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ジゼルの婚約  作者: Chanma
野営訓練
72/128

45.人の幸せ

     

        ───禁煙───


 ノアは、生まれて初めて、禁煙の二文字が頭に浮かんだ。



──ここ、臭すぎる!おえーってなっちゃうよ!──



 定例の報告会開始直前、リーの元を訪ねて来たジルベールの悪態が聞こえ、ノアは激しくショックを受けた。


 そもそも、紫煙草(しえんそう)は、軍用の煙草であり、軍人であれば合法だ。文句を言われる筋合いはない。郷に入っては、郷に従え。嫌なら普通科棟(ここ)に来る方が悪い。他の奴なら、出て行って締め上げている。だが──


 彼女にそう言われては……


 どうしていいか、分からない……


 ノアは情け無い事に、とりあえず、書類を見ながら俯き、聞こえないふりをした。そして念の為、咥えていた紫煙草(しえんそう)は、卓上の灰皿に押し付けて火を消した。


 報告会の出席者達は、定刻になったというのに、廊下で騒ぐジルベールを咎めず、会話が終わるのを静かに待っている……そんなノアの様子を見て、まさか高位貴族でありながら、未だ婚約者の一人も公表されておらず、アイゼン家から用意された見合いの場に置いて、抜け漏れなく全ての見合い相手に悪態を付いて泣かせたと噂される、そんな男が、ジルベールの機嫌に一喜一憂しているとは、露程にも思わない。


 代わりに、最近ノアについて新たに囁かれている、

──佐官になってから、下士官程度の兵までには、意外と寛容らしい──

 という噂は本当だったのか、と皆に認識されたのだった。


 若干だが、自分の知らない所で、部下の好感度を上げたノアだが、そんな事よりも、ジルベールからの好感度が、気になって仕方がなかった。


 既に、人生の中で、軍人で無い期間よりも、軍人であった期間の方が長く、紫煙草(しえんそう)も同様だ。


 止める…紫煙草(しえんそう)を…


 出来るのか…だが…このままでは、いつかばれて…

 おえーってなっちゃってしまうのも時間の問題…


 それだけは避けたいっ!!


 いや………しかし………


 今のところは、非喫煙者を装う、という方向で、どうか許して頂きたい。


 ノアは一人、決意を固めた。


「あの…アイゼン少佐、」


 ふと、名前を呼ばれて顔を上げると、ウィリアム・リーが敬礼をしながら立っていた。

 そうだ、アシェリーについて確認しようと思い、報告会後、残る様指示をしたのだった。


 アシェリー・マーティン。


 ジゼルが、錯乱してもその存在を、正しく認識していた兵だ。どの様な奴なのだろうか。


 それにしても、リーは顔色が悪いな。

 こいつも苦労しているのだろう。呼びつけた際、顔色が優れない事が多い。


「リー中尉、アシェリーという兵についてだが──」

 話を切り出すと、リーは益々青ざめた。

 ジルだけは何とか……と呟いているが…何なのだろうか。


「どういった奴なんだ?」


「へ………」

 問いかけると、リーは間の抜けた返事をした。

「……聞いていたか?アシェリー・マーティンはどういう奴だ?ジゼルが面倒を見ているのか?」


「も、申し訳ありません、少佐。アシェリーがどういう奴か……あの…具体的にはどういう……兵としての力量についてですか?」

「すまない、多少、抽象的過ぎたな。兵としての力量は、大方予想が付く。人間としてどうなのかが知りたい。」

「人間として………」

 リーは、顔色は戻ったが、考え込んでいる様だ。


「アシェリーは……あいつは、粘着するタイプですね。」

 そして、顔をしかめながらそう告げた。


「は?粘着………いや、実は先程、ジゼルが錯乱している最中に、アシェリーが、医務室に来たのだが…彼女は、アシェリーについて、錯乱してもなお、正しく認識していた。何か理由があるのかと思ったのだが…」

「そういう意味だったのですね。理解が及ばす失礼いたしました、少佐。」

「いや、構わない。」

 リーは、胸を撫で下ろした様だった。多少私的な質問とはいえ、そんなに困惑させてしまう様な事だったのだろうか。


「アシェリーが耳を取る際に、ジルが付いていた様ですが…ジルは、あいつ自身、耳を取るのに3年掛かりました。耳を取る事に苦戦している新兵には、過去の自分を重ねて同情し、手を貸しています。アシェリーに対しても、そうなのかと思われます。気に掛けている分、錯乱しても認識したのではないでしょうか。」

「そうか…」

 ノアは一瞬考え込み、リーに向き直った。


「分かった。だが…同情する理由は分かるが、下士官が、耳が取れない兵に入れ込むのは、危険も伴う。新兵の教育に熱心なのは素晴らしい事だが、場合によっては切り捨てざるを得ない時もあるからだ。同情し、それが出来なければ、自分も足元をすくわれる。志願兵と、そうで無い彼女とは立場も違う。君からも念を押しておく様に。」

「承知しました、少佐。アシェリーですが、現時点ではマシューの小隊に入れており、主にオーウェンとジルに育てさせようとしていましたが…他の小隊に移した方が良ければそうします。いかがですか?」

「いや……彼女に念を押してくれれば、マシューの小隊で構わない。」

「承知しました。」

「構わないが……一点質問がある。」


「はい、何でしょうか。」

 リーは改まって敬礼をした。


「アシェリーは、初めサム・モリス准尉の小隊に付けていたな。」

「はい、少佐。」

「どうしてサム・モリス准尉の隊にした?隊によって、多少特色があると思うが、新兵の育成、特に使えそうに無い者についての育成は、マシューや他の隊の方が向いている。これは、俺が特科連隊長を兼任する事になった時の、君からの報告に基づくものだ。」

「はい。確かに……」


「何故、最初からマシューの隊に入れなかった?」

「実は──」

 リーは小さくため息をついた。


「少佐の仰る通り、当初アシェリーは、マシューの小隊に入れる予定でした。あいつは志願兵ですが、入隊テストも実技はギリギリで…性格からも、1年以内に耳が取れるとは考え難い兵でしたので。」

 ノアは、表情を変えずにリーの報告を聞いている。


「サム・モリス准尉の希望で、そうしたのです。」

「…どういう事だ?」


「モリス准尉は、前々から私に、自分もジルの様な部下が欲しい、としつこく言ってきまして…」

「ジゼルの様な…?」

「はい。ジルは、かなり!扱いづらい兵なのですが戦果もしっかり上げますから。戦果を上げる部下が欲しいという事だと思います。」

「それで…どうしてアシェリーになるのだ?」

 無表情に近かったノアの顔は、少し困惑した表情になった。


「私の判断なのですが、アシェリーは、ジルに似ていると考えています。」

「は?……どこが似ている。」

 ノアは顔をしかめた。


「耳を取るのに苦戦している所や…おどおどした感じも、子どもの頃のあいつに似ているなと…新兵の時には苦労するかもしれませんが、後々伸びる兵だと思ったのです。ただ、私の直感の部分も大きいので…絶対とは言い切れませんが。モリス准尉にも、それを伝えた上で、アシェリーを隊に入れました。結果的に、マシューの隊に出されましたので、私の判断ミスだったのかもしれません。」

「そうか、分かった。だが──」

「はい、」

「彼女が良く戦果を上げるのは、理由がある。同じ働きを他の兵に求めるのは、難しいだろう。他の者からの、彼女の様な部下を希望する、という声については、無理だと考えた方が良い。取り合うだけ時間の無駄だ。」

「ジルが、戦果を上げる理由──」

「ああ。彼女は君に対して………いや、実際に彼女に確認した訳ではないからな……俺の憶測も入っている。忘れてほしい。とにかく、その様な希望には今後一切取り合うな。隊の編成が乱れる。隊の編成は、兵を効率良く使う為に重要だからな。」

「はっ、承知しました。私の判断でご心配をおかけし申し訳ございませんでした、少佐。」

「構わない。」


 ノアは、リーにあれこれ確認し、少し安心した様に、紫煙草(しえんそう)に火を付けた。


「リー中尉、楽にしていい。」

 敬礼を続けていたリーは、ノアにそう言われ、両手を後ろ手に組み、足を肩幅に開いた。それと同時に、まだ話が続くのか…と頭の片隅で考えた。



「先程……泣いていなかったか?」

「え?」

 ノアの唐突な質問に、リーは目を丸くした。


「報告会が始まる直前、ジゼルが泣いていた様だが……」

「ああ!はい、泣いておりました……報告会前に、ご迷惑をお掛けして申し訳ございません、少佐。私の方から指導しておきますので…」

「いや、構わない。何故泣いていた?」


 リーはノアの発言に戸惑った。


 アイゼン少佐は、男女問わず、泣き言を言う人間を嫌っており、自分が悪態を付いたせいで見合い相手が泣き出すと、更に態度を悪くした、と噂されている。

 軍内では、アイゼン少佐の前で、泣いて良いのは赤子だけだと、密かに揶揄されていた。

 そして、俺の情報網によれば、噂は本当だろう。


 ジルが泣いていた理由を問われているが…叱責、というより、純粋に心配されている様な気がしないでも無い。

 しかし、あんな噂のある人だ。素直に答えて良いのか……?


「リー中尉、彼女は何故泣いていた?やはり錯乱していたせいで、具合が悪いのか?」


「いえ、お恥ずかしい話なのですが……」

 錯乱したジルを、わざわざ医務室に連れて行ってくれたんだ。心配されての事だろう…正直に答えても良さそうだ。


「ジルは、錯乱していたので、午後からは軍務を与えていなかったのですが、マリー殿に一緒に街に行こうと誘われたと言ってきまして──」

「諜報部のマリー殿か?」

 アイゼン少佐は、少し驚いた様だった。


「はい。ジルは、子どもの頃から軍にいますので、一般市民の友人が少ないのです。それで、マリー殿は前々からジルを気遣って、良く街に誘って下さるのです。」

「それは彼女にとって、ありがたい事だな。」

「はい……ですが、本日は錯乱していたので、体調が心配ですから、マリー殿と街に行くのを許可しなかったので──」

「泣き出したのか。」

「はい。普段は、それで泣く様な事はありませんが、錯乱した後は、情緒が不安定になりますから……幼児退行する、といいますか……申し訳ありませんでした、少佐。」

「仕方のない事だ。構わないのだが……」

 アイゼン少佐は、こちらを伺う様に、少し考え込んだ。そして、また口を開いた。


「泣くほど行きたがっていたのなら、許可しても良かったのではないか?マリー殿が一緒なら、大丈夫だろう?」

「駄目です!少佐!」

 しかし、リーはピシャリと言い返し、ノアは怯んだ。


「ガルシア家から、錯乱した時は外に出さないで欲しいと言われております。ジルはテオドール殿の亡き後、嫡男として家督をついでおりますが、あれでも、一応は貴族令嬢です。ガルシア家の執事頭から、特に心配されておりますから!」

「わ、分かった分かった。いや、君の彼女への対応に意見をするつもりは無い。執事頭…エイダン殿だったな。確かに、彼女を心配していた。」

「ご理解頂き感謝いたします、少佐。」

「ああ。だが……」

 いつも感情の無い様な人だが、妹の様なジルを心配しているのか、今日は人間味があるな、とリーは考えていたが、ノアの、次の言葉に耳を疑った。



「あまり、泣かせるな。可哀想だろう?」

「えっ……⁈」



「アイゼン少佐、失礼します。」

 その時、会議室のドアが開き、アイゼン少佐付きの補佐官が入って来た。


「リー中尉……失礼しました、まだ会議中だったのですね。」

 補佐官は、リーを見留めると、にこやかに微笑みかけ、退室しようとした。

「いや、大丈夫だ。リー中尉、引き留めてすまない。行って良い。」

「はっ。それでは失礼いたします、少佐。補佐官殿、ご苦労様です。」

「リー中尉も、お疲れ様です。アイゼン少佐、報告会の書類は頂いていきます。いつもの形式で本日中にまとめますので。」

「宜しくお願いする、ああ、この隊の報告書については、別途に───」


 耳の横流しの件は、どうやらお咎め無しの様だ!


 アイゼン少佐と、補佐官の話し声がする会議室のドアを、リーはそっと閉め、足早にその場を後にした。



────────


 報告会終了後、事務仕事の補佐官にいつも通り、書類を引渡し、ノアは一人自分の執務室に戻った。そして、彼が取り付けた、黄色のコーナークッションがやけに存在を主張する机に座り───ちょっとでもこれを外そうとすると、補佐官は大げさに騒ぎ立てる───また軍務に就いていた。左手の人差し指と中指の間では、もちろん紫煙草(しえんそう)が、細い薄紫の煙を立てている。



 日も落ちて来た頃、執務室の扉がノックされた。



「突然申し訳ありません。マシュー・ルイス少尉です。アイゼン少佐、ご在室でしょうか?」

「マシューか、入れ。」

「失礼します。」


 入室を許可すると、従兄弟のマシューが入って来た。マシューは、父の弟、叔父であるルイス侯爵の息子であり、ルイス家の嫡男だ。

 目の前に立つマシューは、やや俯いている。


「珍しいな、マシュー。お前が急に訪ねて来るのは…普通科に移籍させる件についてか?」


 現在、マシューは、特科連隊情報中隊で、特殊通信・補給小隊の小隊長に就いているが、マシューは元々普通科に配属されており、視野を広げるために、特科連隊に出されていた。

 俺が特科連隊を兼任する前に、普通科に戻す話が出ていたが、マシューが、まだ特科連隊に残りたいと願い出て、保留になっていたらしい。そうこうするうちに、特科連隊も人手が不足してきて、すぐには普通科に戻せなくなってしまった。


 だが、マシューには、そろそろ普通科で中隊を持たせたい。

 特科連隊は、情報中隊直下の部隊として、偵察班があり、その点が特殊だ。偵察班の兵は、軍務で、単独行動や遠征を多くこなし、個人の技量が高い分、長い軍の歴史の中でも、扱いが難しい。変に上官の指示を聞かない者や、自分の意見を通そうとする者も多い。

 個人の意見としては、特科連隊の連隊長及び中隊長は、リーの様に偵察班出身の者が、適任だと考える。マシューは、既に十分中隊を纏める力量があるが、それは普通科での話だ。普通科に戻し、一度小隊を持たせた後、中隊長とするつもりだ。

 ミラー伍長は、そろそろ、マシューの代わりに小隊長にしても良い頃だ。しかし…ミラー伍長の代わりとなる、分隊長が、人手不足の為いない。育っていた兵は、安易に前線に出され、殉職してしまったのだ。


「ミラー伍長の後任になり得る兵ができ次第、お前には普通科で中隊長になる事を見越して、小隊を持たせる。少し待って欲しい。」

「いえ、私は特に、急いで普通科に移籍したいとは、思っておりません……その……本日は私用で来たのです、ノア従兄(にい)さん。」

 マシューは、真っ直ぐにノアを見た。ノアは、珍しい申し出に、多少驚いたが、表情を変える事無く返事をした。


「そうか、構わない。何の用だ?」

 ノアは、紫煙草(しえんそう)を一本、マシューに差し出したが、マシューはそれを丁寧に断った。


「先程、ルーカス従兄(にい)さんに会いまして。これを渡しておいて欲しい、と。」

 マシューは、小脇に抱えていた、白い琺瑯(ホーロー)の容器を、ノアの座る机に置いた。マシューはちらっと、悪目立ちするコーナークッションを見たが、何も聞かずに視線をノアに戻した。


「兄上が来ていたのか。悪いな、手間をかけて。」

 ノアは、琺瑯(ホーロー)の容器を手元に引き寄せた。


「用件は、それだけか?」

「あの、実は……ノア従兄(にい)さんは……ジルベールの素行について、どう思われていますか?」

「は?」

 ノアは、マシューの唐突な質問に、目を丸くした。


「急に、変な事を聞いてすみません…」

「ガルシア軍曹の事か?」

「はい。」

 ジゼルの素行…まさか…

「彼女が、また、何か騒ぎを起こしたのか⁈」

 つい先日、自分の軍服を売り飛ばしていた事が発覚したばかりだ。今日も報告会で、酒代のツケを耳で払っていると他の中隊長から指摘されていた。あれは、恐らく事実だろう。

 まだ、他に何かしているのか…⁈いや、していてもおかしくは無い。マシューがわざわざ言い付けに来る位だ。手に負えなかったのだろう。


 俺に揉み消せるレベルの案件か……⁈


「いえ、騒ぎを起こしたり等ではありません。」

 ノアは、マシューの返事を聞いて、胸を撫で下ろした。


 良かった……。


「だったら、どういう意味だ。彼女の素行?」

 素行が悪いのは事実だが…俺にとっては可愛いものだが、上官にとっては頭が痛いだろうな。


「ウィリアムから聞きました。ノア従兄(にい)さんは、テオドール殿と親しかったから、ジルベールを自分の妹の様に、思ってくれていると……」

「はあ?」


 こいつは、急に何を言っているのだろうか。頭がおかしくなったのか?

 ジゼルを妹等と思った事は一度も無い。彼女の事は、そんな目で見ていないし、正直な所、いつもさっさと手に入れてしまいたいと思って見ている。


「妹の様に思っているのであれば、彼女の素行にも、寛容に考えてくれているのでは、と思ったのです!」

 マシューは訴える様にこちらを見ているが、話が全く見えない。

「ちょっと待て、マシュー。どういう事だ?妹?何の話だ。俺は彼女を妹だとは───」



「ノア従兄(にい)さん、俺は…ジルベールと結婚したいのです!」

「っ……………!」



「俺は本気です。ですが…彼女の素行を理由に、父に反対されています。アイゼン家に、迷惑が掛かるから、と……だけど、もしノア従兄(にい)さんが、彼女の素行は問題無いと言ってくれたら、父も納得します!ノア従兄(にい)さん、お願いします!どうか彼女の事を、父に────」



「マシュー、」

「は……はい……」



「お前、自分が何を言っているのか、理解しているのか?」

「え……あの……」

ルーカス(兄上)から、聞いているだろう⁈」

「ノア従兄(にい)さん………⁈」



………………

…………

……


「分かれば良い。」


 ノアの執務室を出たマシューは、ジルベールとの結婚の件を切り出してからの、ノアのあまりの変わり様に、何を言われたのか、自分があの後何を答えたのか、覚えていない程だった。


 ただ一つ、激昂したノアの怒鳴り声が、しっかりと耳に張り付いている。


 ──そんな事が、許される等と思うのか⁈──


……

…………

………………




 ノアは、早足で、特科連隊情報中隊の詰所に向かっていた。


 恐らく、彼女はそこにいるだろう。

 何故だか……早く、彼女の顔が見たくてしょうがない。


 ノアは、琺瑯(ホーロー)の容器を抱える右手に、ぎゅっと力を込めた。


 マシューといい…リアムといい…

 何なんだ一体、あいつ等は!

 どうしてこうも、俺のジゼルに言い寄って来るんだ⁈


 彼女を私室に閉じ込めて、誰の目にも触れない様にする事ができたら…どんなに安心だろう。


 ノアは琺瑯(ホーロー)の容器に視線を落とした。


 これを渡したら、彼女は喜ぶだろう。早く、彼女の喜ぶ顔が見たい。その後は、一緒に私室に戻って、夕食を食べよう。


 何なのだろう、この、焦りに似た、感覚は……


 詰所の扉が見えて来た。中から、賑やかな声がする。野営訓練中だというのに、元気なものだな。若い兵が、多いからか…


 ノアは、詰所の扉を押し開けた。




「結婚してっ!」




 ノアの視界には、詰所のテーブルに座るオーウェン・ミラーに、テーブルに両手を付き身を乗り出して、堂々と結婚を迫る、ジルベールが映っている。

 オーウェンとジルベールの周りには、他の兵達が、どうするんだと楽しそうに集まっていた。



        ──カラン──



 扉を開けたまま、茫然と立ち尽くすノアの右手から、琺瑯(ホーロー)の容器が滑り落ち、その中から逃げる様に、木の実のケーキが2つ、床に散らばった。


──人の幸せとは、第三者が見て分かる様な、単純な物じゃない──


 その空になった琺瑯(ホーロー)の容器から、アデル・マルティネスの言葉が出てきて、ノアの耳に入って行った。


お読み頂き、ありがとうございます。

不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。


続きが気になる!と思って頂けましたら、

「★★★★★」をつけて応援して頂けると、励みになります!

どうぞよろしくお願いいたします。

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