63.上手くいくといいねぇ
「すまないねぇ、ルーカス君。わざわざ軍事基地まで来てもらっちゃって。」
「いえ、気にしないで下さい、閣下。元々、こちらに用事がありましたので。」
「君は……顔はノア君に瓜二つだと言うのに…本当全然違うよねぇ。君が生まれる時に、人間としての愛想と常識を、ノア君の分まで吸い取っちゃったのかなぁ⁈あはは!」
「おい、ギル。流石にそこまで言う事ないだろう⁈ノアはとんでもない愚息だが、最近は割とそうでも無いと思うが。」
「あはは!悪かったね、ジョセフ!ノア君は、軍人としては素晴らしいと思っているよ!」
「フォローになってないぞ、ギル。」
「弟は…ガルシア軍曹に出会ってから、以前に比べたら良く笑う様になりましたからね。」
「そうだね。まさか、ジキルの娘とねぇ。人生、何があるか分からないものだね。上手くいくといいねぇ。」
「いってもらわねば困るのだよ、ギル。頭が痛い。」
「ジョセフ、ちょっと痩せたんじゃないの⁈あははは!」
軍の私室棟の廊下に、ジョセフ・アイゼン侯爵と、その長男のルーカス、そして、ノアの向かい部屋の上官、3人の穏やかな笑い声が響いた。
3人は、向かい部屋の上官の私室まで来ると、足を止めた。
「すぐに書類を取って来るよ。ジョセフ、ルーカス君、軍務の都合が良ければ、この後一緒に食堂にでも行かない?もうすぐお昼だしねぇ。」
「ありがとうございます、閣下。ぜひ。」
「私も1時間程度なら大丈夫だ。」
───しくしく……───
「ん?」
向かい部屋の上官が、ドアに手を掛けた時、ノアの私室から、女性のすすり泣く様な声がして、3人は一斉に振り返った。
───う……う……ぐすっ───
3人は顔を見合わせた。
「な…何か聞こえないか?ギル───」
「女性の泣く声じゃないの?」
「閣下!そんな悠長な事を…ここはノアの部屋ですよね⁈」
「そうだよ。2人ともそれは知ってるでしょう?」
「おいっ!ノアッ!いるのか⁈」
───っ!う"ーっ!う"ーっ!───
ジョセフがすぐさま、ノアの私室のドアを右手で叩いた。しかし、ノアの返事は無く、代わりにくぐもった、叫び声がする。
「ジョセフ、ノア君なら、いつも通り軍務に就いているよ。部屋にはいないはずだ。」
ジョセフは、ドアノブをガチャガチャと回した。
「くそっ…鍵が…ギル、お前にノアの部屋の合鍵を渡していたよな⁈開けてくれ!」
「父上、準備が良いですね!」
「ノアが、自分の隣り部屋を、勝手にガルシア軍曹に与えただろ?念の為だ。」
「じゃあ、開けるよ。」
「っ…………………」
ノアの私室に踏み入った3人は、言葉を失った。
殺風景な軍の私室の、ベッドの上に、鎖に繋がれた女性がうずくまって泣いている。
鎖は、女性の左の足首から伸び、ベッドの足に繋がれていた。さらに、女性は、目隠しをされ、あろう事か猿ぐつわを噛まされて両手を拘束されている様だ。
ルーカスは、急いでベッドの上に繋がれた女性に駆け寄り、向かい部屋の上官は、無言で私室の扉を閉めた。
「そんな……まさか──」
駆け寄ったルーカスは、うずくまる女性を抱え起こすと、腕の拘束を解いた。拘束されていた箇所は、赤く腫れてしまっている。
近寄って見れば、女性は衣服を腰元まで引き千切られ、上半身は何も身に付けておらず、身体中に、赤く鬱血した箇所や、噛まれた様な傷があり、所々血が滲んでいて、ルーカスは青ざめた。
ルーカスは、腕の拘束を解いた後、急いで猿ぐつわを外してやり、惨事を目の当たりにして、震える手で目隠しを取りさった。
「ガルシア軍曹………なんて……酷い事を───」
目隠しの下からは、泣き腫らした水色の双眸が現れた。
ぼろぼろと涙が溢れてベッドの上に落ちていく。
「ガルシア軍曹、ルーカスだよ。分かるかな?ノアの…兄だ。夕食に来てもらったばかりなのに、こんな形で会うなんて……」
彼女はこちらを見ると、一瞬怯えた様に身をすくめたが、名乗りながら、上半身をシーツで包んでやると、俺の顔を見ながら目を丸くした後、嗚咽をもらしながら泣き出した。
「っ…………う……え………」
「可哀想に……口元も…こんなに腫れてしまってるじゃないか………」
「う……うわあぁぁ……ぁ……」
落ち着く様に、そっと背中をさすったが、泣き止みそうにはない。
「ひどい……一体誰がこんな事を……」
俺の横に立っているノアの上官が、悲壮な声を上げた。
「閣下………!分かってて言ってるでしょ⁈」
俺が睨みつけると、上官は苦笑いした。
犯人なんか、決まりきっている。
「ノアが………監禁………ジキルの…む、娘を……」
───ドサッ───
「な……父上ーーっ!」
私室に入った所で、呆然と立ち尽くしていた父親は、ふらふらとこちらに歩み寄ると、ドサッと倒れてしまった。
「ちょ……父上っ!気持ちは分かりますけど、今あんたが倒れても仕方ないでしょう⁈父上!起きて下さいっ!父上ーっ!」
彼女を宥めながら、ベッドの前から叫んだが、父親はうつ伏せに倒れたままピクリともしない。
「くそっ……手間を増やしやがって……クソ親父………」
「まぁまぁ、ルーカス君。ジョセフは倒れもするだろう。高潔なアイゼン家から、まさか性犯罪者が出てしまったんだからねぇ。あはは!」
ノアの上官は、こんな時でも呑気に笑っている。しかし、冗談にならない……
「ちょっと閣下………だ、大丈夫です。ノアと彼女は近く婚姻を……いや、もはや結んでいると言っても過言ではありませんからっ!」
「いやいや、仮に結婚してても、普通こんな事しないでしょ?どう言い訳するつもりなの?何かのプレイ?」
「そ……そうです!恐らくプレイの一環かと──」
「うわああああぁん!うわああぁぁぁ──」
「が、ガルシア軍曹っ……大丈夫、もう何も怖くないよ!よしよし……」
「ルーカス君、ふざけてないで、早く保護してあげないと…ガルシア軍曹、パニックになってるよ!」
「そうでした……ノアの奴……こんな事して……絶対、絶対!ガルシア家に婿養子としてもらってもらうからなっ!」
「大変だねぇ。君の所は……しかし、こんな事をしたのに、まだジキルの娘に、ノア君を押し付けるつもりとは。ルーカス君の執念も凄いものだね。」
「彼女には悪いですが、丸く収めるにはそれしかありませんので。」
「うああああぁん!うええぇぇぇ!」
「ほんとごめんね、ガルシア軍曹。ノアと結婚してね。」
「ああああああ───」
「よしよし。」
「ルーカス君、そろそろ部屋を出ないと、騒ぎを聞いて、人が集まってきちゃうよ?」
「そ、そうでした!」
「私室棟の裏に、馬車を回すから、彼女はアイゼン家で介抱してあげなさい。彼女は、早く医者に見せた方が良いと思うよ。家の、お抱えの医者がいるでしょ?」
「そうですね。万が一があっては───」
「診察してもらって、薬湯に入れてあげなさい。身体の傷は、それで何とかなるだろう。」
「承知しました。ありがとうございます、閣下。」
「ジョセフは、僕が馬車まで運ぼう。君は彼女を。」
ノアの上官は、そう言いながら、役に立たない父親を、背中に担いだ。
「彼女の隊は野営訓練中だったね。適当に言い訳しとくから、ゆっくり休ませてあげなさい。」
「申し訳ありません、閣下……本当に、お手数おかけします。」
「ノア君には、すぐに家に戻る様、言った方が良いかな?」
父親を担いだ上官は、にやにや笑いながら尋ねてくる。
「………いえ……夕方頃で結構です。ですが、必ず家に来るようにお伝え下さい、閣下!」
「分かったよ。本当大変だねぇ〜君の家も。君達は、戦時中って事、忘れてない?」
「申し訳ありません、閣下。」
「良い息抜きになるよ。君達には悪いけど、側から見る分には、面白いからね!あはは!」
「……宜しくお願いします、閣下。」
「それにしても、ジョセフ、本当にちょっと痩せたなぁ!苦労してるね!」
ルーカスは、シーツに包んだジルベールをそっと抱えてやり、お荷物と化した父親を背負う、愚弟の上官と、人目に付かない様部屋を後にした。
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