飯田市連続殺人事件
浅川は長野日報に戻ると、当時の事件を確認する。
1947年5月から9月の短期間に飯田市に置いて連続殺人事件が起きていた。『飯田市連続殺人事件』として有名な事件だった。
5カ月の間に誰彼問わず、連続して襲うという前例のない猟奇殺人事件だった。
襲われたのは13歳から58歳までの被害者を7名も殺害している。
浅井氏が話したようにその中には妊婦も含まれていた。そしてその殺害内容が陰惨で今でいう完全な愉快犯だった。婦女暴行であれば姦淫の形跡もあるが、そういった行為には及んでいない。犯行に性的な快楽は皆無だった。殺害そのものが存在するだけだ。そしてその方法が陰湿だった。時間を掛けて殺すことに特化していたのだ。じわじわと弱らせて殺していくのである。
犯行は被害者を誘拐した後、近傍の小屋などに監禁する。小屋はすべて民家からは距離を置いている。よって騒ごうが喚こうが誰も助けには来れない。おそらくそういった叫び声に興奮を覚えていたのだろう。そしてじっくりと犯行に及んでいく。
犯行時間は概ね一晩から、中には一昼夜かけて殺害していく。おそらく被害者は殺さないでと哀願したはずだ。犯人はそれを楽しむかのように殺していくのである。そしてこの事件は未解決だった。現場に残されていたのは遺体だけで、犯行にまつわる犯人側の証拠はまるでなかった。当時のことであるから科学捜査などは無いにしても、犯人の遺留品が毛一本どころか皮膚も体液もまるでない。顔のない殺人事件だった。
浅川はこの犯人が京極刑部と酷似していると思った。
デスクが浅川に言う。
「浅川はこの犯人があの人骨じゃないかと言うんだな」
「まったく確証はないですが、そういう気がしています」
「それはそうだとして、どういうことだ。悪霊はこいつだって言うんじゃないだろ」
「そうなんですよ。もしそうだとしても辻褄が合わないですよね。なんで今頃、悪霊になったのかとか、京極との関係だとか」
「あの人骨は昭和初期に亡くなってたんだよな。だとすればすぐに悪霊になってもおかしくないよな。それがなぜ、今頃になって出て来たんだ」
「そうなんです。もしそうだとしても京極とどう絡むんでしょうかね」
「あの場所である必然性がないよな」
その通りなのだ。それとなぜ石室が関係するのかがよくわからない。そしてデスクが決定的なことを言う。
「それで、もしそうだとしても、どうやって退治するんだ?」
浅川は天を仰ぐ、まさにそうなのだ。どうやって悪霊を退治するのかが見えない。
「何かいい案はないですか?」
「あるわけないだろ」
「でもこうしてる間にも、次の殺人が起きるかもしれないんですよ」
「それはそうだけど、どうしようもないだろ」
デスクはここで言葉を飲み込む。
「何ですか?」
「ああ、いや、いいんだ」
「気になります。何でも言ってください」
「そうか、じゃあ言うけど。前から気になってたんだけど、どうして浅川は無事なんだ?」
浅川が黙る。確かにそうなのだ。犯行現場に3度も遭遇していながら、浅川は無事であった。さらに最後の2回では一人だけ生き残っている。
「それは私も疑問なんです」
「そうか…」
フロアーの端からデスクを呼ぶ声がする。
「何だ?」
電話を取ったのは若いバイトの男の子だ。
「ちょっと変な電話なんです」
「どこから?」
「下の受付です」
「変な電話受けるなよ」
「そうなんですけど…」
デスクはバイトに行っても仕方ないかと言う気になる。
「その受付がなんだって?」
「ここに女がいるだろうって」
「はあ、そりゃいるさ。新聞社なんだからな。誰なんだ?」
バイトの男の子が首を振る。これでは埒が明かない。
「わかった。回して」
デスクが電話を取る。
「長野日報の知念です」
何やら話をしている。デスクが不思議そうな顔になる。そして電話を浅川に回した。
「浅川、お前に…らしい」
「はあ、なんですか?それ」
浅川が電話に出る。
「もしもし、浅川です」
『あなたをタスケニ来マシタ』
どこか片言の言葉だ。
「どなたですか?」
『私は通訳のフランソワデス。助けるのはエノーデス』
「ですから、どういうご用件ですか?」
『エノーはあなたが助けをモトメテイルと言ってイマス』
浅川は黙る。何の電話だ。
『今、下にイマス。来てクダサイ』
電話が切れた。
「お前を助けるってさ」
デスクが手を広げ、浅川も同じポーズを取った。




