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ジゼルの婚約  作者: Chanma
野営訓練
85/128

58.泣くなよジルベール

「おいっ!ジルベール!お前……遺体に何やってんだよっ!!」


 星明かりだけが優しく降り注ぐ森に、モニカの元婚約者の叫び声がこだました。

 もう二度と動き出す事の無い、野盗の前にしゃがみ込んでいたジルベールは、嫌そうに振り返った。そして、ジロッと元婚約者を睨む。


 もはや、こいつを静かにさせるのは不可能に近いのだろう。


「本当にうるさいなー……耳を取ってんだよ。獣に襲われたくなかったら、良い加減静かに話して!どれだけ静かに話しても、獣は聴いているんだぞ。」

「耳………一体何の為に取るんだ⁈遺体に手を出すのは止めろっ!!」

「あんた達は知らなくて良い事だ、元婚約者。野盗(こいつら)の耳は、私達にとって、取れなきゃ大金を積んででも手に入れたい、貴重な物なんだ。」

「どんな事情だろうと、遺体から何も奪うなっ!何とも思わないのか⁈」

「…………」

 ジルベールは、うんざりした顔で立ち上がると、向き直り、下から見上げながら睨み付けた。


「な、なんだよ。俺は間違った事は───」

「元婚約者、あんたが見張りの言う事を聞いて、ここに踏み入らなければ、少なくとも彼らは今日、私に見つかって殺される事は無かった。私も、あんたを助ける為に、彼らを殺す必要は無かった。」

「ぐ………それは………」

「分かったら、黙って見てて!」

 ジルベールは、耳を削ぐために手にしていた、巻き布をした軍刀を、元婚約者にブンブンと振り下ろした。

「わ、分かった分かった!危ねぇな!止めろっ!」


 元婚約者は、ようやく大人しくなると、木の根元に崩れる様に腰を下ろした。


「何だか…力が抜けた…」

 そう呟いた元婚約者は手足が震えている。


「助かって、安心したんでしょ。今、周りに人の気配は無い。少し休んで落ち着いたら戻ろう。悪いけど、私は小柄だし、あんたを抱えては戻れないから。」

「……すまない。」

 元婚約者(この人)、野盗に追われるのなんて、初めてだろうからな。緊張が解けて気が抜けたんだろう。


「ジルベール……悪かった。助けてもらった事は感謝している。」

「私は、上官のリー中尉の指示で来た。感謝なら、リー中尉にしてよね。」

「あぁ、あの小煩(こうるさ)い、お前の上官か……」

「ちゃんと、リー中尉の実家に!お礼に行ってよ!」

「分かった。」

「ちゃんと、高級な菓子折りを持って───」

「分かった!分かったから!」

 元婚約者はため息を付いた。


「お前、良く俺の居場所が分かったな。俺は、自分がどこに居るのか全く分からない…」

「あんたが無理矢理入った入口から、そんなに離れては無いよ……元婚約者、あんた入ってすぐ、賢猿(けんてい)に会ったでしょ?」

「けんてい…何だそれは…」

「小柄な猿だよ。その猿に食べ物あげなかった?」

「……そう言えば、木の上に猿がいたな。食べ物をやった覚えは無いが、俺に飛んで来た虫を、勝手に取って食ってたな。人の顔位のでかい虫で…」

(かに)って呼ばれる虫だね。賢猿(けんてい)の大好物だよ。本当あんた、運が良いね。どっちも、なかなか会えるものじゃない。」

「何が何だか良く分からないが…そいつらが何なんだ。」

賢猿(けんてい)が、あんたの居場所を教えてくれたんだ。この辺じゃ最も賢い獣の一つだよ。彼等は人語を理解する。(かに)をあげた事で、恩返しされたんだ。」

「その猿が勝手に取ったんだ。」

「大人しくあげてなかったら、あんたは今生きていない。賢猿(けんてい)(かに)に出会った事で、命拾いしたんだ。最も、最初からこんなとこに来なければ良かった話なんだけどね。」

「……………」


 ジルベールは、野盗の死体を引きずって、目立たない木陰に集めると、茂みに隠す様に置いた。


「その遺体は、どうするんだ?」

「明日の朝、軍が回収する。」

「……埋葬するのか?」

「は?」

 能天気な事を言う元婚約者に、ジルベールは目を丸くした。


「埋葬?する訳ないでしょ⁈いちいち埋めてたら国土が無くなっちゃうよ!焼却するんだよ!」

「そ…そんな……頼む、その3人は、俺の家で埋葬させてくれ…」

「えー⁈」

「俺の家は、王都の教会だ。代々そこの神父を務めている。もちろん俺も、神父の資格を持ってる。」

「な、何だとっ⁈」

 ジルベールは、またも目を丸くした。


「あんたが神父様…ありえない。神への冒涜だよ。」

「ジルベール、お前は本当に失礼この上無いな。」


 死体を隠し終わったジルベールは、元婚約者の横に、そっと膝を抱えて座った。


「神父様なんだ…本当に?」

 ジルベールは、訝しげな目で、じーっと元婚約者を見た。

「信じてねぇな。まぁ、元々は教会を中心に扱う宮廷大工だったんだ。それが、神父のなり手が少ないって言うので、自分達で神父もやり出して…国の他の建物も修復や建築ついでに、自分達で建てて、不動産業をして…その利益で、国の教会を維持したり、神父やシスターのなり手を教育している。地方でも、教会なら無償で修復してるし、必要なら神父を派遣してる。」

「確かに…うちの領地も、教会は無償で補修してもらえてるけど、国じゃなくて、元婚約者の家がやってくれてたのか!そしてあんた、不動産王だったんだ!」

「やめろ、その言い方は。」

「不動産王……」

「………教会を維持するのには、金が掛かる。教会を一番必要としている民衆は、生活苦で、寄付なんか出来無いし、させるつもりもない。俺達で、維持しないといけねえんだ。不動産業は、金になるからな。ちなみに、俺は神父と不動産業をメインにやってるが、妹が宮廷大工をしてる。お前の領地の教会も、必要なら今度妹に、補修に行ってもらうよ。」

「ありがとう、不動産王。」

「やめろ。せめて神父様だ。懺悔なら、いつでも聞いてやるぞ。」


 そう言いながら、元婚約は私を見た。


 さっき…元婚約者(この人)の目が、都合良く、全てを許してくれそうな、そんな気がしたけど…


 神父様だったのか。


「ねぇ、元婚約者。あんたみたいな高位貴族の人は…私の姿を見て結婚したいと思う?」

 私は、小さな声で、元婚約者の顔を覗き込みながら、こっそりと尋ねた。


「思わないな。」

 元婚約者は、秒ではっきりきっぱりそう告げた。

「ちょっと!そこまではっきり言わないでよっ!せめて少しは悩むとかさー!」


「悪い悪い。いや、思わないと言うかだな……率直に言えば、好みとか、好みじゃないとか、そういう範疇を通り越しているんだ。今のお前の姿は。助けられて、言える立場じゃない事は、分かっているが……お前の行動の全てが、別世界だからな……気を悪くしないでくれ。」

 元婚約者は、申し訳無さそうに、そう言った。その申し訳なさそうな物言いが、余計に現実を突き付けて来る。


「そうだよね。分かってる。分かってて、聞いたんだ。」

 見上げた夜空には、今も優しい星達が瞬いている。私にも、野盗にも、この明かりだけはいつも変わらず降り注ぐ。

 よく見れば、元婚約者の瞳は、その明かりに良く似ているかもしれない。


「私が軍人として積み上げてきた物は、高位貴族(あなたたち)にとっては、何の価値も無い。おまけにガルシア家(うち)は、爵位も低いし痩せた僻地で……王族に毛嫌いされていて。誰しも、婚姻を望む可能性は低い。」


「ジルベール、お前の家に掛けられている王命の話なら、俺も知っている。有名だからな。お前…それで、家の為に……」


 私は、元婚約者を見た。本当に、領地の神父様に、話してるみたいだ。


「私はこう見えて、今でも、家に帰って暇があったら、教会に行ってるんだよ?」

「お前がか?以外だな。信心深いんだなー。」

「さっきの仕返しのつもり?やめてよね……軍人になりたての、まだ、子どもの頃は……自分が殺した人間に対して、祈っていたと思う。仕事とはいえ、何て事してるんだろうって。私の罪は…許されるのかなって……」

「そうか。それで今は、何を祈っているんだ?ジルベール。」



「分からない。もう、何を許して欲しいのかも分からない……」



「なるほど。」

 元婚約者は、静かに、だけどしっかり肯定する様に相槌を打った。


ガルシア家(うち)の王命を聞いた人達に……良く言われるんだ。頑張れよ、王族(あいつら)には天罰が下る……って。でも……そんな事、無いと思う。現に私達は、何世代にも渡って、王命で苦しんで……」

「そうだな。お前達は、苦しみ続けている。」

「だから……だからね、私がやっている事に対しても、天罰なんか……あれ、何が言いたいのかな…私。」

 何だかいつも、途中で上手く説明出来なくなってしまう。


「ジルベール、俺が思うに、天罰ってのはな、罪の意識があって、初めて成り立つ言葉だ。お前の言う通り、そこに罪の意識が無ければ、天罰もクソも無いだろう。お前は無自覚にそれに気が付いて、罪の意識を捨てたんだ。」

「……よく分からない。」

「分からなくて良い。そして、苦しむ必要も無い。お前はそのままで良いんだ。神がどう思うかは知らねえが、俺はそう思う。お前は優しい人間だよ。」

「……あなた、本当に神父様なの?」

「まだ疑ってんのか?今度王都の教会に来い。そこで続きを聞いてやる。」

 元婚約者は、微笑みながら、そう言った。


「……あんたを助ける事が出来て、良かった。」

「は?そんなに懺悔を聞いて欲しかったのか?」


「違うよ。このままあんたが死んだら、モニカが悲しむと思ったんだ。やっぱり、死なせずに済んで、良かった。」

「ジルベール……」

 元婚約者は、今度は少し真面目な顔で、私の方を見た。


「お前さ…アルバート殿と、婚姻を結ぶ予定だったのか?」

「え?」

「悪い、話したく無いなら無視してくれ。いや、お前の話を聞いていて……以前、お前とアルバート殿が婚姻を結ぶって話を耳にした事があった。高位貴族の間じゃ、結構有名な話だったからな。ただ、その後すぐ、アルバート殿は──」


「本当の話だよ。モニカのお兄さんと私は……婚姻を結ぶはずだった。ガルシア家も、その時に王命から逃れられるはずだったんだ。」

 私は膝を抱えたまま答えた。目の前の茂み、まだ遠くの方で、獣の気配がして、消えた。



「そうか。どうしてそのまま婚姻を結ばなかったんだ?お前は、ベネット公爵家と、仲が良いだろう?」

「もちろん、そのつもりだった。モニカの家族から、婚姻の提案をされて……当時の私は、その話に飛びついた。これで、ガルシア家は…妹は、王命から逃れる事が出来るって。」

 私は元婚約者を見た。そう言えば…この人なんて名前なんだろう。


「だけど…モニカのお父さんと、アルバート兄さんが、国王に私達の婚姻と、王命の撤廃を求めに行ったら───」

 元婚約者は、静かに私の話を聞いている。


「婚姻は自由だけど、王命の徹底を求めるなら、ベネット公爵家が手掛けてる武器商の……事業の半分を公共事業として、国に渡す事が条件だと言われたんだ。」

「半分は大きいな……それで、断ったのか。」

「モニカの家族は、最後まで断るとは言わなかったんだ。だけど、仕事が生きがいみたいな人達だからね。ガルシア家(うち)の為に、そんな事を強いる事は出来ない。私と父上が、断って欲しいと告げたんだ。」

「そうだったのか……」

「婚姻を取りやめてすぐ、アルバート兄さんは、王族との結婚が決まったんだ。」

「お前との婚姻を取り止めた礼って所だろうな。」

「私は、そういう事はよく分からないけど…皆そう言ってた。」

 元婚約者は、怒りでも、悲しみでも、慰めでもない目で、ただ私の話を聞いてくれている。


「私が、浅はかだった。自分に何の価値もないのに……良く考えもせず……もし……もし、今……軍人令嬢として、多少軍の財政に影響を出せている今、アルバート兄さんと婚姻を結んでいたら…もしかしたら、結果は変わっていたかもしれないのに……私…」

「ジルベール、自分を責めてはいけない。」


「……今でも、時々夢に見るの。モニカの家に、夕食に呼ばれた日。アルバート兄さんが……結婚しようって言ってくれた時の夢。モニカの家で…私は泣いて喜ぶんだ。これで、王命を撤廃出来るって。モニカも、モニカの家族も笑っていて……でも、夢から覚めたら……私のせいで、駄目になった現実に帰ってしまう。」



「泣くなよ、ジルベール。」



 私、私は……


 王命の事だけじゃない……


 こんなにアルバート兄さんに親切にしてもらったのに…


 もし、今、軍務で殺せと言われたら、

 実行出来るだろう。


 どうかしてる……

 私は……どんどんこんな風に…

 分からなくなって……



「……ルベール、ジルベール!」

 元婚約者に、左肩を揺すられて、私は我に返った。いけない、森で気を抜いてしまったら……

 私達は、無事に戻らないといけないのに。


「ジルベール、お前の過去の選択は、間違っていない。誰でも同じ選択をしたさ。他の可能性は、元から無かった事だ。」

「元婚約者……」

「あのな、俺の名前は──まあ、今はどうでもいい。確かに、王命を撤廃出来る家を探すのは、条件的に、難しいだろう。だが、諦めるな。俺も、可能性のある家を探してやるよ。これでも仕事柄、割と人脈はある方だからな。お前の仕事に理解がある家も、きっと見つかるさ。」

「ありがとう、不動産王。」

「やめろ。」

「あんた、以外といい人なんだね。」

「そうだぞ、多少敬意を払えよ!」

 その言い方に、私は少し、笑ってしまったと思う。


「よし、元婚約者、そろそろ帰還しよう。あぁ、帰ったら、食堂のオレンジミルクが飲みたい──」



      ────ザ、ザ────



「!!」

 立ち上がった瞬間、はっきりと、二足歩行の足音がした。

「お、おい、ジルベール⁈いきなりどうした⁈」


 私は元婚約者を囲う様に、背後に隠すと目の前の茂みを見た。


      ────ザ、ザ────


 姿は、見えない。だが、四足歩行では無い、何かが近くに居る。私…冷や汗が出てるな…


「ジルベール、」

「静かに。」


 獣の様な気配は、確かにしていたけど…二足歩行の獣だと…まずい。油断した。()()()に、そう言われていたのに。


「大丈夫、必ず助ける。」

 私は、再び弓を構えた。


   ────ジル、僕と結婚しよう────


 元婚約者に、昔話をしたからか、頭の中で、アルバート兄さんの声がした。


 この前リアムが言ってくれたかわいいプロポーズとは違って…

 恋人同士でも何でもなくて、お互い打算だけの…ただの契約みたいなものだったけど…

 軍人としても、貴族令嬢としてもボロボロだった頃に、初めて権力を有する人から向けられた、善意だったと思う。


 その言葉で、当時の私は、前を向けた。

 

 だけど、私が最後に思い出すのは、きっとアルバート兄さんの声じゃない。


 きっと、今はまだ、死ぬ時じゃない。


お読み頂き、ありがとうございます。

不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。


続きが気になる!と思って頂けましたら、

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どうぞよろしくお願いいたします。

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