55.星明かりは平等に
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セリージェは歩き続けた。深い深い森の中を。
愛馬と2人っきりで。
「いつになったら、抜けられるんだろうね。」
木々の間から、今にも降りそうな星たちが瞬いている。その下を、ただひたすら、延々と歩き続ける。
植物に覆われた地面を、自分と愛馬が踏みしめる音、虫達の話し声、獣のいびき。
「星の砂漠に迷い込んだみたいだね。この世界に、僕らだけみたいだ。」
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はっ……はっ……はぁっ……
「案外、容量良く逃げ回るな。」
「あはは、イライラするなよ。時間の問題だろ?」
すぐ後ろで、追って来る男達の声がする。
この森に入って直ぐ、やけに大きな、大人の顔程の大きさの得体の知れない昆虫が、腕に飛び付いて来た。暗くて、姿は良く分からなかったが、かぎ針の付いた足を、ギチギチと服の上から食い込ませて来る。振り払おうと叫ぶと、木の枝の上から、見た事の無い猿──だと思うが──が手を伸ばしてきて、その昆虫を易々と捕まえ、ボリボリと食べ出した。
俺は尻もちを付き、呆気に取られながら、木の上で悠々と、美味そうに食事をする、その猿を見上げた。
この森に入って僅か数分。
何なんだここは───
ジルベールの奴は、本当にこの森にいるのか?
もしや、間違った情報だったか……冷静になって考えれば、こんな森で、あの女は何をするって言うんだ。とりあえず、一旦引き返して───
「グル…ル……」
「!!」
振り返ると、今度は一匹の野犬がこちらを見ている。
「う……嘘だろ⁈次から次に……」
そして野犬から必死で逃げていたが、いつの間にか、俺を追っているのは野犬では無く、複数の人間になっていた。話し方や雰囲気から察するに、盗賊の輩の様だ。俺の所持品や、金品狙いだろう……捕まれば、殺される可能性が高い。
ぜぇ……ぜぇ……
駄目だ…もう、体力が……
目の前の大木に、右手を付いた。
慣れない森の中、自分が何処に向かっているかも、既に分からない。
もう…走れない。
大木を背にして振り返ると、追って来ていた男達が、直ぐに目の前に現れた。
その中の1人が松明を持っており、その灯りで、はっきりと相手の姿が分かった。職業上、何度か見た事がある。やはり、盗賊、もしくは荒くれ者達だ。全員何かしらの武器を持っている様だ。
先頭の奴が、更に前に出て来ると、他の2人は左右に1人ずつ、やや後ろで立ち止まった。
そして、前に出て来た奴は、俺の目の前まで距離を詰め、ゆっくりと右手で剣を抜き、大きく振りかぶった。背後からの松明の灯りで、剣を振りかぶる男の顔に影が落ちている。
薄汚れた顔に、深くしわの刻まれた、険しい目。
こんな事をしている理由はどうあれ、生きる為に苦労しているのだろう。そして今から、俺の所持品が、この人間達の生きる糧になる。
死にたくは無い。
一方的に命を奪う、卑劣な行為だ。
だが、この国において、こいつらだけを責める事等、出来ないはずだ。
少なくとも、俺には出来ない。
「モニカ───」
───ガザザッ───
「ッ!な…んだ、こいつ……何処から…」
「お前……」
盗賊が振りかぶった剣を、俺に向かって振り下ろした時、頭上から盛大な音がして、何かが木から降りて来た。
それは、さっきの、木の上にいた猿……では無く、俺が愚かにもこの森に入ってしまった目的の奴だった。
「ジルベール……」
「やっと見つけた……おい、元婚約者。絶対守ってやる。私の指示を聞いて、大人しくそこに居ろ。」
ジルベールは、いつもと違う妙な格好で目の前に現れると、俺と向かい合う格好で、左手を大木に付き、へたり込む俺を囲う様にしてそう言い放った。ジルベールの右手は背に回されている。俺には良く分からなかったが、盗賊が振り下ろした剣を、軍刀で受け止めている様だ。金属の、擦れ合う嫌な音が聞こえる。
その後すぐ、ジルベールが競り勝ったのだろう、盗賊は後ろに距離を取り、ジルベールは盗賊達に向き直った。
「こいつ……リソー軍か?」
「服が違うが、恐らくそうだな。どうする?引くか?」
「チッ…野営訓練が始まったか。噂じゃもうじきだったからな……女1人なら、殺れるだろ……」
盗賊達は、木の枝からいきなり降ってきたジルベールに戸惑い、何か話している。だが、ジルベールは、その隙に迷うこと無く、軍刀を鞘にしまうと、背負っている道具袋から、筒状の物を取り出し、盗賊の1人が持っている松明に向けると、筒の端に出ている紐を思い切り引っ張った。
───シュッ───
次の瞬間、筒から噴き出た粉状の物に、松明の灯りは掻き消され、辺りは森の暗闇に包まれた。
「くそっ……こいつ消炎剤を───」
「落ち着け、見えねえのは向こうも一緒だ!」
俺の視界も、暗闇に閉ざされた。
そして、すぐさま木々の隙間から、瞬く様な星の明かりが降りそそいで来て、俺を庇う様にして立つ、ジルベールと、盗賊達を、平等に照らし始めた。
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