40.出会いは娼館横の路地裏で
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…………………ガサ……………
ジルベールは、野盗狩りが行われる森で、そっと茂みをかき分けた。
……………ああ、いた。あいつなら……
そっとかき分けた視線の先に、野盗と思われる男が、こちらを背にして、しゃがんでいる。
男は、自分の前に横たわる死体の、所持品を漁っていた。
恐らく……あの死体は、どこかの村の狩人だな。狩りのために森に入り、野盗に殺されたんだ。
野盗の男は、自分の戦利品を漁る事に夢中だ。あんなに音も立てて…周りが見えてない。殺るなら……今だ。
ジルベールは、そっと周りを見渡した。
木に…登って、狙った方が良いのかな…
いや、でも……
私はまだ、あまり遠くからは上手く狙えない。
もし外した時、木に登っていたら、逆にこちらが追い詰められてしまう……
狙うなら、茂みの中からだ。
ジルベールは、静かに深呼吸した。
ここから、あいつとの距離はそう離れていない。恐らく、矢を撃てば、こちらの居場所はばれるだろう。
上手く射抜けたら良いけど……
外したら……すぐに逃げなくちゃ…
ジルベールは、背後の、逃げる方向を軽く確認して、覚悟を決めた。
ガチャガチャと、野盗が、殺した狩人の装備品を剥ぐ雑音に合わせて、そっと茂みの中から弓を構える。
軍用の弓は大きくて、重くて、扱い難い。どうしても、構える時に音が立つけど…気付かれてはいないみたい。
手に、何度も出来て潰れたまめは、弓を構える度にもの凄く痛かったけど、最近はだんだんと、皮膚が固くなって、痛まなくなってきた。
ジルベールは、茂みの中から片膝を立ててしゃがみ、野盗の背中、中心部より左側の位置をしっかり狙い、矢を添え、弓を引いた。
もう、手は震えない。
自分の心臓の音だけが、すごく大きく聞こえる。
ドクドクと脈を打って……
私………殺せる………
ジルベールは、茂みから矢を放った。
放たれた矢は、狙った位置から、やや右側に逸れたが、しっかりと、野盗の背中に突き刺さり、致命傷を与えた。
野盗の呻き声が聞こえ、同時にこちらを振り返る。
吐血し、グシャグシャに歪んだ顔で、こちらを探している。そして、呆気なく見つかった。
立ち上がって、近づいて来る。
どうしよう……早く……逃げるか、もう一度矢を撃つか、しないといけないのに……
私……足が….動かない……
私に背中を射抜かれた野盗は、よろよろと近づいて来る。完全に、目が合った。
「……リソー軍のガキか……てめぇ……」
人間とは思えない、しゃがれて、かすれて、呻くような声だ。
「ご、ごめんなさい………」
咄嗟に謝罪してしまった。謝罪じゃ済まない事は、分かっているのに。
「……人を殺しといて、ごめんなさいだと……馬鹿に…しやがって…くそっ……小汚え、リソー軍の犬がっ!!」
「ひっ………」
そう言い残して、茂みに隠れる私の目の前で、男はドサッと倒れた。背中には、私の放った矢が、真っ直ぐに突き刺さっている。そして、血溜まりが出き始めた。
「あ……あ……わ、私………」
「良くやった!ジル!」
野盗が倒れた直後、右斜め前の茂みから、ガサガサッと勢い良く、人が飛び出して来た。
リー軍曹と、オーウェンだ。
私は隠れていた茂みから、ゆっくり立ち上がった。
「3年かかったが……十分だ!ジル!これで、ガルシア家も安心する!」
リー軍曹は私のショートカットの頭を、ぐりぐりと撫でた。
今回も、ずっと見ていてくれたんだ。
「おい、ジル!早く耳削いじまえよ!」
オーウェンが、倒れた野盗を見ながら言う。そうだ、耳を取らないと……
オーウェン・ミラー。
私の同窓で、リー軍曹が、私と一緒に面倒を見ている子だ。
私と同じ年だけど…オーウェンは、私と違って、すぐに耳が取れる様になった。
「ジル!狙う相手の選定も良かったぞ!隠れもせず、堂々と他人の所持品を漁っている奴…そういった奴が最初は狙い易い。しばらくは、今回みたいな奴を探して狙え。」
「ありがとうございます、リー軍曹。」
耳を削ごうとしゃがんだ私に、リー軍曹は嬉しそうに、笑顔で言葉を掛けてくれた。
「ジル、妹のためにも、踏ん張れよ。」
「はい、軍曹。」
「が……ガルシア軍曹、大丈夫…ですか…?」
リー軍曹に、そう答えた時、何故かアシェリーの声がした。
アシェリーの声………アシェリーって……
誰だっけ……
「ん?ジル、どうかしたか?」
「いえ、軍曹。何でもありません。」
「そうか。まあ、初めて自分で耳が取れたんだ。終わって、気が緩むかも知れねえが、そう言った時が一番危ねえんだ。帰還するまで気を抜くな!」
「はい、軍曹。」
「よし、オーウェンとジル!今日はジルが、耳を取れる様になったお祝いだ!飲みに行くぞっ!俺の奢りだ!」
「やった!ラッキー!いつもの所ですか?」
オーウェンは、嬉しそうに飛び跳ねている。
「そうだ!あそこが、安くて美味いし、量も多いからな!人気があるから、酒も新しくて美味い!」
「やった!ジル、楽しみだなー!」
「うん、楽しみ!何だかお腹空いてきちゃった!」
私は取った耳を、袋に入れた。
リー軍曹は、また、私の頭をぐりぐりと撫でてくれた。
「ジル、良かったよ。本当に…成長したな!」
リー軍曹は、自分の事の様に、喜んでくれる。
リー軍曹とオーウェンと一緒に…私は無事、軍に帰還した。
今日の訓練が終わってから、リー軍曹が宣言通り、私とオーウェンを酒場に連れてきてくれた。リー軍曹行きつけの酒場は、軍事基地からそう遠くない。歩いて行ける距離だ。軍から広がる市場を抜けて、軒を連ねる飲食店の端の方にある。
酒場までの道中、オーウェンは嬉しそうにはしゃいでいる。そんなオーウェンを見てたら、私も楽しくなって、一緒になってはしゃぎながら酒場までの道を歩いた。時折り、わたし達の後ろを歩くリー軍曹が、道の真ん中を歩くな!馬車に轢かれるぞ!と声を上げている。砂埃の舞う酒場までの道は、オーウェンとじゃれ合いながらあっという間についてしまった。
「リー軍曹、俺お腹空きすぎて死にそう!」
「私も!」
「お前ら、今日は好きなだけ食え!酒も好きなだけ飲んで良いぞー!」
「あら!ウィリアムじゃない!」
酒場に到着し、リー軍曹が、入り口の木製のドアに手を掛けた時、女の人から声を掛けられた。
隣のお店の人だ。
酒場の隣のお店には、店員の綺麗なお姉さんが沢山いる。そして、酒場が開く時間になると、お客さんがひっきりなしに入って行く。
「よお!仕事か!」
リー軍曹が、片手を挙げて返事をした。声を掛けてきた人も、とても綺麗なお姉さんだ。背が高くて、つやつやの長い髪、肩紐で結ばれたドレスを着て、腕組みをしてこちらを見ている。
「当たり前でしょ。仕事じゃなかったら、何なのよ。最近は、女将さんに店番も頼まれる様になっちゃって……忙しいんだから!」
「お前も大変だな。」
「そうよ。ウィリアム、あんた、たまにはこっちの店にも来なさいよ!同郷のよしみでしょ⁈売り上げに貢献しなさいよ。」
お姉さんが、そう言いながら、私達に近づいて来た。
「バカ!お前、そんな金ある訳ねえだろ!同郷だったら分かってる事だろうが。」
「まあね。言ってみただけよ。」
お姉さんは、ふん、と鼻を鳴らした。
「軍人を客引きするなら、高位貴族の連中を誘え。俺達みたいなのは金はねぇ!」
「でも、うちの店は良心的な方よ?そこまで高く無いと思うけど……まぁ、隣の酒場も系列店だから!そこで飲んでくれるなら、まあいいわ。私達も、交代で、そっちの酒場の厨房に入ったりしてるのよ!料理も美味しいでしょ?その店。」
お姉さんは、にこりと笑った。
「ああ!ガキどもも、ここの料理が好きだからな。酒も美味いし、良く連れて来てる。」
リー軍曹は、私とオーウェンの頭を、掌でポンポンと叩いた。
「そうなのね。あんた達、大きくなったらうちの店に来て、お金落としなさいね……あら、そっちは女の子なのね。その髪色……もしかして、その子が前に話してた──」
「ああ、そうだ。ジル、挨拶しろ。オーウェンもだ。」
お姉さんは、目を丸くして私を見た。
「ジルベール・ガルシア二等兵です。」
「オーウェン・ミラー一等兵です。」
私達は敬礼しながら答えた。
「そうなのね。私はロージーよ。よろしく。」
ロージーは優しく微笑んでくれた。
「お前、今更だけど本名なのか?」
「はあ?違うわよ。」
リー中尉とロージーは、仲良さそうに言葉を交わしている。
「あんたも苦労するわね、ウィリアム。えっと……ジルベールだっけ?あなた、そっちが嫌になったらいつでも言いなさい!私が女将さんに口利きしてあげるから!あんたなら、かなり稼げるわよ!」
私を見ながらそう言うロージーに、リー軍曹がすぐに返事をした。
「ロージー、こいつは志願兵じゃねえんだ。」
「あら、そうなのね。………そうよね。そうじゃなかったら、あなたみたいな子がその歳で…ごめんなさいね。」
ロージーは、少しバツが悪そうに目を伏せた。
「いえ、気にして頂く事ではありません、ロージーさん。」
私がそう言うと、ロージーはまた優しい笑顔になった。
「じゃあ、お腹が空いたら、いつでも来なさい!ご飯位、食べさせてあげるから!隣の男の子も!」
「ありがとうございます。」
「ありがとうございます!」
ロージーは、またにこりと笑うと、今から忙しくなるからと、隣のお店に戻って行った。
綺麗で、優しくて、素敵な人だったな。
「リー軍曹、」
「ん?どうした?」
「ロージーさんがいる、隣のお店は、何のお店なんですか?」
私がそう尋ねると、リー軍曹は──なぜかオーウェンも──目を見張った。
「隣は………宿屋さんだ。」
リー軍曹は、私の方を見ず、向かい側の通りを見ながら答えた。
「宿屋さん…」
そうか。宿屋さん。
だから、夜になるとお客さんが沢山来るんだな。でも、店員さんが、皆綺麗なお姉さんって、すごい宿屋さんだ。でも、宿屋さんにしては、看板が可愛すぎる様な……
「ジル、だけどな……」
考え込む私に、リー軍曹は言葉を続けた。
「ここの宿屋さんには…怖い人達も出入している。」
「えっ……怖い人?」
「そうだ。街で悪い事をした人が、連れ込まれて罰を受けるんだ。」
「そんな…でも、悪い事をしたら警察に連れていかれるのでは……?」
「……ここで罰を受けてから、警察に行くパターンもあるんだ。だから、お前はこの宿屋さんには、勝手に入ったら駄目だ。怖い人も居るかもしれないからな。危険だ。」
「そうなんですね。分かりました、リー軍曹。」
まさか、ロージーさんのお店に、そんな役割があったなんて……オーウェンも怖かったのだろう、俯いて黙っている。
「よし!店に入るぞー!」
「やったー!俺、麦酒!ジルもだろ?」
「うん──」
私は、酒場と宿屋さんの間の路地に視線を移した。
路地の向こうは、こちら側より賑やかな大通りだ。路地には大通りの雑音や、明かりが差し込んでいる。私は、ぼーっと、賑やかな明かりの差し込む路地裏を見つめた。
───ごめんなさいだと 馬鹿にしやがって
小汚えリソー軍の犬が───
終わってしまえば……案外呆気なかった。
そして……あの人の、言う通りだ。
あの人の、最後の言葉は、
私の頭のてっぺんから、掌、足の先まで、
染み渡るように
体の中にスッと入って溶けて行った。
だって私……私は……
自分の命が大事だ。
そして家族が。
だから、野盗を狩らないと。
私が死んだら、メイジーも軍に取られてしまう。
そんなのは……嫌だ……
「お前、付き合い悪いぞーっ!下級兵の時から、いっつもこうだよなー!せっかく誘ってやってるのに!」
その時、路地の奥から、人の声がした。
はっとして、声のする方を見ると、大通りの方から、路地を通って、5、6人、人が歩いてくる。私服の人もいるけど、私と同じ、リソー国軍の軍服の人もいる。きっと軍人だ。
「勘弁して下さい…」
皆楽しそうに歩いて来るけど、1人、軍服の後ろ襟を掴まれて、引きずられる様にして連れられている。
路地から、わらわらと人が出てきて、私は一歩後退って避けた。
「お前またすぐ前線に戻るんだろ?今日位、楽しんどけよ!フィンレーからも、お前を連れて行って欲しいって頼まれてんだぞー!」
「くそっ……あいつ………」
路地から出てきた人達は、私の方には全く気付かず、楽しそうに宿屋さんの入り口に向かって行く。
後ろ襟を掴まれている人は、もの凄く顔をしかめている。将校の軍服だ。何か訴えている様だけど、他の人に頭を押さえ付けられた。
「うわあ、あんなに嫌がってる人を……リー軍曹の言う通りだ…この宿屋さんには、怖い人達も来るんだ……」
襟首を掴まれている、紺色の髪の人は、何か悪い事をしたのかな……
私がつい、そう呟くと、頭を押さえられている紺色の髪の人が私に気が付いた。
そして、目を見開いて、何か私に言おうとしている。
「ジル!早く店に入れっ!」
「ノア!良い加減に諦めろっ!」
紺色の髪の人が言葉を発する前に、私は酒場の中から、リー軍曹に腕を引っ張られた。紺色の髪の人も、他の人達と一緒に、宿屋さんに連れて行かれて入口から中に消えて行った。
「ジル!座れ!」
見慣れた酒場の、壁際のテーブル席には、リー軍曹と、オーウェンと、私の分の麦酒が並べられていた。私の大好きな、厚切りのハムも並んでいる。
さっき見た人達の事は、忘れよう。
怖い人には、近付かない方が良い。あの宿屋さんには、優しいロージーさんが、ご飯に誘ってくれた時だけ、行けば良いんだから。
私は、小走りでテーブルに座った。オーウェンが、早くしろよと文句を言ってくる。
「ジル、今日は本当に良くやった。軍事速達で、ガルシア家には、お前が耳を取れた事、連絡しといたからな。」
「ありがとうございます。」
私はテーブルに座る、リー軍曹とオーウェンを見た。ガヤガヤと騒がしい酒場の中、私達の麦酒が、テーブルの上で金色に揺れている。
「よーし!乾杯だー!」
「ジル、おめでとう!」
麦酒の入ったグラスがガチャンと合わさった。
「ありがとうございます、リー軍曹。ありがとう、オーウェン。」
2人は笑っている。オーウェンの口には、麦酒の白い泡が付いてる。きっと、私にも付いてるだろう。
………
………
………
ああ……
麦酒、飲み過ぎたかな…
眠くなってきた…
「ジル、麦酒お代わりいるかー?」
遠くでリー軍曹の声がする。
「いります!まだまだ飲めるーっ!ハムもお代わり!」
なぜか、私の声も遠くで聞こえる。
私は眠くて、テーブルの上に腕を組んで顔を伏せた。テーブルの上に、私の銀色の髪が垂れている。
私……こんなに髪の毛長かったっけ……
眠い………眠っても、きっと、リー軍曹が連れて帰ってくれるだろう…
まぶたが……重いなぁ……
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ここは………何だか……すごく良く寝た気がする…
目を開けると、白い天井が見えた。そして、周りを、同じく白いカーテンで囲まれている。
軍の医務室だな……
ジルベールは、ゆっくり上体を起こした。身体に掛けられていた、医務室の白いシーツがずれ落ちる。そして、んーっ!と伸びをした。
そうだ、私…リー中尉に殴りかかっちゃって…
だんだんと、記憶が戻ってきた。
だけど…何で医務室にいるんだろ。リー中尉には、懲罰房行きを命じられたはずだ。もしかして、懲罰を受けた後、誰かが医務室に…?いやでも、身体は全然痛く無いし…
記憶と共に、視界もはっきりしてくると、ベッドの右横、木製の丸椅子に、誰か座っていた。
「アイゼン少佐……」
少佐は腕組みして、下を向いている。紺色の前髪が、垂れ下がって、その顔を隠していた。
眠っているのかな…呼吸に合わせて、軽く背中が上下している。
ふと、少佐の膝の上に視線を落とすと、少佐の膝の上に、何か乗っている。軍服?みたいだけど…青色の軍服…下士官用の…少佐の物では無いような…
そこまで考えた時、なんだか身体がスースーする事に気が付いた。
ジルベールは、自分の身体に視線を移した。白い、タンクトップの下着が見える。
私……上着を着ていない……!
あれは……私の…⁈何で………
ジルベールは、慌ててベッドの上を這って少佐の前まで来ると、膝の上の軍服に、そーっと手を伸ばした。やはり、少佐は眠っている様だ。まだ気付いて無い。今のうちに……軍服を掴んでこちら側に引っ張った───が、少し引っ張ると、少佐は跳ね起きる様に、ばっと顔を上げた。
「わぁっ!」
私はびっくりしてベッドの上に尻持ちをついた。
「ジゼル……そうか……ここは──気が付いたのか?」
そう言う少佐は、なぜか顔が赤い。口元を手で押さえて、パチパチと瞬きをしている。
「少佐、顔が赤いですよ?大丈夫ですか?」
「……大丈夫だ。君が起きるのを待っていたら、眠ってしまって……少し、夢を見ていた様だ。」
少佐はそう言いながら、膝の上の軍服を広げて、私にさっさと着せた。少佐の顔は、もういつもの顔色に戻っている。
「あの……私、どうしてここに……」
「君は、錯乱してしまったのだと、リー中尉が言っていた。それで、正気に戻るまで、ここに寝かせていた。暑くて寝苦しそうだったから、上着を脱がせていたんだ。」
少佐は、私の軍服の前ボタンを留めながら、淡々とそう告げた。
そうだったのか。私……錯乱しちゃってたんだ…少佐は、私に付き添ってくれていたんだ。
何て……親切な人なのだろう。
「ありがとうございます、少佐。ご心配をおかけしました。」
私が、お礼を告げると、少佐は少し上目遣いに私を見た。
「君は…もう、先程の様には呼んでくれないのだな。」
「え?」
「いや、いい。仕方の無い事だ。君が、目が覚めて良かった。具合は悪くないか?」
少佐は優しく気遣ってくれる。本当に、何て親切な人なんだ。忙しいはずなのに、部下1人のために……
「はい、もう大丈夫です。」
「そうか。では、食堂に行こうか。」
「食堂……?」
確かにお腹は空いているけど…
「錯乱している時の記憶は、全く無いのだな。君は、錯乱していてもハムサンドが食べたいと答えていた。起きたら、好きなだけ食べさせてやると約束したんだ、ジゼル。」
少佐は、少し笑いながらそう言った。
「そうだったのですね。すみません、覚えていなくて…」
「構わない。行こうか。」
私は少佐に連れられて、医務室を後にした。医務室を出る時、なんだか他の傷病者から、遠巻きに見られていた気がしたけど…気のせいだろうか。
「君は、そんなに食堂のハムサンドが好きなのか?」
食堂まで行く途中、軍の廊下を歩きながら少佐が尋ねてきた。
「えっ!まさか、少佐は食堂のハムサンド、食べた事ないのですか⁈」
そんな人がいたなんて…にわかに信じ難い。
「食べた事は無いな。あまり、食堂で食べ物を買わないからな。」
「そうなのですね。ハムサンドは、すごく美味しくて!ふわふわのパンに、胡椒が効いた厚切りのハムと、厚焼き玉子と、トマトと、レタスと──」
「そうか。楽しみだな。」
少佐は、食堂に着くまで、私の説明を頷きながら、聞いてくれた。
「着いたー!こんにちは!ハムサンド下さいっ!」
「いらっしゃい、ジルベール軍曹。申し訳ないんだけどねぇ、今日、ハムサンドは───」
ハムサンドは、何者かに買い占められており、ジルベールは悔し泣きをした。
お読み頂き、ありがとうございます。
不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。
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