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two dogs  作者: kotarou
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グッドモーニング、二匹

ロンドンの街に朝が来た。石造りの街は朝日を浴びて、黄金色に輝く。朝が早い人々は、群青と紫色の空の下、労働を開始する。

 パン屋が白い煙を立てるオールズ通り。その坂を上りきった所にある、2階建ての一軒家。

その赤い瓦屋根の家には、小さな庭があり、白いコスモスの花が朝露に濡れて咲いている。

マロニエの大きな木が、庭から通りにはみ出している。


 ラベンダーの清々しい香りが、屋根裏の窓まで風に運ばれながら漂ってきた。

ジュンは、その香りを嗅ぎながら、同じベットに寝ているコタロウに話しかけた。

「コタロウ、朝だよ」

「もう食べらんねーよ」


コタロウの寝ぼけた一言に、ヒゲを引っ張ってやろうと思ったが、ジュンはそっとベットを降りる。

同じベットに寝ていたコタロウは、ジュンが居なくなると、タオルケットを引っ張って丸まってしまった。

「ソーセージ君、いや、まだ大丈夫、だよな」


 ソーセージの何が大丈夫なのか、いや、彼が敬意を払うのはソーセージに対してで良いのか。

いろいろと言ってやりたいところだったが、ジュンは恐らくコタロウが未だ、大きな皿に山盛りの

太いソーセージに覚えた感動を忘れられないのだろうと思った。二人には、あんなご馳走を独り占め出来るなんて考えられない体験だった。


 数日前の夕飯のご馳走を思うと、ジュンだってヨダレが垂れそうになるのだから。一瞬、一生に一度かもしれないご馳走に思考が奪われそうになったが、ジュンはエレガントな香りを嗅いで防ぎつつ、数日前のことを思い出す。そして、寝巻きから普段着に着替え始めた。少し大きめの青いセーターを着て完了だ。


 事件の後。オールズ通りの住民達は、二匹を肩車して酒場に連れて行った。そして二匹を主役としたパーティーを開いた。住民は酒場に集まって祝杯を酌み交わし、二匹の勇気を歌い、踊りだした。


 住民によって持ち寄られた大皿に乗った料理の数々、例えば、厚切りのハムステーキ、マスのグラタン、焼きたてのパン、熱々のコーンスープ、林檎のタルト、数々の果物、等々が机の上に並べられた。クリスマスのご馳走の様だ、とアンジェリカは言っていたが、二人には良くイメージ出来なかった。これが、生まれて始めてのクリスマスだな、とコタロウは言った。


 二人は始めてみるご馳走に感激し、特にコタロウはチビリそうだと言いながら、ムサボリ食べ、時折勧められたビールを一気飲みしてみせた。ジュンと一緒に上機嫌に逆立ちしてみせたりと、場を盛り上げる芸すらしてみせた。その後、コタロウは吐きそうになって、アンジェリカに背中をさすられていたが。


 ジュンは、助けた女の子の母親に泣きながら感謝されると、赤くなりながら何も言えずに、頭をブンブンと横に振った。

褒められる様な事をしていないと、伝わっただろうか、と思い返して恥ずかしかった。


 ジュンがコタロウを放っておいて、屋根裏部屋を出ると、毛の長くて白い猫が擦り寄ってきた。

「お早う、ホワイト!」

猫をジュンが抱き上げると、猫は小さく鳴いて、ジュンの手を一回舐める。そして、早く降ろしてくれと身を揺らす。猫はジュンの両腕から飛び降りると、先導するように階段の手前でジュンの方を向いてもう一度小さく鳴くと、素早く階段を下りていった。


 ダージリンの紅茶と、焼いたパンの香り、ベーコンと、目玉焼き・・・、優しい家庭の香りにジュンは鼻をヒクヒクさせながら、一段飛ばしに階段を降りていった。



 ジュンが食卓につくと、直ぐに朝食が出てきた。大柄な夫人が、カップにホットミルクを注いでくれる。彼女の言い分によると、子供は紅茶よりもミルクを飲まなくてはいけないらしい。ホワイトも静かに皿のミルクを舐めている。

「おはよう、ジュン。あのネボスケはまだ寝てんのかい?」

「おはようございます。ベロニカ夫人。多分、コタロウは、もう少し寝てるんじゃないかと思います」

「ベロニカで良いって言ってるだろ?そんなんじゃ、肩凝っちまうよ。でも、あの子ももう起きないと、

 仕事に遅れちまうんじゃないのかい?まったく・・・」

ベロニカがエプロンで手を拭きながら階段の下に歩いていって、上に向かって、大声でコタロウを呼ぶ。すると、寝ぼけた声で、コタロウの返事が聞こえてきた。そして、コタロウが、直ぐに階段を凄い勢いで降りてきた。


「コタロウ、朝は寒いって言ったろ?セーター着ておいで!」

「ベロニカさん、動いてると暖かくなってくるんだ。まだ厚着するほど寒くないって」

「汗を掻いた後で、震えてもしらないからね。コタロウ」

ジュンが着ている青いセーターと色違いの緑色のセーターをコタロウは持っている。着替えの少ない二匹に、オールズ通りの各家庭から古着が渡されたのだ。口にした理由とは違い、気に入ったセーターを、コタロウが本当は汚したく無いのをジュンは知っている。


 コタロウは小言を貰いながら、急いで朝食を食べると、食べ終わって、ベロニカと話しているジュンを呼んだ。

「行こうぜ、ジュン!」

「はいはい、コタロウ!」

ジュンが扉の前で、行ってきます、と言うと、先に扉の外に居たコタロウも、同じ事を大声で言う。


ベロニカは二人を見送ると、ゆっくりと朝食を楽しむ。彼女は、コタロウの事を考えて、クスリっと笑った。コタロウは、顔を合わせて、行ってきますというのが恥ずかしいのだ。ジュンには兄貴分として接する癖に、妙なところで子供っぽい。可笑しな兄弟は、面白かった。


 彼女の夫は大型船の船長で、中々家には帰ってこない。

二人を一時的に引き取ることを勝手に決めてしまい、夫には手紙でそのことを知らせた。

子供の居ない家庭だったが、二人が同居するようになってからは、実家に帰ったかのように、賑やかで楽しかった。

窓の外から二人の言い合いが聞こえてきて、夫人は微笑みながら、紅茶を飲んだ。


「今日は、ボクがコタロウを乗せてく番だよ!」

「何だよ、遅れてきたくせに。俺の番だよ、俺の」

早く、後ろに乗れよ、そう言って、コタロウは赤いスケートボードに足を乗せた。

もう、と口を膨らませて、ジュンはコタロウの後ろに乗ると、コタロウの腰をしっかりと抱きしめる。

「行くぞ!」

コタロウが、地面を蹴ると、滑らかにスケートボードが走り始める。


 スケートボードに乗った二匹が坂を勢い良く下っていく。周りの景色が流れていくのは、快感だった。朝の早い時間は人が少ないので、心置きなく滑っていける。スケートボードはオーリン達青年団から送られたモノだった。まだ、新品といっても良いほど新しく、本当に貰っていいのか!とコタロウの

心を躍らせた。運動神経が抜群な二人は直ぐに乗りこなし、青年達を驚かせた。


 オールズ通りを凄いスピードで下っていくと、商店で働く人々から挨拶される。二人は一躍人気者

だった。

 パン屋の前に、エプロン姿のアンジェリカが立っていた。アンジェリカは、ピーターパンというパン屋の娘だったのだ。パン屋の娘ということで、彼女の朝も早い。挨拶をするために、二人の出勤時間になると店の前で待っている。

「おはよ、二人とも!」

お転婆な彼女は、二人のどちらかが乗るスケボーの後ろに乗るのが最近の楽しみだ。

「よ、アン!」

「おはよう、アン!」

一瞬で通り過ぎ、ジュンが曲がり角で振り返ると、アンが大きく手を振っていた。


 街中を駆け抜け、ガーディアン新聞社の前でコタロウとジュンはボードをドリフトさせながらピタッと停まる。新聞の配達が二人の仕事だ。スケボーを二人で抱えて、大声で挨拶をしながら入っていく。

「おはようございます、エルナンドさん!」

「お、着たな、二人とも」

エルナンドは、火事の現場で二人の写真を取った記者だ。住民達に取り押さえられたが、

その後、二人に謝って、今の仕事を紹介してくれた。


「今日は、何の記事を読んであげようか」

字があまり読めない二匹の為に、彼は、新聞の記事を読んでくれる。見出しぐらいは正確な発音で読めない仕事に差し障ると

して始まったのだが、二人は毎日楽しみに記事の内容を聞いている。

「フラスキーニ卿の記事は無いのかよ、エルナンドさん」

コタロウが眼を輝かせて、エルナンドに聞いた。


 フラスキーニ卿とは、イギリスの貴族の三男で冒険家だ。サボイアS・21という飛行艇に乗って、地中海一周を成し遂げた。その新聞の写真を切り抜いて、コタロウは部屋の写真立てに飾ってある。写真立ては、アンジェリカにもらった。アンジェリカもフラスキーニ卿のファンだと言っていた。

紅い飛行艇の前で、背の高い一人の男前が親指を立てている写真は、コタロウの宝物の一つだ。いつか、彼が操縦する飛行艇に乗って、大空を飛び回るのが、コタロウの夢になった。


「フラスキーニ卿の記事は、今日は無いな」

「ちぇっ。単身でインタビューして、スクープをものにしろよな、おっさん」

「誰が、おっさんだ、おっさん。まだ28なんだからな、僕は。

 フラスキーニ卿は、色んなとこを飛び回ってて、中々インタビュー出来ないんだよ」

口うるさいコタロウとは違い、控えめにジュンがエルナンドに話しかける。エルナンドの眼には、

ジュンのその仕草は、エルナンドの返答への期待半分、何かを怖がるかのようにも見えた。

「僕のお母さんは・・・」

「ごめんな。まだ、特に新聞社に電話は掛かってきてない」

ジュンが俯いてため息を付くと、コタロウがジュンの頭を撫でた。

「ま、気長にやろうぜ、ジュン。お前のママだって、十何年ごしじゃあ、なかなか見つからないさ」


 二人が青空の下で、綱渡りをしている様子を取った写真は、翌日の朝刊に載り、その時に

ジュンの顔写真も文章つきで載ったのだ。


―13年前、僕を捨てたお母さん、一度、僕は会いたいです


控えめに語られたジュンの言葉には、13年越しの思いが伝わってくるようだった。








スケボーが、なんかその時代のイギリスにあるの可笑しくない?

という脳内ツッコミに対して。

――まあ、そういう小説ですから。

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