59.そして丸まって眠ったと思う
────ザ、ザ────
「ジルベール、また盗賊連中が近くにいるのか…⁈」
「恐らく違うと思うけど…何かがいる……」
ジルベールは、背に元婚約者を隠しながら、音のする暗がりの中を見た。
まだ…姿は見えないけど…何かいるのは間違い無い。
───お前ら3人以外に、他に仲間はいるか?───
───いないっ!俺達は3人だけだ!───
さっき、落とし穴に落ちていた野盗が、仲間はいないと言っていたけど…
私の経験上、そう答えた場合、8割は嘘だ。
多くは他に仲間がいる。
どうせ殺されないと踏んで、自分に有利な発言をするからだ。
だけど、今回の場合は、本当の事を言っていると思った。私の勘だけど…
それに、この感じは…人じゃないと思う。少なくともリソー軍では無い。
リソー軍なら、こんな、変な寒気はしない。
「ジルベール、大丈夫か…?震えが凄いぞ…」
確かに…弓を持つ手が震えて…標準が定まらない。震えで歯もカチカチと音が鳴っている。
「くそっ…」
私は一度構えていた弓を置くと、巻き布をしている短い軍刀を鞘から抜いた。そして抜いた軍刀を、元婚約者に手渡した。
「何も無いよりましだ。持ってて。」
「なっ……おい、俺はこんなの使った事なんか──」
「私が右手を振り上げて合図したら、ここから真っ直ぐ右に走れ。ずっと走り続けろ。」
「はぁ?ずっとって…お、お前はどうすんだよ⁈」
「すぐに追い付く。必ず。」
ジルベールは、軍刀の鞘を口に咥え、歯でしっかり噛んだ。そのまま、鞘の両端に付けている薄黄色の細い編み紐を、左右から頭の後に回し、しっかりと縛って固定した。
久しぶりだな。こうやって使うの。
新兵の頃は、野盗や敵兵と対峙する度に、恐怖で歯がガチガチ震えて止まらなかったから、いつも、震え止めにこの鞘を咥えていた。
鞘の両端に付いた網紐には、お兄様の髪の毛が、沢山編み込まれている。
義母上が、お兄様の遺体から切り取って、取っておいた物を、お守り代わりに編み込んでくれた物だ。
家のリビング、ソファーに座って、
義母上は、涙を流しながら編み紐を編んでいた。
そして、新兵の軍服を着て立つ私に手渡した。
私は義母上のその表情が、
無事、生き延びた今になっても、忘れられない。
お兄様と…私を…いつも、何処でも、
想ってくれている。
私は、こんな所で死なない。
ジルベールは、音のする先に向かって、矢を放った。空を切る音がする。
外したな。恐らく、掠ってもいない。
────ザシュ…ザ……────
音の主は、もはや、足音を隠すつもりなんか無いらしい。
どんどん近づいてくる。もうじき、目の前に姿を現すだろう。
私一人なら…逃げられると思う…
だけど、元婚約者を逃すには、私が相手をするしかない。
「フー……」
ジルベールは、ゆっくり息を吐いた。そして震えの止まった手で、しっかりと足音のする方へ、弓を引いた。
右の耳元で、キリキリと弓の引かれる音がする。
正面の暗がりの奥、ついに動く影が見えた。
まだだ。ぎりぎりまで引きつける。
……人か……?いや………獣……?
相手が茂みから出て来る直前、ジルベールは矢を放った。
同時に右手を振り上げ、元婚約者に逃げる様合図を送ると、すぐさま弓を捨て、先程野盗を殺したヒースナイフを抜き、茂みから出てくる影に向かって姿勢を低くして駆け出した。
放った矢は容易くかわされた。
避け方で、はっきりした。
人間だ。
矢をかわした事で、相手はこちらを視界から逃した。ジルベールは、迷う事無く、下から相手の首元を切り付けた。
そして、星明かりに照らされて、相手の顔がはっきり見えた。
私は驚いて目を見開いたが、切りつける為に動かした右手は、もう止める事が出来ない。
星明かりに照らされた相手は、ヒースナイフの剣先を、姿勢を崩さず後ろに引いてかわし、目を見開いてナイフを持つ、私の右手首を掴んだ。
「その網み紐は……そういう用途に使っていたのか。」
「……う……」
そう言いながら、私の右手首を掴んだまま、左手を私の後頭部に回して、網み紐を解くと、軍刀の鞘を私の口から取り去った。
「あ……アイゼン少佐……」
暗がりから現れたのは、アイゼン少佐だった。
まさか…さっきの気配は…リソー軍だとは到底思えなかったのに…
少佐は、さっき、姿が見えない時に感じていた寒気のする気配は無くなっているけれど、物凄く、怒っている様だ。
私……上官を切りつけて───
「も……申し訳ありません、アイゼン少佐だとは思わなくて───」
「ガルシア軍曹、」
アイゼン少佐は、低い声で私を呼んだ。
「はっ。」
私は敬礼して少佐に向き直った。
「いろいろと言いたい事はあるが……本当に相手を殺す気があるなら、毒は塗り直せ。接近戦が苦手なら尚更だ。」
少佐は、そう言いながら、掴んだままの私の右手を動かし、ヒースナイフを鞘へ戻した。
「は……はい、少佐。」
「直ぐに帰還しろ。一人なら戻れるだろ?」
アイゼン少佐はそう言いながら、私の右後方へ歩き出した。
「俺は、あの屑を回収する。先に戻れ。」
あ……そう言えば、元婚約者は──
少佐は、すぐ近くの、幹の太い木の根元にしゃがみ込んだ。元婚約者は、少佐のしゃがみ込んだ所、木の根元に仰向けに倒れて気絶していた。
……私の指示通り、勢いよく走り出して、木にぶつかったのだろう。まあ…結果的に、近くに留まってくれる形となって、良かった。本当に、運の良い奴だな。
「少佐、その人は…私が対応します。少佐のお手を煩わせる訳には──」
「ガルシア軍曹、」
アイゼン少佐は、私の言葉を遮って、しゃがんだまま、ゆっくりこちらを振り返った。
「あ…えっと…申し訳ありません、その屑は私が──」
「ガルシア軍曹、指示が聞こえなかったか?」
振り返った少佐は、感情の無い様な表情だった。
だけど、やっぱり…激怒していると…思う…
「少佐、この人を助けに出たのは、私の独断です。リー中尉の指示では───」
「聞こえなかったか?」
夜の森で、はっきりとは見えなかったけど、少佐の瞳は、見た事の無い沈み方をしていた。
「し……失礼しました、少佐。」
そこから先は、どうやって帰ったのか、良く覚えていない。
たぶん、真っ直ぐ東門に行って、私室に戻って、シャワーを浴びて、着替えて、ベッドに潜り込んだと思う。
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