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浅井良治

 浅川に話をすると彼女も話を聞きたいと言う。それではとそれも含めて野崎に依頼する。野崎がご老体に確認すると彼はボケもせずに生きていた。

 戸川と浅川は早速、その人物に会いに行く。名前を浅井良治といった。

 齢90と確かに高齢ではあるが、頭はしっかりしているという。直近の話であれば老人特有の覚えの悪さが出るが、むしろ昔の話だとするする出てくるらしい。

 家は市内にあった。浅井は学校長まで出世したそうだ。そのせいか、今時はここまで大きな建物は建てられないだろうというぐらい、大きな一軒家だった。100坪ぐらいありそうな土地に、改築したのだろう新しい家が建っていた。

 家族と同居しているそうで、2世帯住宅のような作りになっていた。

 浅井良治はご夫婦で別棟に住んでいた。

 家の門にあるチャイムを鳴らす。カメラ付きでインターフォンから声が聞こえる。

『どうぞ、お入りください』

 声も若い。玄関のしっかりした扉を開けると、思ったより若いご主人が顔を出した。

 はて、90歳には見えない。

「野崎さんの紹介でお話を聞きに来ました戸川と申します」

「長野日報の浅川です」

 若く見える浅井さんが話す。

「どうも、私は良治の息子です」

 なるほど、どうりで若く見えるわけだ。60歳ぐらいだろうか。

「父は高齢なんで私が付き添います」

「わかりました」

「どうぞおあがりください」

 戸川たちが居間に招かれる。リビングも広い。20畳はあるだろうか。外に向けて大きな窓があり、手入れされた庭が見える。よく手入れされた芝生があり花壇も見える。

ソファーに浅井さんと、その奥様と思われる高齢の女性が座っていた。

「こんにちは、おじゃまします」

 浅井良治さんは90歳にしては若く見える。頭髪は白く薄くなっているが、肌艶はいい。ソファーに座ったままお辞儀をする。

「座ったままで失礼します」

 戸川がいえいえと手を振る。

「立ち上がるのに時間がかかるんですよ」そう言って笑顔を見せる。

 テーブルをはさんで戸川たちがソファーに座る。ふかふかだ。

 先ほどの息子さんがお茶とお茶うけを持って現れた。

 テーブルにそれらを置く。

「すみません」戸川が礼を言う。

 息子さんが話を切り出す。

「野崎さんからは昔の話を聞きたいと伺っています」

 戸川がそれを受けて話す。

「そうなんです。実は…」そういうと石室とその近くで見つかった遺体の話をする。

 一通り話を聞いて、中身が呑み込めた浅井良治が話を始める。

「その遺体が誰なのかについては皆目わかりませんね。でも当時の様子を知りたいのですよね」

 戸川がうなずく。「そうです。時代背景などがわかればいいです」

 浅井がそれを受けて話をする。

「木曽福島自体は空襲被害は無かったんですよ。ただ、ここは疎開先として使われていました。疎開はわかりますか?」

「子どもたちが戦禍を受けないように、田舎に引っ越すんですよね」

「ええ、そうです。子供のことですから、こっちの子供は外から来たのはよそ者です。戦争もあってひもじいことも重なって、腹いせなんでしょうか、いじめや意地悪なんかをやったものです。今のいじめと同じですよ。いらいらをそういうところにぶつけるんです。とにかくお腹が空いてしょうがなかった。だから何でも食べましたよ。食べられそうなものは何でもね。ミカンも実じゃない方がいいんです。皮ですよ。腹が膨れればそれでいいんです」

 戸川には意味が分からないような話だ。浅川も似たようなものだった。

「戦争が終わっても、子供たちは訳が分からないわけですよ。なんで負けたのとか、どうなるのとかね。負けるなんて誰も思ってなかったですから。しばらくはそんな感じでしたかね。それでも徐々に落ち着きが戻ってきました。子供なんてそんなものです。戦後はこの辺りは林業が盛んになってきました。そういうこともあって外から人が入ってきましたね。先ほどの遺体についても、そんな人では無かったかと思いますよ。あの当時は着るものも満足には無かったから、復員兵はそのまま軍服を着てましたからね」

「そういった復員兵は多かったんですか?」

「さあ、そういったところまでははっきりしませんね。ただ、子供ながらにそういった軍服を着た男の人がいたことは覚えていますよ」

 ここで浅川が話に加わる。

「当時、ここで何か事件のようなものは起きませんでしたか?」

 浅井良治はその質問に深く考え込む。

「事件ですか…」

 息子さんがフォローする。

「些細な事でもいいんですよね」

 本当はそうではないのだが、浅川がその提案に従う。

「ええ、時代背景を知りたいので」

 浅井が話す。

「まあ、時代が時代ですからね。物が無い。貧しい時代ですよ。闇米や闇での商売もあったでしょう。だから盗難や強盗みたいなものは、けっこうあったかもしれませんね」

 なるほど、当時、少年だった子供の記憶だとこんなものかもしれない。

「殺人事件などは無かったですか?」

「いや、私の記憶も定かでは無いですが、そういった事件は無かったと思いますよ」

 浅川たちはがっかりする。何かの手掛かりが見つからないかと藁にでもすがるつもりだったのだが、やはり無理な話だったか。

「お役に立てずにすみません」

「いえいえ、とんでもないです。参考になりました」

「もう少し年配の方であれば、もっと実のある話ができたでしょうがね。今となっては私ぐらいの歳のものしか生き残ってないですからね」

 戦後80年である。無理もない話だ。

 それから、少しお二人の今の話や、この辺りの差しさわりの無い話をしてお暇しようとする。

「それでは長々とありがとうございました」

「いえいえ、私も貴方のような若い女性と話が出来て楽しかったですよ」

 そういって浅井が笑顔になる。

 戸川がにっこりと若さを前面に出した笑顔を返す。

 すると浅井が何かを想いだしたようだ。

「ああ、変な話ですみませんが、若い女性で思い出しました。木曽福島以外の事件です。関係ないですかね」

 浅川が興味を示す。「いえ、構いません」

「今の飯田市の辺りだったと思います。殺人事件が起きました。当時、話題になりましたね」

「いつですか?」

「どうだったかな。戦後すぐですよ。私が小学6年生だったと記憶しています」

 1947年頃だろうか。

「連続殺人でした。確か7人ぐらい殺されたんじゃなかったかな。その中に若い妊婦もいたんですよ」

「そんな事件があったんですか?」

「正確には確認なさったほうがいいですが、その犯行が不気味でね。今でいう猟奇殺人とでもいうんですかね。腹の子供を抉り出して晒すんですよ。それもどうも母親が生きたまま、やったみたいで、そういった行為を楽しむかのようにね。ああ、はっきりしないな。当時はこういった怪談話みたいなものも流行っていたから、でもそういった噂は広まってましたね」

「そうですか」どこか吐き気を催すような話ではないか。

「それで、その犯人が木曽まで逃げて来たみたいなことを触れ回るやつがいてね。こっちは子供だから震えあがってね。嫌な話ですね」

「そうですか」

「子どもの間で流行った話だから、確証は無いですよ。もしはっきりさせたかったら調べたらいいと思います」

「はい、わかりました。ありがとうございました」


 帰りの車で浅川が検索すると確かにその事件はあった。

 さらにその犯人は捕まっていなかった。



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