みんなへのプレゼント
次の日、いつもより早く目が覚めた僕はマルクとフェルノ様の約束を破って日記を読むのに勤しんでいた。
少しだけだよ、少しだけ。もちろん無理に思い出してパニックを起こすのが怖く無いわけじゃないけど、それよりも好奇心が勝ってしまった。
日記には記憶を思い出すような決定的な出来事は書かれてなく、ただ平和な幼少期の話だった。お兄様とかくれんぼをしただとか、お父様が美しい外国の商品を持ってきてくれただとか、あまりにも平和で読んでいて眠くなってきてしまった。
二度寝は良くないと思い今日したいことを考える。学校に行かない生活が続き、することもなくなってきてしまったのでマルクから逃げる口実がなくなってきてしまった。
そこでマルクに授業を始められてしまう前になにか授業を阻止できるものはないかなと企んでいた。
なにかいい案はないかな、、?と考えているとふと僕の執事が復帰してくることを思い出した。
僕の執事のスタンリーは僕が住む国、ティアロスト王国の辺境で難病により療養していたお母様がいる。そのお母様が急な病状の悪化によってここ2ヶ月ほど暇を出されていた。そして僕が目を覚めてから数日して、スタンからお母様を看取ることができたと連絡が入っていた。
明日には帰って来れると言うことなのでクッキーでも焼いて僕が話を聞いてあげよう!名案だ。
スタンには助けられてばかりで感謝しているので少しでも心の傷を癒してあげたいと思った。
よし!そうと決まればシェフにクッキーを作りたいとお願いしよう。沢山作ってみんなにも配って回ろう。
体はだんだん動かせるようになってきたので学園に行っているお兄様以外の3人で朝食をとっている。こうして過ごす時間は記憶喪失のことも忘れ、心安らぐものとなっている。
朝食の時間にお母様がフェルノ様の妹さん、つまり第1王女様が隣国のラケーネ王国から帰ってきたことを知らされた。彼女は花が好きでラケーネ王国で1ヶ月もの間、花を学んだり、色んなところを見回ったりしたそうだ。
まだ10歳とお若いのにすごいな。
僕はその歳じゃ家族の元を離れて1ヶ月も過ごせないよ。
なら、その妹さんの分もクッキーを焼こう!フェルノ様の分は元々焼こうと思っていたしちょうどいい。クッキーはお花の形にしようかな、、なんて考えていたら時間も朝食から程よく経っていて、片付けを終えたであろうシェフのポールを訪ねた。
ポールは快く僕を厨房へと引き入れてくれて、クッキーを作るのを手伝ってくれるそうだ。
貴族が厨房へ入ることは滅多にないが僕のお母様がスイーツ作りが好きなので小さい頃から手伝っていた。
ポールに家庭教師から逃げたのだと伝えると、クッキーだけだと直ぐに作れてしまうし、カップケーキも作ることを提案してくれた。ポールという勉強から逃げる心強い仲間とすることが出来た。昔からポールは僕に甘いから上目遣いでうるうるさせたらこっちのものだ。
大きな袋から量り出す作業やバターを練る作業など力がいるものはポールがほとんど一瞬でしてくれて、僕は最後に粉と混ぜ合わせて、型抜きをしたり、カップに流し込んだりした。つまりいい所だけ貰ったのだ。
作業を終えて、甘い香りを嗅ぎながら2人で持ってきた椅子に座っておしゃべりする。
体が全快してないからタンパク質やカルシウムを沢山とるんだよとか、早く寝るんだよとかお母様みたいなことを言われる。
軽い注意が終わると、急にフェルナンド様はいい人だ、優しいんだ。と言う。急になんだ?と疑っていると
「彼の魔法は見た目は恐ろしくてもちっともそんなことないんだ、忘れないで。」
と懇願するように言われる。
どうしてポールがそんなこと言うの?と聞くと
「ミシェル様に怖がられたらフェルナンド様はきっと立ち直れませんぞ」
さっきとは打って変わってニカッ!っと笑って見せた。
これ以上ポールは詳しく言うつもりがなさそうなので検索はしない。
それからは僕の小さい頃の昔話をされた。
これ聞くの何十回目だろ、、、
最後の「でも今のミシェル様が1番ですよ。」という締めもいつもと一緒だ。
するとちょうどオーブンがなり、クッキーとカップケーキが焼きあがった。
オーブンを開けると甘い香りが鼻いっぱいに広がり懐かしさを感じる。
メイドが用意してくれていた袋に詰めて、仕分けする。クッキーが沢山できたからみんなの袋はクッキーでいっぱいになってしまった。せっかく作ったカップケーキだけど、これを入れることが出来るのはあとフェルノ様だけだ。
残りのカップケーキは手伝ってくれたポールといつもお世話になっているメイドにあげた。
まずはお父様とお母様に渡しに行く。僕がスイーツを作るのは久しぶりだったから2人はとても喜んでくれた。
お兄様には転移魔法で部屋の机に置き手紙と一緒に置いておいた。喜んでくれるといいな。
フェルノ様と妹さんの分は今日夜に渡そう。
余ったお菓子と食べながら、学校の話やポールの家族の話をした。ポールには僕と同い年の娘さんがいる。僕は会った記憶がないけれど小さい頃はたまに遊んでいたらしい。
昼食の準備があるポールとは別れて、部屋へ戻る。
マルクが僕を尋ねていたようだが、留守だとメイドが
伝えてくれていた。やった!作戦通りだ。マルクのためにもお菓子を作ったし、それで許してもらおう。
昼食まで時間が少しあるから日記でも読もうかな。
13歳くらいで日記を書くのを辞めてしまったので残り少ないページでなにか収穫があればと願い続きを読み始める。
授業が始まり、難しいと嘆いてる様子や、面白かった本のメモ書きがされている。この辺りから勉強が忙くなったのか日記の書く頻度が落ちてきた。
しかしもっと頻度が落ちたのは12歳をすぎてから妃教育が始まった頃だ。妃教育は今までの勉強とは比にならないほど忙しく、精神的にもくるものがあった。お兄様も学園が忙しくて会えないし、フェルノ様ともリィにも会えない。みんな僕と同じくらい、いや、僕以上に忙しいんだ。と言い聞かせて机に向かっていることが書かれていた。
今は妃教育の様子はあまり思い出せない。きっと嫌な記憶から自分で自分を守っているのかもしれない。辛かった、ということだけが記憶に残っている。
日記を読んでいても気持ちが沈んでしまう。
暗い思い出なのでペースをあげて、どんどん読み進めていくと、あるページに来た時に違和感を感じる。
紙がぼこぼこして、所々黒いインクがしみているのだ。不思議に思い次のページをめくると、渦巻きが多数描かれて汚されており、文字が読めなくなっている。
あとのページも同じように埋められていた。
不気味で、不安な気持ちが押し寄せてくる。こんなことした記憶は全くないので誰かにイタズラされたのではないかと疑ったが、僕にイタズラができる人なんて限られているし、何よりこの日記は僕の信用しているメイドにしか場所を知らせていない。
となると、僕が描いた可能性が1番高いということになる、、が本当に覚えていない。
考えられることは、今の僕が記憶を失っている時にしたということになる。
なにか辛いことがあって、誤魔化すためにしたのだろうか。この頃は確かに妃教育など初めてのことばかりで疲れていた。
でもここまで追い詰められることはなかったと思う。僕には優しく寄り添ってくれる家族がいたし、相談するはずだ。
ただ、何も無かった確証はない。この頃はただこの辛い日々が終わることだけを願って生活をしていた。
見ているだけで、胸がざわめき呼吸が苦しくなってくる。僕はたまらず日記を閉じた。