57.自慢をさせて!
「灯りを消しやがったって事は…こいつ仲間が近くにいるんじゃねぇのかっ⁈」
松明を手にしていた野盗が、叫び出した。
「分からねぇ………」
「じゃあどうすんだよっ!!」
「おい騒ぐなっ!久しぶりの獲物だろ⁈ここまで来て逃せるかよ!」
動揺してるな。そうだろう。
基本的に、単独で3人を相手にする可能性は低いからな。だけど───
「ガッ…………グ……」
ジルベールの放った矢が、松明を持っていない、右端の野盗の首に突き刺さり、呻き声と共に、1人仰向けに倒れた。
仲間同士で言い合ってる暇なんか、無いと思うけどな。
悠長な奴らだ。
ジルベールは、直ぐに弓を背に戻した。
「ジルベール……お前……」
モニカの元婚約者が、後で何か言っている。
「元婚約者、助かりたいなら黙ってて。」
「う………」
「おいっ!こいつ……灯り無しでもはっきり見えてんじゃねぇか⁈」
「騒ぐなって言ってんだろ⁈お前も加勢しろっ!」
先頭の仲間に指示され、松明を持っていた野盗は、消された松明を捨てて前に出て来た。足が震えてるな。
「元婚約者、目を瞑れ。」
「は?え?」
「早く。」
ジルベールは小声で指示すると、額に付けていたゴーグルを下ろし、目に掛けた。
先頭にいる野盗は、構えを正してジルベールに切り掛かってきた。
ジルベールは、臆する事なく、腰の道具袋から、掌に砂の様な物を取り出すと、野盗に向かって思いっきり吹き付けた。
「うっ………クソ野郎がっ……」
野盗達に、月明かりを浴びて、星の様にキラキラと瞬く砂が舞い、降り注いだ。
「痛ってえ……何だこれ……目に……!」
「金属粉、錆鉄だ!目を瞑れ!」
先頭の奴は、目を閉じたか。反応は良いな。
左手の奴の目は、潰せたみたいだ。
「リソー軍の奴、こんなやり方するか⁈この女何なんだっ⁈」
うるさいな。どんなやり方でも、関係無いだろ。
生き残った方が、勝ちだ。
「黙れっ!さっさと加勢しろっ!役立たずがっ!」
仲間割れか。
「俺は引くぞっ!お前1人でやれっ!」
左手の奴は、踵を返して後方に逃げ出した。
───ズササッ───
「うわあぁぁぁ!」
「おいっ!」
逃げ出した奴は、盛大な音を立てながら、地面に落ちて行った。
「てめぇ───まさか、予測して、落とし穴掘ってたのか……」
無惨にも、落とし穴に落下してしまった仲間を見て、最後に残った正面に立つ野盗が、私に向かって呆然と言い放った。
いや、さすがにそこまで予測は出来ない。あの落とし穴の持ち主は、他の奴だ。
昨日の私は、まさか元婚約者を追って、森に入る事になるなんて、これっぽっちも考えず、少佐の家で、夕食をご馳走になっていた。
美味しかったなぁ。少佐の家のご飯。
まぁ……私室で毎日貰えるみたいだけど…
元婚約者がこんな事しなかったら、今頃は美味しいご飯、食べてたのに。くっそー…
「返事は無し、か…」
野盗は私に向き直った。両手で、剣を構えている。錆び付きは無い。良く手入れされた剣だな。
ジルベールは、腰に数本差している、軍刀ではないナイフの中の一本を抜くと、腰を低く落とし、右手に構えた。下から、野盗の顔をしっかり見上げる。
「暗くてはっきり見えねえが…ヒースナイフか?凄えな。」
正解。しかも、今殺さなければならない相手じゃなかったら、自慢したい程の稀少な型式だ。
私の構えたナイフを見て、野盗は呟く様に言った。ナイフは、輝くように鍛えられた刃をしており、根元にはそり返る様な、独特の返し刃が付いている。
「ジルベール…目、もう開けて良いのか?」
背後から声がした。こいつ……
「良いよ。私の指示は聞いてね。」
「お前、ジルベールっていうのか。似合わねえな。」
そう言いながら、野盗が、私の左肩目掛けて踏み込みながら切りかかって来た。
「う、うわぁぁ!ジルベールーーッ!」
「もう!うるっさいなぁっ!!」
元婚約者の叫びを背中に受けながら、ジルベールは、野盗との距離を詰める様に振り下ろされた剣をかわし、間合に入ると、野盗の左手首をナイフで切り付けた。
野盗は素早く距離を取り、左手を引いた。
避けられた。掠ったか……
ジルベールと距離を取った野盗は、また剣を振り下ろしてきた。その剣を、ジルベールはナイフで受け流した。
振り下ろされる剣先に、そっと添える様なナイフの刃に流され、剣は弾かれる様にジルベールから逸れた。
金属音と共に、ジルベールのナイフは刃こぼれした。
ヒースナイフが……こいつ、結構強いのかな。
いや…私が弱いのか。最近、相手との尺度が良く分からない。自信、持てないな……
やっぱり、接近戦は苦手だ。
「……なぁ、ジルベール、」
野盗が、剣を下ろして、私に話し掛けてきた。
「お前、リソー軍か?そうは見えねえんだが……違うなら、俺と組まねえか?後のそいつは、知り合いなら、見逃してやっても良い。」
「ジ、ジルベールッ!俺を見捨てるのかあぁぁぁ!」
本当、元婚約者………うるさいなぁ……
ジルベールは、ナイフを鞘に戻すと、背負っていた弓を、再び手にした。地面に向けたまま、矢を添える。
「本当、全然無駄口叩かねえんだな。流石だよ。」
当たり前だ。その数秒が、命取りになる。
そもそも、こいつらと話す事何か、何も無い。
「挑発じゃない。本当に俺と組まねえかと提案しているんだ。」
「ジルベールーーーーッ!!」
「……後の奴、少し黙らせろよ……」
私は、元婚約者を振り向き、シッ!と、人差し指を口元に立てて睨んだ。元婚約者は、目を丸くして、口を引き結んだ。
「……なぁ、せめてお前が何者なのか位、答えてくれても良いんじゃねぇか?」
野盗が、ため息混じりに尋ねてきた。
「私は……後のこいつから、付き纏い被害を受けている者だ。」
「はぁ?意味が分からんが……声がやけに若いな。その歳で、この実力だと……やっぱりリソー軍だったか。少年兵上がりか?」
「おいっ!ジルベール!人を犯罪者扱いするなよ!」
「被害者です、私。」
そう言いながら、ジルベールは野盗に向かって矢を放った。野盗は、剣で放たれた矢を斬り落とした。
「私の後を付いて来い、元婚約者!」
「えっ!ま、待ってくれ!」
その間に、ジルベールは、右へ回り込む様に走り、距離を取ってから、また野盗に向き直った。
「元婚約者、私の後にずっと付いて移動しろ。あの野盗と一定の距離を取る。」
「わ、分かった。」
「今こそ、付き纏いの実力を発揮するときだぞ。盛大に付き纏えよ。」
「お前っ……!何だその言い方──」
「うるさいぞっ!静かに付き纏え!」
「…………」
野盗は、真っ直ぐにジルベールと元婚約者を見据えた。
「おい、ジルベール。今更距離を取っても無駄だ。お前1人なら話は別だが、足手纏いのそいつを連れては逃げられない。」
確かに。その通りだ。
ジルベールは、牽制する様に、再度野盗に向けて、矢を放ち、右側にゆっくり回り込んだ。
────────
ジルベールと呼ばれた女は、また矢を放ってきた。そしてゆっくり回り込む様に距離を取る。
隙を見て、逃げるつもりか。
恐らく、仲間はいない。単独なら、正しい判断だ。
だが…足手纏いのあいつを連れては、不可能だ。
ヒースナイフ……恐らく腰の数本とも、そうだろう。入手ルートを知っているだけでも、組む価値がある。連れの役立たず2人よりは間違い無く有能だろう。何とか、説得できねぇか…
「おい、お前なら分かってるだろ?そいつを連れて逃げたいなら、俺を殺すしかない。」
そう伝えても、ジルベールは、こちらに矢を向けたまま、距離を取り続ける。
「無駄だ。俺は、お前達を逃す様な隙を見せたりしない。ジルベール、俺と組もう。軍より稼げる。」
ジルベールは、ゆっくり回り込みながら、弓を構え続ける。その動作に、少し違和感が湧いた。
逃げる素振りは無い。だが、それなら何故、今更距離を取ろうとする……?
何かを……待っている……
ふと、先程剣を交えた時に、ヒースナイフで付けられた、左手首の傷を見た。しっかり切れてはいるものの、致命傷には遠く及ばない。赤い鮮血が、掌に伝っていた。
俺は、立ち止まり、ジルベールを見た。
まさか……
────────
野盗は立ち止まり、私の顔をじっと見た。その後すぐ、顔色を変えると、剣を構えた。
「ジルベールーーーッ!このリソー軍があっ!!」
そして先程の、余裕を見せ付ける様な態度を一変させ、私を血走った目で睨み、叫び出した。
気付いたか。まあ、もう気付かれても良い時間だろう。
野盗は、剣を両手で構え、こちらに向かって走って来た。
「おいっ!こっちに来るぞっ!どうすんだよジルベールッ!」
「うるさいっ!黙って私の後ろをずっとついて来い!」
ジルベールは、矢を2本取ると、向かって来る野盗に連続で放った。野盗は、1本目はかわしたが、2本目をかわしたとき、足をもつれさせ転倒し、地面に膝を付いた。
「ぐっ……」
その隙に、ジルベールは、野盗の右大腿を射抜いた。野盗は、立ち上がろうともがいているが、既に上手く身体を動かせなくなっている。
「元婚約者、私が呼ぶまでしゃがんでそこにいて。」
「分かった。あいつ…死んだのか?ジルベール、こんな時になんだが、俺の名前は元婚約者じゃなくてだな──」
「もうっ!さっきから何度も言ってるけど、うるさいよっ!助かりたかったら森では静かにしてっ!」
「わ、分かった!すまない……」
ジルベールは、弓を背に戻すと、うつ伏せにうずくまる野盗に歩み寄った。
「く…そが……」
野盗は、見飽きた目で私を睨んできた。もう、その目なら、子どもの時から何度も見てきた。
「無駄だよ。解毒剤は持ってない。」
「……う…そだな…なかま…に…間違った…とき……」
「………どちらにしても、もう助からない。気付くのが、遅すぎた。」
「……はじめ…から…じか……かせいで……」
もう、あと数分だな。
「あっ!そうだっ!」
ジルベールは閃いた様に、左の掌を、グーにした右手でポンッと叩いた。
「最後にさぁ〜!これ、自慢させてよ!」
そして、先程のヒースナイフを取り出すと、今にも息絶えそうな男の目の前に、ズイッと差し出した。
「これ、貴方の言う通り、ヒースナイフで正解ですっ!すっっごく稀少な型式なんだー!えへへ。」
「………………」
「ヒースナイフは、主に目当ての獣を狩るのに使うんだけど、これは勿体無くて、まだ使い切れなくて…ほら、この返しがすごいでしょう?刺した後、抜けない様になってて…デザインも綺麗だよねー!」
「……だ……まれ……い……やろう……」
「え?入手ルートは教えられないな〜。見せるだけだよっ!貴方の剣を受けた時、ちょっと刃こぼれしちゃった。強いんだね。それとも、私が弱すぎるのかな……ねぇ、貴方強いの?」
「……くそ…キ……あた…ま…いか…れ……」
「あっ!ちょっと!もうちょっと頑張ってよっ!まだ自慢させて?おーい!もしもーし!」
ジルベールの自慢話を聞かされながら、男は息絶えた。
「ちぇっ。折角、自慢出来そうな人だったのにな。」
ジルベールは口を尖らせながら、またナイフを鞘に戻した。
「ジ、ジルベール!終わったか?」
少し離れた位置で、不安そうな元婚約者の声がした。
「あ!もう来て良いよ。」
私の合図で、元婚約者は這う様に側に寄ってきた。そして、うずくまり息絶えた野盗を見ると、真横にしゃがんで十字を切った。
「……信心深いんだな。以外ー。」
「お前の方が…いろいろと以外だ…」
「何がよ。」
「何がって……別人みてぇだ。雰囲気も…喋り方も…」
「喋り方は……それはそうだよ。軍務中に、上官以外に丁寧に喋る必要は無い。丁寧に喋ったら時間が掛かる。その無駄にした時間で、さっきみたいな戦闘だと、殺される可能性もあるから。」
「そうか……確かにな……」
「あー…とりあえず、安心したら、お腹空いちゃったな。元婚約者、何か、お菓子とか持ってないの?」
「お前…この状況で何か食う気かっ⁈どうかしてるぞっ!」
元婚約者は、付近に横たわる、2人の遺体を見渡しながら叫んだ。
「この状況って……命が助かったんだよ?あとは無事に帰還出来れば……一安心するでしょ?普通。」
「いや、そういう事じゃなくてだな⁈側に遺体があるだろ⁈」
「だから安心なんでしょ?生きてたらまずいじゃない……あっ!そういえば、忘れてたっ!」
ジルベールは思い出した様に叫ぶと、小走りで駆け出した。
「あっ!おい待てよ!民間人を1人にするなっ!」
「確か…この辺りに……あっ、あったあった。」
ジルベールが覗き込んだ先には、深さ3m程の細い落とし穴があり、野盗が1人、落ちて動けなくなっていた。
「おい、ジルベール…こいつ…」
「松明を持っていた野盗だね。私が目を潰したから、地面がよく見えなかったのかな。」
「お前ら……あいつは…殺られたのか…」
落とし穴の中から、野盗が呆然とこちらを見上げている。
「私の質問に答えろ。正直に答えれば助けてやる。」
ジルベールは、野盗の問いには答えず、弓を落とし穴の中へ向かって構えた。
「分かった!何でも答えるっ!助けてくれっ!」
「お前ら3人以外に、他に仲間はいるか?」
「いないっ!俺達は3人だけだ!」
野盗は、両手を上げて答えた。
「分かった。」
そう言い捨てると、ジルベールは向けていた矢を放った。矢は、野盗の心臓付近に深々と突き刺さった。
「がっ…………て…めぇ………」
狭い落とし穴の中で、身動きも取れずに、男は息絶えた。
「ジルベール!答えたら殺さないって言っただろう⁈どうして殺したっ!」
元婚約者は、信じられない物を見る目をして叫んだ。
「ちょっと…静かにしてってば!何を驚いてるんだよ。こいつらが本当のことを言うと思う?参考までに聞くだけだ。ちなみに、仲間はいないと答えた時に、それが本当である確率は、私の経験上──」
「もういいっ!お前には何を言っても無駄だっ!」
元婚約者は落とし穴の前に跪き、十字を切った。
「何だよ。変な奴だな……」
元婚約者は、悲痛な目をして落とし穴の中を見ている。さっきまで、自分を殺そうとしていた奴だぞ。何なんだこの人は……
「この森には…兵の訓練の為に、こいつらみたいな野盗が野放しにされている。あんたみたいな裕福そうな貴族の格好で森に入れば、こいつらにすぐに標的にされる。私達は、訓練中にこいつらを殺さなければいけない訳だけど……実力がある者の中には、上官の目を盗んで、狩猟感覚で、野盗を狩って遊ぶ奴もいる。私にはそんな趣味はないからね。一思いに殺してやるのが一番良い。そう思わない?」
私の言葉を聞き終わると、跪いていた元婚約者は、ゆっくり私の方へ顔を向けた。
星明かりに照らされたその目は、何だか都合良く、全てを許してくれそうな…そんな気がした。
「ジルベール、それは、確かにお前の言う通りだと思うが。そもそも根本的に、そういう事を尋ねているのでは無い。」
「………じゃあ、どういう事?」
元婚約者は、無言で首を横に振ると立ち上がった。
「ジルベール、この落とし穴は、お前が掘ったのか?」
「まさか。流石にそこまで予測出来ないよ。この穴は、黄土犬の掘った落とし穴だ。」
「黄土犬……何だそれは……」
「知らないのも無理は無いよ。この辺りでは、殆ど遭遇する事の無かった獣だ。彼らは、獲物を取る為に落とし穴を掘る。落ちた後に穴の中で騒ぐと、落とし穴の持ち主が、獲物が掛かった事に気付いてやって来るからね。どちらにせよ、騒がれる前に、殺すしかなかった。」
「そうか………そうだ、ジルベール。お前に一つ、分かって欲しい事がある。」
「何だよ……」
本当にこの人は…助けて貰っておいて、横柄な…
「人の死に際に、自分の好きな話ばかりを聞かせてはいけない。絶対にだ。」
「あぁ、さっきの、ヒースナイフの話?だって、あの人理解してくれそうだったから──」
「以降、二度とするなよ。」
「何でよ。別にいいでしょ?襲って来たのは、向こうなんだし。」
ジルベールは口を尖らせた。
「マナー違反だ、ジルベール。」
マナー違反…そう言われては…
「それは…反則だよ。そう言われたら、言い返せないもん。」
「言い返すな。何か話したい事があれば、俺が聞いてやる。」
元婚約者はそう言いながら、ポケットから小さな包みを取り出すと、私に手渡した。
「恐らく、割れてる。」
カラフルな包装紙に包まれたそれは、街で評判のお菓子屋さんのクッキーで、厚めの生地は、口に入れるとホロっと崩れて凄く美味しい。
既にボロボロに割れているそれの一番大きい欠片を、私は口に放り込んだ。
お読み頂き、ありがとうございます。
不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
続きが気になる!と思って頂けましたら、
「★★★★★」をつけて応援して頂けると、励みになります!
どうぞよろしくお願いいたします。