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受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
5 第3変奏 兄と弟の鎮魂歌(レクイエム)
23/77

過去と、今と……

「ご機嫌麗しゅう、翔平しょうへい……あらためて、久しぶりですね」

 女性が呼んだ名に驚き、ユメコは思わず相澤の胸にしがみついた。

 ――ショウの、本来の名前……『郷田翔平』。殺される前の本名だ。何故このひとが。だって、このひとは……。

「契約の履行りこうを、阻止しなければなりませんでした」

 黒い服をまとった美女が、事務的な口調で淡々と告げる。

 そして、目の前の弟の本当の名をもう一度呼んだ。

「相澤翔平しょうへい

「その名になる気はない」

 相澤は鋭く(こた)えた。

「俺たちの運命が狂わされた日に、俺の育ての両親が契約した内容は知っている。幼い頃から聞かされて育ったからな」

 ギリ、と奥歯を噛む。

「それでも俺にとっては、おまえたちの祖母が死んで契約が履行されようと何だろうと、関係なかった。放っておいてほしかった!」

 ユメコは相澤の胸の内を思い、自分の心が痛むのを感じた。

 『翔平しょうへい』と『翔太しょうた』が、真実の双子であったことは、昨夜アルバムを見せてもらったときに聞かされていた。



 相澤の実家は、もともと都心にあったわけではない。

 ふたりが同時に生を受けた場所は、京都だった。

 結果的に成長してから頑丈になった翔平だったが、生まれたときは仮死状態で、数日もたないかもしれないとまで医者に言われたのだ。

 相澤の祖母は、他人に対しては異常なほどに厳しい人間だった。

 将来に多大な期待をかけていた息子と、駆け落ち同然で結婚した母親。

 家を継ぐ期待の孫が双子だと知り、祖母は喜んだが、同時に、必ず無事に産むように母親に厳しく言い渡していた。

 だが、生まれてみると、双子の兄は助かりそうにもない……。

 父親は、双子の出産ですでに衰弱しきっていた妻をかばい――苦悩の末に、同日、同じ病院で産まれた別の子どもとすりかえたのだ。

 それが、郷田ごうだ雅紀まさきだった。

 相手の両親とは密かに契約を交わしてあった。

『……祖母だってずっと生き続けるわけではない。もし死去する日が来たら、全てを元に戻そう。この子だって、無事に育っているかもしれない』

 そう約束したのだ。

 多額の謝礼金とともに、郷田の両親は同意した。それが二十四年前……。

 そして現在。

 相澤の祖母が老衰で亡くなった数日後、今年の夏のはじめに、郷田の両親は事故でこの世を去った。

 原因について、警察に詳細は調べてもらえなかった。あるいは、真実が揉み消されたのか。

 都内の大学に入学していた翔平は一報を受け、あまりに突然で不自然な両親の死について強く違和感を感じた。

 そして、自分で調べ始めたのだ。

 心霊事件ばかりが相手とはいえ、探偵としての活動をしていたことが役立った。

 事故の状況証拠から、目撃者への聞き込み、そして自分の出生について幼い頃から聞かされていた真実――。

 相澤家の何者かに両親が消されたと翔平が気づくまで、時間はかからなかった。

「……ショックだったよ」

 昨夜、アルバムを見ながら語ってくれた翔平ショウは、どこか激しく痛むように目を閉じた。

 相澤の家とは、表立ってこそではなかったが、ずっと親しくしていた。

 本当の双子である相澤翔太とも、幼い頃から変わらず仲良く過ごしていたのだ。

 それは、外から見れば奇妙な関係だったかもしれない。

 だが、大学に入ってもなお、ふたりには血の繋がりに左右されない、友情があったのである。

 相澤翔太は内気で、学内に親しい友人は他にいなかった。

 翔平ショウにも、全てを話せる親友といえば、それは翔太に他ならなかった。

 翔平ショウの両親の訃報ふほうと事故の話を聞かされた翔太には、肉親の誰がそんなことをする可能性があったのか、すぐに思い当たったという。

「もしかしたら、君まで消されるかもしれない」

 翔太は、真の双子の兄である翔平ショウに言った。

「できるだけ早く、父に直談判しよう」

 父親――相澤コンツェルンの統括は、仕事で世界中を飛び回っているので、話をすることすら簡単には叶わなかった。

 そうして、直談判するという考えは、結果的には間に合わなかった。

 翌日には――翔平ショウが謎の死を遂げたのだから。

「僕たちは双子だ。何かあったら……僕の体を使ってくれても構わない」

 霊になって乗り移るなりなんなり、好きに使ってくれ、と前日に翔太は言っていた。

 なんとなく、未来を予感していたのかもしれない。今となっては確かめられないが。

 霊能力なのか、超能力なのか。

 代々相澤の血筋に繋がる者には、不思議な力が脈々と伝えられているのだ。

 ユメコだって、翔平ショウの不思議な力を何度も目の当たりにしてきた。

 だから、信じざるを得なかった。

 世に広く知られてはいないが、この国にもそのような家系はいくつもまだ残っているのだ。



 目の前に立つ女性、相澤園子そのこという名を持つ姉の血のなかにも。

 彼女の力は、一瞬にして生命活動を停止させる『たまし』と呼ばれる力だった。

契約けいやく履行りこうの阻止……相澤の名に俺を迎え入れるのを阻止するために、俺の育ての両親の命を奪ったというのか。それはただの口封じというんだ!」

「お父さまの意思ではないわ。あのひとは約束は必ず守るひとだものね。強引ではあるけれど、自分の思いに真っ直ぐだもの」

 園子はくすくすと笑った。

「だからこそ、任せてはおけないのよ」

 相澤は口の端を歪めた。

「あんたは、血の繋がらない弟――あの態度はでかいが自分ではなにもできない男のために、そいつの地位の保持に必死なだけじゃねぇか!」

 吐き捨てるように言葉を放った。

 真実を突かれ、園子の表情が一瞬にして険しくなった。次いで、その表情もすぅっと消え失せる。

「――あの子のために――女が愛する男のために動いて、何が悪いと言うのかしら」

 美人が無表情になると、これだけ恐ろしいものに見えるとは思わなかった。ユメコは思わず相澤の胸にすがりついた。

 ――何もかもが、異常だ……。普通じゃないよ。

 相澤は震えるユメコの瞳を見つめ、その体を抱く腕に力を込めた。

「おまえを失うわけにはいかない」

 静かな声で、ユメコに告げる。

「絶対に、生きて帰るぞ」

「は、はいっ」

 ユメコは頷いた。




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