表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジゼルの婚約  作者: Chanma
野営訓練
81/128

54.馳せ参ず


 はぁっ…はぁっ……


 くそっ……


 一体……どうなってんだ……ここは───



────────


「そう言う訳でして…捜索は見送りになりました、守衛殿。」

「そうでしたか。まあ、紅茶でもいかかです?リー中尉。」


 温かな湯気と、紅茶の香りが広がる軍の守衛室で、ウィリアム・リーと守衛の男が、簡素なパイプ椅子に腰掛けて話していた。守衛室の窓からは、綺麗な月が見えている。


「捜索の見送りは、至極真っ当な判断ですね。アイゼン少佐の仰る通りだ。あの人、仕事の判断だけは的確ですから。それだけは。本当に。全くそれしか能の無い──」

「守衛殿、何もそこまで……」

「いやはや、失礼しました。」

 守衛の男は、紅茶をゆっくり飲み、安堵した表情を見せた。


「しかし、今回ばかりは安心しましたよ。公爵家の子息だかなんだか知りませんけどね!度々正門(ここ)に押しかけて来ては、ガルシア軍曹を出せと喚き散らして…何度注意しても聞きやしない。おまけに、街でもガルシア軍曹に付き纏い行為をしていたんでしょう?ガルシア軍曹が、あまりにかわいそうだ!良かったじゃないですか、自分から森に入ってくれたんですから。」

「そうですね。ですが、多少、同情する気持ちもありまして…複雑です。(むご)い死に方をしなければ良いのですが…」

「リー中尉は優しいですね。貴方が気にする必要はありませんよ!まあ、かなりの高確率で、するでしょうね。酷い死に方を。ですが、自業自得と言う物です。こちらは親切に、本人の実家に警告までしていたのですから。」

「……こちらも、こんなくだらない事で、無駄に中隊の兵を出したくないのも事実です。人手が減って、夜間行動に慣れた兵も、今は不足しています。かつ、夜目も効く兵となると──」



        ──コンコン──


「失礼します。リー中尉、いらっしゃいますか?」

 守衛室の扉がノックされ、ジルの声がした。扉を開けると、迷彩服のジルが立っていた。


「こいつを筆頭に数名です。」

「それは本当に人手不足ですね。少佐の判断は益々正しかったと言えます。」


「ジル、お前──」

 リーは、守衛室を出て扉を閉めた。


 こちらを真っ直ぐに見据えるジルは、軍の迷彩服を着ていた。軍用の弓を背負い、腰には、軍刀の他に、ジルが個人で収集し愛用しているナイフが数本、頭には大きめのゴーグルを付けている。

 ジルが、軍服で森に入る格好の中では、一番の重装備だ。


「モニカが悲しむ気がして………」

「あ?」


「あんな人でも、このまま死んだら…モニカが悲しむと思うから……」

「………」


「リー中尉、私は森に入ります。」


「……もしかしたら、お前がそう言い出すかもしれねぇとは、思っていた。」

 リーは、しょうがない、と軽くため息を付いた。


「リー中尉…」

「お前はこうなったら、俺の言う事なんか聞かねえからな…まあ、お前単独なら、まずこの森で、死ぬ事はないだろ。だが、深追いするなよ。どんな結果になっていたとしても、受け入れろ。回収が必要なら翌朝だ。」

 ジルベールは頷いた。


「あとは……あいつの後を追うにしても、問題はどこから入るかだ。」

「リー中尉、ガルシア軍曹、こちらに森の入口を記載した地図がありますよ。どうぞ。」

 リーの背後から守衛室の扉が開き、守衛の男が手招きした。守衛室からは、紅茶の温かな香りが漂って来た。



「例の公爵子息が侵入したと、見張りから連絡があった入口は、ここですね。」

 守衛の男が指差した地図の上を、リーとジルベールは覗き込んだ。その入口は、軍事基地からは距離があり、街に一番近い箇所だった。


「街に近い入口ですね。ここから、こちらに向かって来ているなら、東門から入った方が良いですかね?」

 ジルベールは首を傾げた。

「こちらに向かって来れているのなら、そうだな。」

 ジルベールの問いに、リーは冷静に言い放った。


「ガルシア軍曹、一般市民が無装備でこの森に入って…野盗も獣も、虫だって多い中、まともには進めないでしょう。どちらに進んだか分からない。正直、運ですね。この人と同じ入口から、気配を頼りに追いかけるのが、一番確実でしょう。」

「ジル、守衛殿の言う通りだ。お前なら、こいつの踏み荒らした形跡や、気配を辿って行けるだろう。単独での捜索なら、ここから入口までは遠いが、それしか無いだろうな。」

「分かりました。」


「ジル、2時間だ。2時間経っても帰らなかったら、俺も森に入る。」


「リー中尉、そこまでして頂く必要は──」

 リーの申し出に、ジルベールは戸惑った。

「ジル、お前の実力は分かっている。けどな、お前は今日、妹の結婚が決まって浮ついてるだろ?そう言う時が、一番危ねえんだ。相手は野盗だけじゃねぇ。最近、黄土犬(おうどけん)の目撃情報もあるからな。」

「確かに、この森にも出だした様ですね。あいつは厄介だ。出来れば遭遇したく無い相手です。」

「ジル、明日以降、手が空いた時に森の黄土犬を狩っといてくれ。下級兵の強化訓練が終わるまでに、なるべく数を減らしておきたい。」

「えーーーっ!あいつ強いから、私嫌だなーっ!肉もそんなに美味しくないし…」

「我儘言うなっ!レオやアシェリー達が、黄土犬に殺られても良いのか⁈」

「う…それは……分かりました。」

 ジルは、それは困ると思ったのだろう。割と素直に指示を聞いた。


「ガルシア軍曹!そうと決まれば、とりあえず、守衛室で紅茶でもいかがですか?落ち着きますよ。」

 守衛の男はにっこりと微笑んで、守衛室の扉を開き、ジルを中へ促した。


「守衛殿、今は落ち着いている場合では…」

「ガルシア軍曹、私の経験上、こういった状況では焦った所で結果は変わりません。むしろ、紅茶でも飲んで一旦落ち着いた方が、事態は好転するものです。」

 戸惑うジルベールを、まるで、落とし物でも探しに行く子どもに言い聞かせるかの様に、守衛の男は微笑みながら、やんわりと諭した。守衛室のテーブルの上には、先程まで守衛の男と、リーが飲んでいた紅茶のカップが並んでいる。守衛の男は、新しいカップを戸棚から出すと、ティーポットから紅茶を注ぎ、ジルベールに差し出した。

「そうですかね……」

「物事ってのはね、だいたいそんなものですよ。はい、どうぞ!」

 温かな湯気の立つ紅茶のカップを、ジルベールは両手で、少し不安気に受け取った。



「ジルベール様〜!」



 ジルベールが、紅茶のカップを受け取った時、正門の外から、聞き慣れた声がした。


「エイダン!!」


 外を見ると、エイダンが馬車に乗ってこちらに向かって来ていた。馬車の窓から手を振っている。

 ジルベールは、守衛室を出て、エイダンの馬車に駆け寄り、守衛の男とリーも、続いて守衛室から外に出た。


「エイダン、こんな夜中に一体どうして…ベーコンちゃんまで…!」

「プルル!」

 馬車を引いている馬の横に並んで、小柄なロバがてくてくと歩いて来た。ロバのベーコンちゃんは、ジルベールを見ると、嬉しそうに頬ずりをした。

「くすぐったいよー!ベーコンちゃん!」

 ジルベールはそう言いながら、ベーコンちゃんのふわふわの毛並みを優しく撫でてやった。その様子を見ながら、エイダンは馬車から降りて来て、守衛の男と、リーに挨拶をすると、そわそわとジルベールに向き直った。


「すみません、ジルベール様。軍事速達を見まして…いても立ってもいられず、オーウェン様にお礼を伝えに参りました。あっ!ベーコンちゃんは、今、ジルベール様が野営訓練中で、お帰りにならないでしょう?会いたいみたいで、自分も連れて行けとうるさいものですから。一緒に来たのですよ。」

「軍事速達、もう届いたんだね。でも、いつもより早い様な…エイダン、もしかして、メイジーも馬車に乗ってるの⁈」

「いえ…メイジー様は、奥様とお出掛けで、ご不在ですので。」

「プルプル!」

「そうなんだ…ベーコンちゃん、よしよし!」

 ベーコンちゃんは、頭をジルベールにぐりぐりと擦り付けている。ジルベールは、じっと、ベーコンちゃんを見つめた。


「エイダン、ごめん。私、直ぐに行かなきゃいけないの。」

「そうでしたか、訓練中ですものね。申し訳ありません、お邪魔しまして…」

「違うんだ。ちょっと事情があって…ベーコンちゃん、借りるね!」

「プルルル!」

「え⁈どういう事です⁈」

「明日の朝には、軍の厩舎に返すから、また迎えに来てあげて!リー中尉、申し訳無いですが、エイダンにモニカの元婚約者(あの人)の事、ご説明お願いします。」

 ジルベールはそう言うと、ベーコンちゃんに跨った。ベーコンちゃんは、背に乗るジルベールを嬉しそうに、振り返りながら見つめている。


「分かった。ジル、気を付けろよ。さっきも言ったが、どうなっていようと受け入れろ。」

「はい、中尉。」

「行ってこい。」

 ジルベールが、姿勢を低くして合図すると、ベーコンちゃんは指示された方へ、すぐに駆け出した。


「ジルベール様……」

 エイダンは、颯爽と街へ向かって駆けて行くベーコンちゃんに乗ったジルベールを、呆気に取られて、ぽかん、と見送った。


「エイダン殿、私からご説明します。」

「ウィリアム様…」

「それと…この度は、メイジー殿とオーウェンのご結婚、おめでとうございます。ジルとオーウェンは、まだ幼い頃から見てきましたが…本当に義姉弟(きょうだい)になるのですね。私も感慨深いです。」

「ありがとうございます、ウィリアム様。メイジー様が成人なさるまで、手続きのみで式はあげませんが、落ち着いたら改めて、ウィリアム様のご実家にも、ご報告させて頂きます。あの、それで……ジルベール様は、一体ベーコンちゃんと、どちらへ……」


「さぁ、お二方!立ち話も何ですから、守衛室へどうぞ!紅茶でも飲みながらお話しましょう!」

 守衛の男は、笑顔でリーとエイダンの肩を、ポンポンと叩いた。

「そうですね。中で話しましょうか、エイダン殿。」

「はい。守衛殿、いつもすみません、お騒がせしまして…」

「そんな事はありませんよ、エイダン様!どうぞどうぞ!美味しい紅茶がありますよ!最近、ベネット公爵令嬢の会社が取り扱っている、人気の紅茶なのですよ。」

「あぁ、美味しいですよね。街でも人気の様で…」

「ささ、どうぞどうぞ!いやー、それにしても、メイジー様がご結婚なさるのですね!実におめでたい!」

「はい、ガルシア家もこれで安心で──」

「うんうん!良かったです。付き纏いも居なくなって、良い事ばかりだ!」

「え?それはどういう……」


 リーから事の成り行きを聞いたエイダンは、多少驚いたが、それ以上何も言わず、綺麗な動作で紅茶を飲んだ。



────────


「やっぱりベーコンちゃんは速いね!さすがだよ!」

「プルル!」

 ベーコンちゃんは短くいななくと、走りながら、嬉しそうに耳をぴょこぴょこと動かした。そして、あっという間に、目的の入口に到着した。森への入口では見張りの兵達が、ベーコンちゃんに乗って現れたジルベールを見て驚き、直ぐに集まって来た。


「お疲れ様です、ジルベール・ガルシア軍曹です。開門願います。」

「プルプル!」


「ガルシア軍曹…遠くから姿が見えて、まさかとは思ったが、やっぱりか。おお、ベーコンちゃん!久しぶりだな。」

「お前…あいつを助けに行くつもりか⁈」

「そうです、知らせを受けまして。」

 ジルベールの答えを聞いて、兵達は一斉に顔をしかめた。


「止めとけ!どうせ今から行っても無駄だ!」

「あの野郎、俺達がどんなに止めても聞く耳持たねぇんだ。勝手に入りやがって!」

「終いには、自分は公爵子息だなんだと、俺達を脅しやがったんだぞ⁈」

「承知しています。ですので…隊での捜索はせずに、私が単独で向かいます。」

「お前……あんな奴に何でそこまで……」

「プルル!」

 ベーコンちゃんが鳴いた後、ほんの少し、沈黙が流れた。


「……ベーコンちゃんと入るつもりか?ガルシア軍曹。」

 兵の1人が、ベーコンちゃんを見ながらそう尋ねた。

「いえ……ベーコンちゃんは、森や峠も得意なのですが、今回は私だけで入ります。まだ、野盗も多いでしょうから。申し訳ありませんが、交代の時に軍の厩舎に連れて行って頂けませんか?家の執事が、朝迎えに来ますので。」

「それは構わねえが………気をつけろよ。」

「ある程度で引き返せ。」

「ありがとうございます。ベーコンちゃん、また明日!」

「プルルー!」



「開門!ガルシア軍曹だ!」



 ベーコンちゃんを見張りの兵達に預け、ジルベールは暗い森に踏み入った。

お読み頂き、ありがとうございます。

不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。


続きが気になる!と思って頂けましたら、

「★★★★★」をつけて応援して頂けると、励みになります!

どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ