46. Please marry me!Brother!
「あーあ……マリーちゃんと、街に遊びに行きたかったなぁ……」
ジルベールは、しょんぼりしながら中隊の詰所に戻って来ていた。
──そっか、それじゃあ仕方ないね、ジルベールちゃん。残念だけど、お家の人も心配しちゃうだろうから、外には出ない方が良いね。また今度、一緒に行こう!──
一緒に街へ行けないと告げた後の、マリーちゃんの優しい言葉が思い起こされる。
本当に残念だけど、仕方無いな。家族も、私が錯乱した時は、すごく心配する。大人しくしてないと駄目だな…
そもそも、錯乱なんか、しない様にならないと。
しっかりしなきゃ………
マリーちゃんは、私と同じ年の女の子で、諜報部で補佐官をしている。
諜報部からは、時折り任務を与えられるけど、私は諜報部の人の顔や名前を、一人も知らない。窓口である、補佐官のマリーちゃんから、いつも必要な情報を告げられるだけだ。そして、万年人手不足で大変なんだ〜!と、マリーちゃんは口を尖らせながら言う。特殊な部署だもんな。
リー中尉や、もっと上の人は、諜報部の人の事を知っているらしい。だけど、直接任務を実行する兵には、諜報部の人は顔や名前を明かさないのだと、リー中尉から聞かされた。私はいつも、任務の目的等は聞かされず、指示を実行する。
そんなマリーちゃんは、諜報部で初めて会った時から、とても親切にしてくれる。私と同じ年だと分かると、一緒に遊びに行こうと言って、都合がつく日に街に誘ってくれるのだ。なかなかお互いの都合が合う日が無いから、マリーちゃんと一緒に街へ行ける日を、私はすごく楽しみにしている。
マリーちゃんは、この軍事基地の中で、仕事を抜きにして友達と呼べる大事な人だ。私はずっと軍に居て、街での流行りなんかには疎い。軍で働く一般市民のマリーちゃんは、私の家の事情も気にしてくれて、街に行ったらいろんな事を教えてくれる。
最近は、2人で漫画雑誌を買って、お茶をしながら一緒に読む事が多い。漫画の好みも、私とマリーちゃんは一緒だ。
──ジルベールちゃんはさぁ、いっつも主人公推しだよね!──
──うん!だって、強いし、明るいし、優しいでしょ!あと、主人公は大体死なないから!──
──なるほどねぇ。ジルベールちゃんはそういう人が好きなんだね〜!──
──私の好きな人は、テオドールお兄様だよ──
──ブラコン極まれりだよね〜。──
──控えめに言っても結婚したいぞ──
──うわぁ〜──
ジルベールは、詰所のテーブルに座り、両手で頬杖を付きながら、補佐官のマリーとの、楽しかった会話を回想した。
マリーちゃんと一緒に読んでいる漫画は、月刊誌だ。毎月楽しみにしてる。
マリーちゃんと仲良くなる前は、続きが読めるかどうかも分からない、月刊誌や週刊誌なんか、少しも読む気にならなかった。
だけど……
マリーちゃんは笑いながら、そんな事気にするな!絶対読むべきだと言って、私をぐいぐい本屋さんに引っ張って行ってくれた。
今では、続きが読めるか気にするなんて、些細な事だと思える様になったし、むしろ、絶対続きを読む!という強い決意の元、軍務に当たっている。
「好きな人……」
回想を終えたジルベールは、頬杖を付いたまま呟いた。
何だろう。お兄様を好きだと思う気持ちは変わらないんだけど、何となく…違和感がある。
ジルベールは、右の額を、そっと掻き上げ、生え際の傷痕に触れた。
──ジゼル……この額の傷は……──
──え……あ、えっと…この傷は…確か、果物を取ろうとして、木に登って落下した時、かな…──
あの時…急に傷痕に触れられた事にびっくりして、咄嗟にああ答えてしまったけど…
この傷痕は──
ジルベールは、生え際の傷痕から、側頭部へ手を滑らせた。生え際に見える傷痕は、全体の一部分だけで、後の方まで、傷痕は続いている。
この傷痕は、
アイゼン少佐に執務室に呼び出され、投げ飛ばされた時に、机の角で切った時の傷痕だ。
少佐に投げ飛ばされた時の傷です!とは、さすがに言えなくて、木から落ちたなんて言ってしまったけど……わざとらしかったかな……
アイゼン少佐は、食堂を出る時、こちらを全然見なくて、何だか怒っている様な感じだった。何か、怒らせる様な事を言ってしまったのか…考えても、分からないままだ。
私、何でこんなに気にしてるんだろう。
そもそも上官とはいえ、不当に投げ飛ばされたのに。いや、まあ…
それは良いんだけど…軍人なんだから…
でも、私────
「ジル!」
はっとして、呼ばれた方を見ると、今日の訓練を終えたオーウェンが、詰所に入って来た所だった。疲れたな〜と大き目の声でぼやきながら、私が座っているテーブルの向かいにどかっと腰掛ける。
そうだった。私が今日の訓練終わりに、ここに呼んでいたのだった。
「ごめん、訓練終わりに呼びつけて…」
オーウェンは分隊を持っているから、この野営訓練前半も、下級兵の強化訓練で、一日中忙しい。
「いつもの事だろ。気にしてねぇよ。」
オーウェンはそう言いながら、手にしていた軍用の金属製のマグカップに入った冷たい水を、ごくごくと飲んだ。
「ジル、お前本当に野営訓練中、飲みに行けねぇの?」
「うん。訓練終わったら、私室棟から出るなって…」
「抜け出せよ。お前出来るだろ?」
「多分…やろうと思えば出来ると思うけど……オーウェン!あのね、今はその話じゃなくて──」
「分かってるよ。前に言ってた話だろ?」
「そう!メイジーと、結婚して欲しいのっ!」
私は、珍しく真剣な眼差しで、オーウェンに向き直った。オーウェンは、前髪を、ガリガリと掻いて少し困った顔をしている。
「お前……本気か?」
「当たり前だよ。」
私とオーウェンの周りには、詰所にいた人達が、面白そうだとわらわら寄って来た。
「というかね。もう、家には、相手見つかったって言っちゃったの!お願いっ!」
私は両手をパンっと合わせて、オーウェンに向かって拝んだ。
「はぁ⁈お願いっ!じゃ、ねえだろ!勝手に話進めんなよ!!」
貴族家同士の婚姻では、生まれる前から、婚約者がいる場合も珍しくない。また、後継ぎ問題もある事から、家同士の合意の元、未成年であっても法律上結婚する事も可能だが、その場合は、成人するまで、実家で暮らすのが一般的だ。
メイジーの場合は、姓をガルシアで無くする事が目的の為、婚約では無く、結婚して、姓を変える必要がある。
「ついにお前ら、本当の姉弟になるのかー!」
「オーウェン、ジルベールは家の事情があるんだろ?協力してやれよ!」
「仲人はリー中尉の家か⁈」
周りに集まった人達は、乗り気だ。困り顔のオーウェンの背中を、バシバシと叩きながら、めでたいなー!と言ったりしている。
「メイジーはね!10歳だけど、立派な淑女だよっ!ほら!見て!かわいいでしょ⁈」
私はテーブルの上に、ドンっと、持って来ていた皮の背表紙で綴じられた、写真を広げた。それは、この日の為に準備した、メイジーの見合い写真だ。
「お前わざわざ……あのなぁ、泥酔したお前を、今まで何回家まで送ってやったと思ってんだよ⁈メイジーの事は知ってる!」
「いやでも、ほら!かっわいいでしょ!すごく良く撮れてるー!」
私はオーウェンに、ほらほら!とグイグイ写真を見せた。
写真には、カラフルな小花が咲き乱れるガルシア家の庭に座る、燃える様な赤毛の可愛らしい少女が写っている。
少女の着ている水色のワンピースの裾が、花達の上に広がり、小さな両手に抱える黄色と白の花束が、ワンピースの上に、淡く影を落としている。知性を感じさせる黒い瞳、頭の上には、花束と同じ色の花で編まれた、冠を付けており、こちらを振り向きながら、微笑んでいる。
「まあ……いつものメイジーだな。ちょっと花だらけ過ぎるだろ。花屋でも始めるのか?お前の家は。」
「10歳でこんなに可愛いんだよー!大人になったら、もっと可愛くなるから!ねっ!」
「別に、メイジーの容姿に文句言ったりしてねぇだろ⁈そういう事じゃなくてだな──」
「ジルベール!お前に似てなくて、可愛い妹だな!わはは!」
「ほんとほんと!おしとやかそうじゃねえか!」
「けど……どこかで見た事ある様な……」
「確かに……」
周りに集まっている人達が、メイジーの写真を覗き込み、じーっと見つめる。そして、
「あっ!あの人にそっくりじゃねぇ⁈傭兵フレイヤ!!」
1人が、写真を指差して叫んだ。
「ああーっ!!」
写真を取り囲むように眺めていた者達は、全員、あー!と納得した。
「いや、そっくりも何も……」
「傭兵フレイヤはジルの母さんだろ⁈」
「はぁっ⁈」
オーウェンの言葉に、野次馬達は目を丸くした。
「本当かよっ⁈」
「どうなってんだ、お前の家は⁈」
「でもジルベール、お前は全然傭兵フレイヤに似てねぇじゃねぇか!!」
隠している訳では無いけど…義母が傭兵稼業に復帰している事もあり、ガルシア男爵夫人が傭兵フレイヤだとは、表立って言い回ったりしていない。
義母は、各国の軍人の間では、知らぬ者はいない、有名人だ。それこそ傭兵フレイヤの認知度は、軍人令嬢ジルベール・ガルシアの比では無い。知った人は、皆驚くのだ。
「義母上は、私の継母ですから。産みの親では無いのです。妹は、義母…フレイヤが産みの親なので、瓜二つなんです。」
皆、納得した。そして私以上に、オーウェンに答えを迫る。
「オーウェン、どうすんだよっ⁈」
「傭兵フレイヤの娘かー!!良い話じゃねぇか!」
「ジルベールに似てなくて、素直そうで可愛いな!美人になるぞ!」
援護射撃してくれるのはありがたいけど、皆言いたい放題だな……
ジルベールは腕組みをしながら、複雑な顔をした。オーウェンは、野次馬達に、決めちまえ!と言われながら、肩をゆさゆさと揺らされている。
「オーウェン!とにかく……お願い!メイジーが成人するまでは、ガルシア家で見るし、オーウェンの家に、迷惑はかけないから!今すぐにでも、籍だけ入れて欲しいのっ!お願いお願いっ!」
ジルベールは、また、オーウェンに向かって拝んだ。
「ジル……お前なぁ……」
「オーウェンどうすんだよー!」
「結婚してやれ!」
「オーウェンお願いっ!メイジーは、絶対絶対、立派な淑女にするからっ!」
「ジルベール!お前が言うと説得力ねぇな!」
「わはは!」
そして、ジルベールは、テーブルに身を乗り出し、両手をついて声を上げた。
「結婚してっ!」
──カラン──
その時、詰所の入り口の方で乾いた音が響き、詰所にいた兵達は皆一斉に、音がした方を見た。
そこには、連隊長、ノア・アイゼン少佐が、茫然と立ち尽くしている。少し離れた床の上に、何やら白い容器が落ちており、ケーキが二切れ、床に転がっていた。
「…………」
騒がしかった詰所は、静まり返った。
何故、この人がここに…何の用なのだろうか…
この人は、確か、無駄話や無駄口を嫌う。騒がしくしていた事を、咎められるのか?
皆、一様にその様な事を考え、口を閉じた。
オーウェンも、座っている椅子から振り返って、扉の前に立つノアを見ている。
程なくして、ノアは、床に散らばっているケーキを、容器に拾い集めると、一番入り口に近いテーブルの端に、そっと腰掛けた。そしてテーブルに両肘を付き、何やら頭を抱えている。
出て行かないのか……?
詰所にいた兵達は、テーブルにうずくまる連隊長を、怪訝な眼差しで見た。
そもそも、詰所に連隊長が来る事自体、珍しい。前任の連隊長に至っては、一度も来る事は無かった。ましてやこの人は、特科連隊を兼任という形で、どちらかといえば普通科の仕事が忙しいだろう。一体何故……
だが、詰所にいる者は、様子がおかしいノアに、何の用か、等と聞けるわけも無い。とりあえず、各々近くの椅子や、床に、そっと座り出した。
そして、ノアがなかなかその場を離れないので、少しずつ、喋り声を上げ出し、武器の調整や、食事等、作業に戻っていった。
オーウェンも、ノアからジルベールに視線を戻した。
立ち上がって、テーブルに身を乗り出していたジルベールは、そっと席に着いた。向かいに座るオーウェンの左奥、視界の端に、頭を抱えるノアが映っている。
「…………」
流石のオーウェンも、この雰囲気の中、話を戻す気にはならない様だ。私も…何だか話難い。
少佐……もしかして……
木の実のケーキを、わざわざ私に持って来てくれたのかな?
あっ……!!
手が滑って、ケーキが床に落ちちゃったから、頭を抱えて…⁈大事な食べ物を床に落としてしまった時の落胆は、痛い程分かる。
もしそうなら、駆け寄って、慰めてあげたい。
大好物を地面に落とした時──
腹ペコで、やっと狩れた獲物を野犬に取られた時──
緑鱗鳥を1時間以内に捌き切れなかった時──
食べ物に関して、私は数々の修羅場を潜り抜けてきた。
ケーキは床に落ちちゃったけど、私はその位全然気にしないのに…何も喋らず、あんな端っこに座って……
ケーキを持って来てくれたって事は、食堂での事、別に怒ってた訳では無かったのかな⁈
いろいろ聞きたいけど、今、この場では……
「ジル、」
頭の中を整理できずにいると、オーウェンが、少し小さめの声で呼びかけてきた。
「まあ、その…なんだ。俺は──」
「おい!さっきの続きは、ちょっと後からにしろ!」
少佐のいきなりの登場により、取り急ぎ私達の横のテーブルに腰掛けた兵達が、小声でオーウェンに注意した。
確かに……ちょっと場の雰囲気が……良く無いもんな。
「ごめん、オーウェン。」
「気にするな、ジル。」
オーウェンは、咳払いした。少佐が置物の様に何も言わないので、詰所内は、少しずつさっきまでの賑わいを取り戻してきた。
「ジル……髪の毛伸びたな。」
オーウェンは間を持て余し、ついに全く興味の無い、私の髪の毛について、言及してきた。
私の容姿について、オーウェンが話をする時は、決まって場を繋ぎたい時だ。たまに、露骨に天気の話をする時もある。一度、屋内であまりに不自然にするものだから、私は吹き出してしまい、あまりしなくなったけど……
「オーウェン、知ってると思うけど、私は髪の長さも普段の髪型も、広報部から規定されてるんだよ。体重や、筋量もね。」
「ああ……そういや知ってた。」
私は小さくため息をついた。
「まあ、けどよ、さすがに森に入ったりするのに邪魔だろ?」
「そうなんだよね。髪が長いと敵兵や、野盗に捕まれる可能性もあるし。でも、短くするのは許可されないんだよね。」
「そうか。厄介だな……」
オーウェンはそう言って、一つに纏められ、肩に伝って胸元まで落ちる、私の髪の毛に手を伸ばした。
「せめてあと10cm位、短く出来たら大分リスクも減りそうだよな。」
オーウェンは、親指と人差し指で、毛先の長さを測ろうとした。
私には、分かる。
オーウェンの目は、早くさっきの話のけりをつけて、さっさと飲みに行きたい、と言ってる。むしろ、飲みに行く事しか考えてない。
何故、こんなに分かるかというと、私も同類だからだ。
オーウェンの指先が、私の髪の毛に触れた。
「そこまでだ。」
その瞬間、オーウェンは、右肩をガッと掴まれて、後に仰け反った。
「ひぇっ……」
私は小さく悲鳴をあげた。
アイゼン少佐が、形容し難い、殺気立った表情で、オーウェンの肩を掴んでいる。
「アイゼン少佐……」
肩を掴まれたオーウェンは、そう呟きながら、目を丸くして、背後に立つ少佐を見上げた。
「ミラー伍長、生憎だが彼女は俺と───」
「そこまでなのはお前だ。」
だが、少佐がそう言いかけた瞬間、少佐も、後から何者かに右肩をガッと捕まれた。
「守衛殿───」
アイゼン少佐の背後には、守衛の男が、いつもの愛想の良い笑みを浮かべて立っていた。
「守衛殿……」
「どうも、野営訓練お疲れ様です、特科連隊情報中隊の皆さん。ガルシア軍曹、ミラー伍長、お話の邪魔をしてすみませんねぇ、この人が。」
守衛の男は、詰所の兵達に、物腰柔らかく微笑みかけた。詰所にいる者は、ジルベールとオーウェンも含め、アイゼン少佐に継いでいきなり現れた守衛の男を、驚きを含んだ目で見た。
「旦那、申し訳ありませんがねぇ…今、正門に来客がありまして。門を開けてもらえませんかね⁈私はまだ腰を痛めてましてねっ!」
守衛の男は、少佐の肩を掴む右手に、ギリギリと力を込めた。
「守衛殿、今はそれどころでは──」
ノアは顔をしかめ、守衛の男の手を払い除けようとしたが、力の込められた男の右手はびくともしない。
「それどころですよ、アイゼン少佐。ご存知でしょうが、軍には24時間、来客が来ますからね。」
「……守衛殿、疑う様で申し訳ないが、門は本当に故障しているのか?この前、問題無く動作していたのを見たのだが……」
「旦那!私が嘘を付いていると仰るのですかっ!」
いつも温和な守衛の男が少佐に対して怒り出し、詰所に居合わせた兵達は、驚きのあまり息を呑んだ。
「そういう訳では無い。だが──」
「だったらさっさと来て下さいっ!来客を待たせているのですよっ!」
守衛の男は、少佐の肩を掴み、ぐいぐい引っ張った。
「守衛殿っ……!本当にそれどころでは──」
「さっさと来るんだっ!!」
「離せっ!くそっ……ジゼル!君は俺と──」
──バンッ──
ノアは守衛の男によって、詰所から引きずり出された。詰所に居合わせた者達は、最後まで呆気に取られたままであった。
「……ジル、アイゼン少佐、お前に何か言いかけてたな。」
静まり返った詰所で、オーウェンが口火を切った。
「うん……後で、何だったのか聞いておくよ。」
床に落ちた木の実のケーキ、少佐が持って行っちゃったな。
「で、どうすんだよ⁈オーウェン!」
少佐が去った詰所で、居合わせた者がまたテーブルの周りに集まって来て、話の続きを急かした。私は改まってオーウェンを真っ直ぐに見た。
「メイジーは、何て言ってんだ?」
「え?」
オーウェンは、いつもより、ゆっくりとした口調で質問してきた。
「家の事情があるとしても、メイジーは、まだ10歳だろ。納得してんのか?」
焦茶色の両目が、私を見ている。
その両目と同じ色の髪。
もう出会って8年になるのか。
「ありがとう、オーウェン。」
「まだ答えてねぇだろ……」
でも、分かるよ。
「メイジーは、正しく理解してる。ガルシア家の王命も…このまま私が死ねば、自分がどうなるのかも。」
私は…10歳の時…軍に来る事を納得出来ていなかった。
たぶん、今もそう。
だけど、メイジーは違う。
納得し、受け入れている。
本当に…10歳にして、立派な淑女だ。
「そうか。だったら良い。」
「オーウェン…」
ジルベールの瞳は、水を湛えた水面の様になった。
「メイジーと結婚する。」
オーウェンがはっきりとそう告げて、テーブルの周りで歓声が上がった。オーウェンも私も、良かったなあ!と肩を揺らされ、口々にお祝いの言葉を掛けられる。
「あのね、オーウェン!本当に、一日でも早く、メイジーを、メイジー・ミラーにして欲しいの!」
私は軍服の内ポケットから、婚姻届を出して、オーウェンに差し出した。
「……準備が良いな。分かった分かった。」
そう言って、オーウェンはそれを受け取った。
婚姻届を渡したら、張り詰めていたものが、スッと溶けて無くなった気がした。
「ジル。メイジーが、ガルシア姓じゃ無くなったからって、お前が死んで良くなった訳じゃねぇからな。分かってるだろうが、王命なんて、向こうの言い様でどうにでも出来るんだ。気を抜くな。」
オーウェンが、それを察した様に私に告げる。
「分かってるよ。」
「分かってねぇだろ。なんて顔してんだ、お前。間違っても、そのまま森に入ったりすんじゃねぇぞ。」
オーウェンが、呆れた様に言う。そんなに緩んだ顔してるかな。
水を湛えた水面から、水が溢れ、ジルベールの頬を伝った。
お読み頂き、ありがとうございます。
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