50.芸術と反抗期と落とし穴
4年前──
野営訓練が行われるリソー国領の森に、男が1人踏み入っていた。
「はぁ……収穫は無さそうだな。」
男は周りを見渡してため息を付いた。
この森では、情報によれば、そろそろリソー国軍の犬共が野営訓練を始めるらしい。不定期に実施される為、はっきりとは分からないが、恐らくもうじきなのだろう。
この一帯には、希少な動植物が多く、流れで狩りをする少数部族も多く入ってくる。そいつ等の装備品や所持品は、かなりの高値で売れるからな。ガキや女なら丸ごと売り払えるが…今日は駄目そうだな。出直すか。
「せめて、弱え犬野郎でも森に来てりゃな…新兵なら殺せば良い金になる。あいつら、無駄にいい装備品持ちやがって…」
男が来た道を戻ろうとした時、少し先の方から、女の声がした。
「誰か……誰かいませんかー⁈」
「何だ…?」
先へ進むと、少し開けた所に、三つ編みでフードを被った女が、涙目でへたりこんでいた。女の手元には、木製の弓矢と矢筒が置かれている。
「どうかしたのか?」
近づいて声をかけると、女はホッとした様にこちらを見上げた。顔がまだ幼いな。格好から、流れの狩人連中の子どもか。
「あの…貴方は、どこかの部族の方ですか?」
「まあ、そうだな。狩りで森に入ったが、今日は収穫が無くてな…」
「あぁ…良かった……!私、足を怪我して動けなくて…申し訳ありませんが、下山を手伝って頂けませんか?仲間と合流したら、お礼はいたします。」
「怪我か…確かに、血の匂いがするな。分かった。手を貸そう。」
男は、娘に手を差し伸べた。
ほんの、気まぐれだった。
いつもなら、この瞬間に、殺すか生け取りにしているが…何となく、この娘は、助けても良い気がした。一緒に下山して、こいつらの仲間から礼を貰っても、今日はそれで十分な収穫だろう。
「ありがとうございます。」
娘がそう言って微笑んだ瞬間、俺の視界は傾いた。
────────
「怪我か…確かに、血の匂いがするな。分かった。手を貸そう。」
男は、右手を私に差し出してきた。
こいつが野盗なのは、間違い無いけど…すぐには襲って来ないんだな。珍しい。
「ありがとうございます。」
隙だらけだ。
男の後でオーウェンが、体を目一杯捻り、反動を付けて軍刀を大きく振りかぶっている。そして、男の首に向かって、木を切り倒す様に横から大きく振り下ろした。
「………ガッ……」
男は大きく首から血しぶきを上げて倒れた。
「綺麗に切れなかったなー。まあ、大分切ったし、しょうがねぇか。ジル、お前の軍刀貸せよ。」
オーウェンが、斬り終わった軍刀を見ながら言う。
「良いけど、私のは細身だから使いづらいよ?」
「これよりマシだ。」
私は、木陰に隠していた軍服から、軍刀を取ってオーウェンに渡した。
「よし、さっさと片付けて、また次の奴おびき寄せようぜ〜。楽勝楽勝!ノルマも余裕だな!野営訓練前に、余った耳は売り捌こうぜ!」
オーウェンが、えいえいオー!と元気良く腕を振り上げる。
「普通科の人がね、耳、結構な高値で買ってくれるって!」
「本当か!ラッキー!」
「ねぇ、オーウェン、私ちょっとお腹空いちゃった。次の奴殺る前に、おやつにしない?」
「はぁ⁈さっき昼飯食べたばっかりだろー?」
「でもお腹空いたんだもん。」
「てめぇら……リソーのクソガキか……」
軍用のリュックに入れていた、ビスケットを取りに行こうとした時、オーウェンに斬られた男が、か細い声で呻いた。まだ首が繋がってたか。
「ほら、ジル。綺麗に切れなかったんだよ。やっぱり引き上げて、続きは軍刀変えてからにするかー。お前の軍刀確かに細いしなー。」
「そうだね、お腹も空いたし。食堂でオレンジミルク飲みたいな。」
私が近づくと、男は食欲の失せる様な酷い顔でこちらを睨んだ。
「クソガキ共…碌な死に方しねえ……ぞ…」
「知ってる。」
私の返事を聞いて、男は息絶えた。もっと他に、言いたい事無かったのかな。
私はしゃがんで、息絶えた男の左耳を削いだ。
「おぉらあぁぁぁーっ!お前らああぁぁーっ!」
「やべっ!!」
丁度耳を削いだ時、茂みを掻き分けて人が怒鳴り込んで来た。
リー軍曹だ。
「このクソガキ共がっ!こんな所にいやがったか。ジル、お前その格好…何してたんだっ!」
茂みから突如現れたリー軍曹は、肩で息をしながら、私とオーウェンを交互に見た。
「別に。野盗狩りですよ。野営訓練前に、早めにノルマ終わらせたくて!なあ、ジル!」
「うん。」
リー軍曹は、思いっきり顔をしかめ、草に覆われた周りの地面を見渡した。
「血の匂いがひでぇな……そこら中、血まみれじゃねぇか。その倒れてる奴だけじゃねぇだろ⁈お前ら何人殺ったんだ!」
「そんなに殺ってませんよ。俺らのノルマ分です。なあ、ジル!」
「うん。」
「クソガキがぁ……!」
リー軍曹は、周りをキョロキョロ見渡すと、前方の、幹の太い木へ近づいて行った。
「あっ……そっちは……」
「くそ…勘が鋭いんだから……」
「誰が勘が鋭いだー⁈…………っ……!」
そして、ガサガサと、木の後ろの茂みを掻き分けて絶句した。
そこには、左耳の無い人間の死体が、打ち捨てられる様に山積みになっていた。どれも、首が致命症になっている。
「クソガキ共が…あーあー…こんなに山積みにしやがって!獣が寄ってくるぞっ!野盗以外の奴も混じってんじゃねえのかっ⁈ざっと20人か…この処理どうすんだよっ!あぁっ⁈」
死体の山を見上げながら、リーは怒鳴り散らした。
────────
昼時の終わった軍の食堂に、広報部部長アデル・マルティネスは一人、座っていた。テーブルに肘を付き、頭を抱えている。
「このままではまた…うちの部署は…」
数年前から、軍の財政を立て直す様にと指示を受け、いろいろやってるけど…
財政を立て直すには、下落している軍の支持率を上げる必要があるわ。人気の女優や俳優を広報ポスターに起用したり…祭りや催事のイベントに軍からも人を出して、手伝いをしたり警備をしたり、親しみやすさをアピールしたり…でも、どれも失敗。効果は無し。
そもそも、支持率が下落している、批判の最たる原因は、侵略戦争だという市民の認識。それに対して…まあ事実なのだから…そこのすり替えは難しいわよね。その上で、支持率を上げろと言うのだから、上手くいく訳はないわ。やるとすれば、もっと違う視点から…何か、市民は自分達が喜ぶ形で、軍を支援するに足る理由が必要なのよ。
一体…どうすれば……もう、時間が……
「横流しはしてません。証拠はあるんですか?」
「お前らいつも、耳の提出はノルマぴったりだろうがっ!あんなに取って、提出しねぇだろっ!」
「この次の野営訓練の時に出しますよ。耳を保管しちゃ駄目なルールは無いでしょ?」
「ジル、てめぇ下手な嘘を──」
静かな食堂に、騒がしい2人組が入って来た。上官と部下みたいね…何か言い合ってる。
ん……⁈銀色の髪……何で……
あの子は一体……⁈
「お前、この前まで一つも耳取れなかったくせに!今度は取り過ぎやがって何なんだっ!何で10か0かなんだよっ!極端すぎるぞっ!」
「あーもうっ!うるせークソジジイ。」
「あぁ⁈誰がジジイだっ!俺はまだ二十歳だっ!」
「ちょっと貴女っ!!誰っ⁈」
アデルは、カウンターの前に立つ2人に近づき、ジルベールの両肩をガシッと掴んで振り向かせた。
「うわっ!びっくりした…どなたですか⁈」
「あんた、俺の部下にいきなり何だ!」
「あたしはねぇ、広報部の部長、アデル・マルティネスよ。あなた、名前は⁈その髪……王族なの⁈」
アデルの問いに、ジルベールは面倒くさそうに顔をしかめた。
「王族が、こんな軍の食堂にいませんよ。ジルベール・ガルシア一等兵です、部長殿。」
アデルは、ジルベールの肩を掴んだまま、わなわなと震え出した。
「貴方達っ!今からランチなの⁈何でも好きな物買ってあげる!ちょっと話をさせてっ!!」
リーとジルベールは、アデルに連れられて広報部の会議室へやって来た。ジルベールは、アデルに買ってもらったオレンジミルクを美味しそうに飲んでいる。
「美味しいわよね。ここのオレンジミルクは…私も好きよ。以外と何にでも合うのよねー。」
「私、肉団子入りのスパゲッティと、一緒に飲むのが好きです。」
「同感よ。」
アデルは、リーとジルベールを見て微笑んだ。
「ジルベールちゃん、貴女の事情は一通り聞いて、理解したわ。貴女の今までの人生…その背景と共に!世間に売り出すのよっ!」
「えっ……?」
ジルベールは、話を上手く理解出来ず、首をかしげた。
「ジルの背景と共に売り出す……ガルシア家の王命を、ですか⁈そんな事したら、不敬罪になるのでは⁈」
リーが心配そうに尋ねた。
「大丈夫よ!なにも、貴女が徴兵された事を批判する訳ではないわ!表向きは、貴女が王族と同じ見た目だから、王室に敬意を評して…とでも言って、案を通しましょう。そうね…軍人令嬢として売り出せば、後は、市民が勝手に調べてくれるわ。貴女が軍人になった背景をね。市民の力を舐めてはいけないわよ!他にそんな令嬢いないでしょう⁈ポスターで笑顔を向ける令嬢の、不遇な生い立ち、過酷な境遇!そんなドラマ的な内容、市民は大好きよ〜!」
アデルは両手を広げて、満面の笑みで計画を語る。
「ですが…ジルをそんな風に…」
ためらうリーに、アデルは優しく諭す様に告げた。
「リー軍曹、気持ちは分かるわ。だけど、結果的には彼女を世間に広く知ってもらって…間接的に王族への批判をする事もできる。だけど、軍の支持率が上がれば、あっちは何も言えないわ。貴女は自分の人気と共に、今後市民に守ってもらえるのよ。」
「でも、それって…何だか、一般市民の皆さんを、騙してるみたいで…」
ジルベールは、オレンジミルクを握りしめ、不安気に尋ねた。
「ジルベールちゃん、優しいのね。騙してるなんて事ないわ。貴女は市民に対して、王命については何も言わずに接すれば良いのよ。軍と私を応援してねって。微笑むだけで良いわ。」
「でも………」
「そのお話、受けます。」
言葉を濁したジルベールを遮って、リーが返事をした。
「リー軍曹っ!私まだ──」
「ジル、俺は軍人令嬢だのなんだのは、まだ良く分かんねえが、単純に、広報部の仕事が入れば、他の軍務の比率が下がる。軍務に比べれば安全だからな。お前に取って、悪くねえ話だ。」
「その通りよ!リー軍曹!そういったメリットもあるわ。」
「それに…お前はこのまま、オーウェンとつるんでばっかりだと良くねえ。今はまだ、ガキだからで済むが、そのうちそうじゃ無くなる。」
「え?どういう事…何でオーウェンとつるんでちゃだめなの?」
ジルベールは口を尖らせた。
「ジルベールちゃん、うちは、独立した部署よ。諜報部なんかと違って、絶対軍務に優先するっていう取り決めはないんだけど…軍の支持率を上げる事は、喫緊の課題なの。あなた、一等兵よね?その階級の軍務なら、うちの依頼が優先されると思うわ。」
「えー…でも…私、徴兵活動なんかに──」
「あとは…そうね。反抗期と芸術は、相性が良いのよ。」
アデルは、ジルベールに、にっこりと微笑んだ。
「え?反抗期と芸術?」
「まあ、とにかく、広報部の目的は、軍の財政を立て直す事なんだけど、その為には落ち込んでいる、軍の支持率を向上させなくてはいけないの。軍の支持率の低下は、貴方達が思ってる以上に深刻よ。市民は馬鹿じゃない。最近では、他国に流れ出す者も出始めた。それに、軍の財政がこのまま傾き続ければ、あなた達も困るでしょう?お給料、もらえなくなっちゃうわよ⁈」
「えっ!やります!」
リーとジルベールの返事が重なった。
「よしっ!そうと決まれば、まずはビラ配りからよ〜!すぐに準備して、写真を撮りましょう!あっ、ジルベールちゃん、貴女、髪の毛伸ばしなさいね。」
リーとジルベールは、アデルの勢いに圧倒され、もはやなすがままだ。
「2人とも!私の事は、アデルって呼んでね〜!」
────────
「これを一等兵2人でか⁈信じられない…一個小隊で捌く量だぞ⁈」
近く野営訓練が開始される森に、マシュー・ルイスの声が響いた。
「俺は、信じられる様になった自分が信じられねぇよ…」
普通科からリーに頼まれて応援に来た、マシューと、その他数名は、積み上げられた死体の山を目の当たりにして言葉を失った。
「応援を呼んでくれて、助かったよ、マシュー。さすがにこのまま放置してたら、獣に縄張りを貼られて面倒な事になるからな。オーウェンッ!ちゃっちゃと片付けろーっ!!お前らのせいだからなっ!!」
近く、普通科連隊から、特科連隊に移籍予定のマシュー・ルイスは、同窓のリーに頼まれ、他数名と死体回収の応援に来た。リーに、騒ぎの犯人を説明され、呆然としている。
「ウィル、お前が面倒見てる下級兵2人がしでかしたとは聞いてたが…1人はあいつか⁈まだあんな小さい子どもじゃねぇか⁈本当にこれを…⁈」
「ああ。オーウェンだ。」
「もう1人は、例の訳ありの奴か⁈王命がかけられてるっていう…」
「ジルベールだ。オーウェンと同じ年の悪ガキだよ。ジルにも、自分達のしでかした後始末はさせるつもりだったが…急遽広報部の仕事が入ってな。来れなくなった。まあ、あいつは力ねぇから、回収作業は居ても戦力外だが。」
「女の子だったな…具体的に、どうやってこの量殺したんだ⁈」
マシューは、未だ信じられない様だ。
「ジルが、狩人部族の娘の格好をして、怪我して動けない振りして助けを求める。騙されて寄って来た野盗を、オーウェンが後から、ドン!だ。」
「はぁ⁈そんな、虫取りじゃねぇんだぞ⁈そんなに上手く行くか⁈」
「虫取りか…まあ、そんな感覚だったのかもな。耳欲しさに見境無くやってる。」
「相手が複数だったらどうすんだよ⁈」
「単独行動してる奴を、器用におびき寄せてたらしい。複数人の奴の時は、隠れてやり過ごしてたそうだ。大人1人なら、初手でオーウェンが仕留め損なっても、ジルが加勢すれば殺れるからな。」
マシューは、空いた口が塞がらなくなった。
「考えたのはどっちだ?2人でか?」
「最初は、ジルが1人でやってたらしい。自分の目の前に落とし穴を掘って、同じ手口で寄って来た野盗を落とした後、殺してたんだと。」
「落とし穴⁈そんな原始的な…」
「偵察班じゃ、常套手段だ。獣を狩るのにも使えるからな。上手く作れば、落とすと同時に殺す事も出来る。そんで、それを見たオーウェンが、落とし穴掘るより早いからと2人で結託して…結果がこれだ。まだガキだからな。後先考えず、調子に乗って、死体の始末なんかそっちのけだよ。」
「何て奴等だ……」
「ノルマ以上に取った耳は、横流ししてるんだろうがな…証拠がねぇ。」
「買った奴は、絶対名乗り出ないだろうからな。頭良いな。」
「心配だよ。特にジルは…女の子なんだぞ。俺は実家に同じ年の妹がいるが…どうすりゃ良いのか分からねぇ。軍人としては…良いのかもしれねぇが…」
「まあ…そうだなあ…」
リーとマシューも、話が一段落し、雑談を交わしながら回収作業に取り掛かった。
オーウェンとジルは、騒ぎを起こしたものの、耳の横流しは確認されず、その討伐数から、揃って一階級昇進した。部下2人が昇進した為、その後リーの昇進も決まったが、リーはこれから先も、2人の行動に頭を抱える事となる。
お読み頂き、ありがとうございます。
不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
続きが気になる!と思って頂けましたら、
「★★★★★」をつけて応援して頂けると、励みになります!
どうぞよろしくお願いいたします。