表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジゼルの婚約  作者: Chanma
野営訓練
92/128

65.兄と弟

「旦那様っ!正気ですか⁈まだ6歳ですよ⁈」

「徴兵される者でも──その年齢はありえませんよ!しかも…アイゼン侯爵家の子どもが、士官学校からでなく、一般兵と同じ、新兵からなんて………どうしてノア坊ちゃんだけその様なっ………」

「然るべき年齢になれば、士官学校へは通わせる。ノアにとってはそれが一番本人のためだ。ノアは必ず戦果を上げる。」

「その前に死んでしまったらどうするのですかっ!!」


 アイゼン家のリビングでは、子ども達が部屋へ帰った後、大人達が言い争いをしている。

 ルーカスは、内容を聞いて、リビングの扉をそっと閉めた。


 今日は、弟のノアの、6歳の誕生日だった。


 夕食の時間、家族でお祝いをした後、父親から、使用人達も含めたアイゼン家の者全員に、来月からノアを入軍させると唐突に告げられた。

 皆一様に驚き、母親は知っていたのか、俯いて泣いていた。


 父親が告げる横で、ノアはいつもの様に、無表情で立っていた。話終わった父親が、小さなノアの頭に、右手をぽん、と乗せて微笑んでも、ノアはにこりともせず、ただ前を向いて頷いていた。


 ルーカスは、そっとリビングを立ち去ったあと、2階への階段を登り、ノアの子ども部屋へ向かった。



 俺でも……今年から、士官学校の年少部へ、入学したばかりだ。



 士官学校へ通う者は、ほとんどが貴族の出で、卒業と同時に多くが軍人となり──違う進路に進む者も一定数いるが──軍の将校か、その一つ下の階級からスタートする。


「ノア、まだ起きてる?入るよ?」


 ノアの部屋のドアを開けると、ノアはベッドの端に腰掛けていた。


「兄上、」


 自分にそっくりの、幼い弟は、こちらを見ると顔を上げた。


「ノア、起きてたんだね。何して───それ…またフィンレーに意地悪されたの?」

 ノアが両手に抱えている物を見て、俺は顔をしかめた。


 ノアは、今日の誕生日のお祝いに家の使用人達からもらった、ブリキでできた、馬車のおもちゃを抱えていたが、よく見ると車輪が全て壊されていた。


「…………フィンレー兄さんかは、分かりませんが……」

 ノアは壊れてしまったおもちゃを抱えて俯いている。

「全く。どうしてあいつは、お前に意地悪ばかりするんだ……」

 俺はため息を付いた。


 誕生日のお祝いの席で、使用人達からこれを貰ったノアは、嬉しそうに頬を染めていた。

 その隣で、「ノアには子どもすぎないか?」と馬鹿な父親はケチを付けていたが。


 同じ弟なのに…フィンレー(あいつ)はどうしてこうも底意地が悪いのだろう。


 大方、普段感情を表に出さないノアが、面白くない……そんな所だろう。全くしょうもない。


「分かりませんが…取り合っても無駄なだけですから。」

 ノアの横に腰を下ろし、淡々と大人な返しをする弟を、ルーカスは見下ろした。自分と同じ色をした、右回りの、かわいいつむじが見える。


「………ノア、入軍するんだね。」

「はい。」

「父上が、勝手に決めたんだろ?嫌じゃない?」

「嫌ではありません。戦果を上げる事が、僕の役割なので。」

「ノア───」


 まともに新兵から入軍すれば、それだけ死亡率も高くなる。

 確かに、ノアには武芸の才能がある。だけど……


 側から見れば、嫡男の自分や次男のフィンレーは士官学校から通わせ、三男のノアは若干6歳で軍に送る───



 恐らく、無事に戦果を上げてくれるだろうが、死んだとしても、仕方ない。

 それよりも、ノアの才能を試してみたい。



 そういう思考なんだろう。父親(あいつ)は……

 つくづく、軍人なんか、頭のおかしな人間ばかりだ。自分の選択を後悔する日が来ても、俺は知らないからな……クソ親父……



「ノア……ノアはね。もっと家族に、言いたい事を言っても良いんだよ?主張しないと分かってもらえない事もある。」

「そういうつもりはないのですが……」

「特に父親(あいつ)は、言っても分からないからさ。ノアは遠慮する必要はないんだよ?まだ6歳なんだ。」

「………そうですね。本当に、特に不満はありません。」

「ノア、」

「だけど……」



「毎日、家の人達と会えなくなるのは……本当は……少し寂しい気がします。」



 ノアは顔を上げながらそう言った。

「ノア………」


 人の表面しか見ていない父親(あいつ)は、

 普段感情を出さない、まだ幼い6歳の子どもの中に、

 他の子どもと何も変わらない、

 上手く表現する事の出来ない、子どもらしい感情が渦巻いている事に気付かない。


 そしてそれを、家の使用人達に指摘されても…

 聞き入れようともしないのだ。


「ノア、その馬車は、俺が修理してあげるよ。」

「いえ……来月から、兵舎で暮らしますし…どうせ持っては行けませんから。」

「いいの?」

 そう言うと、ノアは一瞬考えた顔になった。


「やっぱり…お願いします。皆がくれた物ですから。この部屋に、置いておきたいです。」

「分かった。修理したら、机の上に置いておくよ。」

「ありがとうございます、兄上。」

 そう言って、ノアは少し微笑んだ。

「じゃあお休み、ノア。また読書して、夜更かししたらダメだよ?早く寝なさいね。」

「はい。」

 素直にそう返事をしたが、またずっと戦術書でも読んでいるのだろう。後で、料理長に、寝るように言いに来てもらうか。


 翌月、新兵として入軍したノアは、最年少記録の更新と共にすぐに耳を取り、父親に自身の考えを強く肯定させる事となった。


「料理長、厨房忙しそうね。今日、何かあるの?」


 アイゼン家お抱えの女医は、珍しく活気付いている厨房をひょこっと覗き込んだ。


「あぁ、君か。忙しいも何も…大変だよ。今日の夕食に、ノア坊ちゃんの婚約者が来て、晩餐会があるんだ。」

 料理長は、額の汗を白いタオルで拭きながら答えた。そして、何やらボールに入ったクリーム色の液体を、ガシャガシャと泡立て始めた。


「え………?今、何て言ったの?」

「ノア坊ちゃんが、婚約者を連れて来るんだ!」

ガシャガシャガシャガシャ───

「婚約者……誰の……?」

「ノア坊ちゃんだよ!」

「ノア様の…?何…?」

 ついに料理長は、作業の手を止めた。

「だからっ!ノア坊ちゃんが!ノア坊ちゃんの婚約者を連れて!夕食を食べに帰ってくるんだーっ!しかも今日!」


「えっ!えええええええええーっ!」


 女医の叫び声に、他のコックからうるさいぞ!と怒号が飛んだ。

「ご、ごめんなさい…でも、それ、本当なの⁈」

「本当だよ。昨日旦那様から聞いてはいたんだが…ついさっき、ノア坊ちゃん自ら、晩餐会に出したいメニューを言いに来てね。その後また、軍にとんぼ帰りだよ。」

「ノア様が自分で…?ねぇ、旦那様が用意した、ノア様の縁談って…全部先方から断られて破談になったんじゃなかったの⁈」

「その通りだ。一字一句間違って無い。」

「じゃあ、婚約者なんかいる訳…はっ!まさか…ついに、頭がおかしく……⁈」

「おい!失礼だぞ!気持ちは分かるが、本当に存在するんだ!」

「だ、誰なのよっ!!」


「……8年前か。ノア坊ちゃんには、軍に、仲の良いご友人がいただろう?」

「えぇ。それは覚えてるわ。でも、その方は確か……」

「殉職してしまわれた。8年前に。そのご友人には妹さんがいて、木の実のケーキが好きだとかで。ノア坊ちゃんに頼まれて、良く作って渡していたんだが…」

「そうね。それも、覚えているわ。」

「その、妹さんだよ。」

「え…」

「その、ご友人の妹さんが、ノア坊ちゃんの婚約者だ。」

「まぁ………」

 女医は驚きと、感動の入り混じった表情を浮かべ、料理長は微笑んだ。

「それは…本当に良かったわ…妹さんと、親交がお有りだったのね、ノア様は。」

「親交も何も。妹さんも、軍人だよ。ガルシア家だからね。」

「ガルシア家──って…もしかして、これ?」

 女医は小脇に抱えていた書類から、一枚の紙を出した。それは、今日仕事で街に行った時に配られていた、志願兵募集のポスターだった。


「あー!そうそう!ノア坊ちゃんの言う通り、銀色の髪がよく似合っておいでだ。ノア坊ちゃん、ずーっと彼女の話をするもんだから、料理が焦げちまってね。よっぽど、好きなんだろうねぇ。幸せそうだったよ。」

「いやいやっ!妹って…ジルベール様⁈」

「そう。軍人令嬢ジルベール様。」

「来るの⁈今日、ここに⁈」

「だからこんなに皆忙しくしてるんだろうが。」

「嘘…ノア様が…ジルベール様と…」

「しかも、ガルシア男爵と、旦那様は、戦友らしいからね。ノア坊ちゃんにとって、願っても無い、良縁だよ。」

「………本当ね。ノア様が…ジルベール様と……ね、ねぇ、大丈夫かしら?」

「何が?」

「ほら…ノア様は…ちょっと、なんと言うか…ずれてる所があるじゃない?女性に対して、ちゃんと接する事が出来るのかしら…」

「それは……ノア坊ちゃんは、6歳から軍にいるんだ。おかしくもなるさ。だけど、ジルベール様も、あの有名なガルシア家の王命で、子どもの時に入軍させられたんだろ?お互い、理解し合えると、私は思うよ。」

「……きっと、そうね。」

「そうさ。」

「嬉しそうね、料理長。」

「嬉しいに、決まってるだろ?ノア坊ちゃんが、自分で、好きな相手を見つけて来たんだ。正直ね、旦那様は、縁談が全て破談になったと嘆いておられたけど、6歳で軍に入れられて…大人になったら次は家の為に結婚しろだなんて…そう何でもかんでも押し付けたら、あまりにもノア坊ちゃんが可哀想じゃないか。私はね、ノア坊ちゃんに、人として、幸せになってもらいたいんだ。」

「……皆、そう思っているわ。それにしても…なんだかすごい量ね。そんなに大勢来るの?」

「いや、ジルベール様と、上官の方だけだよ。ノア坊ちゃんによれば、ジルベール様は沢山召し上がるらしいんだ。」

「えぇー……ちょっと多すぎなんじゃ…」

「まあ、仕事のしがいがあるよ。いつもは、料理も質素だろう?たまには、ね。暇なら手伝ってくれるかい?その棒付きの果物に、チョコレートを付けて、バットに並べてくれ!」

「分かったわ!」


 アイゼン家の厨房は、慌ただしくも、幸せに包まれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ