47.斜陽な心
──彼女が、ガルシア家に対する王命を撤廃することを目的にお前との婚姻に応じる。それで本当に良いのか?と聞いているんだ──
それは「ジゼルと結婚したい」と父親に告げた夜、最後に返された言葉だった。
ノアは初めて、父親に返された言葉の意味を、完璧でないまでも、理解した。
そう、
もし、彼女と結婚する事が出来たとしても、
彼女には、想いを寄せる相手が居たら……
オーウェン・ミラー。
ジゼルの同窓で、彼女と同じ10歳の時から志願兵として入軍し、彼女と共に、リーが面倒を見てきた兵だ。
彼女の様に、耳を取る事に苦労はしなかった様だが、いつも2人で結託し、破天荒な行動を取ってはリーを悩ませている。
俺は…
一体どうして、オーウェンの事に、考えが至らなかったのだろう。
彼女が、苦楽を共にした同窓に、想いを寄せる可能性は十分に考えられる──考えただけで、殺意が湧くが──何故だか分からないが、オーウェンとジゼルが恋仲になるなど、あり得ないと無意識に思ってしまっていた。いや、考えにすら、至らなかった。
彼女が何より優先させるのは、ガルシア家に掛けられた王命の撤廃だと、そう信じて疑わなかった。しかし、彼女が、例え王命の撤廃が出来なくとも、誰かと添い遂げたいと考えていたら……
完全に、後手に回ってしまった。
だが……例えジゼルが誰に想いを寄せていようが、
他の奴に彼女を譲る事など、死んでも無理だ。
俺は、善人でも、聖職者でも、なんでも無い。
絶対に譲るか。
問題は、オーウェンをどうするかだ。
事実確認はするとして……もし、ジゼルと婚姻を結ぼう等と考えていた場合は……
本来なら、彼女が想いを寄せる相手等、直ぐにでも殺してしまいたい。だが、今後そういった奴が現れる度に、毎回殺す訳にはいかない。
それに、兵が不足している最中、分隊長であるオーウェンを殺す事は……
軍人として、出来ない──
「旦那、すみませんです。おかげで助かりました。」
「…………」
守衛室の中から、来客を乗せた軍の馬車が、正門を通過して行くのが見えた。正門を手動で開ける為の、錆びた鉄製のハンドルから手を離すと、背後から、守衛の男が穏やかな笑みをこちらに向けながら礼を述べてくる。そして、さっさと出ていけとばかりに、守衛室のドアを開け、退室を促す。
最早、修理の完了予定や、本当に故障しているのか等、問いただす気にもならない。
そもそも、業者に頼むより早いと思い、独断で軍の保全科に、門の修理依頼を出したのだが、この件は業者に手配済みだとされ、受理されなかった。
「守衛殿…可能なら、ジゼルと話している時は、遠慮願いたいのだが…」
「え?ガルシア軍曹とお話されていたのは、ミラー伍長でしょう?空気を読まずに、部下の話を独断で遮るのは、如何なものでしょうねぇ、少佐。」
ノアはため息を付き、琺瑯の容器を右手で掴むと、守衛室を出た。
「アイゼン少佐!」
顔を上げると、ジゼルが真っ直ぐこちらを向いて立っていた。
「ジゼル……」
ほとんど、沈みきった陽の中に、微笑みながら立っている。守衛の男は彼女を確認すると、そっと守衛室の中から扉を閉めた。
「先程は申し訳ありませんでした、少佐。」
彼女は敬礼しながらそう告げてくる。
「いや、構わない。どうかしたか?」
彼女の右手を、頭からそっと下ろしながら尋ねた。まさか、オーウェンとの話を中断し、わざわざ来るとは思わなかった。
いや……話が付いたという事か。
彼女は、今までに見た事がない様な、澄んだ表情をしている。
「いえ……その……図々しいかと思ったのですが……木の実のケーキ、私に持って来て下さったのではないかと思いまして……」
彼女は少し、もじもじとしながら聞いてくる。
「ああ…そうなのだが…すまない、床に落としてしまったからな。また今度、持って来る。」
「そんな!軍の中で、床に落ちた位、気にする人はいませんよ!頂いてもよろしいですか?少佐。」
咄嗟の申し出に返事を出来ずにいると、彼女は、俺が持っている琺瑯の容器を、そっと両手で受け取った。
「美味しいです、少佐!」
そして、蓋を開け、ゆっくりと一切れかじると頬張った。
確かに、軍人ならば、普通の事であろうが…
前線や、遠征中ならまだしも、今、彼女にそこまでして、床に落ちた物を食べさせたくは無かった。だが、当然の様に、美味しそうに床に落ちたケーキを食べている彼女を前にして、どう言えば良いのか分からない。
床に落ちたケーキの事だけでは無い。
彼女に対してどう言えば良いのか、
どうすれば彼女は喜ぶのか、正解が、分からない。
分からないが、譲る事も出来ない。
何も言えずにいるうちに、彼女はあっという間に一切れ食べ終えた。
「……ジゼル、私室に夕食を持って来る。一緒に食べよう。それと……食事の前に、告げたい事がある。私室で待っていて欲しい。」
「はい、承知しました、少佐。」
彼女は嬉しそうに返事をしてくれる。水色の瞳が穏やかに自分に向けられても、決意は変わらない。
オーウェン・ミラーを殺す事は出来ない。
だったら……
彼女に…あまり辛い思いはさせたくなかったが、仕方無い。
婚約したと告げて、さっさと抱いてしまおう。
騒ぎ立てる様なら、気絶させてでも構わない。
「夕食、楽しみです、少佐!」
「ああ、そうだな。」
想いを寄せる相手に、受け入れてもらえるというのは、どんな気持ちになるものなのだろうか。
俺には…知り得ない事なのかもしれない。
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