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パリスの弓矢  作者: happy
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播磨純一 

 「”英雄”王谷将文 東京で行われるメジャーリーグ開幕戦に向け日本凱旋」


午後22時。そんなスポーツニュースをぼんやり聞き流しながら純一は軽自動車を走らせていた。


都心とはいえ繁華街から少し離れた道路は薄暗く、ライトを点けていても一寸先の道程は心許ない。


大がかりな右折によって助手席に置いたチャックを開けたままにしたカバンは散乱する。


信号が赤になったらその隙にカバンを整理しようと思うがこういう時に限って青の灯は気が長い。


そんな青信号の気長さに反比例して純一の気は短くなる。


「明日玲央の幼稚園のママ友と家でお茶会をするからあなたは明日どこかで時間を潰してて。」


仕事が終わり車を発進させる前に惰性で開いたスマホのホーム画面に映ったLINEの通知文。


通知表示だけで確認できてしまう短い文章。


この短い一文に妻・玲華の自分に対しての諦めと侮蔑が込められているのを察してしまう。


純一は週3~4の日雇いアルバイトをしているが当然その賃金で生計を、ましてや妻と息子の玲央を養え


るわけもなく我が家の家計は税理士である妻の収入で支えられている。


大学を卒業してすぐは資格予備校の営業をしていたが朝早く起きて1日同じ仕事を繰り返す。


それがめんどうでめんどうで仕方がなかったからGW明けにそのままばっくれた。


大学時代付き合っていた彼女・有香と同棲をしていて、家賃や光熱費は全部彼女が払ってくれていたから


仕事を辞めても衣食住には困らなかった。


しかし彼女も新卒だったので都内で2人暮らしとなるとかなり家計は厳しかったが


有香は文句も言わず1日中働かない自分の生活の面倒を見てくれた。


だけど競馬の軍資金も心もとなく服やアクセサリーを満足に買えない生活は我慢ならなかった。


ある日会社を辞めた後の年金の支払いに関しての相談で出会った税理士の女性からアプローチを


かけられたのをきっかけに付き合いやがて結婚した。それが今の妻である玲華だ。


付き合っていた有香に別れ話を切り出すのはめんどうだったから、LINEで一言「別れたい」と送り、


通知をブロックした後に家にある最低限の荷物をボストンバッグに詰めてそのまま出て行った。


それからは一度も連絡を取っていない。


大学、いや遡れば自分は中学時代から異性にかなりモテた。


自分ではあまり気にしたことはないが、自分の180cmの細身な体型と顔のつくりは世間の女子からは


かなりウケるらしい。


元々勉強も運動もからっきしだったので小学校時代では学校の人気者ではなかったが、


中学以降から女子に定期的に告白を受けるようになった。


相変わらず勉強も運動も全然できなかったがそれでも自分に好意を寄せてくる女子は途切れることが


なかった。「見た目」という武器の殺傷力を実感した。


異性との付き合いは正直面倒なことの方が多いがそれでも自分の世話をしてくれる存在はありがたかった


から中学から大学まで異性を「利用する」付き合いは続けた。


おかげで基本面倒くさがりな自分は、34歳になった今でもなあなあで生きてこれた。


しかし、息子が産まれてからこのぬるま湯人生にも陰りが見え始めた。


いくら見た目が良くても「親」という身分ではそれも意味を成さない。


明日仕事は入っていないが自分が日中家にいれば当然ママ友からの心象は悪い。


「明日はイオンでもぶらつくか…」


そんなことを口に出すとみじめな自分をより明確に再認識してしまった。


信号の邪魔が入らないならいっそスピードを出してイライラを吹っ飛ばそう。


そう決意した直後に前の信号が通過する手前で黄色に変わった。


止まって欲しいと願えば青が続き、かっとばそうと思えば赤になる。


信号にあっかんべーをされている気分になった純一はカッとなってアクセルを強く踏む。


無機物に反骨精神を見せたって仕方がないが、妻からの通知は想像以上に頭に血を昇らせていたらしい。


道路に大きな人影が見えた時にはもう遅かった。


純一は人を轢いてしまった。


この瞬間に純一は2つの大きな過ちを犯してしまっていた。


1つは純一が運転する直前にビールのロング缶を2本飲んでいたこと。


もう1つは轢いてしまった相手が「普通の人間」ではなかったことだ…。


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