制裁
「まさか黒幕Yの正体があの人の元交際相手だったなんて…」
玲華はカラオケボックスの中にいるとは思えない険しい表情でつぶやいた。
そんな玲華を正面に座っていた光と影翔はバツが悪そうに眺める。
「…玲華さん。実は僕例の事件を調査していた時に薄々勘づいていたんです。でも僕は下手に首を突っ込んだら”自分の復讐”の邪魔になると思ったので言い出せませんでした。」
影翔は深々とお辞儀する。
「…もういいわよ。それにしても光、あなたにあんな強かな交渉能力があったなんて驚きだわ。」
玲華は影翔の罪悪感から話を反らせる意味も込めて光に話を振った。
光と有香の対談。
二人の会話を録画した一部始終をヒュドラの表向きなボス氷室に送りつけた。
光は有香の度が過ぎた権力の濫用を逆手に取ることを思いついた。
有香の暴走によってクビを切られた弁護士から影翔はウラ取りをしてくれていたので氷室に送った証拠映像は十分な効力を発揮した。
光は有香のネットワークの一部を把握していたのでそのツテを辿って氷室に直でコンタクトが取れた。
氷室は例の映像を”ヒュドラのボス”に送りつけ、それが有香の罷免を決定的にさせた。
ネットで見るより氷室は意外と骨のある男なのかも知れないと玲華は少し見直した。
「いえ、玲華さんが私にアドバイスをしてくれたおかげです。あなたは堂々としてた方が厄介だって。」
「それ皮肉のつもり?あなたがオドオドした態度を取っていたら黒幕、有香には逆効果だと思ったまでよ。なんとなく彼女の考えが分かったのよ。さすがに”同じ人”を好きになっただけあるわよね…」
玲華は自嘲気味に笑って流した。
「それで影翔くん。この戦いで”ヒュドラ”の首根っこは掴めそうなの?」
玲華は仮にも祝勝会という体で今日集まったのに重たい表情のままでいる影翔に尋ねる。
「…正直何とも言えません。だけど今回ウラ取りをした弁護士の方の話を聞く限り有香さんのような”反乱分子”は決して少なくないそうです。このまま弁護士の方のツテをたぐり寄せていけば意外と速くにヒュドラの心臓にはたどり着けそうです。最も”黒幕”をしょっぴくのは一苦労しそうですが…」
今回の作戦影翔の活躍は光に劣らない重要な役割を果たしてくれた。
今回の作戦で光と私、その家族は身の安全がほぼ保証されたと言ってもいい。
しかし影翔は情報収集やウラ取りに相応のリスクを伴ったがそれに見合うほどのヒュドラに関する情報を得られたとは言いがたいと思う。私と影翔のただならぬ雰囲気を察したのか光が、
「あの…影翔さんはヒュドラと一体何があったんでしょうか?影翔さんがいなかったら今回の作戦は上手くいきませんでした。何かお力になれるかもしれません。」
影翔に尋ねる。
「…別に人に言いふらす程の事じゃないすよ。自分の両親が”ヒュドラ”に多額の献金をして自分は子どもの頃から貧乏だったんです。あげく両親は自殺しました。自分の祖父母に迷惑をかけても目を覚まさない
両親には正直同情よりもいまだに許せないという気持ちが勝ってます。でも元を正せばヒュドラが悪いんで探偵になって復讐の機会をうかがっている時に偶然にも玲華さんに出会いました。」
「…そうだったんですね。有香さんの手先だった私はヒュドラの一員も同然です。すいませんでした。」
光は少し黙ってから影翔に謝る。
最初光にぶっきらぼうな態度を取ってたのは照れというより、光もヒュドラだと思っていたからなのだと玲華は勝手に自己完結した。
「とりあえず今日は楽しみましょう。私はしばらく島根に戻るからあなたたちとちゃんと会える機会はもうないかも知れないものね。」
玲華はそう言って影翔と光にマイクを渡した。
これで万々歳という訳ではないが今日はカラオケの安酒でも美酒と感じれる自信が玲華にはあった…