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建設会社

 浅川が職業訓練校の建設を請け負った会社を調べた。

 受注したのは大手のゼネコン、大和建設だった。職業訓練校の建設過程を知りたいとの取材を渋々受けてくれた。

 都内の大和建設本社まで行き、広報の榛原はいばら課長に取材する。

 こちらは浅川と萩原教授である。

 大和建設のロビーでの取材となった。国内有数の建設会社で高層ビルの何階かを事務所としていた。受付ロビーは2階の共有スペースで、ガラス製のローテーブルに近代的な椅子があった。

 摺りガラス製のパーティションで区切られた、打ち合わせ場所に田舎者の二人が座っている。萩原は都内で学会もあるので、物おじしないのだろうが、容貌がとにかくダサい。それで田舎者丸出しに見える。浅川は元から田舎者である。学校もずっと長野だった。都内にはたまにしか出かけない。ものおじするのは仕方が無いと自分に言い聞かせる。

 あらかじめ取材の目的を話してあったので、榛原は資料を持って現れた。

 浅川がこれまでのいきさつを簡単に話す。話を聞くにつれ、榛原の顔がこわばってくるのがわかる。現在までに行方不明を入れて、7名もが何らかの事件に巻き込まれていると聞くと、絶句した。

 萩原が話す。

「それで我々は更地にした時に、石室を壊したことを懸念しています。実際、どういった経緯だったのでしょうか?」

 榛原は汗ばむのかハンカチで顔を拭うと、テーブルに置いてある冷たいお茶を飲む。

「どこからお話すればいいですかね…。まず、ご承知のように建設会社と言っても弊社はゼネコンです。すべての工程をうちが行うわけではないんです。こう言うと語弊があるかもしれませんが、作業自体は把握していますよ。ええ、もちろん。ただ、実作業については関連会社が行っているんです」

 なるほど少し話が見えてきた。浅川が話をする。

「実際に更地に戻したのは、関連会社さんだということですね」

 ふたたび汗を拭く。

「そういうことです」

 萩原がさらに追い打ちを掛ける。

「ただ、石室を破壊するという判断は御社側なんですよね」

 榛原はいったん宙を仰ぐ。

「まず当地は遺跡調査の対象ではありませんでした。ですから、今、石室とおっしゃいましたが、それが果たしてそう言ったものなのか、単なる大石だったのかは、はっきりとしていません」

 大石ときたか。萩原が確認する。

「確か、もし遺跡に該当するようなものの場合は別途、自治体の判断が必要ではなかったですか?」

 榛原は来たかと言う顔になる。

「遺跡かどうかの判断ですが、土中から土器、石器、古銭などが出ればそうですが、あの石についてはそう言ったものでは無かったと記憶しています」

「つまり、そのまま撤去したということですね」

 榛原は少しだけ言いよどむ。

「そうです。法律に則って作業指示を出しました。もちろんお祓いなども行っていますよ」

 そう言って資料の中から、更地になる前の石室の写真を見せる。

 奈良にある石舞台のような、はっきりとした古墳ではないが、大石が理路整然と置いてあった。1m程度の丸みを帯びた石である。昔で言えばこの大きさだと3尺ぐらいなのか。周囲が丸くなっており、見ようによっては単なる石とも思えなくもない。

「ここからは何も出なかったということですね」

「そうです」

 この榛原の話をどこまで信じられるだろうか、やはり下請けから話を聞きたい。

「具体的に作業なさった関連会社さんに話を聞けますか」

 榛原の顔が明らかに曇る。

「その必要がありますか?」

「ええ、是非お願いします」

 榛原は渋々、その下請けを紹介してくれた。


 紹介された会社は長野県に事業所を持つ、中堅の建設会社だった。どうやらここが訓練校建設を主に請け負ったようだ。そして驚くことに、更地に戻したのはさらに孫請けとなる地元の工務店だった。

 なるほど今はそういうことか。費用を抑えるためにどんどん下請けに作業を出す。工務店は木曽福島から近い『毛利工務店』というところだった。

 そことは三日後に打ち合わせの機会が取れた。


 再び萩原教授とその毛利工務店に出かける。

 木曽福島からはさらに山側に入って行く。そこは森の中にある、全体が樹でできたペンション風の工務店だった。従業員は10名程度の会社らしい。

 入口でチャイムを鳴らすと、40歳そこそこの若い社長が出てくる。

「長野日報の浅川と申します。こちらは長野科学大学の萩原教授です」

「毛利です」

 浅黒いスポーツマンタイプの社長なのだが、どこか不安げに見える。

「お入りください」

 事務所の打ち合わせスペースに案内される。

 打ち合わせ場所と言っても設計作業をする場所の横に、パーティションで区切られた椅子とテーブルがあるだけだ。それでも内装は樹を有効利用した部屋で、落ち着いた雰囲気ではある。

 名刺交換と簡単な時候の挨拶の後、浅川は早速本題に入る。

「職業訓練校の事件についてはご存じでしょうか?」

 毛利の顔がこわばる。「ええ、知っています」

「それで、どうやらあそこにあった石室が影響しているようなのです」

 毛利は増々渋い顔になる。

「御社で実作業を行ったと聞いています。その内容をお聞かせください」

 毛利は覚悟を決めたかのように話を始める。

「あの場所は建設現場の半分程度が未開発だったんですよ。いわゆる樹が生い茂っている自然のままといった感じでした」

 そういいながらノートパソコンを使い、写真を見せる。

 確かに森と言うものでは無いが、背丈の低い樹が生えているのがわかる。

「こういった樹の伐採と更地にする作業を請け負ったんです。それとその後の倉庫の建設もうちがやりました。それほど大木もないので何とかなると思ったんですが、森の中から例の大石が見つかりました」

 パソコンのモニターにあの石が出てくる。

「いきなり木々の中から出てきたので何事かと思いました。それでもそれほど大きな石でもなかったですけど…」毛利が言いよどむ。

「何か気になることがありましたか?」

「見て気が付きました。明らかに人為的な作業だと思ったんですよ。誰かが石を置いたんです」

「どうしてそう思われたんですか?」

「石の周囲を小石や粘土質の物体で塞いだ跡がありました」

 萩原が食いつく。

「つまり大石全体を塞いであったんですね」

「そういうことです」

 モニターにはそういった塞いだ跡が見える。確かに小石と粘土質のものが石を封印していた。

「それでどうしたんですか?」

「うちで判断できることではないので、親会社に確認しました」

 つまりは長野の建設会社ということだ。

「担当者に見てもらったんですが、結局、そのまま作業していいということになりました」

「そうなんですか?」

「ええ、遺跡調査対象ではないということと、あの辺りには古いものは無いというんです。あっても江戸時代ぐらいだから、遺跡としての価値は無いと言われました」

「いやそれはないでしょ。明らかに何かを封印したものです。確かに遺跡としての価値は無いかもしれませんが、それはずさんだ」

「そうは思うんですが、うちは下請けなので従うしかありませんよ。それとお祓いはちゃんとやるとも言ってました」

 浅川も唖然とする。なんともいい加減な話ではないか。それが原因でたくさんの命が奪われたことになる。

 萩原が慎重に質問していく。

「石を退かせたわけですよね」毛利がうなずく。「中には何がありましたか?」

 毛利がパソコンを操作する。するとあろうことか、ここでいきなりモニターが落ちる。

「あ、あれ?」

 萩原が心配そうにパソコンを覗き込む。

 それから毛利が再起動を掛けようとするが、以降は立ち上がることは無かった。

「困ったなあ。仕事でも使うのに」

「画像はこの中にしかないんですか?」

「そうです」

「親会社にはデータを送らなかったんですか?」

「ええ、必要ないということでした」

 浅川は絶句する。

 萩原が気を落ち着けるように質問する。

「では毛利さんが覚えていることを教えてください」

「そうですね。石を動かした跡には石室がありました。1m四方の小さなものでしたが…」毛利は一呼吸置く。「そこに壷があったんです」

「壷ですか…」

「骨壺のようなものです。ただ、蓋が締まっていて、それも粘土で固められていました」

「封印されていたわけか。それでその石室には何か細工がありましたか?」

「ええ、ありましたね。周囲に呪文のようなものが書かれていました。画像があればよかったんですが…」

「呪文ですか。他には何かありましたか?」

「そうですね。壷にも星形のマークがあったと思います。落書きのような星形です」

「五芒星か」まさに陰陽道における魔よけの印である。「それでその壷はどうされたんですか?」

「捨てるわけにもいかないので、実はそのままあの倉庫の下に埋めてあります」

 二人が驚く。

「壷のままですか?」

「そうです。あの倉庫は掘り起こすような基礎工事はしていません。ですからそのまま地中に埋めたんです」

「場所はどこになりますか?」

「倉庫で言うと真ん中の部屋の中央部分ですね」

 萩原が唸る。

「結城宮司が悪霊を封印しようとしたのは、まさにあの場所だった」

「間違いではなかったんですね」

「そういうことです。結城宮司は場所までわかっていたことになります」

「ただ、襲われてしまった」

 萩原が宙を仰ぐ。

 浅川が質問を続ける。

「他には何かありましたか?」

「他ですか…」毛利が記憶をたどる。「ああ、そうですね。それ以外にあったのが、石では無かったんですが、石の近くから人骨が見つかりました」

「人骨!」

「ええ、ですからそれは警察に連絡してあります」

「で、どうなりましたか?」

「確か身元不明で処理されたはずです」

 萩原が聞く。

「それは古いものだったんですか?」

「いえ、そこまで古くなかったのかな。一部遺留品もありました。浮浪者か何かではないかとの話でしたね」

 初めて聞く話だ。事件とは直接関係は無いのかもしれないが、人骨とは気になる話だ。

 毛利とはそれ以外にも様々な話をし、情報収集するが、それ以上新しい発見は無かった。


 浅川も松本市に戻るために、萩原を車に同乗させて帰途につく。

 今日の収穫は大きい。

 助手席に座って、萩原は先ほどから考えこんでいる。

「萩原教授、見えてきましたか?」

「そうですね。間違いなく封印されたものがあった。それもあの場所にです」

「結城宮司は再度、封印を試みたんですよね」

「そういうことです。ただ、失敗した。そこが解せない。あれほどの祓いしです。日本でも有数の人物です。悪霊はそれを上回る霊力だとすると、考えるだけで空恐ろしい」

 浅川は恐る恐る質問する。

「どうしようもないですか?」

「そうですね。ただ、このままでは被害が増える一方です。誰かが何とかしないとならない」

「はい」

「我々にも霊についての技術的蓄積があります。熊野修験道とは違ったアプローチも出来るでしょう」

「お願いします」浅川にできることはお願いしかない。

「私は元々民俗学を研究していました。その中で日本由来の民話や古文書などから、そういった霊だとか物の怪などの話に興味を持ったんです」

 浅川がうなずく。

「研究するにつれて、今言ったような霊魂などが日本だけでないことに気が付きました。西洋、東洋だけでなく、アフリカや中近東、それこそ世界各国で同じような霊についての話があります。それがどこから来るのかを考えました」

「興味深いですね」

「私はそれが人間の本能から来ていると思います。恐怖の存在です。人間の力では到底かなわない何かが存在しているといったものです。まあ、言い換えれば死の恐怖から来ていると思っているんですよ。生物固有の恐怖とは死です。飢餓、殺戮、天変地異、そういった命を失う可能性のあるものがたくさん存在します。それは恐怖であり、抗えないものが存在する。当初はその偶像的存在が霊と考えていたんです。ところが、そういったものが申し合わせたわけでもないのに世界中に存在しているんです。ですから、霊魂が『ある』という観点で研究を始めてみました」

 浅川は初めて聞く話だった。興味津々で聞き入る。

「そういったものの中に悪霊の存在がありました。よくあるのが動物が人間に憑りつくものです。狐憑き、蛇、西洋では狼ですね。ああいったのも悪霊の仕業だと思います。その中でも、もっとも厄介なのが人間が取りつくものです。人間というか悪魔ですね」

「悪魔…」

「実際、そういった事例も数多くあります。私はそういったものの研究と、それにどうやって対応したのかも調べていきました。いわゆる悪魔祓いというやつです」

「結城宮司がなさったのもそういう祓いですよね」

「まさにそうです。私は研究者です。そういった世界中の祓いしがどういった作業をするのかを調査研究しました。私の研究室ではそういった祓いについてある方法を構築しているんです」

「祓いですか」

「祓いの最適化です。色々なものを融合させて、最適な方法を検討しているんです」

「すごいですね」

「実際、それを使って祓い作業をしたこともあります」

「そうなんですか?」

「ええ、もう何件も実施し、成功しています。昨年、茨城県であった、ある寮での集団自殺事件をご存じですか?」

「ええ、学生寮でしたか、次々と寮生が首つり自殺を続けているということでした」

「知人の学校だったので、私が祓い作業を行いました」

「ああ、そうだったんですか」

「ええ、昭和の話になりますが、あの寮にいた学生がいじめを苦に、首つり自殺をしたそうです。当初はそれが原因だと思われていました」

「違ったんですか?」

「それもあったんです。ところがもっと根が深かった。実際はあの場所が処刑場だったんです。それももっと昔の室町時代です。そういった怨念が積み重なっていたんですね。お祓いはそこまでさかのぼってやる必要があったんですよ。それを踏まえて私の方で祓いを行いました」

「ああ、そうだったんですね」

「すべての霊を鎮める作業が必要でした。以降は自殺は無くなりました」

「それは素晴らしいです」

「ですから、もう少し敵を知ることが必要です。相手は強力です。さっきも毛利さんのパソコンを破壊したんだと思います」

「やっぱりそうですか?」

「おそらく、あの呪文を見せたくなかったんでしょう。それは言い換えれば弱みを見せたことになります」

「なるほど」

「神山神社に古文書があると聞きました。それを調査しましょう。古文書については我々が得意とする分野です。本業は民俗学ですからね」そういって笑顔を見せる。

「ああ、そうでした」

「やるしかないです」

 萩原が決意に満ちた顔をする。浅川は心底、この対応が心強いと思った。


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