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ジゼルの婚約  作者: Chanma
野営訓練
79/128

52.闖入者

「ほら…ジゼル、落ち着いたか?夕食にしよう?せっかくの食事が冷めてしまうぞ。」

「……はい。」


 私は、まだ涙でぼやけた視界で、少佐を見上げた。


 用意された軍の私室、アイゼン少佐は、メイジーの結婚に際して、仲人を申し出てくれた。後ろ盾があった方が良いから、と。


 高位貴族である、少佐の家からすれば、訳ありのガルシア家(うち)なんかに、関わりたくは無いはずなのに。こんなに、親切にしてくれるなんて…

 嬉しくて、なかなか涙の止まらない私の事を、少佐は微笑みながら、待っていてくれた。時折、優しい口調で、泣き虫だなと言いながら、軍人らしい硬い指先で、私の涙をそっと拭ってくれる。


 私を膝に乗せたまま───

 そういえば…宜しい事なのか⁈こんな事…


 冷静さを取り戻した私は、パッと膝の上から飛び降りた。

「……チッ……」

 背後で、少佐が顔をしかめて舌打ちをした様な気がしたけど……気のせいだろうか。

 私は、ふと、机の上に置いた、軍事速達を目にして、思い出した。


「アイゼン少佐!」

「ん?どうした、ジゼル。」

 私は机の上に置いていた軍事速達を握りしめて、少佐を振り返った。少佐は、先程と変わらず、優しく微笑んでいる。

 やっぱり気のせいか、舌打ちされた気がしたのは…


「夕食の前に、総務課に行って来ても良いですか?少しでも早く、家族に、オーウェンがメイジーとの結婚に応じてくれたと伝えたくて…家族を、安心させたいのです。」

「ああ、軍事速達を出したいのだな。」

 少佐は、ベッドから立ち上がると、ゆっくり私に近づいて来た。


「それを貸しなさい。」

「え?」

「ほら、早く。」

 少佐は、私の手から手紙をさっと取り上げると、ツカツカと扉の方へ歩いて行き、部屋を出てしまった。


「えっ……あの!アイゼン少──」


        ──バタン──


コンコン…

閣下、閣下!ご在室ですか⁈ノアです。

ギィ……

ノア君…どうしたんだい?急に。前線で、何か問題が起こったのかね?

申し訳ありませんが、至急これを総務課に出して来て下さい。

………はぁ?なんだね、これは…手紙?ガルシア家のサインの様だがねぇ…

軍事速達です。早く…お願いします。

軍事速達⁈どうして私が…

閣下しかいないのですよ、手が空いている人が…

いや、私も別に暇では無いのだよ。

私は取り込み中なのです。重要な局面なので…お願いします、閣下。

いやいや、話が見えないよ、ノア君…なぜ私が…

いいからっ!私達の邪魔をしないで頂きたいっ!

何で私が怒られるんだい?あっ!ちょっとノア君!

とにかく、それを至急、お願いしますね!

ノア君!あっ!またガルシア軍曹の私室にっ!自分の部屋に戻りなさいよっ!ノア君!


「ノア君!」


        ──バタン──


「出して来た。」

 少佐は部屋に戻って来た。

「え…早すぎませんか…?少佐の、向かい部屋の方の声が聞こえた気がしますが……」

「気のせいだ。そんな人はいない。」

「…………」


 そして、少佐はちゃっちゃと、バスケットから夕食を出し、テーブルの上に並べ始めた。

「おいで、ジゼル。早く食べよう。」



……

…………

………………


「ジゼル、早く来なさい。夕食の準備は、とっくに出来ている。」


 テーブルの上には、少し冷めてしまったものの、美味しそうな匂いを部屋中に漂わせる夕食が、少佐によって綺麗に並べられていた。

 今日のメニューは、私がリクエストしていた、東方の国の料理みたいだ。肉と野菜を油で炒めた、美味しそうな香りがする。油で揚げた、鶏肉もあるみたい。丸いお団子みたいな物もあるな。あれも油で揚げてるのかな?早く食べたい!


「ジゼル!」


 でも……だけど………


 少佐は、夕食が並べられたテーブルの前のソファーに座って、私に向き直りながら、ぽんぽんと自分の膝を掌で叩いている。


「ジゼル、来なさい!」

 ぽんぽん

「でも…」

「だいたい、医務室でも乗ってただろ?この期に及んで今更……そうか、記憶が無いのだったな……」

「え?医務室?」

「何でも無い。とにかく、大丈夫だ!おいで!」

 ぽんぽんぽんぽん


 「うぅ……」

 私は料理を前にして怯んだ。でも、確認はしないと…


「アイゼン少佐、」

「なんだ。」

「あの…ご確認なのですが…大人になって、家族以外の人の、膝に座る、というのは…その…マナーとして…良いのですか?」


「……良くはないな。そもそも、大人なのだから、家族であってもどうかと思うが。」


「ええっ!じゃあダメじゃないですかっ!」

「しかし、この場合は大丈夫だ!問題の無い範囲だ!」

「この場合⁈」

「問題無い!マナーには抵触しない!」

 ぽぽぽぽぽぽぽぽ……


「でもでも…私、よく分からな──」

「チッ……」


 私の答えを聞くと少佐は舌打ちして、顔をしかめ、両手を握りしめて拳で膝を叩いた。そして、ソファーから、立ち上がると、早足で近づいて来る。


「え…あの…申し訳ありません、少佐──わわっ!」


 そして両手で私の両脇を抱え上げると、そのままソファーに歩いて行き、どかっとソファーに座り、私はまた横向きに、膝の上に乗せられた。座らせられた衝撃で、両脚が跳ね上がる。


「どうせこうなるのだから、初めから駄々をこねずに指示を聞きなさい。」

 少佐は、私の頭の上で、ため息を付きながら、呆れた様にそう言った。

「も…申し訳ありません、少佐。」

「謝る必要は無い。」

「でも、さっき舌打ち……」

「してない。」

「え……そうですか?」

「そうだ。舌打ち等していないし、今後、君が取った行動において、君が俺に謝る必要は無い。」

「はぁ……」


 何だか、よく分からない。


「さあ、夕食にしよう、ジゼル。」


 よく分からないが、食べづらくないか?この体勢は…


 私は、食事をする時は、真剣に食事と向き合いたいのだけれども……


「ジゼル、」

「はい、少佐。」

 まだ、何かあるのか…ちょっと面倒くさくなってきたぞ。


「一応確認しておくが、嫌では無いのだよな?」

「え?」


 面倒くさそうに返事をした私に反して、少佐は真顔で確認してきた。


「無いのだな?……な?」


 嫌…では無いのだろうか…私は…

 面倒くさい、とは思ってしまったけど…

 嫌とは違うよね、それは…


 そもそも、何が……?膝の上が……?


「は……はい、少佐……たぶん……」

「よし、言質(げんち)取ったからな。」

「えっ⁈」


 私の答えは自信なさげな物だったが、少佐はとても嬉しそうに破顔して、膝の上の私を、ぎゅううっと抱きしめ、私の後頭部に顔を寄せた。


「く、苦しいです、少佐──」

「ああ、すまない。つい…」


 私の訴えを聞いて、少し腕の力が緩められ、私はぷはっと大きく息を吸い込んだ。


「ジゼル、」

「はい、少佐……」

 少佐は、嬉しそうに笑っている。


「どれから食べたい?」


……

…………

………………



 私、私は───



「ジゼル、」

「……もぐ……」



 自分の心臓の音だけが、すごく大きく聞こえる。


 ドクドクと脈を打って……


 こんなの……


 初めて、野盗を殺した時みたいだ───



「美味しいか?ジゼル。」

「……もぐ……はい、少佐……」

 膝の上に大人しく座るジルベールに、せっせと夕食を食べさせながら、ノアは相好を崩した。


「君がアイゼン家(いえ)の料理を美味しいと言ってくれて…料理長も喜んでいた。」

「……もぐ……」


 正直な所、

 心臓が苦しくて……何だか息も苦しくて……

 味は良く分からない。美味しいのは確かだと思うけど……

 

「ジゼル……困るな、そんな顔をされたら──」

「……もぐ……」

 少佐は紺色の瞳を緩めて、私に夕食を食べさせながらそう言った。挽肉で作られた餡を、小麦粉を練った薄皮に包み蒸した物を口元に差し出され、私は一口で頬張った。


 口の中に肉汁がジュワッと溢れてくる。

 だけど、心臓の音に掻き消されたそれは、味がぼやけてよく分からない。


 そんな顔…


 私……今、一体どんな顔をしているんだろう……


「ジゼル、茶を飲むか?料理長が、これも東方の物だと言っていた。」

 そう言いながら、私に東方のお茶が入ったカップを差し出す少佐の頬は、少し赤くなっている気がした。


 カップの中の、澄んだ金色のお茶が、少佐の瞳みたいに優しく揺れている。



 ああ、このまま……


 軍の嫌な仕事なんかしないで、


 ずっと、ずっと、


 ここに居れたなら────



 私はそっと、優しく揺れる水面を飲み込んだ。



「!!」

「どうした?ジゼル。」


「美味しいっ………!」

 私は美味しさに、目を見張った。


 紅茶に似ている部分もあるけれど、独特の香りも後味も全然違う。飲んだ後は、口の中でスッキリ消えて…そうだ、今日の夕食にすごく合ってる!


「そんなに美味しいのか?」

 少佐も興味深げに、お茶を口にした。

「少佐……!そのカップ、私の……!」

「確かに、美味しいな。この東方の料理に、合っていると思う。」

「そうですよね!私もそう思います!」


 少佐の理解が得られて、私はちょっと嬉しくなった。食文化っていうのは、その国の文化や気候と、その国に暮らす人々の想いが複雑に混じり合っていて、知ると楽しい。誰かと一緒に知る事が出来ると、何だか幸せだな。


「君が頼めば、ベネット公爵令嬢が、この茶葉の流通経路を開拓してくれるのではないか?」

「そうですね、モニカならやってくれそう。すごく美味しいから、市民にも流行りそうですし。冷やして飲んでも美味しそうだな〜!」

 私の顔を見て、少佐は笑っている。


「ジゼル、でも……いつか共に、東方の国でこの茶を飲んでみたいものだな。」

「えっ──」

 見上げた少佐は、優しく微笑んでいたけど、冗談で言っている様には見えなかった。


「ここで異国の料理を食べるのも良いが、本当は、その国で本場の空気に触れながら、君は食べたいのだろう?この茶もそうだ。現地で飲めば、同じ茶葉でも違って感じると、君は考えている。」

「少佐──」

「君と、現地でこれを飲んだなら、どんな味がするのだろうな。」

「……………」

「ジゼル、」



 アイゼン少佐、私……私も──



「ノ……ノ……っ………」

「ん?どうした、ジゼル。」

「ノ──」

「ジゼル──?」


「ノードレド地方にも……これに似たお茶があるのです……」

「……そうなのか。」

「はい、そうなのです。」


「なら、ノードレド地方にも、いつか一緒に行こう。」

「はい、少佐。」

「楽しみだな。」

 少佐は、肩を落とす私の目の前に、お団子の乗ったお皿を差し出した。


「わぁ!美味しそう!これ、気になってたんですっ!」

「だろうな。食事を始める前から、ちらちら見ていたからな。」

 少佐は、笑いを堪えた様にそう言って、私の口元にそのお団子を差し出した。

 そのお団子は、掌にちょこんと乗る位で、綺麗なまん丸だ。周りに胡麻がくっついていて、油で揚げられている。お団子を差し出された私の口は、急いでそれにかじり付いた。


「……カリカリだけど、中は甘くてふわふわで美味しい!」

「擬音だらけの説明だな。ふふ…だが、美味しそうだ。」

 少佐は、今度は声に出して笑った。お団子は、中に甘い餡が入っていて、すごく美味しい。


「ジゼル、」

「……もぐ……はい、少佐。」


「俺も、食べたい。」

「えっ!」

 唐突にそう言われて、私は目を見張って、少佐の顔を見上げた。少佐は微笑んでいるけど、紺色の瞳が、少し濃い色になって沈んでいる。


「ジゼル、この前の続きを──」

「この前……?続き……?」

「ほら、早く。」


 少佐は、有無を言わさぬ気迫で、私の右手にお団子を持たせた。わざわざ私にお団子を持たせる動作をするよりも、自分で食べた方が早いと思うのだけど……


「ジゼル、」

「少佐……」


 右手に待たされたお団子を、少佐の口元にそっと差し出した。手が、少し震える。

 あ…そうだ。少佐の家に招待された時、棒付きチョコレートを同じ様に───



「ジルッ!!急いで支度しろっ!!森に入るぞっ!!」



 差し出したお団子が、今にも少佐の口に入りそうになった時、私室の扉がバンッと開いて、リー中尉が血相を変えて怒鳴り込んで来た。


「っ!!あむっ!!」

 私は慌てて、右手に持っていたお団子を、自分の口に放り込んだ。

「くっそ!!またかっ!!」

 少佐は何やら叫ぶと、悔しそうに右手で額を覆い、天を仰いだ。


「アイゼン少佐…!良かった、こちらにいらしたのですね!探していました!……おいジルッ!お前は呑気に団子なんか食ってる場合じゃねぇぞっ!」


 リー中尉が部屋に入って来て、少佐は私を、すっと膝の上から下ろした。


 リー中尉に、少佐の膝の上に乗っている所を見られた。どうしよう、何か言われるだろうか…

 でも……何て言い訳したら……


 だけどリー中尉は、その事には一切触れず、何やら慌てている。

「リー中尉、どうした。何があったのだ。」

「少佐、あの……あいつが……えっと……ジル!ほら、お前に付き纏ってた奴が居ただろ⁈あいつ、名前何だったか……」

 リー中尉は顔をしかめて考え込んだ。


「ああ⁈ジゼルに付き纏い⁈そんな奴が居たのか!すぐに殺しておけっ!」

「せめて、法廷には立たせてあげて下さい…えっと…あ!ほら、ベネット公爵令嬢の、元婚約者だっ!!」

 リー中尉は、やっと思い出して私の顔を指差した。

「えっ!あー!モニカの元婚約者…でもその人が、どうしたのですか?」


「そいつが、お前を追って、勝手に野営訓練中の森に入り込んだらしい!東門からじゃねぇが、見張りから、連絡があった。」


「えぇっ!!」

 私はお団子みたいに目を丸くした。

「どういう事だ…話が見えん。」

「詰所でご説明します、少佐。」


  ──ノアくーん、手紙出して来たからねー!──


 私室を出ようとした時、リー中尉が飛び込んで来たままの扉の隙間から、場違いな柔らかい声が滑り込んで来た。そして廊下から、パタンと扉の閉まる音がした。

お読み頂き、ありがとうございます。

不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。


続きが気になる!と思って頂けましたら、

「★★★★★」をつけて応援して頂けると、励みになります!

どうぞよろしくお願いいたします。

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