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受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
3 第2変奏 あの子に愛の子守唄(ララバイ)を
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届かない、声

 ――ここ、どこなのかな……? 全身が、痺れたみたいな感覚……。

 ユメコは目を開いた。

 何も見えなかった。ただ、仰向あおむけに倒れている自分の顔に、雨が降り注いでいるのは感じていた。

 指をゆっくりと動かす。

 ――生きているのかな、あたし。

 意識がはっきりしてくると、体中あちこちに痛みが走った。おかげで意識が一気に鮮明になり、自分が無事だったことを知った。

 手も足も動いている。痛みはあるが、失われているわけではない。

 ゆっくりと体を起こし、暗闇に慣れた目で周囲の様子をうかがった。

 どうやら、地面に穿たれた穴のような場所に倒れているようだ。

 手探りで斜面を確認したが、登れるような手掛かりもない。雨で緩んだ土は、今にも崩れてきそうだった。足元にも、すでに水が溜まっている。

 ユメコの手が、何かに当たった。

「ヒッ」

 思わず手を引っ込めてから、今度は慎重に伸ばして探る。

 ぐっしょりと濡れた、布のようなものに触れた。目を近づけてみると、そこには女の子の体が転がっていた。

 ――もしかして、これがいなくなった女の子?

 母親が言っていた名前が脳裏に浮かんだ。

「アイナちゃん? 大丈夫?」

 女の子は動かなかった。脈を確かめる。

 間違いなく生きていた。だが、ちいさな体は冷え切っていた。

 ユメコは自分が着ていたレインコートで、女の子の体を包み込んだ。

 そして、近くに男性らしき体が倒れ伏しているのも見えた。

 ただし、こちらは――すでに事切れていた。首に、細い紐のようなものが巻きついているのが見てとれた。

 着ているものは、黒一色だ。

 おそらく、この男性が霊柩車の運転手なのだろう。

「そ、そんな……」

 間近にある死体に、ユメコは歯がカチカチ鳴るほどに震え上がった。

「だ……誰か……」

 弱々しい声がのどから出た。

 ――こんな声じゃ、きっとどこにも届かない。

「誰か! ショウ、助け――」

 ゴホッゴホッ。

 せきで叫び声は途切れてしまった。大きな声が出なくなっている。

 自分の額に手を当てると、尋常ではないくらいに熱くなっていた。

 くらくらと視界が回り、立っていられなくなった。ユメコはたまらず穴の中で座り込んだ。

「ショウ! ゴホッ……ショウ!」

 それでも、声が続く限りユメコは叫び続けた。女の子の体を抱えて、冷たい雨に全身を打たれて震えながら。



 相澤は焦っていた。

 ユメコを見失ってから2時間が経過しているが、いまだに手掛かりはなかった。

 夜の闇が容赦なく視界を奪っていく。

 車から持ち出したLEDのハンドライトだけでは、時間ばかりが浪費されていた。

 連れ去られたか、監禁されたか、すでにもう……。

「そんなはずはない」

 相澤は自分に言い聞かせ続けていた。

「……そろそろだな」

 周辺の探索を中断し、公民館の様子をうかがった。

 村の電灯は、すでに壊れているか停電で光は失われていた。

 公民館も停電で暗くなっていた。所々に灯されたランタンが、ポツポツと周辺に光を投げかけているばかりだ。

 台風の中心は通り過ぎたようで、雨と風は徐々に弱まりつつある。

 そろそろ――奴に動きがあるはずだ。

 他の誰にも目撃されないように注意しながら、相澤は公民館に戻った。



 公民館は静かだった。

 憔悴しょうすいしきった母親が、電池式の電灯を携えた金原に連れられて外に出てきた。

 まだ雨は降り続いている。

 傘を差すのももどかしそうに、母親は金原の後を追いかける。

「こっちのほうから声が聞こえたそうです」

 金原は、駐車場の一角で足を止めた。

「この下から……?」

 目を泣きはらした母親は、崖といっていいほどに急勾配の斜面を覗き込んだ。

「……アイナ? アイナ!?」

「足を滑らせたのかもしれませんねぇ」

 金原は斜面の下に光を向けながら、母親の背後に回った。

「あなたもね。さようなら、榛原はいばら夫人」

 金原は笑った。

「え?」と振り返る女性の背を、躊躇ちゅうちょなく突いた。

 ドンッ。

 女性の体が斜面に向けて押し出された。そのまま、下へ滑り落ちていく……はずだった。

 そこに、突っ込んできた影があった。

 女性の腕をつかみ、一瞬にして引き戻す。転がるようにして女性の体は地面へ戻った。

 地面をつかむようにして体を落下から防ぎ、斜面の淵ぎりぎりに立ち上がったのは、相澤だった。

「き、貴様……!!」

 金原が声をあげた。

 その金原の背後に、多数の人々の姿がある。

「俺様が、呼んでおいた」

 ニヤリと不敵に微笑み、相澤が顔を上げた。

 ここへ駆けつける前、金原と、女の子の母親の女性が外へ出た後で、公民館へ声をかけたのだ。

 案の定金原は、相澤が妙な動きをしているとかありもしないことを、皆に吹き込んで回っていたらしい。

 そんな皆に、相澤は堂々と告げた。

「真実が知りたいなら、自分たちの目で確かめるんだ」と。

 相澤は、大人数を前にして、金原に言い放った。

「おまえは、俺様が大ッ嫌いな最低人間だな」

 手にしていた、白い粉が入った手の平に乗るほどの袋をポンと地面に放った。ベシャリ、と何重ものビニールに包まれた袋が、ぬかるんだ地面に落ちた。

「麻薬だ。末端価格にしてどのくらいになるか分かりゃしねぇ、膨大な量だ」

 金原の顔が、夜目にもわかるほどに青ざめた。

榛原はいばらさん、ご主人に願いを託されました。妻と娘さんを助けてくれと」

 相澤は地面に倒れていた女性に手を差し伸べた。

「あのひとに……」

 女性は目を見開いて相澤を見つめ、その手を取り、立ち上がった。

 相澤は村の自警団の男たちに言った。

「棺の底が二枚底になっていた。そこに大量の麻薬を小分けにして入れた袋が隠されている」

 村の自警団の男たちが、金原を取り押さえた。相澤はそのうちのふたりに、霊柩車を見張るように指示を伝えた。

「む、娘は……アイナは?」

 女性の言葉に、相澤は頷いた。斜面の下に視線を走らせる。

 生い茂る草で下までは見通せない。相当な落差があるようだ。ところどころ木の枝が折れ、地面にえぐれた跡があった。

 相澤は村民のひとりからロープを受け取り、自分の腰に素早く巻きつけた。もう片方をすぐ脇にあった、根をしっかり張っている木の幹に結びつける。

「まさか、降りる気か? 危険だぞ、あんた!」

 制止の声を聞かず、相澤は斜面を一気に滑り降りた。



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