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ジゼルの婚約  作者: Chanma
野営訓練
97/120

70.おでこにガーゼのお姫様

 ノアは、アイゼン家の、一番奥の客室の前に立った。途中、厨房で淹れてもらった東方の茶が、温かな湯気を立てている。


 今日は気温も低い。既に日は落ち、外は肌を刺すような木枯らしが窓を叩く音がする。



       ───コンコン───



 ノアは何も言わず、ジルベールの眠る客室をノックした。だが、返事は無く、物音もしない。

「ジゼ……………」

 名前を呼びかけて、ためらった。


 

       ───キィ……───



 そして、手の込んだ装飾の施された客室のドアを、そっと開けた。

 部屋の中は、暖炉の暖かな明かりが灯っていた。心地良い温かさと共に、薬湯(くすりゆ)と、何か花の様な、甘い香りがほのかに漂っている。



         スースー………



 甘い香りに混じり、広いベッドの天蓋の中から、か細い寝息が聞こえる。


 ノアはサイドテーブルに、ポットとティーカップを乗せたトレイを置くと、レースの天蓋をそっと開けた。


 天蓋に囲まれた、広いベッドの真ん中には、おでこにガーゼを貼ったお姫様が眠っている。ぺたっと貼られたガーゼは、想像よりも大きかった。

 ノアはベッドの端に、静かに腰を下ろした。



 ジゼルは、薬を飲んで眠っているせいか、丸まったりせず、姿勢正しくベッドの中央で眠っている。白いシーツが、肩まで掛けられ、か細い寝息に合わせて上下していた。


 今朝も彼女に会ったばかりだと言うのに、久しく会えていなかった気がした。


 疲れ切った顔だな……

 口元が、赤く腫れてしまっている……


 腫れてしまった口元を、指先でそっと撫でた。


 こんな状態の彼女を見ても、早く自分の物にしたいという欲望がよぎる、自分の思考に吐き気がする。

「チッ…………」

 ノアは俯き、ガリガリと頭を掻いた。



 もし………


 運が悪ければ、ジゼルはベネット公爵子息と……


 考えただけでゾッとする。気が…狂いそうだ…



「ジゼル────」

 救いを求める様に伸ばした右手で、彼女の前髪を撫でた。彼女は、こちらを探す様に顔を動かした後、安心した様に微笑んだ───理想が見せた、都合の良い幻覚だったのかもしれない。



───今でも、時々夢に見るの。モニカの家に、夕食に呼ばれた日。アルバート兄さんが……結婚しようって言ってくれた時の夢。モニカの家で…私は泣いて喜ぶんだ───



 現実でも、俺が最初に言いたかった。

 それなのにあいつは……

 夢の中でも、何度もジゼルに言っているのか。



 許せなかった。どうしても。



「ジゼル、君の夫になるのは俺だ。例え夢の中でも…渡したく無い。」



         スースー………



 気持ち良さそうな寝息が、天蓋の中にこだまする。


「すまない、ジゼル。こんな事を言っても……家同士の正式な物で無ければ、君に取っては何の意味も無いのに……分かっては……いるのだが……」


 家同士の婚姻。


 俺も、それを望んでいて───


 それなのに、どうしてこんなにも、


 息苦しくなるのだろう………



       スー…………ふふ……



「………ジゼル。笑っているのか?」



 今、目の前にいるのに

 ずっとずっと、遠くにいる様だ。

 どうすれば……こちらを向いてくれるのだろう。



──彼女、泣いてたよ。ノアの、ベッドの上で──



 ジゼルは、幸せそうに笑っている様に見える。

「俺は……どうして、都合の良い様にしか…見えないのだろう。」

 起こさない様、そっと、頬に口付けた。

「…………ジゼル……………」

 ノアは頬に口付けた後、目を見開き、ジルベールから体を離した。




「さ………酒くさいっ!」

 そして、ジルベールに向かって叫んだ。




「な、何故だっ⁈酒を飲んだのか⁈あっ!だから君は幸せそうな表情で………!」



       ぐー…………むにゃ……



「いびきをかくなっ!料理長だな……彼女に与えたのは………ジゼルッ!君は、酒はほどほどに──」



       ───ガチャッ───



「ノアッ!貴様また何をやっているんだっ!彼女には会うなと言っただろう⁈」

「父上っ……違います、私はただ───」

「何がどう違うんだっ!部屋に入るなっ!!さっさと出ろっ!」

「くっ………ジゼル………!」


 おでこガーゼ姫は酒に酔っており、ノアは摘み出された。



       ───バタンッ───



──────────



 客室のドアが閉まる音で、ジルベールは目を覚ました。


「う………ん…………?」

 ゆっくり目を開けると、ベッドの回りを覆う、レースの天蓋が視界に入ってきた。


 自分の他には、誰も居ない。


「………気のせいか。」

 隣でアイゼン少佐が、優しく笑いかけてくれた気がした。


 少佐は、軍にいる。

 アイゼン家(ここ)にはいないはずなのに。

 それに…少佐はきっと、私が指示に背いた事を怒っている。笑いかけてなんかくれないだろう。


 でも……


 何度考えてみても、私は後悔なんかしない。


 モニカの元婚約者(あの人)を助けて良かった。


 だから…どうしようも無かったんだ。


 私はいっつも、自分に都合の良い夢ばっかり見るなぁ……


「ふあぁ……」

 ジルベールは、ベッドの中で、上体を起こして伸びをした。


「久しぶりに、お酒飲んだからかなぁー。都合の良い夢見るの。」


 ジルベールは、数時間前に、部屋で出された夕食を思い出した。


 大好きな肉のシチューに、ふかふかのパン、大きめの櫛切りになった果物が、沢山入ったサラダ。


 そして、グラスに入った、綺麗な赤いワイン。


 物凄く美味しくて、一気に飲み干してしまった。夕食のお代わりを尋ねに来てくれたコックさんに、その事を告げると、おかわりと一緒に、ボトルを持って来てくれた。


 産地の説明とか、してくれたけど…正直早く飲みたすぎて、頭に入って来なかった。そして最終的には、優しく笑いながら、ボトルごと部屋に置いていってくれたのだ。


 幸せだったなぁ……


 もちろん、あっという間にボトル1本空けちゃった。まだまだ飲み足りないけど、ほろ酔いっていうのも、良いものだなぁ。


 ジルベールが、ベッドの中で、ワインにうっとりと想いを馳せていた時、足元のシーツが、モコモコと動き出した。


「んっ⁈」


 そして、中型犬位の大きさの物が、モコモコとシーツの中を進んで、身体を登って来る。

「うわぁっ!何っ⁈」



「ばぁっ!!」



 そして胸元から、金色の可愛い頭が飛び出して来た。

「リアム!」

「えへへ、ジゼル!こんばんは!」


 モコモコの正体は、可愛いリアムだった。さらさらと揺れる金色の髪に、子どもらしく丸い、大きな紺色の瞳。ぷにぷにで、落っこちそうな頬っぺた。

 ジルベールは笑いながら、リアムを抱き上げて、膝の上に乗せた。


「ジゼルが家に泊まってるって、大人達が話しているのを聞いたんだ。あのね、それでね、さっき、おじいさまと一緒にお部屋に付いて来たんだよ!」

「そうだったんだね。」

 起きた時、人の気配がした様に思ったのは、アイゼン中将が、私の具合を見に来てくれていたのか。


 やっぱり……少佐じゃ無かったんだ。


 私…どうして、ちょっと残念なんだろう。

 あんな事になって…会いたく無いはずなのに…


「ねぇ、ジゼル。僕も、ジゼルのお部屋で一緒に寝ても良い?」

 私が少し考え込んでいると、リアムがねぇねぇ、と聞いてきた。

「え?」

「ねぇ、良いでしょう⁈僕もジゼルのお部屋で寝るっ!」


「リアム…もちろんだよ!一緒に寝よう。おいで!」

 シーツをめくってやると、リアムは笑顔で、私の右側に潜り込んだ。そして、ぴとっと小さい体をくっ付けてくる。

 本当に可愛いなぁ。メイジーと一緒に寝ていた頃を思い出す。


「ジゼル、何で笑ってるの?」

「ん?リアムが可愛いと思って。リアム、何歳だったっけ?」

「……もー。良いでしょ。何歳でも…」

 年齢を聞くと、リアムはなぜか不機嫌になる。

「教えてよー。くすぐっちゃうぞ!こちょこちょこちょ……」

「あはは!やめてジゼルっ……6歳だよっ!」

「そうなんだね!」

 脇をくすぐると、リアムはすぐに白状した。私はリアムの頭を撫でた。


「じゃあ、寝ながら、何かお話してあげるね!」

「えっ!やったぁ!わーいっ!」

 リアムは目をキラキラさせて喜んでくれた。


 メイジーも、寝る前に読む絵本や、お話が、大好きだった。

 私も…お兄様にお話してもらうのが、大好きだったなぁ。


「何のお話が良いかなぁ。」

「えっとね、僕ね、戦うお話が良い!」

「冒険物か。そうだなぁ……」


 暖かく、暖炉が灯る部屋に、ジルベールとリアムの笑い声が響いた。

 木製のサイドテーブルの上には、湯気の消えてしまった東方のお茶が、気付かれる事無く、ちょこんと取り残されている。


お読み頂き、ありがとうございます。

不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。


続きが気になる!と思って頂けましたら、

「★★★★★」をつけて応援して頂けると、励みになります!

どうぞよろしくお願いいたします。

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