戸川蘭
木曽福島署に戻った戸川は、さっそく資料を確認する。
身元不明遺体の報告書はすぐに見つかった。
写真を見るが、何の変哲もないまったくの人骨遺体だった。所持品や衣類もなく、骨しかなかったのである。
資料室にいる戸川に野崎が話しかける。
「何、調べてるんだ?」
「はい、一昨年見つかったという行方不明遺体について調べてます」
「ああ、あれか」と言ってぎょっとする。「え、まさか、あれが悪霊って言うのか?」
「いえ、そういうわけでは無いですが、あれが何かと言う点に引っかかりを覚えてます」
「何かとは?」
「素性や、どうしてあんな場所にあったのかとか、諸々です。石室の近くにあった点も不思議な気がします」
野崎は記憶をたどる。
「結局、わからなかったからな」
「野崎さんはあの遺体を担当されたんですか?」
「一応、確認はしたな」
「どうでしたか。資料を見ても衣服は見つかっていないとあります」
「うん、鑑識でも調べたんだけどな。おそらく昭和初期だというんだな。そうなると人工化繊じゃないから、自然分解するんだよ。ウールとかそういうものは朽ちて無くなるようなんだ」
「じゃあ、何も残らないんですか?」
「確かボタンが残ってなかったか?」
戸川が資料を見直す。
「ああ、金属製のボタンとあります」
「細かく書いてなかったかな。あれ、おそらく軍服だと思うぞ」
「軍服?」
「日本軍の軍服だよ。俺も良くわかってないんだが、年配の人がそう言ってた。ボタンにあったのは桜の印だったと思ったな」
「じゃあ、日本の軍人があそこで亡くなっていたと言うんですか?」
「そういうことかもしれないな。今となっては関係者も生きてないだろうということで、そのままになった。一応、情報公開はしたんだがな。どこからも問い合わせは無かったな」
「そうでしたか、じゃあ何もわからずじまいということですね」
「そういうことだな」
戸川は何か考えている。
「どなたか当時の話を聞ける人はいないですかね」
「当時っていつだよ?」
「昭和初期、昭和20年でしたかね。戦後すぐです。この人の背景についてわかる人です」
「いや、無理だろ。そんな不確かな話じゃ、誰もわからないと思うぞ」
「そうですか」戸川はがっくりと首を垂れる。
それを見て哀れに思ったのか、野崎は助け舟を出す。
「ダメ元で良ければ、話だけでもしてみるか?」
「誰かいるんですか?」
「俺の小学校の時の先生だよ。まだ、年賀状のやり取りがあるんだ。なんとか生きてると思うぞ」
「いくつなんですか?」
「どうかな」そう言って数を勘定している。「90歳ぐらいじゃないかな。どうする?会ってみるか」
「はい、会ってみます」
「ぼけてなけりゃいいけどな」
戸川が野崎を上目使いで見ている。




