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白雪と七人の狩人

森は呼吸していた。

雪の重みで枝がきしみ、

風のたびに、死者の吐息が引きずられていく。

ブランカ・ニエベは走っていた。

絹のドレスは泥と血にまみれ、脚に絡みついていた。

鼓動が胸を打ち鳴らし、まるで戦の太鼓のようだった。

背後では、女王の命を受けた狩人が重い足取りで迫ってくる。

その斧は夜明けの蒼い光に鈍く光っていた。

「許せ、姫君……」

狩人は呟いた。

「だが、我が女王には逆らえぬ」

ブランカの背が、湿った樹の幹に触れた。

息が、絡まる。

斧が振り上げられた——

その瞬間、恐怖が怒りに変わった。

彼女は地面の石を掴み、狩人の顔に投げつける。

一瞬の隙——

それで足りた。

彼女は逃げ、転び、影の上に倒れ込む。

狩人が追いつき、斧を掲げる。

だが、絶望の中で、ブランカは自らの短剣を突き立てた。

刃は彼の肋の下へと沈む。

男は息を詰まらせ、崩れ落ちた。

再び、森に静寂が戻る。

ブランカ・ニエベはその体の傍らで震えながら膝をつく。

「……望んでたわけじゃない」

彼女は囁いた。

「でも……あの女のために死ぬつもりはない」

風が遠吠えで応えた。

ブランカは見上げる。

そのとき気づいたのだ。森は敵ではなかった——

それは、彼女の避難所だった。

数日間、彼女は彷徨った。

汚れた水と根で命を繋ぎ、

狼に追われながらも、

その目には野性の輝きと怒りが宿っていた。

ついに倒れたとき、木々の間に影を見た。

目覚めたのは、焚き火のそば。

七人の男たちが彼女を囲んでいた。

誰もが、自然に刻まれた顔をしていた。

頬に傷のある者。

骨の首飾りをした者。

氷のような青い瞳をした若者——

「お前は森の者ではないな」

傷のある男が言った。

「……かつては王女だった」

ブランカはかすれた声で答えた。

「今は……逃亡者よ」

長い灰色の髭をたたえた、リーダーと思われる男が口を開いた。

「この森で生き残るには、獣の心が必要だ。

残りたいなら、殺す術を学ぶことだな」

そして——彼女は学んだ。

日々、鍛えられた。

弓を引く腕、百メートル先の足音を聞く耳、

迷いなく刃を突き刺す心。

やがて彼女の体は強くなり、

優しさは刃へと変わった。

彼らは彼女をこう呼んだ——「赤きスノー・ルージュ

獣の血を纏い、森の中で狩る者。

夜、剣を研ぎながら、

彼女はあの女の冷たい顔を思い出す。

呪われた鏡に映る、あの偽りの美。

「いつか……」

彼女は呟いた。

「その毒を、お前自身に味わわせてやる」

一年後。

森はもう彼女の牢獄ではなかった。

彼女の“家”だった。

ある夜明け、霜が枝を覆うのを見ながら立ち上がる。

リーダーの男——エルドリックが静かに問う。

「冬は“大狩り”の季節だ。……誰を狩る?」

「女王だ」

七人の戦士たちは目を交わす。

彼女を止められないことを、誰もが知っていた。

毛皮のマント、鍛えられた鋼の剣、

牙を模した護符が贈られた。

若きリリアンは、己の弓を彼女に手渡す。

「風が導いてくれますように」

彼は彼女の額に触れた。

ブランカ・ニエベは振り返らずに旅立った。

雪の中にそびえる城。

女王の紋が風に揺れていた。

兵士たちは名前を問う暇もなかった。

剣がその問いに答えたからだ。

一歩ごとに、

彼女は“過去”を切り裂いた。

「姫だ! 奴は……!」

兵士の叫びが、闇の中に消える。

玉座の間で待っていたのは、

黒衣の女王。

鏡に囲まれ、冷たい美しさに包まれたその姿。

「愛しい義娘」

女王は笑う。

「結局、森では礼儀も学ばなかったようね」

「礼儀より大事なものを学んだわ」

「……生きる術を」

地が揺れ、鏡が砕けた。

闇の影が溢れ出す。

ガラスの蛇、緑の炎、空中で叫ぶ声——

彼女は斬り、避け、燃えるように戦う。

「……お前の母も、そうやって抗った」

「だから死んだのよ」

その言葉に怒りが爆ぜた。

ブランカは女王を祭壇へ押し倒す。

女王は赤いリンゴを手にする。

「これが最後の武器。

一口かじれば……永遠の眠り」

だが——

今の彼女は、死を恐れていなかった。

素早くその手を取り、

リンゴを“女王の口へ”押し込む。

毒は即座に反応した。

女王の目は黒く染まり、

肌はひび割れ、砕ける鏡のようになった。

女王は崩れ落ち、

冠が階段を転がる。

静寂。

ブランカ・ニエベは息をつき、

その体を見下ろす。

「もう私は、あなたの“映し鏡”じゃない。

——私は、“終焉”よ」

血塗れの冠を拾い、

炎の中へ投げた。

その夜、城は燃え上がった。

森の彼方から、その光を見つめる七人の狩人。

エルドリックは静かに呟く。

「姫はとうに死んだ。

今いるのは——“狩人”だ」

夜が明け、

ブランカは灰の中を歩く。

陽が顔を照らす。

久しぶりに感じる——恐れのない朝。

彼女の手には、

割れた鏡がひとつ。

それはかつての女王の力の最後の残滓。

そこに映っていたのは——

もう“犠牲者”ではなかった。

もう“姫”でもなかった。

それは、

森が語り継ぐ“伝説”そのものだった。

読んでいただきありがとうございます。お気軽にコメントしてくださいね。メキシコからハグ!

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― 新着の感想 ―
カッコいいお話でした。 ゜+(人・∀・*)+。♪ 作品の組み立てが、素敵ですね。
白雪姫が強くなって、格好よかったです。
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