夢野久子
浅川が木曽福島駅近くのコーヒーショップで待っている。
職業訓練校経理課の夢野久子との待ち合わせだ。
周囲が薄暗くなり、店舗の照明が町をほのかに照らし出す。周辺は照明が多いわけではなく、県道が近くを通るので自動車の灯りが際立って見える。
ショップの入り口が開いて夢野が顔を出す。
浅川が手を上げると急ぎ足で近寄ってくる。
「お待たせしました」
「大丈夫です。今日はこれで終わりなんで時間に余裕があります」
夢野が座るとウエイトレスが注文を取りに来る。コーヒーを頼む。
浅川が話す。
「今日、校長先生に取材許可を取ったんです。ですからこれからは遠慮なく話が聞けます」
「ああ、そうですか」
夢野の表情が冴えない。
「どうかしましたか?」
「実は学校を辞めようと思ってます」
夢野の真剣な顔で、その決意が計り知れる。
「そうなんですか」
「あの学校には何かあります。このままだといつか私も同じ目に合う気がしています」
「夢野さんがそう思う根拠は何ですか?」
「根拠は無いんです。でも怖くて仕方ありません」
心なしか唇が震えている。
「何かがあるっていうのは、やはり呪いとかそういうものですか?」
夢野は少し言いよどむが、覚悟を決めて話始める。
「噂なんですが、学校がある場所に何かがあったって言われています」
浅川は初耳だ。
「そうなんですか?」
「学校自体が旧中山道があった場所にあるんです。そしてあそこには因縁のものがあったという話です」
「それは何ですか?」
「そこまではわかってないです。実際、この地に古くからいる人じゃないとわからないと思います。ただ、そういった場所だから、学校を建てちゃいけなかったという話を聞きました」
「それは誰からですか?」
「同僚からも聞きましたし、ネットにも書き込みがありました」
ネット情報か、あてには出来ない。
「でも具体的な話は無いんですよね」
「まあ、そうですね。特にネット情報はいい加減なものが多いですから、大量殺人があったとか、集団自殺があったとか。そういった話は眉唾だと思ってます」
「でも何かがあったと思われるんですね」
「だと思います。もし可能ならば浅川さんの方で調査してほしいんですけど」
浅川は話半分には考える。ただ、一応調べる価値はあるかもしれない。
「わかりました。少し時間をいただけますか?」
夢野はうなずく。
浅川が質問する。
「夢野さんのほうで、今回の事件に会った人間について何か共通点のようなものを知りませんか?」
「共通点ですか?」
「ええ、事件に巻き込まれたということは、何か要因のようなものがあると思うんです。もし仮に呪いだとしても会う人と会わない人がいるわけですから」
「どうですかね」夢野は少し考え込む。
ちょうどそこにコーヒーが来た。
夢野は一口、それを啜ると話す。
「全員を知ってるわけではないですが、なんとなく気弱な人が多かったかもしれません。そういった災難に遭いそうな」
「ああ、なるほど」
「他にはあまり思いつきません」
浅川はそれ以外に何か情報は無いかと夢野をつつくが、それ以降、あまり有用な話は無かった。とにかく彼女はおびえていた。
「元々、あの学校は最初からおかしかった気がしてます。どこか淀んでいるみたいな。負の印象を受けるんです」
それについては浅川も思っていた。ただ、それを言っても始まらない。
「あの照明のせいじゃないんでしょうかね。少し違和感がありますね」
「設計者が言うには近代的なイメージにしたかったらしいです。たしかにあの色って反って不気味ですよね」
「それはそう思います」
「浅川さん何かあったら連絡しても良いですか?」
「ええ、大丈夫です。いつでもどうぞ」
夢野とは連絡先を交換済である。
浅川は話も終わった頃合いだと思い、夢野に提案する。
「夢野さんのご自宅はどちらですか?」
「この近くのアパートです」
「送りましょうか。私、車なので」
「いえ、自転車なので大丈夫です」
夢野とはそれで別れる。
先ほどの夢野の話だと、あの学校があった場所に過去の因縁があるのかもしれない。浅川は神山神社の阿久津宮司を思い浮かべていた。彼ならば何かを知っているかもしれない。今度、聞いてみよう。