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木曽福島神山神社

長野県の木曽福島で事件が起きます。神山神社の境内で遺体が発見されました。木曽福島署の刑事たちが駆け付けます。

 かつては中山道の宿場町として、福島宿の名で栄えたこの地は、現在木曽福島と言う名称となっている。

 その木曽福島の山間やまあいの林道を行くと神山神社がある。

 ここは室町時代には、すでにあったとされる由緒ある神社である。鎮守の森があり、鬱蒼とした山林に囲まれ、真夏でも風が吹くと涼しさを感じるほどだ。

 神社には本殿があり、その手前には子供たちが走り回れるほど広い境内がある。

 ここの宮司、阿久津は今年で77歳。毎晩、夜は9時には就寝する。妻に先立たれ現在は一人暮らしとなり、身の回りの世話は地域の家政婦に頼んでいた。

 その阿久津は、このところこの地で起きている異変ともいうべき事態に戸惑っていた。神社の宮司として不安めいたものも感じていた。ここに何かが起きているのだ。それが何なのか、彼では対処できないことなのか。それでも何とかせねばとそんな思いでいた。

 年齢が行くにつれ、聴力も落ちてきて宮司の仕事にも差しさわりが出てきた。よって仕事中は補聴器を付けている。普段は何事も無ければ補聴器は付けない。今も補聴器はつけていない。そして、いつものように床に就く。

 ただ、今夜は妙に寝付けない。いつもはこんなことはないのだが、何か悪寒のようなものを感じる。それも目や耳からと言った感覚ではない。とにかく体全体から気配を感じるのだ。宮司としての本能ともいうべき力なのかもしれない。

 そしてどこからか、音も聞こえる気がする。補聴器を外しているので、そこまで聞こえるはずがない。いつもは静寂しかない深い森の中である。ただ、とにかくそんな気がしてしまう。明日の仕事に差し支えるので眠ることを優先する。

 日中の疲れもあったのか、それでもいつしか寝入ってしまった。


 そして周囲が白々として朝を迎える。

 寝室といっても和室に布団を敷いただけだが、障子越しに何か影のようなものを感じる。何事かと補聴器を付けてみる。

 ザワザワと音が聞こえている。ああ、確かに妙に騒がしい。これはやはり昨晩から続いていた音なのだろうか。確認すればよかったかと少し後悔する。

 宮司は寝巻のまま、障子を開けてみる。渡り廊下の先にはガラス戸があり、そこから境内の様子が見える。

 騒音は境内から聞こえている。

 ガラス戸を開け、寝巻のまま草履を履いて外に出る。

 何故か、冷や汗が全身から湧いてくる。

 何かが境内の真ん中にいる。

 最初、それが何かわからなかった。黒山のような大きな塊である。それが生き物のようにわさわさと蠢いている。そしてギャーギャーとわめいている。

 阿久津が恐る恐るその固まりに近寄る。

 そして思わず絶句する。

 そこには夥しい数のカラスがいた。それが何かに群がっていたのだ。まるで角砂糖に蟻が群がるように、黒山になったカラスの大群が群がっていた。

 いてもたまらず、阿久津はそのカラスを追い払おうとする。ただ、カラスもそこから動こうとしない。何かをむさぼり食っているのだ。突いたり、はぎ取ったり、食い千切っている。

 阿久津はさらに近寄って、よくよく見て思わず腰を抜かす。そして叫び声をあげた。

 それはこの山中に響き渡るような叫びだった。

 カラスが食い千切っていたのは人間だった。


 今や境内には大勢の警察関係者が右往左往していた。

 いつもは静かな町なのだが、今は喧騒状態になっている。非常線が張られ、住民たちがその前でざわざわとうわさ話をしている。その顔色は冴えない、むしろ青ざめている。

 非常線の手前の林道に警察と思われるシルバーのセダンが到着する。中からスーツ姿の二人の刑事が降りてくる。一人は年配の男性、もう一人は若い女性だ。二人とも険しい表情をしている。

 50歳ぐらいの男性刑事が神社を見る。

「ここか」

 若い女性刑事が言う。

「本当なんですか?」

「さあな。現場を見るしかないな」

「事故ですかね」

「それも含めてだ。遺体を確認しないと」

「それにしてもこの地域でこういった事件が続きすぎです」

「行方不明を入れると、これで5件目か…」

 住民をかき分けるように非常線のところまで来ると、二人に気づいた制服の警察官が近寄ってくる。年配の刑事が制服警官に挨拶する。

「ご苦労」

「野崎さん、現場はその先になります」青い顔で警察官が答える。

 野崎が非常線を越えて、若い女刑事がその後を付いていく。

 境内の先、本殿前にブルーシートが掛けられていた。

 二人でそこに急いでいく。

 ブルーシート前には警察官たちが数名待機していた。

「野崎さん、お疲れ様」

 野崎がそれを受けて話をする。

「御遺体はこれか?」

 警察官がうなずくが、顔色はさえない。女性刑事はのどに詰まった痰を切るかのように確認する。

「見ても良いですか?」

「ああ、いいんですが。戸川が見てもいいのかな」そう言って警官が口よどむ。

「何か、問題ありますか?」

「まあいいか」

 戸川と言われた女性刑事がブルーシートをそっと開けた。

 そして絶句する。これまでも遺体を確認したことはあった。水難事故での腐乱死体や独居老人の遺体も見たことはあった。しかし、そこにあったのはこれまで見たこともないものだった。あらかじめ話は聞いていたのだ。ただ、それを信じることは出来なかった。

 そこにはわずかに肉片が残っただけの白骨遺体があった。なまじ肉片が残っているだけに、その不気味さは際立っていた。頭の部分の髪の毛はとぎれとぎれで残ってはいるが、目や鼻、口などの造形物がことごとくはぎ取られていた。基本的には赤黒く血痕を残した骨が存在しているだけだ。また着ていた服だろうか、布切れのようなものもそこら辺に散乱していた。白骨死体と言うものでもない。肉片と骨があるだけだ。

 戸川が現場を後にして、後方で嘔吐えずく。

 そしてブルーシートをはみ出すようにして、黒い羽根が散乱している。遺体にもその周辺にもあり、夥しい数の羽の量である。

 野崎はかろうじて吐き気を抑えると警官に聞く。

「これはどういうことだ?」

 警官は首を振る。

「よくわからないんですよ。現場に来たらこの状態で、おそらくカラスにやられたんじゃないかと思うんですが」

「カラス?」

「ええ、現場に来た時には、まだ遺体に群がっていましたから」

「いや、しかしここまで食い散らかすか?」

「神社の宮司が発見されたんですが、その時にもカラスが群れていたそうです。詳しい話は宮司からお聞きになったほうがいいでしょう。あそこにおられます」

 警官が指さした方向に老人がいた。寝巻だろうか浴衣のような和装で、宮司の衣装を着ていないので普通の男性に見える。

 野崎が戸川を見るが相変わらず、うずくまっている。仕方ないと一人で宮司のところに向かう。

 宮司は茫然と佇んでいた。

「木曽福島署の野崎です。阿久津さんですよね」

 野崎は宮司と面識があった。

「はい、そうです。宮司の阿久津と申します」

「ご遺体を発見された状況を教えてください」

 阿久津は心を落ち着けるかのように、つばを飲み込む。

「私は普段は補聴器を使っているんです」

 宮司の耳には耳掛け型の補聴器が付いていた。

「夜は外しているので音はあまり聞こえません。それでも何やら鳴き声のようなものが聞こえてはいたんです。ただ、夜ですから、気のせいかと思い、そのままにしていました。しかしそれだけたくさんいたんですね。それがまさかこんなことになっていたとは…」

「夜ですか、それは何時ごろになりますか?」

 先ほど話をした警官が話に加わる。さらに戸川が青ざめた顔で、何とか話に加わろうと近寄ってくる。しかし顔は真っ青だ。

「寝たのが9時頃ですから、その頃かな」

「9時頃ですか」

「そのまま就寝してしまったんですが、どうにも気になって朝早くに境内をのぞいてみたらこの有様でした」

「カラスはいたんですね」

「ええ、それが夥しい数で、いままであんな数は見たことがない。カラスが小さな山のようになって群がってたんですよ。それで必死に追い払ってみたら、あの遺体があったんです」

「時間はいつ頃でしたか?」

「4時半ごろですか。周囲が白んできたころです」

 野崎は警官に質問する。

「岸君、御遺体の身元を明らかにするものはなかったのか?」

「一応、かばんと所持品が残ってしました」

「そうか」

「ええ、町内に新しく出来た職業訓練校の学生さんのようです。着ていた制服がそれですし、学生証が残っていました。名前は鈴木幸人さんだと思われます。確認の意味でも後からDNA鑑定が必要にはなります」

 岸が見せた学生証は血で汚れていたが、顔写真があり、おとなしそうな男の子が映っていた。10代なのは間違いない。

「事件性は無いということかな」野崎が聞く。

「詳しくは司法解剖をするしかないですね。ただ、ご遺体がここまでの状態だと、どこまでわかるのかは不明です。こんな事件は滅多に起きませんからね」

「俺もこんな事件は初めてだ」

 野崎が宮司に向かって話す。

「この学生は何故、ここにいたんですかね?」

「ああ、それはですね。学校はこの先にあるんですが、寮がこの神社を通った先にあるんです。ですから寮生たちはこの境内を通過していくんです。近道ですからね」

「寮はこの裏ですか?」

「そうです。500mくらい歩くとありますよ」宮司が裏手を指さす。

「野崎さん、寮に行きますか?」戸川が聞く。

「ああ、行ってみよう」

 野崎たちは車で寮に向かう。


 相変わらず青ざめた顔で戸川が運転している。脂汗のようなものまでかいている始末だ。

「戸川さん、大丈夫か?無理するなよ」

「すみません。あまりにひどかったもので…」

「気にするな。俺も50歩100歩だ。あんなひどい遺体は初めてだ」

「はい、ご遺体に失礼な話ですが、白骨死体の方がまだましかと」

「そうだな。独居老人の腐乱死体も見たことはあるが、あれよりはましかもしれない」

「しかし、カラスがあそこまで襲いますか?」

「そうだな。まずありえないと思う。ハゲタカでもあそこまでにはならないだろう」

「どうしたんですかね」

「そうだな。専門家の意見も必要かもしれんな」

「ええ」

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