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two dogs  作者: kotarou
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火事と二匹



 かつて、ロンドンの街では大火事があった。奇跡的に死者は少なかったが、火事は街の4分の3を焼き払った。その火事の為に、後に木造建築が禁止され、レンガ造りや石造りの家が立ち並ぶようになった。そのため、火事が広がることは殆ど無くなったが、寝物語りで大火事を聞かされてきたロンドンっ子は火事に敏感だった。


 4階建ての建物の2、3階部分が燃えているのが通りから見えた。煙が凄い勢いで、青空に昇っていく。既に火は、四階にも廻っているだろう。周囲の建物からは人が非難するように誘導されている。

すぐさま、救助に向かった消防士たちと青年団によって、火が本格的に燃え盛る前に、火事の現場からは救助が開始されていた。


 全ての人が救助されたと思い、安心する取り巻きの住民。その中に、人込に翻弄されながら娘を探す母親が居た。

「リリー、リリー、何処なの!」

必死に叫ぶ母親を遠巻きからジュンは見ていた。

その時、四階のベランダから、小さな泣き声が聞こえた。煙に咳き込みながら、必死に助けを求める声に、人々は戦慄した。


 動揺する人々を他所に、オーリンはバケツの水を何度も被る。

しかし、彼が何をしようとしているか判った彼の仲間達は、必死に彼に取り付いて辞めさせようとする。何度も抵抗を繰り返すオーリンだが、彼は五人がかりで押さえ込まれた。


 そんな状況を見て、アンジェリカは震えていた。リリーは親戚の子供だった。まだ、先月やっと5才になったばかりで、かわいい盛りだった。赤ん坊のころ、彼女は何度も抱き上げさせてもらっていた。本当なら、自分が飛び込みたかった。しかし、青年団のリーダーであるオーリンでさえ止められているのだ。自分ではどうしようもないという絶望感に、涙が込み上げてきた。


「あれじゃあ、正面から入ったら、焼け死ぬな。馬鹿じゃねーの」

喧騒を他所に、冷静に告げられた一言に、アンジェリカは凄い剣幕で振り返った。

そこには、先ほどのアンジェリカの帽子を被った緑色の眼の茶色い犬が、平然とした顔をしてベランダを見ていた。


「あんた、なんて言ったのよ・・・」

咄嗟に飛び掛ろうとしたアンジェリカを、リューイとアレクが必死に止める。

「何にも出来ないあんたなんかに、オーリンを馬鹿に出来るわけない!みんな、助けたいのよ!

 なに平気な顔してんのよ!何、馬鹿面さらしてんのよ!どっかいけぇ!」


 アンジェリカは涙を流しながら、コタロウに罵声を浴びせる。

そんなアンジェリカに、コタロウはフンッと鼻を鳴らした。

「何もしないわけじゃねーよ。ちょっと俺たちを見てろ」

ジュンが、ああいうのに弱いし、と呟いて、泣き崩れる母親を見た。ちょっと彼は俯いて、母親ってのは、子供の為にあんなに必死になれるんものなんだなと、コタロウは知らない女、自分を捨てた母親の事を考えた。


「コタロウ!話は付けたよ!」

ジュンが飛び込んでくると、コタロウは、コキコキと肩を鳴らした。

オーリンがジュンとコタロウを連れて、人込みを掻き分け始めた。その様子をアンジェリカは、何が始まるのかと、訝しがる。いまさら、あの二人に何が出来るのかと。


 その数分後、アンジェリカはあまりの光景に、口を開けてぽかんとした。彼女の両脇を押さえていた兄弟の二匹も、彼女の視線の先に唖然とする。何かが始まった事に気が付いた周囲の視線が空に集まった。


 茶色い子供が、白い子供を肩車して、青空の下で空中を歩いている。


いや、良く見ると、向かい側の建物の四階からから、火事の現場へ洗濯ロープを器用につたって綱渡りをしているのだ。白い子供は、両腕を広げてバランスを取り、茶色い子供が一歩一歩、

わずかに揺れながらも慎重に歩を進めている。落ちたらタダではすまないだろう。

それが怖くないのか、二人の視線は、はっきりと前だけを見ている。


 突然の彼らの勇気ある奇行に、静かだった人間達の中から、アンジェリカが小さな声でエールを送り始めた。

「頑張れ、頑張れ・・・」

それが次第に、人々の間から漏れ聞こえ、大きな声の渦になった。

「頑張れ、頑張れ!」


地面の上の歓声に、コタロウは笑う。

「サーカスでも、こんな歓声、浴びた事なかったな、ジュン」

「そうだね、コタロウ。あ、オーリンさんも、僕達が言った通り、やってくれてるよ」

ジュンは、重心を傾けないようにしながら一瞬下を見た。自分たちが落ちても大きな怪我をしないように、あれは、恐らくカーテンだろう、青年団が大きな布を広げて、待ち構えている。

「そっか」

コタロウは視線をリリーと呼ばれた子供から動かさずに返事をした。


 だが、そのまま無事に彼らの芸は幕を閉じなかった。彼らが3分の2を進んだところで、アンジェリカが小さな悲鳴を上げた。

「リリーが!」

煙がもう嫌になったのだろう。彼女はベランダの柵から、身を乗り出して、今にも落ちそうになっていた。


「リリー!」

コタロウが大きな声を張り上げた。そして、空中に何かを三つ、連続して放り投げる。

リリーは、その声に驚いて、前を見る。そして、悲劇の現場に似つかわしくない可愛い笑い声を上げた。


アンジェリカも、その様子を見て、思わず笑みを浮かべてしまった。もちろん、その後で小さく呟いたが。

「何やってんのよ。あの馬鹿たち」


コタロウが放り上げたのは、小さな林檎を三つだった。ジュンがそれを受け取り、その場でお手玉を始めたのだ。


場違いな彼らの芸に、地表から幾つもフラッシュがたかれる。何時の間にか集まった新聞記者たちが、カメラのシャッターを切ったのだ。


「あんた達、邪魔すんの止めなさいよ!」

もし、コタロウが眼を眩ませたら、と、血の気が引いた彼女は、すぐさま新聞記者たちに飛び掛る。彼女の行動に気が付いた大人たちもその後に続いた。


 その後、無事にジュンがリリーを抱えると、歓声が上がった。

しかし、半分ほど彼らが元来た道を戻っていると、火が彼らのロープを炙り始めた。

それに気が付いたジュンが、コタロウに注意する。

「コタロウ!」

「ま、こんなもんだな。しっかり、お嬢ちゃん抱えてろよ、ジュン」

そういってコタロウは綱の反動を使って、空中にジャンプした。そして、青年団が広げたカーテンに向かって飛び降りた。




連続投稿中・・・。

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