60.フレデリック
俺はその日、運命の出逢いを果たした。
俺は彼女と、愛し、愛される為、生まれて来たに違いない。
生まれてから今までは、今日この日、彼女に出逢うまでの序章に過ぎなかったのだ!
燦々と輝く銀色の髪。
鈴を転がす様な可愛らしい声。
小柄で……何と愛らしいのだろう。
彼女は、一体誰なんだ⁈
『やぁ、初めまして!銀色のお嬢さん。気持ちの良い朝ですね。』
『……初めまして、良い朝ね。』
彼女は、俺をチラッと見ながらそう答えた。丁寧な返しだが、どこか素っ気無い。そして、ふぃっと、顔を逸らしてしまった。
『み、見ない顔だよね⁈君、いつもはここに居ないの⁈』
多少図々しいかと思ったが、俺は彼女の視線の先に回り込んで、尋ねた。
『ちょっと、何なの貴方……そうだよ。私はここで暮らしてはいないの。いつもは家に帰ってる。』
彼女は、ちょっと面倒くさそうに答えた。
渋々答える表情も、可愛らしい……!
『そうなんだ!今日はどうしてここにいるの?』
『家族を待ってるの。迎えに来てくれるから。』
『君も、何か軍務をしたって事⁈仕事帰りなの⁈』
『…………』
『ねぇ!君は普段、どんな軍務を──』
『あーっ!もうっ!うるさいなぁっ!』
矢継ぎ早に尋ねてしまったからか、彼女は怒り出してしまった。銀色の髪の毛を逆立てて、こちらを睨み上げている。
『ご、ごめん!ごめんね?怒らないで!君の事をいろいろ知りたくて、つい……君は、怒った表情も、すごく魅力的だね。』
『はぁ⁈さっきから何なの貴方…気持ち悪いなぁっ!もう、あっちに行って!』
小柄な彼女は、可愛らしくぷりぷり怒っている。あっちに行けなんて…初めて言われたな。
『ごめん、怒らせるつもりは無かったんだ。あっちに行けなんて、言わないで……』
『キャー!何で顔を舐めるのよっ!止めてっ!』
『君が可愛くて…そんなに怒る事じゃないでしょう?』
『貴方ねぇっ!何でそんなに一方的なのよーっ!』
彼女の怒りが頂点に達した時、彼女の家族が迎えに来た。笑顔で彼女に近寄ると、微笑みながら、彼女の頭を撫でた。
まずい…まだ名前も、聞いてないのに……!
『待って!お願い!名前を教えて!』
俺は、彼女に縋り付いた。
『何で教えなきゃいけないんだよっ!あっちに行ってっ!』
彼女は俺を振り解こうとした。
どうして怒らせてしまったのだろう…
今まで自分から、異性に話しかけた事も、話したいと思った事も無かったからか…接し方が、良く分からない…
『お願い、お願いだよ!名前だけでいいから…』
『話しかけないでっ!』
『そんな……』
俺は打ちひしがれた。
このまま…名前も知らずに別れてしまえば、今後再び会えるかどうか…
俺はその場に泣き崩れた。
『………ベーコンチャンよ。』
『え⁈』
『私は、ベーコンチャン・ガルシア。』
彼女は、朝露に輝く牧草の上で、銀色の髪をなびかせながら振り返り、俺を見つめながらそう答えてくれた。
ベーコンチャン……名前の意味は分からないが、個性的で、彼女に良く似合っている!
俺は、この世界が輝いて見えた。
『僕、僕はっ…!フレデリック!フレデリック・アイゼンだよ!』
『ふん……』
「あれ?フレデリック、どうした?いつもは殆ど鳴くこともないのに。ロバを見るの、初めてだった?この子はね、ジルベール軍曹の愛ロバ、ベーコンちゃんだよー。ベーコンちゃんは、とても賢くてね!」
まだ朝露の残る時間、軍の厩舎で、調教師の男は、ベーコンちゃんの頭を撫でた。
「一晩、大変お世話になりました。」
「いえいえ、エイダン殿。私も久しぶりにベーコンちゃんに会えて、嬉しかったですよー!」
ベーコンちゃんを軍の厩舎に迎えに来たエイダンは、調教師の男に柔らかく微笑んだ。
「ヒヒン!」
「今、ジルベール様は馬車で出勤されていますからね。なかなかベーコンちゃんとこちらに来る機会も少なくなりまして…」
「ヒヒーンッ!」
「こらフレデリック!本当にどうしたんだ⁈お前……」
「いやぁ、立派な軍馬ですねぇ!」
さっきから、自分とベーコンちゃんの間に割り入ろうとする、黒く輝く様な軍馬を、エイダンは感心する様に見上げた。
「すみません、エイダン殿。この子はフレデリックで、厩舎で暮らす軍馬です。この子も、軍馬の中では桁違いに賢くて、普段はこんなに騒ぐ所か、ほとんど鳴く事も無いのですが…どうしたのですかねぇ…こら!フレデリック!自分の部屋に戻りなさいっ!」
「ヒヒンッ!」
「プルルッ!」
「ヒン………」
「あはは、ベーコンちゃんと、お友達になったのですかね!」
「そうかも知れませんね、エイダン殿。」
「では、そろそろ帰りますね。ありがとうございました、行こうベーコンちゃん!」
「また来て下さいねー!」
「ヒヒーン!ヒヒーン!」
調教師の男は、礼儀正しい執事の若者と、可愛らしいロバを、笑顔で見送った。
『ベーコンチャン!ベーコンチャーン!また、会えるよね⁈返事をして⁈』
『知らないよっ。』
『そんな……』
「フレデリック、君は本当にどうしてしまったんだ?ロバがそんなに珍しいかな?」
『お前、馬鹿かっ!ロバ位知ってる!彼女だから騒いでいるんだっ!彼女は、次いつ来るんだ⁈』
「フレデリック…お腹空いてるのかい?ほら、君の好きな人参!」
『チッ……』
調教師の男が呑気に差し出した人参を咥えると、フレデリックは一度後ろに下がり、助走を付けて駆け出した。
「なっ……おいおい!フレデリック!やめろっ!」
そして大きくジャンプし、厩舎に張られた木製の柵を見事に飛び越えると、そのまま駆け出してしまった。
「あーっ!おい待てフレデリック!お前に何かあったら、持ち主のアイゼン少佐に怒鳴られるっ!おーいっ!フレデリックーッ!」
調教師の男も、慌てて厩舎を飛び出し、フレデリックを追いかけた。
「ヒヒーンッ!」
ベーコンちゃんと厩舎を後にして直ぐ、背後から馬のいななきが聞こえ、エイダンは振り返った。
「あれ、君はさっきの……」
見ると、先程フレデリックと呼ばれていた軍馬が、こちらに颯爽と駆けてくる。
「プル…プルプル!プルルル!」
ベーコンちゃんが、駆けて来た軍馬を見留め、何やら怒った様に鳴き出した。
軍馬は、目の前まで来ると大人しくなり、ベーコンちゃんに擦り寄った。
「君、さっきの…いやあ、君は本当に、大きくて、立派な馬だねぇ〜。ベーコンちゃん、ほら!お馬さんだよ!すごいねー!おっきいねー!」
「……プルルルルッ!」
「ヒヒン!」
軍馬は、咥えていた人参を、ベーコンちゃんに差し出した。
「あれ?もしかして…その人参、ベーコンちゃんにくれるの⁈良かったねー!ベーコンちゃん!お馬さんのお友達が、人参くれるって!君、その為にわざわざ来てくれたの?優しいんだね〜!」
「プイッ」
「ヒヒン……」
しかし、ベーコンちゃんは、プイッと顔を背けてしまった。
「あー……ごめんねぇ。ベーコンちゃん、どちらかと言うと肉食なんだよねぇ。雑食だから、お野菜も食べれるはずなんだけどね。飼い主に似ちゃったのかなー。あはは!」
「プルル!プルル!」
「ヒン……」
「こら、ベーコンちゃん、そんなにそっけなくして…お友達が、可哀想でしょう?ごめんね、君、大きいからさ!ベーコンちゃん、ちょっと怖がっちゃってるみたい!優しくしてくれたのにねー。ごめんねー、また今度ベーコンちゃんと、遊んであげてね!」
「プン」
「ヒヒン…ヒヒン…」
軍馬はその風格に似合わず、何やら悲壮な声でベーコンちゃんに鳴き出してしまい、エイダンは戸惑った。
「あらら。どうしたのかな?ベーコンちゃん、せっかく出来たお友達でしょう?そんな態度は駄目ですよ?」
「プルルルルルルーッ!」
ベーコンちゃんは、フレデリックの人参を地面に叩きつけた。
「おーい!エイダン殿ーっ!」
騒ぎ散らす馬とロバに囲まれて、エイダンが途方に暮れた時、調教師の男が息を切らしながら走って来た。
「良かったー!追い付いて……すみません、フレデリックの奴、ベーコンちゃんを追いかけて、厩舎を抜け出してしまって……本当どうしたんだよ、お前……ゼェゼェ……」
調教師の男は、肩で息をしている。
「フレデリック君、ベーコンちゃんに、人参を渡しに来てくれたみたいで。」
エイダンは、地面に、ぽてっと落とされた人参を拾い上げながら、優しく微笑んだ。
「えっ…フレデリックがそんな事…そうなんですね……」
「ええ。怒らないであげて下さい。優しい子ですね、フレデリックは。」
調教師は、驚きながら、自分の世話する軍馬を見上げた。
「ベーコンちゃんも、いつもお家にいるせいで、なかなかお友達もいませんし。素敵なお友達が出来て、良かったですよ!」
「フレデリックも、あまり他の馬と群れませんから。ロバと馬で、波長が合ったのですかねぇ。」
「あはは!そうかもしれませんね。」
「ヒヒン!」
「プルル……」
調教師の男が、正門までフレデリックと一緒に送ると告げると、フレデリックはベーコンちゃんの隣にピタッと寄り添って歩き出した。
「本当に仲良しなんだねぇ。可愛いなぁ!」
エイダンは、並んで歩く二頭を見て微笑んだ。
「プルルッ!プルッ……」
フレデリックは、歩きながらベーコンちゃんの体を舐めている。
「馬も、毛繕いってするんですねー。」
エイダンが感心した様に呟いた。
「そうですね。でも、フレデリックがそこまでするなんて…本当に、仲良くなったんだなあ。良かったな、フレデリック。」
「プルルー!プルルー!」
「でも、ちょっと舐めすぎじゃないですか?フレデリック、そんなに舐め回したらベーコンちゃん歩けないよ⁈」
「プ…プルル……しくしく……」
「ヒヒン。」
「そんなにベーコンちゃんの事好きなの、君……」
「相当な気に入り様ですねえ……この子、アイゼン少佐の愛馬なんですよ。」
「えっ!そうなんですか⁈フレデリック、だったら、今度君の主人と遊びにおいで。ベーコンちゃんと待ってるよ。うわ、ちょっと!舐めすぎてベーコンちゃんベタベタじゃない!」
「ヒヒン……ブルル!」
「プルー……しくしく……」
「良かったな、フレデリック。」
2人と2頭は、朝日の中を、仲良く並んで正門まで歩いて行った。
「ベーコンちゃんも、いつもお家にいるせいで、なかなかお友達もいませんし。素敵なお友達が出来て、良かったですよ!」
「フレデリックも、あまり他の馬と群れませんから。ロバと馬で、波長が合ったのですかねぇ。」
「あはは!そうかもしれませんね。」
『ベーコンチャン、僕は君と仲良くなりたい!』
『しつこいなぁ…』
調教師の男が、正門までフレデリックと一緒に送ると告げると、フレデリックはベーコンちゃんの隣にピタッと寄り添って歩き出した。
「本当に仲良しなんだねぇ。可愛いなぁ!」
エイダンは、並んで歩く二頭を見て微笑んだ。
『ひゃあっ!ちょっと!何するのよっ』
フレデリックは、歩きながらベーコンちゃんの体を舐めている。
「馬も、毛繕いってするんですねー。」
エイダンが感心した様に呟いた。
「そうですね。でも、フレデリックがそこまでするなんて…本当に、仲良くなったんだなあ。良かったな、フレデリック。」
『や、やだーっ!止めてっ!舐めないでっ!』
「でも、ちょっと舐めすぎじゃないですか?フレデリック、そんなに舐め回したらベーコンちゃん歩けないよ⁈」
『わ、私…貴方と友達なんかにならないからねっ!うぅ……しくしく…』
『僕もそうだよ。君とは、友達じゃない関係になりたい。』
「そんなにベーコンちゃんの事好きなの、君……」
「相当な気に入り様ですねえ……この子、アイゼン少佐の愛馬なんですよ。」
「えっ!そうなんですか⁈フレデリック、だったら、今度君の主人と遊びにおいで。ベーコンちゃんと待ってるよ。うわ、ちょっと!舐めすぎてベーコンちゃんベタベタじゃない!」
『あぁ、可愛い……ずっと、ずっとこうしていたいな。今度絶対、ノアと君の家に行くからね。』
『やだぁ……来ないで……しくしく……』
「良かったな、フレデリック。」
2人と2頭は、朝日の中を、仲良く並んで正門まで歩いて行った。