3.門の故障
「いや〜、申し訳ありません。前々から調子が悪かったんですがね、ついに壊れちまいまして。修理が終わるまで、手動で開けてやって下さい。本来私が開けるべきなんですが、なにぶんギックリ腰になってしまったもんで…」
「気にするな。これ位苦ではない。腰を痛めているなら無理はしない方が良い。」
「すみません…」
今朝、軍の入り口まで来た所で、守衛の男から不具合で門が開かなくなっており、手動で開けて欲しいと頼まれた。守衛所内にある、鉄製の錆びた大きめのハンドルを回すと、ギギッ─と重い音がして、門が上がっていく。
「修理はいつ終わるんだ?」
「それが業者がなかなか暇が無い様で…1ヶ月は先になるかと。」
「…随分とかかるんだな。」
掌から、金属の錆びた匂いがする。
「すみませんです、大尉。」
ジルベール・ガルシア─昨日彼女を投げ飛ばしてしまい、彼女はそのまま医務室に運ばれた。その後目を覚ましたのかどうか、知らせは来ないままだ。
執務室に行くと、補佐官が机の角にコーナークッションを付けていた。
「これは何だ?」
「昨日の様な事故が二度と起こらないように、対策をしている所です。」
「…少々過剰ではないか?」
机に座ると、4箇所の角に付けられた黄色のクッションが、嫌でも目に付く。
「そんな事はありませんよ、実に痛ましい事故だったのですから。」
「…そうか。」
彼女の領地の教会には、確かに先週の祝日の夜、彼女が神父に懺悔をした記録があった。しかし、記録があったと言っても自分の領地の教会だ。念のため部下に調査をさせた所、教会のある町の町民から、ジルベールが懺悔に来ていたのを見たとの証言があった。
とりあえずは、彼女は潔白という事になる。
「ところでアイゼン大尉、」
コーナークッション取り付け作業を終えた補佐官が、机の脇に立つ。
「何だ。」
「昨日の事故ですが、少々やり過ぎではないですか?いえ、事故ですからね。もちろんわざとでは無いと思いますが、そもそも軍人とはいえ女性に対してあんな仕打ちをしますか?普通。」
「──申し訳ない事をしたとは思っている。」
「思うだけなら愚図でも出来ますが。」
「………」
この補佐官は、昨日の一件から人が変わったかの様だ。どちらかというと、寡黙で冷静に仕事をこなす男なのだが。
「はぁ──。そもそも私は、ガルシア軍曹を呼ばれたと聞いて、てっきりテオドール殿の妹として呼び出されたのかと思っておりましたのに。」
「知らなかったんだ…。彼女がテオドールの妹だとは。」
「あのガルシア家ですよ?有名でしょう。」
「男爵で、家名がガルシアなんて珍しくはないからな…。」
「全く。信じられませんね。」
自分でも信じがたい。テオドール・ガルシアは、戦死した彼女の兄だ。ガルシア家の嫡男で、同窓であり、戦友だった。生前はよく妹の話をしていたが、まさか彼女が、その妹だとは。いや、それ以前に女性だとは知らず、掴みかかってしまったのだ。
彼女を初めて見たのは、グラノから帰国した直後に開かれた、王城での夜会だった。
その夜会では、軍服を着た、男性にしては華奢で長髪の優男が、女性達に騒がれながら、参加者の女性と社交ダンスを踊り続けていた。途切れる事ない女性からのダンスの誘い全てに、柔らかな笑顔で応じている。
「何なんだ、あれは。」
一緒に出席していた第一師団の奴に聞くと、笑いながら、最近はずっとあぁらしい、と答えていた。微笑ましいよな、とも。一体何が微笑ましいのか、とバカバカしくなって、早々にその夜会から帰ったのだが、彼女の事を知らないのは俺位だったのだろう。
それに、テディが言っていた妹の名前は、ジルベールでは無かった。ジルベールは男性の名前だ。名前は確か───
「とにかく、ジルベール軍曹は昨日の夜目を覚まされ、今朝ご自宅に戻られた様ですから。次に出勤された時に、直接謝罪なさって下さいよ。」
「そのつもりだ。目が覚めたのなら、安心した。」
「それでは、私はこれで。あ、こちらの書類はご自分で処理なさって下さい。」
補佐官は、机の上にドサッと書類の山を置いて出て行った。彼は、話し出してからこの部屋を出るまでずっと、俺の足を踏んでいたのだが、おそらくわざとでは無く事故だろう。そう処理して、書類の山に目をやった。
今日の訓練は欠席せざるを得ないな───