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受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
5 第3変奏 兄と弟の鎮魂歌(レクイエム)
26/77

解放された、力

「あたしには、やっぱりわかりません」

 ユメコは、相澤の胸にしがみつき、銃口からかばうように必死で体を寄せた。

「血の繋がった家族が、どうして殺しあうんですか?」

「愛されて家族のもとで育ったあなたには、理解できない現実というものもあるのです」

 ユメコの視線を受けても、園子は平然と答えた。

「現実とか背景とかいうのは、ただの言い訳だと思います!」

 その言葉に、園子は整った眉をわずかに寄せた。目が細められる。

 ――ひとつ間違えば挑発だってわかっている。

 でも、どうしてもこんなこと、めてもらいたかった。

 相澤は神経を張りつめて、園子と傍に立つ雅紀の動きに注意を向けていた。

 もし園子が引き金にかけた指に力を込めれば、ユメコごとふたりの体を弾丸が貫いて……終わりとなってしまう。

 かといって、迂闊うかつに動いたら、そのときこそ引き金を引かれるだろう。

 膠着こうちゃく状態――しかも、いまの状態では、相澤とユメコのほうが圧倒的に不利だった。

 殴り飛ばされたときに、口の中を切ったのだろうか。雅紀がハンカチを取り出し、口元の血を拭った。

 白い絹のハンカチを染めた赤黒い色を見て……顔を歪め、それを握りしめた。

「僕のものにならないなら、要らない」

 顔を上げて、暗い目でユメコを見た。日は沈み、周囲は闇に沈みつつあった。

「――ひとをおもちゃみたいに言いやがって」

 相澤は吐き捨てるように言った。

「そういうことです」

 園子は冷たい笑みを浮かべた。

 そしてためらいもなく、引き金を引いた。

ビシッ。

 弾丸は相澤が立っていた背後の、き出しのままのセメントを穿うがった。

 回避は間に合ったが、園子は次々と撃った。

ビシッ、ビシッ。

 続けざまに、サイレンターを取り付けた銃口から弾が撃ち出される。

 壁と内装がなくても、ここはマンションの室内だ。そう広くはない。

「グッ!」

 脇腹に激痛が走り、相澤は膝をついた。

 ――追い詰められた!

「チェックメイトね」

 園子が勝ち誇ったように微笑んだ。同時に、銃口が相澤の頭部に当てられる。

「さようなら、翔平――」

「やめてぇ!!」

 ドンッ!

 ユメコが、園子に体当たりをした。ふいを突かれた園子は銃口を逸らされ、発射された弾丸は天井に抜けた。

「この……!」

 園子はユメコの顔に手を伸ばした。白いしなやかな手が、ユメコの額をつかんだ。

「小娘のくせにッ」

 瞬間、音もない衝撃が、ユメコの中を突き抜けた――。

 顔を上げた相澤が見たものは、ぐらりと倒れかかる少女の体だった。

 顎をのけぞらせ、華奢な体が重力に引かれるままに後方へ傾いていく。

 相澤は咄嗟とっさに腕を伸ばして、ユメコの体を横抱きに抱きとめた。

 しかし、目は開かれたまま虚空を見つめ、動かないまま……。

「……ユメコ!!」

 名前を呼び、顔にかかった淡色の髪を払いのけ、瞳を覗き込む。

 反応は、なかった。

「『たまし』を使ったわ。ふふっ、彼女はもう永遠に目覚めはしない」

 園子はくすくす笑い、今度こそ相澤のこめかみに銃口を向けた。

 だが、相澤はもはや園子に注意を向けていなかった。

「俺がついていながら――」

 ユメコの体はここにあるが、ユメコはもはや手の届かない場所に行ってしまった……。自分と翔太、そしてユメコ。消しゴムで消すみたいに、ろうそくの火を吹き消すみたいに、何のためらいもなく。

「簡単に、命を踏みにじりやがって……」

 どこから声が出てくるのか。想いが強すぎて、抑揚がまるでなくなった静かな声で、相澤は言った。

 自分の中の、意識の底から何かが浮かび上がる気がした。

「こんなに簡単に、ひとをあやめやがって……他人の痛みを知りやがれッ!」

 相澤のなかで、何かが弾けた。

 刹那せつな、周囲から、物凄い重圧プレッシャーが生じた。

 目の前の出来事に、今まで表情を崩さなかった園子の目が、恐怖に見開かれる。

 男のものとは思えない鋭い悲鳴があがった。さきほどまで後方に立ち、悠長に事の成り行きを見物していた雅紀のものだ。

 周囲が、白い人影で溢れていた。

 それぞれが苦悶くもんの表情を浮かべ、呪わしげに呻きながらどこへ行くあてもなく彷徨さまよっている。

 それは、かつてこの場所で死んでいった者たちの霊だった。

 この場所には、戦時中の基地があり、収容所があり、果ては遠い戦乱の歴史のなかで争いがあった場所である。

「ヒッ」

 園子は身じろぎひとつできず、圧縮された空間で立ち尽くしていた。

「……これが……あなたの力なの……ッ!」

 恐ろしいものを見る目で、顔を引きつらせながら園子は血の繋がりを持つ弟を凝視していた。

 相澤の力は、霊の思いを感じ取り、具現化するものだった。

 ユメコを失ったことで、力が解放されてしまったのだ。

 相澤自身、信じられないものを見る目つきで周囲を見回していた。

「うわぁぁああああぁッ!」

 雅紀が叫んだ。硬直したように動きを止めていた姉の手から銃を引ったくり、周囲に溢れかえっている白い人影に向ける。

せッ!」

 相澤が雅紀を制止しようと声を張りあげた。

 だが、恐怖に自分を失った雅紀の耳には届かなかった。

 園子の手にしていたのは、オートマチック銃だ。

 バネの力で次々と弾を押し上げ、再装填リロードして、何発も連射ができる。

 雅紀は恐怖心に支配されていた。周囲の人影に銃を向け――。

 相澤はユメコの体を自分の体で抱え込み、床に伏せた。

 雅紀が引き金を引いた――。

 ガンッ、ビシッ、ガガンッ!

 弾丸が、天井を、床を、壁をえぐる。

「莫迦野郎! こんな場所でむやみに撃ったら――」

 ギンッ……!

 鉄筋や配管に当たった弾丸や、浅い角度で障害物に当たった弾丸が、跳ねた。

 兆弾ちょうだんである――その恐ろしさは計り知れない。

「――うぐッ……!」

 突っ立ったままだった園子の体に、何発かが命中した。

「ひぃッ」

 撃った雅紀自身にも兆弾がかすめ、驚いて銃を取り落としたが、もう取り返しがつかなかった。

 姉の体が、朱に染まってぐらりと揺れ、倒れた。




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