72.霜降り肉男爵子息
「男爵は森に獣狩りに、男爵夫人は領地の川に魚釣りに行きました。」
「それでそれで⁈」
「男爵夫人が釣りをしていると、川上から、大きな霜降り肉が、どんぶらこ〜どんぶらこ〜と流れて来ました。」
「えー………」
「男爵夫人は霜降り肉を捕まえると、大喜びで家に持って帰りました。やったわ!今夜は豪華に焼肉よ!子ども達も大喜びです。お母様!すごいわ!」
「……………」
「男爵夫人は、とても自慢げに言いました。そうでしょう?川で捕まえたのよ!さっそく家のコックに調理を──」
「ちょっと待ってよジゼルッ!!」
アイゼン家の客室、暖かな暖炉が灯る部屋で、ジルベールはリアムとベッドに並び、お休み前のお話を聞かせてあげていた。
しかし、リアムは途中で起き上がり、お話にストップをかけてしまった。
「どうしたの、リアム。ちゃんと、冒険のお話だから、安心して?」
「えーっ!でもそのお話は変だよぉっ!なんで川にお肉が流れてるのっ⁈」
「うーん…そう言われても…昔話だからね。そういう設定なんだよ。これは、私が子どもの頃、義母上が良く聞かせてくれたお話でね。多分、他国の昔話だと思うけど、すっごく面白いんだよ⁈」
「えー…そうなのぉ?それに、どんぶらこって何?」
「うーん。なんだろうね。それも、そういう設定なんだよ。お肉が流れてくる時の音なの。」
「えー……」
「ちなみにこのお話の題名はね…えーっと、何だったかな…確か───」
「おやおや、お部屋が賑やかだと思ったら…リアム坊ちゃん、こちらにいらっしゃったのですね。」
「ふふ、お二人で楽しそうですね。リアム様、寝る前のお話をしてもらっていたのですか?ジルベール様は、体調いかがです?」
見ると、ベッドを囲う天蓋がそっと開いて、女医の先生と、夕食を持って来てくれたコックさんが、優しく笑いながら顔を覗かせていた。
「あっ!お医者の先生と料理長!そうだよ。僕、ジゼルと一緒に寝るんだー!父上と母上には内緒にしてね!」
そう言いながら、リアムはシーツを被って隠れてしまった。
「すみませんねぇ、ジゼル様。リアム坊ちゃん、ちゃんと良い子に寝るんだよ!」
「構いませんよ。リアムはとっても良い子で、可愛いですから!一緒に寝てくれて、私も寂しく無いし、嬉しいです。ね、リアム!」
私がそう言うと、シーツの中から、えへへ!と可愛い笑い声がした。
「良かったですね、リアム様。ジルベール様、起きてらっしゃったのなら、寝る前に傷の具合を診察させて下さい。塗り薬も、もう一度塗りましょうね。お部屋は寒くないですか?」
「ありがとうございます、先生。お部屋は温かくて、丁度良いです。」
私は、ベッドから起き上がった。
「診察?ジゼル、風邪引いちゃったの?大丈夫?」
「ありがとう。大丈夫だよ、リアム。心配しないでね。」
「リアム様、直ぐに終わりますから。ベッドでお待ち下さいね。」
「はーい!」
リアムは、シーツからひょこっと顔を覗かせて、返事をした。
「そうだ!ジゼル様、診察が終わったら、寝る前に木の実のケーキでリアム様とお茶会をなさってはどうですか?丁度、焼いた物があるんです。」
料理長が、ひらめいた様に提案してくれた。
「えっ!木の実のケーキ⁈食べたいです!」
「僕も食べて良いの⁈夜なのに⁈」
リアムも嬉しそうだ。
「ええ。他の人には秘密にしておきますから!」
「やったー!ジゼル、紅茶は、僕が注いであげるね!僕ね、上手に注げる様になったんだよ!」
「ありがとう、リアム。」
「ではリアム坊ちゃん、ティーセットとケーキを取りに、一緒に厨房に来てもらえますか?」
「はーい!」
料理長とリアムは、笑いながら2人で厨房に下りて行った。
「ジルベール様、傷を見ますね。」
暖炉の前で、女医は傷に当たらない様、そっとジルベールの衣服を取り去った。
「大分良いですね!出血も無いですし、腫れも引いてきていますね。お薬、塗りますよ。」
女医は、傷の上に、塗り薬を優しく塗っていく。
「痛む箇所はありませんか?」
女医は薬を塗りながら尋ねた。
「あの…心臓の辺りが───」
「えっ⁈心臓…どういう風に痛みますか?」
「えっと…ズキズキというか…たまに、ギュッて息苦しくなる感じがします。」
ジルベールの答えを聞いて、女医は心臓の付近を見た。
「もしかすると…この古傷かもしれませんね。」
女医は、ジルベールの心臓付近にある古傷に、確認する様にそっと手を当てた。縫われた痕が有り、皮膚が引きつる様に凹んでいる。
「しっかり治っている様ですが、酷い傷だったと思います。体調によっては、痛む事もあるかもしれませんね……」
そう言いながら、縫い痕の上にも、塗り薬を優しく塗り広げた。そして、ガーゼをペタッと貼り付けた。
「気休めかもしれませんが…貼っておきますね。もし、息苦しさが続く様なら、この傷を診た先生に…軍医さんですかね、相談して下さい。私が処方出来そうなお薬は、後から持って来ます。」
「ありがとうございます。」
女医は、優しく微笑みながら、ジルベールに衣服を元通りに着せ付けた。
「はい、終わりましたよ。あぁ、ジルベール様、やっぱり紺色のお洋服が良くお似合いですね。」
「紺色……」
ジルベールは、自分が紺色の洋服を着ている事を言われて認識した。
「ジルベール様の髪色にも、瞳の色にも、ぴったりですよ。」
そして女医は微笑みながら、もうすぐリアム様がお茶とケーキを持って来ますよ、と言い残して部屋を後にした。
紺色……そう言えば……
ジルベールは、客室のテーブルの前で、改めて自分の服を見た。着せられている服は、深い紺色で、少佐の髪と、瞳の色合いだ。
もしかして、アイゼン家の人がわざと紺色を…?
いや、でも……
確かに、相手が自分の髪や瞳と、同じ色の物を身に付けていたら喜ぶ場合もあると思うけど、それは、夫婦間や婚約者、恋人だったらの話だ。
私が紺色を身に付けた所で、少佐が喜ぶ訳では無いからなぁ。偶然だろう。
私の考え過ぎた。自分の思考が図々しくて、何だかちょっと恥ずかしいな……
でも、今まで紺色ってあまり着た事無かったけれど、そんなに似合ってるかなぁ?お世辞?
ワンピースの裾を掴んで、クルクルと身体を捻って揺らしてみた。
「うーん………」
分からない……
ジルベールは、考える事を諦め、椅子に座ってテーブルに頬杖を付いた。
まぁ、考えてもな。とりあえず、今からリアムと楽しいお茶会だ!木の実のケーキも楽しみだなぁ。
そう言えばさっきの昔話、題名思い出したかも!
────ガチャッ────
その時、客室のドアが開いて、頬杖を付いていた私は、ぱっと顔を上げた。
「思いだしたよっ!霜降り肉男爵子息っ!」
「…………俺はアイゼン侯爵子息のはずだが。まだ大分酔っているのか?」
「っ…………アイゼン少佐………」
だが、ノックも無く部屋に入って来たのは、可愛いリアムではなく、アイゼン少佐だった。
「君は…酒は少し控えた方が良い。」
「失礼しました、少佐…………」
少佐は手にしていたティーセットをテーブルの上に置くと、何も言わず向かいの椅子に腰を下ろした。
──ぎゃあぁぁん!ひどいよ料理長!なんでノアに渡すのさ!うあぁぁぁぁ──
一階から、リアムの泣き声が聞こえる気がした。
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不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。
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