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萩原教授

 萩原教授は自身の研究の一環として、当事案に係ってくれることとなった。

また、大学ならではの対応として、学生たちや研究員も一緒に事件を調べてくれていた。この人海戦術は心強いばかりだ。彼らはこういった霊魂などについての知見がかなりあり、悪霊というものには抵抗感が薄いようだ。

 萩原はまず、今回の事件の当事者からの聞き込みを優先する。事件の全貌を明らかにするつもりらしい。敵を知ることから始めようということだ。

 最初の行方不明事件は昨年12月の浅川の兄、新三郎になる。職業訓練校で経理担当として昨年の4月に採用になっている。

 職業訓練校はあの鬼の事件以降、休校になっていた。こんな状態で授業が出来るわけもないのだ。今回は取材と言うことで、関係者にはなんとか出校してもらっていた。


 学校の会議室で、萩原と浅川が訓練校の経理課課長に話を聞いている。ただ、それは浅川が何度も確認済の事項となり、浅川にとっては新しい発見は無かった。経理課所属だった夢野について質問するが同じだった。 

 次に経理課の同僚に話を聞く。普段の行動把握には、管理職よりも同僚の方が情報を得やすい。夢野とは同時期に入社した脇坂玲子という女性だ。

 打ち合わせ場所に、経理課長と入れ替わりで、その脇坂が入ってくる。彼女はひどくおびえていた。

 浅川は脇坂とは面識があり、萩原教授がどういった人物かについて説明すると、少し安心したようだ。

「大学の先生ですか」

「ええ、そんな風に見えないようで、よく誤解されます」

 髭面が笑顔で答える。

「それで二三質問があります」

 脇坂がうなずく。

「新三郎さんが行方不明になる前、何か気になることは無かったですか?」

 これは浅川も何度も聞いた質問だった。やはり脇坂は同じように答える。

「そうですね。特に気になるような出来事は無かったです」

 ここで萩原はメモを見ながら話す。

「行方が分からなくなったのは12月の20日ですね。この時期だと経理課は年末の手続きで忙しかったのではないですか?」

「ああ、そうですね。12月のボーナス支給は終わってますから、年末の経理処理ですか。ただ、基本的な作業はルーティン化されているので、そこまで忙しくもなかったかな」

「でも浅川新三郎さんがいなくなったわけですから、余計に多忙だったでしょう?」

「そうですね。ただ、それについては夢野さんがフォローしてくれていましたから、何とかなりましたね」

 夢野を思い出したのだろうか、少しつらそうな顔になる。萩原は年末ということをキーワードに、記憶を呼び覚まそうとしたのだろう、なかなかのテクニックだと思う。

「新三郎さんで他に何か思い出すことは無いですか?」

 脇坂は少し考える。そして浅川を少し見る。

「とにかくおとなしい方で、あまり話をした覚えがないんです。仕事はこなすんで助かるんですが、プライベートでの接触はほとんどなかったです」

 なるほどそういう兄だった。浅川も同じ印象を持っていた。

「何かにおびえていたようなことは無かったですか?」

 脇坂はしばらく考える。

「いえ、特には覚えていません」

「そうですか。では次に夢野さんについての質問です。事件前、彼女はどんな様子でした?」

「夢野さんはひどく怯えていました。続けざまにこの学校の関係者が事件に巻き込まれていたから、次は自分の番じゃないかと…」

 浅川もフォローする。

「まさに事件の前日に私も相談されました。学校を辞めたいような話もされていましたね」

 萩原が再び脇坂に向き直る。

「なるほど。それで事件を聞いてどう思われましたか?」

 増々脇坂の顔が曇る。少し唇が震えている。

「あんなひどい殺され方は無いと思いました。虫ですよ。それも…」言葉を継ぐのもためらわれる様だ。

「ええ、確かにそうですね。気味が悪いですよね」

「というより、夢野さんは特にあれが嫌いだったんですよ。学校でもたまに見かけると大騒ぎでした」

「女性はみんな嫌いですよね」

「ええ、でも夢野さんは特に苦手みたいで、コオロギでも怖がっていました」

「それはかわいそうでしたね」

 萩原はメモすると、質問を続け、ある程度理解したようで、脇坂への聞き取りは終了となった。

 続いて総務課長が呼ばれる。総務課では主任だった岸夏彦が行方不明となっており、再雇用だった庶務係の沢村祐介が、熊による獣害で遺体となって発見されていた。岸夏彦が行方不明になったのは5月2日、沢村祐介は6月15日と続けざまに総務課の職員が事件に巻き込まれている。

 総務課長の榊原は44歳、さすがに彼にも疲労の色が伺える。

 同じように萩原が質問を始めると、榊原は思い出しながら答えていく。

「二人とも事件前に変わった様子は無かったんですね」

「そうです。ただ、事件が続いていましたので二人とも気にはしていました。何か、この学校にあるんじゃないかという」

「そうですか」

「それと沢村さんは再雇用と言うこともあって、辞めたいと話をされていました」

「なるほど、あの変な話をしますが、沢村さんは熊を怖がっていませんでしたか?」

 榊原がはっとする。

「ああ、そうです。彼の住んでる地域は山側なんで熊が出るんじゃないかって、怖がっていました。でもどうして?」

「熊に襲われたんですよね」

「そうらしいですね。ただ、遺体は熊にやられたとは思えないという話でした」

「同じように岸さんが、何かを恐れていたようなことは無かったですか?」

「恐れていたですか?」

「ええ、世間話でいいんですが、例えばモンスターだとか、そういった想像上の生物を怖がっていたようなことは無かったですか?」

 榊原は考える。

「いや、わからないです。そういった話はしていなかったな」

「わかりました」

 萩原は何を聞こうとしているのか、浅川には理解できなかった。


 次に呼んだのは介護福祉士養成科の学生、谷山翼だ。彼は行方不明となった沢村仁の同級生だ。

 谷山は30歳で、沢村仁も33歳と歳も近く社会人経験者でもあり、気が合ったらしい。アパート暮らしをしており、お互いの家を行きかいするほど仲が良かったとのことだ。

 萩原が同じように質問していく。そして例の質問が出た。

「沢村さんが特に怖がっていたものはありませんでしたか?」

「怖がっていたものですか…」谷山が考えこむ。そして言った。

「けっこう子供みたいなところがありましたね。ほら、恐竜とか、そういった映画がありますよね。なんかああいうやつが怖いみたいでしたね。怪獣映画もそうだったかな」

「そうでしたか」

 萩原が満足げな顔になる。


 谷山との会話を終えて、浅川が萩原に質問する。

「被害者が生前怖がっていたものに興味があったようですが。教授の質問の意図は何だったんですか?」

「あれですか…、推測なんですが、悪霊が作り出したものは、被害者たちが恐怖するものだと思ったんです」

「ああ、なるほど」

「実際、何に襲われたのかがはっきりとしているのはカラスとゴキブリ、熊、そして鬼ですか。そして被害者からの証言らしきものが取れたのはカラス、ゴキブリ、熊についても生前怖がっていたことがわかっています。結城宮司たちはそれが鬼なのかもしれません。つまりそういったものを悪霊が作り出して襲わせたのだと思います。行方不明者についても、もう少し詳しく調べた方がいいかもしれませんが、先ほどの沢村さんは恐竜だと言っていましたね」

「ああ、そうか」

「そうです。ティラノザウルスに襲われたとすると骨も残らないでしょうからね」

「そういった恐怖の対象を作り出せる悪霊なんですね」

「この悪霊の悪霊たるゆえんのようなものです。どうしようもない悪意を感じますね。もっとも恐怖する物で襲わせるという。浅川さんは記憶にないとおっしゃいましたが、新三郎さんもそういった恐怖の対象に襲われたのだと思いますよ」

 そういうことか、ただ、浅川は新三郎が何に恐怖していたかはわかっていない。

「まだ、わからないことだらけです。被害者たちがどんな選別を受けて襲われていったのかもわかっていません」

「選別ですか?」

「ええ、通常、こういった霊に攻撃を受けるのは、禁忌きんきだとか穢れ(けがれ)だとかに触れたりすることが一般的です。ところが今回はそういったことでもない気がしています」

「禁忌、穢れですか?」

「禁忌はタブーのことです。禍を生むものです。穢れとは簡単に言うと不浄な物ですか。宗教的に汚れたものかな。そう言ったものは避けなくてはなりません。

 おそらくですが、学校を建てる前にあったという石室が、関係しているとは思っています。それに封じ込められていた悪霊が解き放たれた結果、今回の惨劇が起こったと考えます。それが禁忌や穢れになります。つまりはその跡地に触るなりしたものが襲われているなら、理解できるのですが、そうではないようだ。でも何かのトリガーがあると思うんです。それがよくわからないんですよ」

「これまで襲われた人間に、何らかの共通点があるということですか?」

 萩原がうなずく。

「祓いしだった宮司たちは別ですが、それ以外は何かの共通点があったのではないかと思っています」

「そうですか、わかりました。私の方でも調べてみます」

「ええ、よろしくお願いします」

 萩原教授は荷物をまとめながら、浅川に話す。

「結城宮司たちが命を落とされた現場を見られますかね?」

「ああ、どうですかね。いまだに非常線が張られたままだと聞いています」

「そうですか、まあダメもとで見て見ましょうか」


 萩原と浅川が倉庫前に来る。

 浅川は思わず、目を伏せる。やはりあの光景が浮かぶのである。これまで生きてきた中であれほどの衝撃を受けたことはない。そしてこれからもないだろう。

 黄色と黒でひねられたロープが倉庫前に張られ、人の侵入を拒んでいた。

 そこには制服の警察官がひとり常駐しているようだ。

 萩原が浅川に話す。

「中に入れないですかね」

 浅川は考える。そして野崎警部に電話をしてみる。

「野崎さん、実は…」そういって萩原教授について説明する。野崎は萩原に代わるように言い、しばらく二人で話すと入室許可が出た。

 電話を使って野崎が常駐警官に話をつけてくれたようだ。それを受けて二人が倉庫内に入って行く。

 倉庫に入ると、廊下が横に走っており、そこに3つの部屋があった。それぞれに両開きの扉が付いていた。それを開けて中に入る。

 真ん中の部屋に祓いを行った形跡が残されていた。

 棚が動かされて、中央部にスペースが設けられていた。間違いなくここで祓い作業を行ったのだ。

 萩原が慎重に部屋の中に残ったものを確認している。

「部屋の中央に木片が残っていますね」

 確かに角材のような木片が残されている。

 萩原がそれを拾う。近くで見ると何かの文字が書かれていた。

「これはよりしろでしょう。宮司はこいつに悪霊を封じ込めようとした」

「でも駄目だったんですね」

「そういうことです。こいつからは何も感じない。単なる木片です」

 萩原が周囲を確認する。そこには理路整然と護符やお札、塩、何かの灰のようなものまでが、皿に乗って置かれていた。

「これは護摩灰ですね。護摩焚きを行って灰が残ります。この灰は業障―罪穢れが焼かれた証のはずですが、うまくいかなかったのかな。すべて失敗したということです」

「わかるんですか?」

「ええ、だって悪霊は封じ込められていなかった。だから宮司たちは襲われたんです」

「どういうことでしょうか?」

「悪霊は結界の外にいたということかな。それとも結界を無視したのか…」

 萩原が部屋の中をうろうろしだす。上をむいたり、下を向いたり、はたまた、別の部屋に行ったりする。そうして20分ぐらいそこでうろうろしてから、検証を終えた。

 常駐警察官に終了連絡をする。

「浅川さん、やはり石室が鍵だと思われます。一度、建設会社の担当者と話がしたいですね。実際、どういう状況だったのかをはっきりさせないと」

「わかりました。当ってみます。またこちらから連絡します」

「はい、よろしくお願いします」

 浅川は萩原の前向きな態度に心底感謝する。この人は信頼に応えてくれる人物だ。素直に尊敬した。


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