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two dogs  作者: kotarou
2/5

飛行船から降り立つ二匹


 


 早朝のロンドンの街に降り立ったジョージ二世から、綺麗な顔をした若い一匹の雌が出てきた。

興奮しているのか、小さな悲鳴を上げ、船と地面を繋ぐタラップの最後の一段を、女性らしくなく飛び降りる。

「失礼、ミス、お荷物を」

近寄ってきた若い客務員に、声を掛けられるが、いえ、大丈夫ですわ、と断った。

そして、多くの客が二階建てのバスの行列に並ぶのを、顔を横にして見つめながら、体だけは正面を向いて、飛行場を斜めにつっきり、ロンドンの街に消えていった。


 人気の無い細い路地に駆け足で入ると、女はグニャグニャとその体を揺らす。

「ちょっと、まってよ。コタロウ、こんな所で恥ずかしいわ」

「うっせー、ジュン、気持ち悪い言葉遣い、もう辞めろ!」

胴体から、罵声が出ると、女は「仕方が無いわね・・」と言って、上半身と下半身が分かれた。


 ふう、と言って、重い荷物からやっと開放されたコタロウは、全身をぶるぶると振るわせる。

何時間も肩車をしてきた彼は、力自慢といっても、多少、肩が凝ったような気がした。


 長いコートの裾を踏んで、着地に失敗したジュンは、「コートが汚れちゃうわ・・」と言って、

起き上がると、コートを脱ぎ、帽子を取って、ボストンバックに綺麗にたたんで詰め込んだ。


「さて、行きましょうか」ほほほ、ジュンは笑う。

コタロウは飛び上がると、ジュンの頭をはたく。

「その前に、その気持ち悪い口紅、落とせ」

「似合ってるのに、ワタクシ、女顔だから~」

コタロウはジュンの足元に下段回し蹴りを放った。


 路地から大通りに出ると、自分の背の何倍かも判らない石造りの建物が並び立ち、人の群れはまるで川を泳ぐ魚の様だった。

 その光景は、朝日に眩しく輝いていて見えて、背の低い二人は手を繋ぎ、眼を大きく広げた。


 コタロウは肩からずり落ちそうになる布製のボストンバックを無意識に引き上げる。

ジュンはしきりに耳をぴくぴくとさせながら、コタロウの手を強く握った。

二人とも、見た事の無い都会に眼を奪われた。サーカスでは、街に繰り出せるのは、大人達だけの特権だったからだ。いつも楽しそうに、大人の笑みを浮かべて街へいそいそと出かける彼らをよそ目に、コタロウとジュンはサーカスの雑用を言いつけられていた。


 ジュンが笑みが沸きあがる口元を両手で押さえ、コタロウを見ると、コタロウは隠そうともせずに長い舌を出して、満面の笑みを浮かべていた。

「行こう!」

「うん!」

 二人は当てなんて無かったけれど、一緒に転がるように街を駆け出した。夢を求めにサーカスに人々は来ると言うけれど、ロンドンの街は、そんなものをサーカスに求めなくとも、そこいらに転がっていそうだとコタロウは思った。


 何時か一緒にサーカスを出て行くならば、ジュンの母親が居るだろうイギリスに初めに行こうと、二人は決めていた。ジュンは、ロンドン郊外の街で拾われたのだと聞かされていたからだ。コタロウが何処をどう巡って、サーカスに辿り着いたのかを知っている団員は居なかった。ある日、団長であるファッキーニが、連れてきたのだと聞いている。


 団長のファッキーニが機嫌が良いとき(大抵、大きな興行が上手くいった初日の夜だ)に、コタロウが聞き出したところによると、そこら辺でキャンキャン鳴いていた捨て子を、拾ったのだと言っていた。

コタロウは、それが嘘かどうかは判らなかったが、別に良いや、と思っている。それほど、親に執着心を感じなかったし、彼には親は居ないが、ジュンという毛色の違う兄弟が居たからだ。別に寂しくは無かった。


 ジュンは、7才ぐらいになると、親を求めて、特に母親に強い憧れを持つようになった。だから、コタロウは親子連れの客が嫌いだった。安易に、自分達にキャンディーなんかをくれるのも親子連れの客が多かった。そんな時、ジュンは夜中に、母親を思い出して泣く。それが嫌だったから、ある日、親子連れを睨んでやったら、団員の一人に拳骨をもらった。それもあって、ますます親子連れが嫌いになった。幸せそうな子供を見るのも、そのうちに嫌いになった。陰で、ピンク色の舌を長く垂らし、親子連れにあっかんベーをすることを覚えた。


 ジュンが泣いた時、コタロウは夜、そっとジュンのベットに潜りこんで、ジュンのぎゅっと頭を抱いてやったり、貰ったキャンディーをジュンの口に押し込んだ。飯の時、自分の少ないオカズからジュンの好物(大抵は肉類で、コタロウの大好物でもあるウインナーやサラミも含まれていた)をジュンの口に押し込んでやった。

 そして、言うのだ。「俺が居るだろ、弟」決して、コタロウは自分が弟だとは言わなかった。コタロウが、客の兄弟を観察したところによると、兄というのは弟の面倒をみなくてはならないらしいから。


 9才ぐらいになると、ジュンとコタロウは客席の女性にとびきりの笑顔を振り撒き始めた。初舞台で緊張した二人には、客はカボチャだと教えられたが、一人はカボチャはやがて何も知らない楽しげなデクノボウに見え始め、一人はカボチャが何時か見に来る母親に見え始めたのだ。


 コタロウは、そんな純粋なジュンが好きだったし、ジュンは捻くれた兄貴分が大好きだった。



 石畳の街の坂を上っては降り、降りては上った。二匹は巨大な街を当ても無く、走り回った。

ジュンが何となく、覚えているような気がする、という言葉に、コタロウは黙って従った。

昼間はジュンの記憶を追い、夜になると、二人は、テムズ川の畔や、街の中のケンジントン公園などの大きな公園で寝た。

次第に二人は、薄汚れていった。匂いが気になって、夜の公園の噴水に身を躍らせ、水の掛け合いをして楽しんだ。

少し寒かったが、二人は気にも留めなかった。そして二匹は、少し濡れた毛皮で暖かい朝日を浴びて、一日の始まりに感謝した。


 コタロウは、ジュンと街を練り歩き、楽しかった。だが、コタロウは、ジュンの記憶と言うもののカラクリが、ロンドンに憧れた彼の幼い頃の思い・・・店頭で見たロンドンの街の絵葉書やロンドンの街を話題にした団員の会話といった些細なものなんじゃないか、と気が付き始めていた。小さなころから、ジュンは眼を大きくして団員にロンドンの話をせがんでいた。

何度も同じ話を良く楽しそうに聞けるものだと、コタロウは横で呆れていたのだ。

だが、ジュンの真面目な横顔を見ると、何も言えなくなった。

そして、自分は、未来を何となく考えておかなければならないなと、はしゃぐジュンの横でホンの少し先を見始めていた。


 二人の今まで貯めてきた小金は、飛行船の一人分のチケットを買うのに、殆ど消えてしまっていた。

4,5日経つと、明日の朝食のパンをどうしようか、というぐらい悩んだ。だが、彼らの十八番である大道芸は出来なかった。

ジュンが、団長に知られてしまうのではないか、と怖がったのだ。コタロウは、海を越えてまで、俺たちを追ってこない、と言ったが、見つかったら殺されるほど痛めつけられるだろうな、いや、本当に殺されるかもしれないとは思った。


 空腹に慣れ親しみ始めると、街の裏側、浮浪者や乞食といった人々も目に付き始める。夢の世界の薄汚れた舞台裏に、自分達も、いずれ、いや近いうちに追い込まれるかもしれない、とコタロウは思った。そこは、サーカスの猛獣小屋に良く似た匂いがし、檻の奥の暗がりから野生の気配が忍び寄ってくるようだった。


仕方なしに、質屋を探そうと、ジュンを説得しようと思った。ファッキーニから奪った物が幾ばくかの金になるんじゃないか、と思ったからだ。

コタロウには罪悪感は無かった。今までの給料分には、少ないんじゃないか、と思っている。街で見掛ける浮浪児たちのように、スリやカッパライをして稼ぐ事も出来たが(団員たちが、ジュンとコタロウに教えたホンのお遊びだった)、そうしようとは思わなかった。


 初めて、自分のモノ、と言えるものを売るのは、かなり残念だったが、路頭に迷うよりはマシだと、断念した。特に金時計は、シャツでこすると、綺麗に金色に光る。正直コタロウはかなり惜しかった。

何処かに、この自分だけの宝物を、そっと埋めてしまいたかった。そして、独りで気まぐれに掘り返して楽しむ、というのは悪くない趣味のようにも思えた。


 数日後、とうとう空腹に負けて、コタロウはジュンを説得し、二人で店舗が立ち並ぶ通りに向かった。ジュンはコタロウの宝物を売るのを渋ったが、コタロウが強引に手を引っ張ったのだ。


 細い路地を通って近道していると、前から仲の良さそうな三人組の子供たちが歩いてきた。ズボン吊りを付けた長ズボンをはいて、ハンチング帽を被り、何処か気取っている。

 ジュンは、少し寂しそうな、憧れをもったような眼を子供たちに向けた。いつも感じるように、親の居る子供というのは、何故か暖かそうだった。コタロウは、ジュンの視線に気が付くと、手を引っ張って、足を速めた。


 三人組は、コタロウとジュンに気が付くと、ヒソヒソと何か顔を合わせて会話をした。ジュンは何だろう、と小首を傾げる。

コタロウは、フン、と鼻を鳴らした。無事に通り過ぎようとすると、三人組がふたりの前に並んだ。狭い通りなので、通り過ぎるためには、三人組に退いてもらわなければならない。


 三人組の1メートルほど手前で、ふたりは立ち止まる。真ん中が細身の赤毛の犬で、両脇は斑模様の犬だった。コタロウが何か言おうとすると、三人組がいっせいに吼え始めた。


「やい、浮浪児ども、今度は何企んでんだ!レッド団だか何だか知らないけど、どっか失せろ!」


「僕達に酷い事してみろ!直ぐに、貧窮院にほ、放り込むようにお父さんに言ってやるんだからな!」


「臭いんだよ!」


「こっから先は、私たちの縄張りだろうが!お前ら、喧嘩売ってんのか!」


 いきなりの複数の怒声にジュンは耳をふさいだ。コタロウは、全身の毛を逆立て、

「あーん?」低く唸り声を上げる。


あ、不味いな、とジュンは隣を見て思った。コタロウは子供が嫌いだ。特に、親持ちの生意気な子供が。そして、沸点が低い上に、今、コタロウの機嫌は決して良くないのだ。すっと手を伸ばして、コタロウのベルトをしっかりと掴む。そして、自分が前に出て、受け答えしようと思った。


 しかし、次の一言で、それが不味い判断だったと後悔した。


「さっさと、新入りかなんかしらないけど、来た道もどれ、チビ!」


 あー、ジュンはため息を付いてコタロウの顔を見る。コタロウは自分よりも背が高い存在に、馬鹿にされて黙っている奴じゃない。ジュンはベルトから手を離そうとする。こういったパターンは、二人で大道芸をしている時に経験ずみだった。この後の結末も、十分に判っている。


 しかし、ジュンが慣れた手つきで猛獣を放とうとする前に、茶色いナッツヘッドが真っ直ぐ、子供達に向かう方が早かった。


一本背負い、ヤマアラシ、巴投げ。ジュンを引き摺ったまま、一瞬で、彼らのフトコロに飛び込んだコタロウは、容赦無く暴れまわる。


 三人の子供達は見事に宙に飛んだ。


 コタロウがパンパンと膝を払うまで、五秒と掛からなかった。そして、一人の子供の頭から落ちたハンチング帽を頭に被った。

二匹の子供たちは、地面に伸びている。一匹は、逆さまになって壁にもたれ掛かっていた。

ジュンも引き摺られて、眼を廻して地面に座っていた。


「行こうぜ、ジュン」

何事も無かったかのように、コタロウは言う。

「はいはい・・」

ジュンは、さっさと歩き始めるコタロウの後を追いながら、三人組に、お大事に、小さく言った。

コタロウにとっては良い気分転換だった。

 

 商店が立ち並ぶ通りにやってきた二人は、どこが質屋だろうと探し始めた。生憎と、どの店が質屋なのか、よく判らない。しかし、出窓に時計が並ぶ店を見つけて、コタロウが入っていった。


 ジュンが、玩具の兵隊が動くからくり時計を見ていると、暫くして、コタロウが出てきた。

「駄目だった。予想以上に、ちょっと高いものらしくてさ。盗品じゃないかって。親連れて来いって、

 言われたよ。適当な嘘、並べたんだけどな」


ジュンは、そう、と短く言った。そうなるんじゃないか、と予想はしていたのだ。視線を感じて、窓から店の中を伺うと、灰色のブルドックの店主が、肩肘を付いて、胡散臭そうにこちらを眼鏡越しに見ている。ジュンは、首をすぼめた。


「あー、居た!私の帽子、返せ!」

意気消沈した二人に、先ほどの怒声の一つが聞こえた。面倒そうに、コタロウとジュンが声の先を見ると、先ほどの三人組が居た。真ん中に立つのは、先ほどは気が付かなかったが、女の子だったらしい。

赤い髪に、気の強そうな青い眼をした彼女は、おどおどとした二人を引き連れて、指を突きつけてくる。後ろの二人は、彼女を止めようとしているが、どうやら、彼女の尻にしかれているらしい。


コタロウが、フンっと鼻を鳴らして、帽子を被りなおす。

「煩い。男女。お前のせいで、余計に腹減った。これはもう俺のものだ」

「コタロウ、返してあげなよ」

ジュンが取り成すが、コタロウは聞こえないフリをしている。


仕方なく、ジュンは女の子の前に出て話し始める。

「ごめんね。でも、君達だって悪いんだよ。いきなり、僕達に喧嘩ふっかけるし」

「うるさいわね!あんたなんかに、話しかけてないわよ!後ろのトーヘンボクに言ってるの!

 大体、ここわ、私たちの縄張りなの!」

「駄目だなぁ、レディがそんな大声だしちゃ・・」

「ジュン、ほっとけよ、そんな男女」


 コタロウの言葉に、赤い毛並みが膨れ上がり、さらに赤みが増したように、ジュンは思えた。

コタロウは、何処吹く風といった様子だ。

――いい気になってんじゃないわよ!

コタロウに女の子は怒鳴りつけると、唇に指を当て、高い音色の口笛を吹いた。








第二話、投稿。ヒロインとの出会いですね。もっとも、この作品に、明確なヒロインと呼べる存在が居るのかどうか判りませんが。


 誤字脱字、読みにくい、というご評価待ってます。まだ、投稿に慣れていないので、どうやって直したら良いのか、良く判らないんですけども・・・。

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