浅川佳子
ひぐらしが、行く夏を惜しむかのように鳴いている。木曽福島署に夕闇が迫る。
外の喫煙所で一服した野崎が刑事課に戻って来た。
中山課長が野崎に話しかける。
「浅川を帰したのか?」
野崎は眉間にしわを寄せる。
「それしかないですよ。容疑者とは思えませんから。戸川に送らせてます」
「そうか…」
「どう処理しますかね。県警は納得しないでしょうね」
「前回の事件だって納得していないからな。それと画像は残って無かったんだろ」
「浅川が言うには撮ったはずだって言うんですがね。映ってないんですよ。ノイズみたいなものが入って、事故前は映ってるんですよ」
「殺害の瞬間は映ってない」
「音は残ってるんです。鑑識の分析だと、それで浅川の位置はある程度推測できるらしく、殺害現場からは離れていたらしいです。詳細は県警の科捜研に確認してもらってます」
「証拠は数点残ってるんだろ」
「今回は遺体の部位が残ってますからね。ただね、それが問題なんですよ」
「歯形だろ」
「そうです。浅川の証言を裏付けるんですよ」
「ゾンビ…」
中山が天井を仰ぐ。「どうするんだ」
「発表ですか?」
「そう、前回も不明で調査中ってやったら、長野日報がすっぱ抜いただろ」
「浅川はブンヤですからね。止められないです。おかげであそこは売り上げが倍増らしいですよ」
「県警に任せるか」
「それしかないでしょう」
中山は首を振ると質問する。
「それでどうする?」
「戸川は何故か浅川に心酔してるところがあります。彼女を浅川の保護目的でへばりつかせますよ」
「そうだな。その線がいいだろう。県警への言い訳にもなる」
「これで終わってくれればいいが」
「どうですかね」
戸川が運転する警察車輛に浅川が乗っている。
浅川はしばらく無言だ。
「浅川さんの車は、こちらの捜査が終了次第お返しします」
浅川はうなずく。
「それと今後はしばらく、私が浅川さんの保護を担当することになりました」
初めて浅川が戸川を見る。
「あなたが?」
「ええ、ああ、頼りないですか?」
「そんなことはないけど…」
戸川は唇をかみしめる。
「許せないです。あんな良い人達まで殺すなんて」
浅川はまた戸川の顔を見る。童顔の戸川が憤った顔をすると妙にかわいらしい。
「そうね」
「あの、私も協力させてください」
「協力?」
「ええ、悪霊退治です。うちの上はいまだ半信半疑です。県警なんかは全否定しています」
「そうね。県警からは報道するのも差し控えるように言われてるからね」
「現場を見たらあんなこと言えないです」
浅川はうなずく。そしてあの光景を思い出す。ただ確かにあれを信じろと言うのが無理な話だとも思う。
「浅川さん、これからどうしますか?」
「祓いしもいなくなったしね。あの悪霊を祓うなんて奇特な人間がいるなんて思えないしね」
「みんな尻込みしますか?」
「今回も萩原教授だからやってくれたところもあったんだ。結城宮司は有名な方だから、あの人でも駄目だったという噂は広まったからね」
「じゃあ、このままですか?」
「そういうわけにはいかない。私にも意地がある。敵を取る」
戸川が目を丸くする。
「戸川さん、協力してくれるかな」
「もちろんです」
「ビデオ見たでしょ?」
「音声だけでしたけど」
「そうね。残念だけど。でも萩原教授が最後に言った言葉が気になってる」
「えーと、京極じゃなかった、でしたか?」
「そう。あれ、どういう意味かな?」
「骨壺で封印されていたのが、京極じゃなかったということですかね?」
「うーん、どうかな。古文書に書いてあった通りに骨壺もあったから、あれが京極じゃない訳はないと思う」
「じゃあ、何だろ」
「私は今回事件を起こした悪霊が、京極じゃないかもしれないと思ってる」
「え、でもそれじゃあ、あの職業訓練校で起きた事件はどうなるんです。あの場所だから起きたんじゃないんですか?」
「そうなのよね。だから解せない。あの場所の必然性があるはずなんだ」
「私もそう思います」
「それで少し気になってるのが、石室の近くにあったという人骨よ」
「ああ、ありましたね。行旅死亡人でしたか」
「そう、あれをもう少し調べてみたい」
「わかりました。明日からやりましょう」
「いいの?」
「大丈夫です。浅川さんの保護を命じられてますから」
「ボディガードね」
「頼りなくて済みません」
今日初めて二人とも笑った。




