66.歪んだ真綿
親愛なる幼馴染へ
やあ、ノア!久しぶりだね。隣国から戻って来たと聞いていたけど、元気そうで何よりだよ。僕も近々、君の居る軍事基地に顔を出す予定だから、その時にでも近況を教えてよ。まぁ、いつも通り、君は何も話す事無いんだろうけどね!あはは!本当に…昔っから君は……まずい……書いてて笑えてくる…
さて、本題に入ろうか。君から貰った質問、
「飢えた春の民とは、何と考えるか。」
まさか、君からこんな質問を貰う日が来るとは、驚いたよ。多少、その分野の学問にも、興味が湧いて来たのかな?何にでも興味があるという事は、良い事だと思うよ。
だけどね…君からの手紙の内容、上の質問たった一行だけでさ……もっと何か無いのかな?せめて前略的な事を書くでしょ普通。君はさぁ、他人に対していつもそうだよね。
自分の用件をどーんっ!
言いたい事をばーんっ!
椅子を蹴り飛ばす。それで、お終い。
そういうの、良くないよ?女の子に対してもそうなの?だから女の子達から嫌われちゃうんだよ!もっと繊細な行動を取るべきだ。え?女の子には興味ないって⁈あはは!そうだよねぇ!また書いてて笑える!そろそろイライラしてきた?紫煙草吸いながら、舌打ちでもしてるんでしょ。図星?ちゃんと質問には答えるから安心して!短気なノア少佐!そう言えば、昇進おめでとう。
それで、質問の答えなんだけどね。
「飢えた春の民」、彼等は、少数民族の中の一つと理解してもらって間違いないよ。春の民、春の狩人、とも呼ばれるね。
バンシーなんかもそうなんだけど、少数民族の中でも、普通に生きてたら出会う事の無い、地方によっては、まだその存在すら伝説だと考えられる事もある、かなり希少な民族の一つだよ。彼らの所持品で、本物を手に入れる事が出来たなら、売ればしばらく遊んで暮らせる大金になるし、学のある人間なら国の研究機関に寄贈するよ。
飢えた春の民の特徴としては、彼等は各自が単独行動をする事だ。
彼等は皆、凄腕の狩人で、悪食とされている。
基本的には、何でも食べると言われるが、各々が、生涯をかけて自分の好みの獲物を追い求め、狩りをしながら生活をする。単独行動をしているのは、彼等一人一人が、食の好みが違うからだと考えられている。
いや、違うな。そうだと言い切れる。君も知っているのだろうけど、数年前、君と同じ軍の偵察班の子が、彼等に接触して、その通りだと証言したからね。その子、女の子なんだけど、知ってる?ほら、有名なジルベールちゃん!世間知らずな君の事だから、知らないかな。彼女、素朴で可愛いんだよ!まあ、僕は、もっと派手目で、遊び慣れてる子がタイプなんだけどね。だけど、ジルベールちゃんみたいな子も、お話ししてると楽しいよ!優秀だし、こっちも勉強になるしね。まぁ、彼女みたいなタイプの良さは、粗野な君には分からないだろうけど。いや、どの女の子でも分からないかなぁ!あはは!
真面目な話ね、君も僕も、同じ歳だし…お互い大人として、いい歳でしょ?ちゃんと婚約者がいる僕は良いとして。君はいつまで結婚から逃げ回ってるつもりなの?ジョセフおじさんが心配してたよ。
今度、一緒に遊びに行かない?良い店を見つけたんだ!街のちょっと外れの方にある、お店なんだけどさ、酒場の隣でね。庶民的なんだけど、可愛い子が多いんだ〜!
無趣味な君の事だ!給料の使い道なんか無くて、貯め込んでるんでしょ?君のおごりで遊ぼうよ!
じゃあ、また、君の職場でね。
ブライアン・ハワード
ノアは、読み終わった手紙を、顔をしかめながら折りたたみ、封筒に戻した。普段なら、後半部分は読まず、そのまま捨てているが、今回はそうもいかなかった。
呼び出されたアイゼン家のルーカスの書斎で、ノアはソファーに座り、読み終わった幼馴染からの手紙をテーブルの上に捨てる様に置くと、額に手を当ててため息をついた。
テーブルの上には、帰り際、向かい部屋の上官に渡された、今日中に目を通さねばならない書類──ブライアンからの手紙を読む前に、大方確認し終えた──が山積みになっている。
──ノア君、夕方に家に戻りなさい。理由は分かっているよね?今回ばかりは、笑えないよ?──
軍で、上官にそう告げられたノアは、無表情のまま、顔を背けた。
ジゼルの件だな。閉じ込めている事が、知れたのだろう。
だが──私室に閉じ込めていた彼女を発見され、腹立たしい反面、正直な所、見つけられて、ほっとした。
あまりにも身勝手な理由だが…
どう彼女に接すれば良いか、分からないでいたからだ。
⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎
「う"ーっ!……ふー……ふ……う"う"ーっ!」
私室のベッドに組み敷かれたジゼルを見下ろしながら、俺は茫然としていた。
彼女は、唸り声を上げて暴れ、噛まされている猿ぐつわは、今にも噛みちぎられそうだ。彼女の小さな、白い犬歯が見える。
怒りに任せて彼女を押し倒し、そのままの勢いで彼女の服を、全て腰元まで引き下ろした所で、我に返った。
昼前頃まで、自分の私室に拘束しておくだけのつもりだったのに…
何をしているんだ、俺は───
「う"ーっ!う"ーっ!」
ジゼルは、自由を奪われた、白く、柔らかな身体を捻りながら、もがいている。
「ジゼル……違う、違うんだ。俺は───」
───ドッ───
言いかけた瞬間、ノアはみぞおちに衝撃が走った。
真下に綺麗な銀色の髪が、彼女の頭部から、静かに、大きく、浮いて広がっている。
ジルベールは、唸り声を上げる事を止め、鎖で繋がれた左脚を軸にして、右膝で静かにノアのみぞおちを蹴り上げたのだった。
ジゼル──何だ…⁈身体の中から衝撃が走る…
膝蹴りをされただけだが……
内臓が、回りそうだ……
「ぐっ…………」
ノアは紺色の目を見開き、込み上げてくる胃液を抑え込んだ。
───バキッ───
「ジゼル……っ………」
ノアが目を見開いている間に、ジルベールは更に、両脚を踏ん張ってベッドの上で上体を起こすと、ノアの額に思い切り頭突きをした。ノアは、視界がぐらつき片目を瞑った。
ジゼル……俺の位置が正確に分かっているのか?
いや、そうでもないな。
続いて、自分の首目掛けて、横から振り下ろされた彼女の右脚は、若干狙いが外れていた。
ノアは、振り下ろされたジルベールの右脚を、今度は難なく左手で受け止めた。
「チッ……」
その後すぐ、ジゼルの左膝が、自分の顎目掛けて突き上げられ、受け止め損ねた為に、つい舌打ちをしてしまったが、彼女の左膝がこちらに当たる前に、彼女はぐらりと傾き、一言も発する事無く、静かにベッドへ落ちていった。
「ジゼル、」
ノアは直ぐにジルベールを右腕で受け止めた。
蹴り上げられたみぞおちは既に落ち着いているが、盛大に頭突きをされた額は、ズキズキと痛んでいる……が、彼女の方が、頭部にダメージを受けているのだろう。加減を見誤ったか。
さっきまでの唸り声は鳴りをひそめ、ジゼルは腕の中で、ぐったりとしたまま動かない。
森でも…そうだった。
あの付き纏いの屑を、切り捨てられず……無謀にも助けようと、恐らく実力差を理解していながらこちらに矢を向けた。
俺で無かったなら、死んでいた。
まあ、軍曹としては申し分ない実力だろうが──
「ジゼル、どうして君は…そう、向こう見ずな行動ばかり──」
「……う………」
まだ、意識が朦朧としているのだろう。彼女は、小さく呻くだけで、動かない。
「ジゼル、俺は………君が今まで、命懸けで積み上げてきたものを、意味が無い等とは決して思わない。」
「………ん……」
彼女の肩が、小さく震えた。
柔らかな身体には、無数の傷痕がある。
「くすん…」
そっと、仰向けに寝かせると、ジゼルは小さく鼻を鳴らした。
「ジゼル、」
左手で乱れた銀色の髪を梳きながら、頬に顔を寄せると、彼女は少し意識を取り戻した様だった。
こちらを探す様に、ゆっくり顔を動かしている。
ジゼルは、もう暴れる事も無く、大人しくしている。いや…頭突きのせいで、動けないのか…
身につけていた上着を脱ぎ捨て、彼女をしっかり抱きしめた。自分の腕の中に、温かな人間の体温が、確かにそこに在る。
何も身に付けない肌を重ねると、自分の体の冷たさを思い知る様だった。
俺は──こんな事をしたい訳では無かったはずだ。
もし、叶うなら、
誰の目にも付かない所に閉じ込めて、
真綿に包む様に、大切にしたいと思っていたのに…
「う………んう………」
腕の中で、ジゼルのくぐもった声がする。
今更だが…拘束を解くべきなのは、理解している。
だが俺は…拘束を解くのをためらった。
今、彼女に、あの水色の瞳で見つめられたら、俺はどうすれば良いのか分からない。
彼女と、初めて肌を重ねるのに、こんな形で…
それはあまりに一方的な…都合の良い理想だ。
いや、もはや一緒だろう。
こうなってしまっては……だが……
「……ん………」
抱きしめながら、白いうなじに口付けると、彼女の震える様な声がする。
その声を聞いているうちに、身勝手な葛藤も、すぐに消えて無くなり、彼女の温かい身体に夢中になっていった。
「……ふ………う………んうぅ……」
彼女の、可愛らしい声だけが、頭の中に響いている。時間を忘れて、彼女の身体中にある傷痕に口付けていた。
「う…………んううっっ…………ん…………」
我慢出来ずに、柔肌に歯を立てると、彼女は少し怯えた様に身をすくめ、上の方に逃げようとする。そんな彼女を欲望のままに押さえつけ、好き勝手に、自分の噛み痕を付け続けた。
小さな丸い胸にも、傷痕がある。
心臓の付近には、縫われた痕もあり、皮膚が引きつる様に、凹んでいた。
少し前のものだろうが…致命傷だっただろう。
「……くぅ…ん………う…………」
縫われた痕に舌を這わせると、甘える様な声が上がる。ずっと聞いていたくて、そのまま舐め続けると、ジゼルは恥ずかしがる様に、顔を横に背けた。
結局……彼女と向き合う事から、俺は逃げてしまった。
視界と、口の自由を奪ったままの頬を、そっと手のひらで包む。
可愛い。きっと、自分が知る、他の何よりも。
今になって、先程の強い抵抗も、可愛らしいものに思えて、多分、俺は微笑んだと思う。
「…………ジゼル、」
「………くぅ…………」
答える様に鳴く声に、何故か自分の鼓動が大きくなる。
「ジゼル、名前を……呼んで欲しい。既婚者の事は、名前で呼んでいただろう?私室にいる時だけでも、構わないから……俺は……それだけで───」
思い出したくも無い、既婚者の名前が頭をよぎった。
贅沢は言わない。私室にいる時だけでも、彼女に名前を呼ばれたら、どれほど幸せだろう。
しかし…一体何故、俺は、彼女に名前を呼ばれる事にこだわっているのだろうか。
「……ふ……う……」
「……ジゼル、腕が痛むか?」
彼女に、無体を強いている事は、理解している。
押さえつけていた彼女の身体を、そっと抱え上げ、またしっかりと抱きしめた。
温かい。
拘束しているのだから当然なのだが、彼女が反応を返してくれない事が、酷く虚しく思えた。
普通に抱いていたら…
抱きしめ返してもらえたのだろうか…
分からない。
分からないが、止めることも出来ない。
「可愛い、ジゼル───」
徐々に思考が鈍ってくる……
「ん……ん………」
傷痕ごと包み込む様に、小さな胸を掬い上げ、口を寄せた。ジゼルは、喉の奥からくすぐったがる様な声を出して、逃れようとする。
「ジゼル…じっとして……」
「…くぅ……ん……くぅ……」
可愛い───
このまま……掻き抱きたい───
思考が鈍ったままの頭で、彼女の左脚を抱え上げた。
「ん"う"う"ーっ!!う"ーーっ!!」
彼女の左足首に付けた拘束具が、大きい金属音を立てると、彼女は再び唸り声を上げ出した。
唸り声を上げてはいるが、もう体力が無いのだろう……こちらに向かって来る様子は無い。
必死に抵抗しようとする彼女を見て、決して自分が受け入れられた訳では無い現実を、思い出した。
大人しくなっていた彼女の反応に、都合良く錯覚していたに、過ぎなかったのだ───
「ジゼル……暴れるな。酷い事はしない。」
そう伝えても、彼女は抵抗し続ける。
抱え上げた左脚の、太腿の内側に口を寄せた。彼女の身体は、どこまでも柔らかい。口付けた後、ゆっくり噛んでは、また口付ける。太腿にも、赤い痕が広がっていく。
「う"ーっ……ふぅ……う……」
「ジゼル……昼前には、また来るから……その時に、拘束も外してやる。だから……その間だけでも、俺の物でいて欲しい……」
途中でジゼルの抵抗が止み、彼女は力無くベッドに沈み込んだ。無理矢理に開かせていた左脚も、力が抜けて、抱え上げられたまま、だらんと垂れ下がっている。
俺は、半ば茫然としたまま、彼女の身体にシーツを掛け、上着を着直すと私室を後にした。
───優しい人が良いと思います───
私室に鍵をかけている途中、ふと、彼女と街へ出掛けた帰り、馬車の中で返された言葉を思い出した。
優しい人──未だに、どういう行動を指すのか、具体的には分かっていないが、今の自分がそれに程遠い事だけは、理解できた。
⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎
ノアは、そっと額をさすった。まだ少し、痛みが残っている。
───バンッ───
額に手を当てていた時、勢いよく扉が開き、無言で父親が入って来た。そして父親は、何も言わずにこちらの胸ぐらを掴むと、壁に向かって投げ飛ばした。
ノアは一切の抵抗をせず、大人しく投げ飛ばされた。
お読み頂き、ありがとうございます。
不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
続きが気になる!と思って頂けましたら、
「★★★★★」をつけて応援して頂けると、励みになります!
どうぞよろしくお願いいたします。