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受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
5 第3変奏 兄と弟の鎮魂歌(レクイエム)
27/77

伝えたい言葉

《繋がりが、切れかかっている》

 唐突に音をともなわない声が、耳に届いた。相澤がハッと顔を上げる。

《落ち着いて。僕がユメコさんを連れ戻すまで……》

 ふわり、と風が吹いた。涼やかで温かい風だった。

 周囲を埋めていた白い影が、ふぅっと、ひとつ、またひとつ、やわらかに消えていった。

「この力は――」

 双子として別れたもうひとりの持つ、『救済』の力だった。

 ユメコの体を腕に抱いたまま、相澤は周囲を見回した。

《繋ぐんだ……切れないように。体と魂を、心を――》

 脳裏に閃いた面影に、相澤は目を見開いた。

 虚空に向かって、はっきりと頷く。

「分かった」

 相澤はユメコの顔を腕に乗せ、頬に手を添えた。

 そして、(いと)しい少女のちいさな唇に、自分の唇を重ねた……心を、想いをともに重ねるようにして。

繋ぎとめるのだ。ユメコの還ってくる場所を。



 静かな場所だった。

 ユメコは、周囲を見回そうとした。自分のいる場所が知りたかったからだ。

 ぼんやりしていた視界が少しずつはっきりしたものになり、何かが見えてきた。

 相澤が、誰かを腕に抱いていた。

――あれ、あたし……じゃないかな?

 自分がここにいるのに、相澤が必死で呼びかけているのは、自分の体だった。

 その相澤の表情に、ぎゅっと胸が痛くなり、両手を重ねて胸に押し当てた。

――ああ、そっか……あたし、あの園子っていうお姉さんに、殺されてしまったんだ……。

 まもるという約束を破ってしまうことになったショウのことが、心配だった。

 きっと自分を責めてしまうのだろう。

――何とか体に戻れないかな。

 ユメコは周囲を見回した。次いで、自分が何も着ていないことに気づく。

――わわわわわっ。やっぱり魂だけになっちゃうと服とかなくなっちゃうのかな。

「それは、自分がイメージすればいいんだよ。ユメコさん」

 背後に、優しい声が聞こえた。

 短い悲鳴とともに振り返ると、律儀に目を逸らしてくれている相澤……所長の姿があった。

「所長っ!」

 驚きに、思わず声が出る。

――あれ、声、出たんだ。魂なのに。

「イメージすることで、認識することで自分のカタチが変化するんだ」

 その言葉に、慌てて自分がさっきと同じ服を着ている姿を脳裏に思い描いた。その通りに服が現れ、体を包み込んだ。

「やあ、それは翔平の見立てだろうね? ユメコさんにとてもよく似合っているよ」

 相澤所長がユメコの姿に視線を向けて、ほんわりと微笑んだ。さらりと髪が揺れる。

「所長……!」

 あの日夕陽の光の中で見た、相澤所長のあたたかい微笑みそのままだった。

「あたし、所長にこうして会っているということは……その、死んでしまったのですか」

「それは違うよ、ユメコさんは生きている」

 相澤所長は、きっぱりと言った。

「え……でも」

「『(たま)()し』を受けたけれど、まだ魂が完全に体から離れたわけではないんだ」

 ユメコの目を見つめながら、相澤所長はゆっくりと語った。

「ユメコさんは、翔平のことを考えていた。心に強く思っていたはず……それが、繋ぎとめる力になっているんだよ」

 メガネの奥の瞳が、(わず)かに揺れた。

「今なら、まだ戻れる。僕はそのためにここにとどまっていたんだ。――いつか君たちが、姉たちに対峙(たいじ)するときがきっと来る。だから、そのときに僕ができることを、君たちの助けになるために」

 ユメコは相澤所長に手を伸ばした。

「そんな……そのためにずっと待っていてくださったんですか?」

「そうだよ」

 相澤所長は、あたたかく、そして少し寂しげに微笑んだ。

「大切な、君と、翔平の為に」

 ユメコの手を取って引き寄せ、所長――相澤翔太はそっとユメコを抱きしめた。

「あたし……所長がずっと悩んでいたり寂しい思いをしているのに気づかなくて……ッ。本当にごめんなさい……!」

 ユメコの目から涙がこぼれた。涙は頬を伝って、こぼれた瞬間、掻き消えてしまう。

「謝らないで、ユメコさん」

 メガネを外し、この上もなく優しい微笑みで言葉を続ける。

「会話は少なくても、君と一緒に過ごしていたあの時間が……僕にとってはとても満ち足りた、幸せな時間だった」



 だから、本当に、ありがとう。


 相澤翔太はそう言って、ユメコの肩をそっと押し、体を離した。

 その体が希薄になり、ふわり、と浮いた。


 この先に進んだら、もう転生するまでは戻れないんだ。僕は、いまの君の言葉で満たされたから、もう行くね。


「所長……!」

 ユメコは呼んだが、もう二度と、伸ばした手が届かないことがわかっていた。


 僕らは、同じ遺伝子を持つ人間だ。

 同じ、ただひとりの女性を愛するようにできているのかもしれないね。


 さようなら、いとしいひと……。

 どうかしあわせに。


 最期にそう伝えると、ゆっくり微笑んだ。

 優しい笑顔が、だんだん遠くなる。ユメコは泣き顔で見送っていた。




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