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受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
5 第3変奏 兄と弟の鎮魂歌(レクイエム)
24/77

追跡者

 園子そのこは、ゆっくりと腕を眼前に持ち上げた。

 そこには銃が握られている。

「『たまし』が、あなたには効果ないようなので――普通の方法で、死んでもらいましょう」

 パンッ。

 サイレンサーを装着した銃から飛び出した弾丸は、相澤の体をかすめて後方の車に当たり、穴を穿うがった。

 相澤が、引き金が引かれると同時に身をひねったので、狙いが外れたのだ。

 弾丸より早く動いて避けたのではない――そんな超人がいるはずがない。

 園子の狙った方向を予測すると同時に、回避行動に入ったのだ。

 コンマ数秒の差だったが、それで回避は間に合うものだ。

「銃でも、無理だというのでしょうか」

 感情をなくした園子は目を細めた。

「では、避けられないよう、至近距離から撃ちぬきましょう」

 銃を構えたまま、ゆっくりとふたりに歩み寄っていく。

 そんな園子の接近を、相澤は黙って待っているつもりはない。ユメコを抱いたまま身をひるがえし、後方へ走り出した。

「逃げるのですか。そんな男とは思いませんでしたよ」

「そんな台詞セリフは正々堂々と勝負してから語れ!」

 背後から聞こえる園子の声に、相澤は怒鳴ってやった。

 今はともかく、ユメコを安全なところへ移動させなければならない。

 工事現場は、マンションの建設現場らしかった。

 見上げて確認できただけでも、十五階以上はすでに造られている。

 足場が組まれ、建築工事用垂直ネットが張られていた。

 地面には鉄板や建築資材が詰まれており、万一にも転ばないよう足もとに気を使って移動した。腕のなかにユメコがいるのだ。

 だが、見通しの悪さは返って隠れ場が多くなるという点で有利だ。

 なんとか追跡をかわし、外に脱出しなければならない。

 向こう側から道路へ出られればよかったのだが、あいにく、ぐるりと周囲を一周している仮囲いに切れ目はなかった。

 出入り口はあったが、今日は日曜だったためか、きっちりと閉められ頑丈な鍵がかけられている。

「クソッ」

 仮囲いに使われている、二メートル以上ある防護板を越えるのは不可能に近い。

 ふたりが登っているところに相手が追いついたら、射撃の恰好の的となるだろう。

「いたぞ!」

 聞いたこともない男の声に目を向けると、2人の黒い人影が、建築途中のビルの角の向こうから近づいてくるのが見えた。

「さすがに、敵はひとりじゃないか」

 こんな荒っぽいことに手を染め、働いているのだ。新たな追っ手もまっとうな人間ではないだろう。

 相澤は舌打ちした。

 見つかってしまっては、隠れてやり過ごすという手は使えない。

「ユメコ、俺にしっかりつかまっていろ」

 首にしがみつくユメコを抱いたまま、相澤は赤い三角コーンと張られた黒と黄色のトラテープを跨ぎ越え、コの字型になった折り返し階段を駆け上がった。

 空は真っ赤に染まっていた。

 周囲は、どんどん闇に沈んでいく。

 下層部分はすでに各部屋の壁が出来あがっており、ガラスがはめ込まれてあり入れないので、隠れる場所はない。

 相澤は上層階まで一気に上った。

 ――あたしも走るから降ろして、と言いたいけれど、そのほうが足手まといになりそう……。

 ユメコは周囲に視線を走らせながらも、言い出すことはできなかった。

 相澤は、ユメコを抱えて全力で駆けているのに、息を乱してもいない。

 驚くべきスタミナである。

 下からは、カンカンカン、という、複数人が階段を駆け上がってくる音がする。

 工事途中の最上階で、相澤はユメコを降ろした。

 そこは十六階だった。

 まだ上へと伸び続ける柱の鉄筋が剥き出しになっている。足場は渡してあるので、歩くのは大丈夫そうだ。

「ここで相手の人数を減らす。できれば全員叩きのめしたいところだな」

 相澤は目を細めた。剣呑な光が端正な顔をかすめる。

 他に案のないユメコには頷くしかなかった。

 ユメコは周囲を見回した。

 コンクリートを流すために使うのだろう、木の板を張られた柱の後ろに、足音を押さえて移動した。

 夕陽に、自分の影が長く伸びているのに気づく。影が伸びないよう、柱を回りこみ、夕陽を正面に受ける位置にうずくまった。

 影は柱が受け止めてくれる。

 ふと、足もとにあった鉄筋に気づき、拾い上げる。腕ほどの長さだ。

 ぐっと握り、息を潜める。

 黒い人影が、階段を上りきり、姿を現した。

 その数は五人だった。

 園子の姿はない。隠れているのか、それとも階段を駆け上がるのに途中で息があがったのか。

 判断している余裕はなかった。

 階段の柱の影から、相澤は男たちに向かって突っ込んだ。

 ひとりめの腹を本気で蹴り上げ、昏倒させた。次いで銃を向けてきたふたりめの腕を下から拳で突き上げて弾道を逸らせ、がら空きになった胴に膝を蹴りこんだ。

 瞬時にふたりを沈めた相澤に、残る男たちは一瞬ひるんだ。

「どこかのチンピラか、下っ端のようだな」

 相澤は夕陽から受ける光で瞳を妖しく光らせながら、男たちをめつけた。

 風が変わり、パタパタとスーツの裾をはためかせる。

「返り討ちにしてやんよ!」

 恐ろしいほど低い声で言い放った。

 同時に、殴りかかった。ふたりの顔面を続けざまに拳で弾き飛ばし、残りのひとりの胸倉をつかんで宙に吊り上げた。

「何人いるんだ、他に」

 すごみながら、男に問うた。

 その刹那、気配を感じた相澤は横にわずかに動いた。

 音を消された弾丸が、ぽすっと軽い音を立てて吊り上げていた男の胸に当たった。

 肺に穴を開けられた男は、声もなく少しもがいて首をうなだれた。

 相澤は、動かなくなった男の体を下ろし、背後に向き直った。

「オニゴッコか……昔、四人で遊んでいた時期もあったわね」

 ふふ、と笑って、園子が相澤に銃を向けなおしていた。




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