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受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
4 間奏 (intermezzo)
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間奏 (intermezzo)

「ショウって、どんなひとだったんですか?」

「ん?」

 突然のユメコの問いに、相澤は目を通していた書類から顔を上げた。

「どうって、何がどうだというんだ」

 会話を続ける前に、ユメコは寄木細工のトレーから、机の上にアイスティーを出した。

 冷やしたアールグレイを、ストレートで。

 以前の相澤所長はコーヒー党だったが、今の相澤は紅茶が好みらしい。

 相澤は、芸術家かピアニストではないかと思うような骨間筋の発達した大きい手で、ガラスのコップを持ち上げた。

 指は、細く長かった。

 夏が過ぎたばかりだというのに、女のユメコから見ても羨ましいくらいに綺麗な白い肌をしている。静脈が透けて見えている。

 コップを傾け、ひと口アイスティーを飲む。さらりとした髪が、揺れた。

 ――なんだか、いつかの所長を思い出すなぁ……。

 ユメコは、少し目を細めてショウを見つめていた。その顔にメガネこそなかったが、強い懐かしさを感じた。

「なんだ、俺様に見惚れているのか」

 その言葉にユメコが我に返ると、相澤が挑むような微笑みを浮かべてユメコを見ていた。

 慌てて首を横に振り、ユメコはトレーを置きにキッチンへ戻ろうとした。

 その腕をつかみ、相澤はユメコの体を引き寄せた。

 抱きとめたユメコの体を膝の上にふわりと乗せ、相澤は椅子を回した。

 都心の景色が見渡せるピクチュア・ウィンドウ。空がどこまでも続いているのが実感できるので、ユメコはここからの眺めが好きだ。

「ユメコはここからの眺めがお気に入りだもんな」

 見透かしたような相澤の言葉だった。

 ――こうして膝の上に座ることが、なんだか当たり前になってきたなぁ……。

 夏の初め、梅雨が終わったばかりの頃、相澤所長が病院に運ばれてから、まだ三ヶ月も経っていない。

 それなのに、一緒にいることが当然のように、今の相澤に馴染んでいた。

「で、さきほどの言葉だが」

 相澤が口を開いた。低くてよく通る声が、耳に心地よく響く。

「俺の昔の、一度死ぬ前の本来の姿を知りたいということか?」

 ユメコは頷こうとして、逡巡しゅんじゅんした。

 ――もしかして、訊いてはいけないことだったのかな。でも、こんな自信家で、自分に魅力があるのが当たり前みたいな態度で。

「うん、やっぱり気になってしまって」

「そんなに俺様に興味を持ってくれるようになったとは」

 何だか物凄く嬉しそうな笑顔の相澤を見て、ユメコは少し驚いた。

 なんせ、今の姿でも、街を歩いたら女の子から騒がれるような美男子なのである。

 ――これ以上にイケメンだということがあるのだろうか。正直、外見に惹かれているわけではないのだけれど……。

 行動力、決断力、そして……自分のことを大切にしてくれているのが真っ直ぐに伝わってくる態度と気遣い。

「まあ、今と外観はあまり変わらない」

 意外な返答に、ユメコは目を見開いた。

 ――違う人間なのに、外観が変わらない?

「それは、どういう意味なのですか。モテます度とか……イケメン度が?」

「なんだそれは」

 相澤に容赦なく笑われてしまい、ユメコは耳まで真っ赤になってしまう。

 ひとしきり笑い、相澤は真面目な顔になった。

「すまない」

 何故か、謝った。

「ユメコが、真剣に気にしてくれているのだからな。こちらも真剣に話をしよう」

 相澤は、ひとつ息を吐いた。

「ただ、事務所では説明できない。今夜、家に帰ってからでも構わないか?」

 間近に瞳を覗き込まれて、ユメコは鼓動が早くなったのを感じた。

 真っ直ぐな瞳の輝き――ユメコは素直に頷いた。



「で、何もそんなふうに待っていなくても」

 食事も風呂も終わり、話がはじまる段階になって、相澤がリビングで見たものは、ユメコが床にきっちり正座して待っていたという光景だった。

「せっかく風呂で温めた体が冷えて、風邪をひくぞ」

 相澤はユメコを抱き上げた。

「フローリングにじかに座ることはないだろう」

 先に風呂に入れ、くつろぎながらゆっくり待っていてほしかったのだが、これでは逆効果ではないか、と相澤はため息をついた。

「うぅ、ちゃんと真剣に話を聞くつもりで、きちんと待っていたら自然にこんな風になっていて」

 ユメコは、軽いな――相澤は思った。自分の筋力があるからだろうが、それにしても軽い体重だと感じてしまう。小柄だし、しっかり食べていると思っていたのだが……明日からはもっと食べるよう勧めるべきだろうか。

「ふむ、なるほど」

 あることに思い当たり、相澤はニヤリと笑った。

「ユメコはきっと、幼い頃から親に真剣な話をされるとき、正座させられていたのだろう」

 からかうように言うと、案の定、ユメコは頬を膨らませた。

「ちゃんと両親にしつけられているのだな」

 相澤の言葉のあとに、ユメコが口を開きかけたので、

「抱っこは駄目です!」

「抱っこは駄目です!」

 いつもの台詞を、重ねてやった。

「ふっ――実にわかりやすい」

「明日からは違った言い回しを考えます!」

 相澤の言葉に、ユメコが声をあげて足をバタバタさせた。

 ハーブのやわらかく爽やかな香りが、相澤の鼻をくすぐった。

「あまり暴れると、パジャマ、はだけて胸が見えるぞ」

 そう言ってやると、パタッと動きを止めた。顔が真っ赤になっている。

 相澤は遠慮はしない。そんなユメコの表情を間近でたっぷりと眺めてから、ソファーに降ろしてやった。

 そして、自分はソファーにすぐに座らず、リビングを歩いて横切り、キャビネットを開いた。

 取り出したのは、アルバムだ。アルバムと呼べるものはこの一冊しか存在しない。

 ユメコの座るソファーに戻り、隣に腰をおろす。

 沈み込んだクッションに、バランスを崩したユメコの細い体が、相澤の胸に倒れこんできた。

 ユメコはすぐに体を起こし、座りなおした。また耳まで赤く染まっていた。

「可愛いな」

 素直に言ったつもりだったのだが、「真剣にお話するんじゃなかったんですか」と、手厳しい言葉が返ってくる。

 相澤は肩をすくめて、アルバムを開いた。

 黒い台紙に、いくつか写真が貼られている。

「これは、相澤所長――『翔太しょうた』さんの写真じゃないですか」

 ユメコの言葉は予想していた。

 大学に入ったばかりのスナップだ――だが、それは……。

「これは、俺――『郷田ごうだ翔平しょうへい』の写真だ」

 相澤は、ページをめくり、次の台紙を開いてみせた。

 そこには、元気に笑う野生味溢れる顔と、控えめな笑顔を伊達メガネの奥にのぞかせる、印象こそ違えど瓜二つの顔が、並んでいたのだ――。



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