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ジゼルの婚約  作者: Chanma
野営訓練
83/120

56.なり損ね

数年前、ベネット公爵邸──


「ジルッ!ようこそ我が家へー!やっと来てもらえたわね!ゆっくりして行ってね。」

「ありがとう、モナ。」

 私の隣の席で、モニカは嬉しそうに、弾ける笑顔を見せている。


 広いリビング、広いテーブル、一見ごちゃごちゃに見えるけれど、恐らく考えられた配置…なのだろう。部屋のあちこちに、異国の珍しい装飾品や、絵画が飾られている。

 私は友人モニカの家、ベネット公爵家に、夕食に招かれていた。


 美味しそうな食事の並べられたテーブル、私の横の席に座るモニカは、薄黄色のドレスを着て、とても嬉しそうにはしゃいでいる。


「こら、モニカ。そんなにはしゃいで!お行儀悪いぞ〜!!」

「だって、お父様!なかなか家族揃って、ジルと食事出来なかったでしょ⁈私、本当に楽しみにしてたんだからっ!」


 向かいの席の真ん中に座る、モニカの父、ベネット公爵が、笑いながらモニカをたしなめた。

 モニカのお父さんの左の席、モニカの向かいには、ベネット公爵夫人、そして、私の向かいの席には、モニカのお兄さんが座っている。


「確かに、家族揃って、ジルと会うのは初めてだからね。僕と母上が、なかなか国内にいないから、都合が合わなくて……ジル、僕もね、今日はとても楽しみにしてたよ!」


「ありがとうございます、アルバート兄さん。」


 モニカの兄、アルバート兄さんも、嬉しそうに微笑んでくれた。モニカの家族には、何度も会っていたけれど、家に招かれたのは初めてで、私は最初緊張していた。

 そもそも、高位貴族、それも公爵家に行く事自体、初めてで、社交マナーに疎い私はキョロキョロと落ち着きなくしてしまった。だけど、モニカの家族と囲む食卓は、ガルシア家(うち)で家族と囲む食卓と同じ、暖かいもので、私の緊張も直ぐに溶けて無くなった。


「ジル、モニカに貴女の好みを聞いて、いろいろ用意したのよ!特に、お肉が好きなんでしょう⁈たっっくさん食べていってね!あっ!ハムもあるのよ!ハム!このハムはねー、ちょっと珍しいお肉で──」

「ちょっとお母様!そんなに急かしたら、ジルも食べられないでしょ!」

「あら!ごめんなさい!でも、このハム美味しいのよ!」

 怒涛の勢いでモニカのお母さんはハムを勧めてくる。


「はい、私ハム大好きなんです。頂きます。」

「もー、ジル、ごめんね!お母様、せっかちだから!」

「何よモニカ!良いじゃない!私も今日は楽しみにしてたのだから、いろいろと勧めたいのよ。あっ!このパンも、美味しいのよ〜!」

「あはは!頂きます。」

「珈琲も好きでしょう?あっ!冷たい方が好みだったわね!ちょっとー!料理長ー!」

 モニカのお母さんは、こちらが返事をする間もなく、料理長にあれこれ言い出した。呼ばれた料理長は、笑顔ではいはい、と聞いている。

「お母様、帰ったらいつもこうだからさー。ジル、珈琲は冷たくしたものが好きなのね。珍しいわね!」

「軍だと、ほとんどの飲み物を、冷やして売ってるんだ。珈琲や紅茶もそうだけど、熱いと、直ぐに飲めないでしょう?」

「なるほど!確かに、軍だとゆっくり飲む暇ないものね。」

「もちろん、温かいものも売ってるけどね。冷やしたものも、飲み慣れたら美味しくて。氷が入ってると、特に美味しいよ!」

「へー!!」


「ジルの話は、どれも聞いていて興味深いよ。また今度、任務で行った、異国の話をゆっくり聞かせてね。」

 モニカのお父さんが、優しく微笑みながらそう言った。


 モニカの家族は、全員実業家で、主な事業は武器商だ。そちらは主に、モニカの母、ベネット公爵夫人と、アルバート兄さんが担っているらしい。

 その為、この2人はほとんど国内におらず、常に他国を飛び回っているそうだ。今回、やっと、家族全員の都合が付いたと、モニカがスキップしながら私に連絡して来た。ガルシア家(うち)の庭で、ぴょんぴょん飛び跳ねるものだから、転ばないかとエイダンが心配する始末だった。


 モニカの父、ベネット公爵は、売れっ子の作家で、彼が執筆した小説は、どこの本屋でも必ず、ずらっと並んでいる。モニカのお母さんと正反対で、大人しい印象だけど、私が任務で旅した異国の話だとか、出会った少数民族の話だとかを、とても楽しみにしていて、探究心が強い人だ。

 たまに、そう言った話を、モニカのお父さんとするのだけど、優しく相槌を打ちながら、目をキラキラさせて聞いてくれる。


「はい、ぜひ。また近く、遠征にも出ると思いますので。」

「ジル、気をつけるのだよ?また、顔に傷が増えたんじゃないの?」

「アルバート兄さん、これ位はまだ少ない方ですよ!」

 アルバート兄さんが、つい先日顔に増えた傷を、左手でそっと、撫でてくれた。

 モニカと同じ、綺麗な金色の瞳が心配してくれているのが分かる。

「大丈夫です、アルバート兄さん。」

「ジル……」



「ねぇ、ジル。貴女の家に掛けられている、王命の件なのだけどね……」

 モニカが、改まった声でそう言いながら、私に向き直った。


 モニカには、ガルシア家に掛けられている王命の事を話している。モニカの家族も、モニカから聞いて知っているはずだ。


「家族で、探してはみたのだけれどね。なかなか…難しくて……」

 モニカと、モニカの家族は、ガルシア家に掛けられている王命を撤廃する事が出来そうな人物を、彼らの広い人脈を使って、探してくれていた。

 私と婚姻を結び、王命の撤廃を求めてくれる家を。


 だけど、正直な所、可能性が薄い事は分かっていた。婚姻、という家にとって大事なカードを切る事に対して、相手が得られるメリットが無いからだ。ガルシア家(うち)は、爵位も低く、領地も狭い僻地。他国の貴族だったとしても、魅力的では無いだろう。

 せめて、私が軍人として、ある程度の地位に着く事が出来たなら……でもそんなの、いつの事やらだ。

「モニカ……ありがとう、良いんだよ。可能性が低い事なんか、分かっていたし。ガルシア家(うち)のために探してくれて、本当に感謝してる。嬉しいよ。」



「あら、見つからなかったなんて、私言ってないわよ?」



 勝ち誇った様に言うモニカの言葉に、私は耳を疑った。


「えっ?モニカ、今何て──」

「貴方の家に掛けられた王命を、撤廃出来る可能性のある相手が、見つかったって言ったのよ。」


「えぇーっ⁈」


 私は咄嗟に目を丸くして大声を上げてしまった。

 嘘───まさか、そんな人……


「ジル、僕じゃ駄目かな?」

「えっ───」


 大声を上げた私に、向かいの席に座るアルバート兄さんが、そっと声を掛けてきた。



「ジル、僕と結婚しよう。」



「アルバート兄さん、どうして───」

 事態を飲み込めない私に、アルバート兄さんは金色の目を細めながら、優しくそう告げた。

 モニカも、モニカの両親も、目をキラキラさせている。


ベネット公爵家(うち)なら、王命を徹底出来る可能性は、十分あるでしょ?」

「でも…それでは、そちらに利益が…ご存知だと思いますが、ガルシア家(うち)には何もありません。そこまでして頂く理由が───」

「ジル、そんな事無いよ!いろいろあるよ?例えば、ほら。最近君は、国内で軍人令嬢として活動しているよね?」

「え?あ、はい。広報部の仕事ですね。でも、それが一体……」


「私も、その仕事には目を付けていてね。なかなか良い仕事だと思うよ。」

 モニカのお父さんも、口を開いた。

「そうでしょう?父上。」

「うん。あれはマルティネス公爵家の仕事だね。軍人令嬢の認知度も、今はまだまだかも知れないけど、きっと上手くいくと、私はそう感じているよ。そうなれば、君を妻に持つベネット公爵家(うち)も、便乗して何か事業展開出来そうだし…」

「お父様!ジルに似合うドレスを着せて、市民にアピールして、それをブランド化するのはどうかしら⁈」

「まぁ!楽しそうね!私も参入させてちょうだい!」

 モニカとモニカのお母さんも、勝手に盛り上がっている。


「いやでも…広報部の仕事がそんなに上手くいくかは…まだ……」

「ジル、大丈夫!きっと上手くいくよ。君が、軌道に乗せるんだ。」


「アルバート兄さん…」

「軍の財政を立て直す事が目的なんでしょう?財政が立ち直れば、広報部の立場は強くなる。君を妻に持つベネット公爵家(うち)も、それを足掛かりに軍部へ参入して、事業拡大も可能だ。」

「そうだね。今から、マルティネス公爵家と、繋がりを持っておこうか。彼等が次に出る夜会はいつだったかな。」

「よろしくお願いします、父上。」

「ジル、ベネット公爵家(うち)が、君から得られる利益なら、他にも沢山あるのだから。そんな事は、気にしないで。」

 アルバート兄さんは、真っ直ぐ私を見た。


「ジル、あまり難しく考えないでよ!私はジルと、家族になれたら素敵だと思うの!」

「モニカ───」


「ジル……知っての通り、僕は仕事で飛び回っていて、ほとんど国内にいない。寂しい思いをさせるかもしれないけど───」

「お兄様!国内には私がおりますから!国内事業とジルのお相手は、私にお任せ下さい!」

 モニカが、胸をドンっと叩いて椅子から立ち上がった。

「モニカ、今はアルバートが大事な話なんだよ。ほら、座って?ね?」

「なによ、お父様ったら……」

 モニカは、しぶしぶ着席した。



「ごほんっ……ジル、そういう訳なんだけどね。君も軍人で、忙しくしていると思うし。お互い、打算もある婚姻だと思う。だけど、似た者夫婦で、僕達仲良くやれると思うんだ。」

「アルバート兄さん……」

「ジル、これからは兄さんは要らないよ?僕は夫になるのだから、アルバートって呼んでね!」

「良いのですか……本当に……」

「そう言ってるでしょう?ジル、僕を残して殉職しないでよ?早く王命を撤廃してもらえる様、王室に行かなくちゃね!」

「ありがとうございます…私……」

「泣かないで、ジル……ジルが国内にいるなら、僕も国内事業貰おうかな〜。そうしたら、一緒にいられるし。モニカ、国内事業、少し分けてよ!」

「え〜嫌ですわ!」

「酷いな、兄の頼みを一蹴するなんて!」



 あぁ……嘘……夢みたいだ。


 ベネット公爵家なら、きっと……きっと……


 メイジーを、王命から逃してあげられる……


お読み頂き、ありがとうございます。

不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。


続きが気になる!と思って頂けましたら、

「★★★★★」をつけて応援して頂けると、励みになります!

どうぞよろしくお願いいたします。

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