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受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
5 第3変奏 兄と弟の鎮魂歌(レクイエム)
22/77

素適な気遣いに

「双子、だなんて……誰が見ても違うって思いますよね」

 助手席から、ぽつっと聞こえた声に、相澤はハンドルを握ったまま頷いた。

「……そうだな」

「でも、それでも、今までずうっと、誰も何も言わなかったのですか」

「『相澤』の名が、そうさせなかったのさ」

 目の前の信号が赤に変わり、相澤はふぅ、と息を吐いた。

 ユメコは、そんな相澤に目を向けた。

 ――ショウは、嘘がつけないタイプなんですね。自分にも、他人にも隠し事ができない。

 相澤所長の記憶や知識は、完全に彼のものとなっているはずなのに。

 さっきの、兄と姉の前でも、完全な『相澤翔太』として自分の態度を取りつくろうことはしなかった。

 いな、できなかったのだ。

 ――どこまでも、ずぅっと、真っ直ぐなのだ、ショウは。あたしに対しても、自分に対しても。

 ユメコは、胸に何かがつかえたように苦しくなり、握った手を胸に押し当てた。

 相澤がハンドルから片手を離し、ユメコの胸の上にある手を握った。

「俺のことで、おまえが苦しむな」

 静かな声――だが想いのこもった言葉だった。

「ショウ……」

 信号が、青になった。

 相澤は視線と手を戻し、再び車を走らせた。



「――ここは?」

 車を停め、ふたりが降りたところは、都内でも若者が集まることで有名な街だった。

「ユメコ、さっきはあまり食べられなかっただろう。はらいていると思って」

 駅前に向かって歩き出す相澤に、怪訝けげんそうな表情をしながらも、ユメコは慌ててその背を追った。

 日曜なので、人通りの多さは相当なものだった。

 人が多い場所に慣れていないユメコは、あまりこの街に来ることがなかった。友人たちと流行の服を買いに来たことがあったが、人ごみのなかで見事にはぐれてしまった思い出が、その理由だ。

 ――苦手な街、だったんだけど……とても不思議。

 相澤はユメコの歩調に合わせ、ゆっくりと歩いてくれる。

 時折、自分を見上げるユメコの視線に気づいて、相澤は目を合わせ、微笑んでくれるのだった。

 通りを歩くと、周囲からはたくさんの視線を感じた。

 女の子たちの視線は、スーツを着崩して颯爽と歩く相澤に集まっているのだ。

 そして、注目の美男子と、指をからませるようにつないで歩く、この自分に。

 ――少し、苦しいなぁ……。

 自宅や事務所で、ふたりで過ごすときにはあまり感じないが、最近はこうして外に出ると、あらためて相澤の容姿や行動の魅力に気づかされる。

「疲れているなら、抱こうか?」

 ユメコに向けられた相澤の言葉に、一瞬にして顔が真っ赤に染まった。すぐに別の意味に気づき、声をあげる。

「抱っこは、えっと……絶対禁止です!」

 それを聞いた相澤は爆笑した。

「本当に昨日と言い回しを変えてくるとは」

 ひとしきり笑った相澤は、「でも、その言葉も懐かしいな」と言って、また歩きはじめた。

「駅まで行くんですか?」

「いや、もう近い。そこだ」

 そこには、スキンケア商品を扱うショップがあった。女性客が多いなかを、相澤はユメコの手を引いて入っていく。

 店内の階段を上ると、そこがカフェになっていた。

 案内された席に腰を落ち着けながら、相澤がユメコに笑いかけた。

「前に、一度来てみたいなぁって、言っていただろう?」

 ――確かに以前、言ったことがある。この前の道路を車で走ったときだ。あんな微かなつぶやきを覚えていてくれたというの……?

 自分の背と足には窮屈そうな椅子に座り、にこにこしながら見つめてくる相澤に、ユメコは胸がいっぱいになったのだった。



「オレンジアイスティーは、美味しかったな」

 帰りの車内で、相澤はハンドルを握りながら、さきほどのカフェの感想を語っていた。

「あんなにオレンジが飾られていることに、まず驚いたが。今度作ってみるか」

 ――やっぱり紅茶の話題なんだ。何杯も飲んでいたことに驚いたけど……本当に好きなんだね。

 ユメコはくすくす笑った。

「サラダや豆ばかりの料理にも驚いたが、使っている素材は良かったな。女の子はああいうメニューが好きなのか」

 店での相澤とのやりとりを思い出し、ユメコは心の底から嬉しくなった。幸せな笑いがなかなかとまらず、にこにことした表情のまま助手席に座っている。

 相澤はそんな様子を横目で眺め、安堵して微笑んだ。

「良かった、元気になったな」

 口のなかでつぶやいた。

 ……そして表面は穏やかな表情のまま、心の内では嫌な予兆を感じつつ、相澤は歯噛みしていた。

 あの姉と兄は、近いうちにきっと仕掛けてくるだろう、と。



 そろそろ、陽が落ちる。

 夏を過ぎた空は、夜のとばりが下りるのが日に日に早くなっていくようだ。

「きれいな空」

 ユメコが助手席から仰ぐように空を見ていた。

 一面、オレンジ色に染まっていた。

 相澤の目が空に向けられた、刹那せつな

 ギギギギギギギギ――!

 恐ろしい音が響き渡った。

 道路に視線を戻した相澤がハンドルを切り、同時にブレーキをいっぱいに踏み込む。

「キャアァ!」

 ユメコの悲鳴。

 ふたりを乗せた車は、間一髪衝突を逃れ、道路の横にあった工事現場の敷地内に突っ込んだ。

 ユメコも相澤もシートベルトを着用していたおかげで、車外に放り出されることもなく無事であった。

「大丈夫か、ユメコ」

「あたしは大丈夫……いったい何が起こったの?」

 大丈夫と言いつつ、ユメコは側頭部をサイドガラスにぶつけたようだ。

 左目を閉じて手で側頭部を押さえ、傷みに耐えている。

「念のために、病院へ行こう」

 相澤は自分のシートベルトを外し、ユメコの傷の具合を診た。

 流血はなかったが、赤くなっている。後で腫れるかもしれなかった。

「平気、だと思う。……ショウ、何が起こったの?」

 気丈にもそう言って、ユメコは状況を訊いてきた。

「――対向車線を走っていた大型トレーラーが、突然、中央車線を越えてこちら側の車線を塞いだんだ」

 相澤は、車の後方、道のほうを振り返った。

 そこには、黒塗りのトレーラーが横転していた。

 あまりに急なハンドル操作に耐え切れなかった車体が、引っくり返ったのだ。

「……ユメコ。決して、俺の傍から離れるなよ」

 相澤はユメコのシートベルトを外し、その体を抱え上げた。

 車から降りて、黒塗りのトレーラーに対峙した。

「素晴らしいドライビングテクニックね。とてもじゃないけど、おとなしかった我が弟とは思えないわ」

 トレーラーから降りてきた美女があでやかに微笑み、言った――。




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