく動かしている。

 相澤とユメコに、必死で何かを伝えようとしているようだが、言葉にならないようだ。

「はわわ、な、泣かないで」

 伝えられないことが悲しかったらしく、女の子はくしゃりと泣き顔になった。

 その女の子を抱きしめてなだめようとして、ユメコの腕が空振りする。

 ――相手が霊体なのを忘れていた。

「ユメコ」

 相澤が、珍しく緊迫したような声を出した。

「ざわざわとした、何だか得体の知れない感触がある。急いでここを離れたほうがいい」

「えっ、でも……この女の子を、月子つきこちゃんを置いていけないよ!」

 思わずそう叫んだ。

「ユメコ」

 相澤は、有無を言わさずユメコを抱き上げた。

「その子が伝えようとしていたのは――!」

 ゴゴゴゴゴゴゴ……。

 遠くから、ぞっとするような低い音が聞こえてきた。耳へ、というより、足もとから腹へ響いてくる感じだ。

 ズズズズズ……ガガン!

 激しい衝撃に、さすがの相澤も体勢が一瞬ぐらりと崩れた。

「地震だ!」

 だが、地震それ自体は、建物が崩れるほどの揺れではなかったはずだった。

 しかし、次の瞬間、恐ろしいことが起こった。

《うぉぉぉぉぉおおおおぉん……!》

 凄まじい衝撃が、建物の中心の地面から放出された。

 たくさんの悲鳴のような、うめき声のような、恐ろしい音を伴い、建物中を吹き荒れ、蹂躙じゅうりんした……!

 壁や天井に一瞬にしてひびが走り、空間が歪んだ。

「崩れるッ」

 相澤は叫ぶと同時に、ユメコの体を胸に抱え込み、身を伏せた。ユメコの視界が真っ暗になる。

 轟音が全ての音をあっし、そして何も聞こえなくなった――。



 ユメコは目を開いた。

「し、ショウ……」

「ユメコ……気がついたか。良かった……」

 暗くてよく見えなかったが、床に倒れているユメコに覆いかぶさるようにして、相澤も無事でいることがわかった。

「動けないんだ。そのままじっとしているんだ、ユメコ」

 相澤の声に、ユメコは少しずつ周囲の状況を理解しつつあった。

 ユメコをかばった相澤の上に、壁なのか天井なのか、大量の瓦礫があった。

 それを見て取ったユメコが、思わず息を呑む。

 ポタッ。

 ユメコの頬に、あたたかいものが落ちた。それは涙ではない。

「ショウ、血が……?」

 震える声でユメコは言い、泣きそうな顔になった。

 抱え込まれているので腕すら動かせない。相澤のことが心配だった。

「ショウ……あたし、ショウを失いたくないよ」

 その言葉に、ユメコの不安を悟った相澤は、しっかりした声で応えた。

「いや、これは本当にかすり傷だ。それに、おまえが無事なのは俺だけの力だけじゃない。俺も助けられた――」

 その言葉に、ふっと気持ちが落ち着いた。周囲を包み込むような感触……。

「月子ちゃん――」

「ああ。俺たちがいる場所に落ちた瓦礫を、逸らしてくれたんだ。おかげでここだけ、体を動かせるほどの余裕はないが、ぽっかり空洞として残っているんだ」

 本当に奇跡だな……、と相澤の声がした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ