71.軍服の行方
ある日、ノアの執務室
「これで全部の様です、少佐。こちらが、軍服を手放した市民との、契約書になります。」
普通科の部下が1人、ノアの机に、契約書の束を差し出した。机の上には、下士官用の青い軍服が積まれている。
ノアは、部下から差し出された契約書を手に取り、軽く内容を確認した。
「すまない。契約書どおり、購入時の倍額に加えて、迷惑料を上乗せして用意しておく。明日、彼女の軍服を手放した各市民へ、渡しに行って欲しい。この件は、広報部以外に知られない様に、よろしく頼む。」
「承知しました、少佐。」
「はぁ………」
普通科の部下は、目頭を押さえながら、顔をしかめてため息を付く連隊長に、同情の眼差しを向けた。普段、容赦なく部下を蹴り飛ばす姿を見かけるが、今回の一件に対しては、ジルベール・ガルシアを懲罰房へ送ったりもせず、自ら自腹を切って市民へ軍服代と迷惑料を払っている。
若い兵に対しては寛容だ、という噂は本当の様だと考えた部下は、兵の素行に振り回され、頭を抱える目の前の連隊長に、初めて人間らしい親しみを覚えた。
「アイゼン少佐……普通科連隊だけでなく、特科連隊もお持ちですから、心情お察しします。今回の件は、広報部が、相当に慌てておりましたから。私も軍服を回収出来て、安心しました。」
「本当に、破天荒な事をしてくれるものだ…頭が痛い。」
「ガルシア軍曹に限らず、若い兵達の突飛な行動には驚かされますね。回収した軍服ですが、私の方で総務課に返却しておきましょうか?」
「……………」
「少佐?」
部下は、申し出を聞いて何やら考え込んだ連隊長を、心配そうに見た。
「いや……不要だ。こちらから直接ガルシア軍曹に渡しておく。二度とこういう事をされては、敵わないからな。」
「承知しました、少佐。」
「下がっていい。」
「はっ。失礼します。」
部下はノアの執務室を後にした。
ノアは、こうして手に入れた軍服を、もちろんジルベールに返したりせず、自分の私室のクローゼットに掛けた。
彼女のサイズの下士官用の上着が3着に、同じく下士官用のミリタリーパンツが4着、クローゼットの中で揺れている。
ミリタリーパンツの方が1枚多いな。上着よりも高値で売れたか…全く…頭が痛い。
近く、妻にする予定である女性の軍服が、本人の手によって、世間に出回っているとは…かなり前の物の回収は無理だったが、彼女がジルベール・ガルシアとして軍の広告塔となり、認知度が高くなってからの物は、ほぼ回収する事ができた。
ほぼ──というのは、リーが彼女に、売り飛ばした軍服の枚数を尋ねた所、覚えていないの一点張りで、オーウェンの供述によれば5、6着だったからだ。絶対に少な目に言っている筈だからな。
各国の軍服は、各地に収集家も多いと聞く。恐らく、既に他国に渡ってしまった物もあるだろう。
しかし、いくらなんでも破天荒すぎる。
彼女は、広報部で見せる様な、ただ愛想の良いだけの女性で無いと思ってはいたが、想像の斜め上を突き抜けている。
そもそも、貴族令嬢としてとんだ醜聞なのだが、悪びれも無くやってのける所が恐しい。エイダン殿や、リーの苦労が目に浮かぶ様だ…
だが、こんな騒ぎを起こしても、彼女の愛らしさは変わらないものだな。他の兵だったら、すぐに懲罰房に送って僻地に左遷している。
事の騒ぎを中隊の野営訓練全体説明で知ってすぐは、驚きと、受け入れ難いという感情が勝っていた。しかし今となっては、どの様に売り飛ばしていたのか…少し現場を見てみたい気さえする。
いや…絶対に、もう二度とされる訳にはいかないのだが……
正直なところ、最近彼女への理性を抑えられるか、自分でも自信が無くなってきていた。
私室を隣にした事で、こうも精神に異常をきたすとは…
この年齢になって、不甲斐ない次第だが、この軍服は、精神を正常に保つために、ここに置かせてもらおう。これは、彼女の為でもあると思う。
彼女の軍服の隣に、佐官用の自分の軍服が並んで揺れている。
彼女と結婚したなら……彼女との、部屋のクローゼットは、いつもこうなのだろうな。
ノアは、クローゼットの前に立ち、中を見ながら頬を染めた。
仲良く並ぶ軍服に、勝手に顔を赤らめながら、ノアはそっとクローゼットを閉じた。
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