62.渡さない
う……朝……かな……
何となく、感覚的に寝坊してしまった気がする……
ん?……私、腕が……動かない……
目蓋も……開かない………?
どうして………
ジルベールは、だんだんと、意識がはっきりする中で、自分の置かれている状況を理解すると、一瞬青ざめたが、直ぐに冷静さを取り戻した。
私、目隠しされてるな。
口も猿ぐつわされて、喋れない。
手は後ろ手に縛られて、横向きに寝かされてるのか…足は自由だ。
服は、着心地からすると、寝る時に着てた、薄い黄色のワンピースのままだろう。
それほどきつく、縛られてはないな。恐らく、柔らかめの布……かな……
仕事上、何度かこの状況になった経験はある。もちろん偵察班の兵は、そうなった時の為の訓練も受けている。
監禁……されてるな……
ここは…何処だろう……
多分、私、ベッドの上に寝かされているのか……
だけど、私の私室のベッドではないな。私室のベッドは、もっとふかふかだ。今寝ているベッドは、少し固い。
軍の私室棟ではないのか……?
昨日は…
モニカの元婚約者を助ける為に、森に入った。だけど、後からアイゼン少佐が来て、直ぐに帰還する様に言われたから、元婚約者は少佐に任せて、東門まで急いで帰った。
そこから、真っ直ぐ私室に帰って、シャワーを浴びて、軍服からワンピースに着替えて…あ!テーブルの上にあった夕食の残りをつまみ食いして……は、今はどうでも良いか。
その後すぐ、ベッドに潜り込んだ。寝る前に、短剣を左手首に結んでいたと思うけど、取られてるだろうな。軍服でも無いし、こちらの装備はゼロだなあ……
ここが、軍の私室棟ではないとすると、夜中に私室から連れて来られたのか?さすがに私も起きると思うけど……起きなかったのか……私……
だけど、このベッド…と、この部屋、紫煙草の匂いがするんだよなぁ。
じゃあ、軍の中なのか……?
いやでも、紫煙草は手に入れたい者も多く、現に軍人以外の愛好家も珍しくないため、常に横流しが絶えない。紫煙草の匂いがするからと言って、軍の中とは限らないだろう……
うーん……見当はつかないなぁ。
とりあえず、周りに人の気配は無さそうだけど……
ジルベールは、じっと身動きせずに、耳を澄ました。
物音もしないな。
数分してから、ゆっくり、上体を捻りながら起こした。そしてまた、じっと耳を澄ます。
大丈夫そうだな。ここがベッドの上だとすると……
ジルベールは、上体を起こして座ったまま、ベッドから落ちない様に位置を確かめながら、ゆっくりと後ろに下がっていった。
しばらく下がると、行き止まりになった。ベッドの端のはずだ。膝立ちになり、後ろ手に縛られている両手を引っ掛ける様に後ろに動かすと、手を拘束している布が、何かに引っ掛かった。
よし。拘束具が、ベッドの四隅にある支柱に引っかかった!このまま───
ジルベールは、引っ掛かった拘束具の布をぐいっと体を前に倒して引っ張り、隙間を作ると、指先を動かして布を緩め、緩んだ隙間から手を引き抜いた。
案外楽勝だったな。以前人の気配も無い。後は、ここがどこなのか…どうやって脱出するかだけど…
「器用なものだな。」
自由になった両手を頭の後ろに回し、目隠しを取ろうとした時、背後から声がした。
人の気配は無かったのに───
「う………」
すぐに両手を掴まれ、また後ろ手に両手を組まされて、手首を縛られた。今度はかなりきつく縛られて、簡単には緩みそうにない。
目隠しは外されなかったが、猿ぐつわは外されて、口は自由になった。
「ぷはっ…………あ………アイゼン少佐……どうして……」
私は恐る恐る、後方に居ると思われる、少佐に尋ねた。どうしてこんな───
「どうして……君はいつも、何故かを問うが、分からないのか?」
少佐…怒っているのか…私が指示に背いたから……でも、だったら、独房か懲罰房に送るはずだけど……どうしてこんな、どこか分からない所で拘束するのだろう……
「わ……私……が…少佐の指示に背いたからですか?でも…どうして…独房か懲罰房なんじゃ……」
「懲罰房に行きたいのか?」
「い、いえ……そういう訳では……」
どうしよう。声が……震えて……
「懲罰房に送られたく無かったら、じっとしていろ。」
「は………はい……少佐…」
返事をすると、少佐が歩く気配がした。ベッドが軋む音がして、左の足首を掴まれた。私はびっくりして掴まれた足を引き戻そうとしたが、またぐいっと正面から引っ張られた。
「じっとしていろと、言ったばかりだと思うが。」
「あ……も、申し訳ありません、少佐……」
───ジャラ───
返事を返すと同時に、軽い金属音がして、左の足首に恐らく革の、ベルトの様な物を付けられた。
「……鎖…⁈少佐!私は本当に勝手に抜け出したりなんか───」
「指示に背く奴の言う事を、易々と信じると思うか?」
「少──………う………や…ぁ……ぐぅ……」
少佐は冷たく言い捨てると、また私の口に猿ぐつわを噛ませた。柔らかい布みたいだけど、両手と同じく、今度はきつく結ばれて口の端が痛い。必死に顔を横に振ったが、聞き入れてはもらえなかった。
「念の為に足枷を付けただけだ。そのまま歩き回られて、窓から落下でもされたら、かなわないからな。」
「っ………ふ………う……」
そして、そのまま仰向けに押し倒された。
……
……………
……………………
殺風景な部屋に、絶え間無く、ジルベールの息苦しそうなくぐもった声と、ベッドが固く軋む音が響き、時折り小さく、人の肌を吸い上げる音がする。
もう……どれ位経っただろう……
寝坊したかと思ったけど……
少佐が軍務に行かないって事は、まだ夜明け前だったのかな……
ジルベールは、既に朦朧とする頭で、他人事の様に考えた。
着ていた薄黄色のワンピースは、下着ごと、腰の辺りまで無理矢理引き下ろされ、服としての役割は二度と果たせなくなっている。
服を破くように脱がされた直後は、現実とは思えなくて───恥ずかしさから、必死に訴えようともがいたけど、今は自分がどういう状況なのか、視界と自由を奪われたまま、頭が混乱して良く分からない。
「……ふ………う………んうぅ……」
少佐は、私の肌のあちこちに、吸う様に口付けている。さっきまで、お腹に口付けられていたけど、今は、また胸の辺りに口付けられている。ベッドを蹴って、上の方に逃れようとする度に、左の足首につけられた鎖が、ジャラジャラと金属音を立てる。
その度、動けない様にベッドに強く押さえつけられて、後ろ手に縛られている両手が痛い。
「う…………んううっっ…………ん…………」
声を出せない息苦しさから、身を捩り、唯一自由な鼻で大きく空気を吸い込むと、その隙に、少佐に強く肌を齧られて、強い痛みが走った。
「……くぅ…ん………う…………」
舌で舐められて、変な声が出る……顔を背けると、猿ぐつわを掛けられたままの頬を、少佐の大きい手のひらでそっと包まれた。
何とか、泣くのは我慢しているけど、だんだん頭もぼーっとしてきて、気を抜いたら泣いてしまいそう……私……
目隠しされていて、少佐の表情は分からない。
まだ……怒っているのかな……
「…………ジゼル、」
少佐が、辛そうに息を吐きながら、私の名前を呼んだ。どうして、少佐が辛そうにするのだろう……
身体を拘束されて、辛いのは私の方なのに。
「………くぅ…………」
「ジゼル、名前を……呼んで欲しい。既婚者の事は、名前で呼んでいただろう?私室にいる時だけでも、構わないから……俺は……それだけで───」
私の肌に、少し強めにキスをしながら、すがる様に少佐が呟いた。
名前……私も何度か呼ぼうとしたけど、何故か言えなかった。でも……だったら、私の口を自由にして欲しい。
「……ふ……う……」
「……ジゼル、腕が痛むか?」
少佐が、気遣う様に聞いてきて、私の腰を腕で抱えてそっと持ち上げた。身体が浮いて、確かに、押さえ付けられていた腕が、少し楽になったけど、だったら拘束を解いて欲しいのに……
そのまま、苦しい位に、ぎゅうっと抱きしめられた。少佐の硬くて大きい身体から、人の体温を感じて、今更だけど、少佐が上半身に何も身に付けていない事に気付いた。
気付いたけど……
もうあまり、いろいろと思考する気力は残って無い。
モニカの元婚約者が勝手に森に入ったせいで…野盗狩りの疲れも、取れていないし……
「……ふ……うぅ……ん……」
私を締め付ける腕が緩み、首すじや胸に、強く歯を立てられた。
私、この後どうなるんだろ……
「可愛い、ジゼル───」
私の聞き間違いじゃなければ、少佐はそう言って、私の胸を手のひらで掬い上げる様にして、口を寄せた。肌に、口の中の温度を感じて身を捩る。
「ん……ん………」
「ジゼル…じっとして……」
「…くぅ……ん……くぅ……」
「可愛い。」
──率直に言えば、好みとか、好みじゃないとか、そういう範疇を通り越しているんだ。今のお前の姿は。助けられて、言える立場じゃない事は、分かっているが──
ふと、森の中で、モニカの元婚約者から言われた言葉を思い出した。
可愛い──やっぱり聞き間違いかな………
私の身体は、傷だらけだ。
顔にも傷はあるけど、身体の傷は、それと比べ物にならない位に沢山ある。
心臓の付近はもちろん、手足や…多分背中には懲罰房で鞭打ちにあった傷が、消えずに残っているはずだ。
切り傷や、獣に噛まれた傷、確か、火傷もあったと思う。
沢山ありすぎて、自分でも、どこに傷痕があるか覚えて無い。
可愛い訳が無いのに。
少佐はどうして……こんな身体を見ようとするのだろう。縛られた両手と、喋れない口元の痛みが、長く拘束されているせいで、強くなってきた。
傷痕の無い身体だったら良かった────
軍人なんかじゃなかったら────
少佐はきっと、綺麗な身体を沢山見ているんだろうな。
私が、綺麗な身体だったら………
優しくしてもらえたのかな………
飛んで行きそうな意識の中で、そう考えていた時、また、ジャラ…と音を立てる鎖の金属音が、耳に入って来た。
一際大きく、金属音がしたと思うと、左の足首を掴まれ、上に大きく開かされた。
「ん"う"う"ーっ!!う"ーーっ!!」
「ジゼル……暴れるな。酷い事はしない。」
酷い事……十分酷いと思うけど……
私が、傷だらけだから…
こんな扱いをされるのかな───
大きく上に開かされた左脚の、太腿の内側に口を寄せられた後、強く噛まれた。
「う"ーっ……ふぅ……う……」
「ジゼル───」
少佐の声が、少し遠くから聞こえる。
だけど……現実とは思えない状況と、肌を噛まれる痛みで、少佐の言葉は、もう頭の中に入ってこない。
私は、間も無く意識を手放した。
お読み頂き、ありがとうございます。
不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。
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