43.ハムサンドに誓います
──ゴンッ、ガンッ──
「いってーっ!」
「痛っ……!」
特科連隊情報中隊の詰所に、レオとアシェリー・マーティンの叫び声が響いた。
2人は、直属の上官、オーウェン・ミラーに仲良く揃ってゲンコツを落とされた。
「レオ!アシェリー!お前ら、俺が居ない時に、リー中尉に口答えしたんだって⁈二度とするなっ!」
「すみません、伍長。」
「すみません、伍長。」
レオとアシェリーは、しょんぼりと項垂れた。
「全く…特に、ジルがリー中尉に怒られてる時は、絶対に口を出すな。そこに、どんな背景があってもだ。」
オーウェンは、ゲンコツを落とした自分も痛かったのか、右手をひらひらさせた後、左手でさすりながら、2人に言葉を続ける。
「俺とジルは、ガキの頃から軍にいるから、リー中尉に面倒を見てもらったんだ。リー中尉がいなかったら、俺もジルも生き延びてない。」
アシェリーは、ハッとした様にオーウェンを見た。
「それに、ジルとリー中尉は、家同士の付き合いも深い。ただの上官と部下だけの関係じゃねえ……ジルは、軍人だった、兄さんが死んでるからな。リー中尉が、軍じゃ、ジルの兄さんみたいなもんだ。俺にとってもな。」
「はい、伍長。」
「はい、伍長。」
レオとアシェリーは、敬礼をしながら返事をした。
「分かったなら、次からは───」
「そうか。少佐にちゃんとお礼言っとけよ?」
「はい。」
「あと…今回の件は、俺はお前に謝らねえからな。お前が悪い。」
「でも、私を懲罰房に入れようとしましたよね⁈」
「お前、あれはしょうがねえだろ⁈それに結果的に入れてねえだろうがっ!根に持つんじゃねぇっ!」
オーウェンの指導が終わった時、リーとジルベールが、わーわー言い合いながら、詰所に入って来た。
「リー中尉、ジルベール先輩!」
「ほら、あんな感じだろ?お前らが口を出す事じゃねえんだ。」
「ガルシア軍曹!正気に戻ったのですね!」
「アシェリー、レオちゃん。」
自分に駆け寄って来た2人を見て、ジルベールは水色の瞳を緩めて、優しく微笑んだ。
「ガルシア軍曹……良かった……心配しました。具合は良いのですか?」
「うん!大丈夫だよ!ごめんね、心配かけて…さっき、食堂でお昼ご飯も食べたんだ!お腹いっぱいだし、もう元気になったよ!」
アシェリーは、ホッと胸を撫で下ろした。いつものガルシア軍曹だ。焦点の合った水色の瞳が、こちらを見て、穏やかに揺れている。
「良かったー!ジルベール先輩、俺たち本当に心配したんですよ⁈何かヤバい事になってたから…」
「えっ!そうなの⁈」
「何か、目がもう…いつもの先輩じゃなくて…ねえ、アシェリー?」
「うん……ガルシア軍曹、全然覚えてないのですか?」
「あー…うん。いつも、錯乱しちゃった時は、記憶が全く残って無くて……もしかして、医務室にお見舞いに来てくれたの?ごめんね、覚えてなくて…」
ジルベールは、自分を心配してくれる優しい部下に、申し訳無さそうに謝った。
「そんな…ガルシア軍曹、全く記憶が無いなんて…それほど強いショックを……!」
しかし、ジルベールの言葉を聞いて、アシェリーはわなわなと震えだした。
そんな……
錯乱してる時、記憶が少しも…⁈
だから、あんな状態に…
そもそも、ガルシア軍曹は悪くないのに…!
「リー中尉!こんな……酷すぎると思います!」
「!!」
アシェリーは、リーに向き直ると、食ってかかった。
「アシェリー!お前、俺の話聞いてたのかっ⁈」
だが、今回はオーウェンが、アシェリーの襟首を掴んで、グイッと持ち上げた。アシェリーは宙に浮き、足をジタバタさせている。
「ちょっと!オーウェン、止めてよ!離してあげて!」
「ジル、こいつを甘やかしすぎだっ!俺はさっき注意したばかりなんだ!」
「何なんだこいつは……やけに粘着してくるな。オーウェン、指導しとけよ!」
リーは、もはやアシェリーに対して、怖い物でも見る様な表情をしている。
「はい。すみません、リー中尉。」
「頼んだぞ。じゃあ、俺は連隊の報告会に出るから…ジル、午後は、お前は特に軍務は無い。今日はもう、無理はするな。休んで良いからな。」
「ありがとうございます、リー中尉。」
リーは、もうショートカットでは無い、ジルベールの頭をぐりぐりと撫でて、詰所を出て行った。
「全く…アシェリー、お前はどうしてリー中尉に歯向かうんだっ!」
「も、申し訳ありませ…伍長…歯向かっているつもりでは……」
アシェリーは、まだ宙に浮き、足をジタバタさせている。
「オーウェン、下ろしてあげてっ!下ろしてあげてよっ!」
「アシェリー、さすがに今のは僕も駄目だと思うな〜。」
「レオまで……ご、ごめんなさい…ごめ……」
「オーウェンッ!!」
ジルベールが叫ぶと、ついにオーウェンが、パッと手を離した。
「痛っ!」
落とされたアシェリーは、どさっと尻もちをついた。その瞬間、アシェリーの軍服の裾から、白い包み紙に包まれた物が2つ、ポトっと落ちてきた。
「んっ⁈」
ジルベールは、アシェリーから落ちてきたその包み紙を見留めると、それを食い入る様に見つめた。そして、右手でそっと拾い上げる。
「アシェリー……これって……もしかして……⁈」
「いてて…ああ、食堂のハムサンドです。それは食べ切れなかった分で──え…あの…軍曹…」
ジルベールは、歯を食いしばり、アシェリーを睨みつけた。
「アーーシェーーリーー!」
「は、はい、軍曹!あの…一体……」
「この……買い占め犯があぁっ!!」
「えっ⁈えええぇぇ!!」
「止めろ!ジル!」
ジルベールは、アシェリーに殴りかかり、オーウェンがアシェリーの脇を抱きかかえて上空に避難させた。
「オーウェン!そいつは犯罪者だぞっ!買い占め犯だっ!」
ジルベールは上空のアシェリーを鬼の形相で指差した。
アシェリーとレオは思った。
先程の、ルイス少尉の一件の時とは、比べ物にならない位、彼女は怒り狂っていると。
正直、ルイス少尉の件は、あんなに大騒ぎしたが、どうでも良い事だったのでは無いだろうか。
そもそも、詳細は不明だが、ガルシア軍曹はアイゼン少佐と結婚している。医務室で、少佐を夫だと言っていた。例え結婚していなくても、婚約者なのは間違い無い。
ミラー伍長の言う通りだ。
自分達は、余計な口出しをした為に、厄介事を招いてしまった。
「買い占め⁈ガルシア軍曹、違います!これは…確かに食堂のハムサンドは全部買いましたけど、ここの詰所にいる皆に分けて───」
「ほらっ!全部買ったんだろ!降りてこいっ!」
「ジル、止めろ!お前はすぐに殴りかかるなっ!話を聞けっ!」
「うおぉぉぉおおおお!」
「ジル、落ちつけ!誰か!リー中尉を呼んで来い!───駄目だ、報告会だったな……お前ら!押さえつけろっ!頑張って羽交い締めにしろっ!」
怒り狂い、謎の雄叫びを上げるジルベールを、しばらくかけて皆で押さえ付けた後、なだめ、誤解は解けた。
アシェリーは、ハムサンドには二度と手出ししないと、固く誓った。
お読み頂き、ありがとうございます。
不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。
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