48.勝手に黎明して
父上、母上
メイジーの婚姻の件ですが、オーウェンが、正式に応じてくれました。婚姻届を、近く提出してくれます。取り急ぎ、ご報告まで。
ジルベール
ジルベールは、私室に戻り、机に向かっていた。メイジーの婚姻について、軍事速達でガルシア家に報告する為、手紙を書いている。
「よし!出来た!」
ジルベールは、書き終えた手紙を、ぎゅっと抱きしめた。
良かった…本当に…
オーウェンの言う通り、メイジーが、メイジー・ミラーになったとしても、絶対に徴兵されない、とは言い切れないだろう。だけど、何もしないままよりも、何倍もマシだ。
「少佐、まだ来ないな…」
正門で、少佐と話してから、私室に居る様に言われ、すぐに戻って来た。でも、少佐がまだ来ないなら、軍事速達を、先に出しに行こうかな。
少しでも早く、家族に知らせたい。
──ガチャ──
ジルベールが机から立ち上がった時、ノックも無く、私室のドアが開けられた。
「少佐、」
ドアの方を見ると、アイゼン少佐が、夕食の入ったバスケットを持って、何も言わず、部屋に入ってきた。
少佐は、バスケットをテーブルの上に置くと、こちらにツカツカと歩いて来る。
「あの……アイゼン少佐?」
少佐は黙ったまま、目の前まで来ると、いきなり右腕を私の膝裏にまわして、私を抱き抱えた。
「うわぁっ!」
そして、そのままベッドの端に、どかっと腰掛け、私は横向きに、少佐の膝の上に乗せられた。
膝の上……
「あわわわ……」
大人になってから、家族でもない人の膝の上って、乗っても宜しいものなのか?
エイダンに宛てて、さっきの手紙に、一緒に書いて聞いておいた方が良いな。乗っちゃ宜しく無いかもしれない。
膝の上から降りようと、少佐の肩を押しのけようとしたが、逆に、ぎゅうっと抱きしめられた。
「むぎゅっ」
息が…苦しい…!
私の視界は、少佐の軍服の色で真っ黒になった。
広報部から制限を受けている私とは違い、しっかり鍛えられ筋肉の付いた少佐の体は、例え軍服を着ていても、その硬さが鮮明に分かって…遠慮なくぎゅうぎゅう締め付けてくる腕の中で、私は縮こまった。
一般的に軍人の体はこうだよな……一見、細身に見える様な相手でも、鍛え抜かれている場合が多く、私とは、筋量に差がありすぎる。
これだから、嫌なんだ……
見誤り、安易に接近戦に持ち込めば、命取りになる。最近は、私も以前に比べたら接近戦もマシになってきたと思う。ちょっと実力を試したいなー、という気持ちもあるけど、なかなか踏み切れないのはこういう理由だ。
いやいや!今はそんな事どうでもいいんだっ!
それどころでは───
どうして良いか分からなくて、さらにぎゅっと縮こまったら、私を締め付けていた腕の力が、ほんの少し弱まった。
「ジゼル、痛かったか?すまない、加減が良く分からなくて……」
頭の上から、少佐の声が降ってくる。
少佐はそう言うものの、力が少し緩まっただけで、以前としてぎゅうっと私を抱きしめたままだ。
私は返事をせずに、息苦しさから、大きく息を吸い込んだ。私を覆うアイゼン少佐の軍服からは、紫煙草の匂いがした。
少佐が紫煙草を吸っている姿を見た事は、一度も無い。おそらく、少佐は私と一緒で紫煙草を好まないのだと思う。だけど、普通科の人達はほとんど全員が喫煙者だからな…少佐にも匂いが染み付いてしまっているのだろう。
今日、リー中尉に手に入れる様指示されていた地図を渡すため、普通科棟に行ったけど、それは酷すぎる匂いだった。少佐は、毎日あの中に晒されているんだよな…可哀想だ。
それに、紫煙草の匂いは、新兵の頃を、強く思い出させる。大嫌いな匂いだ。
だけど…
私は、少佐の軍服の匂いを、ゆっくり肺に吸い込んだ。
頭が、ちょっと、ぼーっとする……
「ジゼル──」
少佐の声が、頭の上から聞こえた。次の瞬間──
「痛っ……」
首の付け根に痛みが走った。我に返るとアイゼン少佐が、私の軍服の、詰襟の留具を勝手に外して、何故か首元に歯を立てていた。
「少佐……どうして噛むのですか?痛いです…」
未だに身動きが取れず、困惑して尋ねたが、少佐は、その紺色の目で私を一瞥すると、また首元に顔を埋めた。
「や……くすぐったいです、少佐……」
「そうか。」
少佐はそう言うと、首元から顔を離し、無表情に近い、感情の読み取れない表情で、私を見下ろした。
「少佐……」
アイゼン少佐、一体どうしてこんな事…
ジルベールは、本能的な恐怖から、全身をこわばらせた。
「……ジゼル、真面目な話なんだが。」
だが、少佐はこちらを伺う様に、口を開いた。ぎゅうぎゅうと私を締め付けていた両腕からは、力が抜け、右手で私の前髪を、優しく撫でてくれる。
「どこまでなら許せる?」
「えっ……」
少佐は、少し怖い顔をしている様に見えた。
「もう、大分我慢の限界が……くそっ…あいつは本当に何をやってるんだ……」
そして、私から目を逸らし、顔をしかめて、何やら呟いている。
どうしよう…
何を問われているのか、少佐の意図が分からない。許す…何を…?どこまで…?
怒っているのだろうか。やっぱり、食堂でも、私は失礼な事をしていたのかな…
私…どうすれば…何て答えたら…
「……ゼル…ジゼル!」
「っ……!」
頭が混乱して、パニックになりかけた時、少佐に名前を呼ばれながら、今度はそっと抱きしめられた。
「ジゼル、すまない。怖がらせたな…震えてしまって…今聞いた事は、忘れて欲しい。」
「いえ…大丈夫です、少佐。」
私…震えていたのか…?
「ジゼル、」
「はい、少佐。」
少佐は、今度はとても優しい目をして口を開いた。
「妹の結婚が決まったのだな。おめでとう。」
「少佐……」
ジルベールは、驚きに目を見開き、その後すぐに、水色の瞳を潤ませた。
「俺も、自分の事の様に嬉しく思う。」
「少佐…ありがとうございます。」
「先程、情報中隊の詰所で、オーウェンから聞いた。仲人はアイゼン家がしよう。」
少佐は、私の左頬を優しく撫でながら、そう申し出てくれた。
「少佐、もしかして、先程仰っていた私室で私に告げたい事って───」
ジルベールの潤んだ瞳から、涙が溢れた。
「あぁ…まあ…そんな所だ。」
「ガルシア家の為に…ありがとうございます。」
「本来、君の妹と、オーウェンの婚姻であれば、リー中尉の家が適任だろうが、今、リー中尉本人が、婚姻の準備で忙しい。それに、自分で言うのもなんだが、妹に王命が及ばない事を目的とした婚姻であれば、後ろ盾があった方が良いだろう。」
「少佐…本当に、何とお礼を述べれば良いのか…」
「俺も本当に安心した。ジゼル…頼むから、俺にあまり、酷い事をさせないで欲しい。俺だって…君に辛い思いをさせたくは無い…」
少佐は、また、私をそっと抱きしめながら、自分も辛そうに、そう言った。
「え…どういう事ですか?そんな、酷いことなんて何も…少佐は、ガルシア家のために仲人を…」
「……何でも無い、ジゼル。ほら、もう泣くな。夕食にしよう。」
少佐はそう言って、指先で涙を拭ってくれた。だけど、私の安堵の混じった嬉し涙は、しばらくの間止まる事はなく、私が泣き止むまで少佐は優しく微笑みながら、待ってくれた。
本当に…ガルシア家のために仲人までしてくれるなんて…
こんなに親切で優しい人を、私は他に知らない。
お兄様が、友人として大切にするはずだ。
だけどなんだか、お兄様は苦笑いをしている気がした。
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