表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジゼルの婚約  作者: Chanma
野営訓練
67/120

40.出会いは娼館横の路地裏で

⬜︎⬜︎⬜︎

⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎

⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎


…………………ガサ……………


 ジルベールは、野盗狩りが行われる森で、そっと茂みをかき分けた。


……………ああ、いた。あいつなら……


 そっとかき分けた視線の先に、野盗と思われる男が、こちらを背にして、しゃがんでいる。

 男は、自分の前に横たわる死体の、所持品を漁っていた。


 恐らく……あの死体は、どこかの村の狩人だな。狩りのために森に入り、野盗に殺されたんだ。


 野盗の男は、自分の戦利品を漁る事に夢中だ。あんなに音も立てて…周りが見えてない。()るなら……今だ。


 ジルベールは、そっと周りを見渡した。


 木に…登って、狙った方が良いのかな…

 いや、でも……

 私はまだ、あまり遠くからは上手く狙えない。

 もし外した時、木に登っていたら、逆にこちらが追い詰められてしまう……



 狙うなら、茂みの中からだ。



 ジルベールは、静かに深呼吸した。


 ここから、あいつとの距離はそう離れていない。恐らく、矢を撃てば、こちらの居場所はばれるだろう。


 上手く射抜けたら良いけど……

 外したら……すぐに逃げなくちゃ…


 ジルベールは、背後の、逃げる方向を軽く確認して、覚悟を決めた。


 ガチャガチャと、野盗が、殺した狩人の装備品を剥ぐ雑音に合わせて、そっと茂みの中から弓を構える。


 軍用の弓は大きくて、重くて、扱い難い。どうしても、構える時に音が立つけど…気付かれてはいないみたい。

 手に、何度も出来て潰れたまめは、弓を構える度にもの凄く痛かったけど、最近はだんだんと、皮膚が固くなって、痛まなくなってきた。


 ジルベールは、茂みの中から片膝を立ててしゃがみ、野盗の背中、中心部より左側の位置をしっかり狙い、矢を添え、弓を引いた。



 もう、手は震えない。


 自分の心臓の音だけが、すごく大きく聞こえる。


 ドクドクと脈を打って……


 私………殺せる………



 ジルベールは、茂みから矢を放った。



 放たれた矢は、狙った位置から、やや右側に逸れたが、しっかりと、野盗の背中に突き刺さり、致命傷を与えた。


 野盗の呻き声が聞こえ、同時にこちらを振り返る。

 吐血し、グシャグシャに歪んだ顔で、こちらを探している。そして、呆気なく見つかった。

 立ち上がって、近づいて来る。



 どうしよう……早く……逃げるか、もう一度矢を撃つか、しないといけないのに……

 私……足が….動かない……


 私に背中を射抜かれた野盗は、よろよろと近づいて来る。完全に、目が合った。

 

「……リソー軍のガキか……てめぇ……」

 人間とは思えない、しゃがれて、かすれて、呻くような声だ。


「ご、ごめんなさい………」

 咄嗟に謝罪してしまった。謝罪じゃ済まない事は、分かっているのに。


「……人を殺しといて、ごめんなさいだと……馬鹿に…しやがって…くそっ……小汚え、リソー軍の犬がっ!!」

「ひっ………」

 そう言い残して、茂みに隠れる私の目の前で、男はドサッと倒れた。背中には、私の放った矢が、真っ直ぐに突き刺さっている。そして、血溜まりが出き始めた。



「あ……あ……わ、私………」



「良くやった!ジル!」

 野盗が倒れた直後、右斜め前の茂みから、ガサガサッと勢い良く、人が飛び出して来た。


 リー軍曹と、オーウェンだ。

 私は隠れていた茂みから、ゆっくり立ち上がった。


「3年かかったが……十分だ!ジル!これで、ガルシア家も安心する!」

 リー軍曹は私のショートカットの頭を、ぐりぐりと撫でた。

 今回も、ずっと見ていてくれたんだ。


「おい、ジル!早く耳削いじまえよ!」

 オーウェンが、倒れた野盗を見ながら言う。そうだ、耳を取らないと……


 オーウェン・ミラー。

 私の同窓で、リー軍曹が、私と一緒に面倒を見ている子だ。

 私と同じ年だけど…オーウェンは、私と違って、すぐに耳が取れる様になった。


「ジル!狙う相手の選定も良かったぞ!隠れもせず、堂々と他人の所持品を漁っている奴…そういった奴が最初は狙い易い。しばらくは、今回みたいな奴を探して狙え。」

「ありがとうございます、リー軍曹。」

 耳を削ごうとしゃがんだ私に、リー軍曹は嬉しそうに、笑顔で言葉を掛けてくれた。



「ジル、妹のためにも、踏ん張れよ。」

「はい、軍曹。」



「が……ガルシア軍曹、大丈夫…ですか…?」

 リー軍曹に、そう答えた時、何故かアシェリーの声がした。


 アシェリーの声………アシェリーって……

 誰だっけ……


「ん?ジル、どうかしたか?」

「いえ、軍曹。何でもありません。」

「そうか。まあ、初めて自分で耳が取れたんだ。終わって、気が緩むかも知れねえが、そう言った時が一番危ねえんだ。帰還するまで気を抜くな!」

「はい、軍曹。」


「よし、オーウェンとジル(ガキども)!今日はジルが、耳を取れる様になったお祝いだ!飲みに行くぞっ!俺の奢りだ!」

「やった!ラッキー!いつもの所ですか?」

 オーウェンは、嬉しそうに飛び跳ねている。

「そうだ!あそこが、安くて美味いし、量も多いからな!人気があるから、酒も新しくて美味い!」

「やった!ジル、楽しみだなー!」

「うん、楽しみ!何だかお腹空いてきちゃった!」


 私は取った耳を、袋に入れた。

 リー軍曹は、また、私の頭をぐりぐりと撫でてくれた。

「ジル、良かったよ。本当に…成長したな!」

 リー軍曹は、自分の事の様に、喜んでくれる。


 リー軍曹とオーウェンと一緒に…私は無事、軍に帰還した。




 今日の訓練が終わってから、リー軍曹が宣言通り、私とオーウェンを酒場に連れてきてくれた。リー軍曹行きつけの酒場は、軍事基地からそう遠くない。歩いて行ける距離だ。軍から広がる市場を抜けて、軒を連ねる飲食店の端の方にある。

 酒場までの道中、オーウェンは嬉しそうにはしゃいでいる。そんなオーウェンを見てたら、私も楽しくなって、一緒になってはしゃぎながら酒場までの道を歩いた。時折り、わたし達の後ろを歩くリー軍曹が、道の真ん中を歩くな!馬車に轢かれるぞ!と声を上げている。砂埃の舞う酒場までの道は、オーウェンとじゃれ合いながらあっという間についてしまった。


「リー軍曹、俺お腹空きすぎて死にそう!」

「私も!」

「お前ら、今日は好きなだけ食え!酒も好きなだけ飲んで良いぞー!」



「あら!ウィリアムじゃない!」



 酒場に到着し、リー軍曹が、入り口の木製のドアに手を掛けた時、女の人から声を掛けられた。


 隣のお店の人だ。


 酒場の隣のお店には、店員の綺麗なお姉さんが沢山いる。そして、酒場が開く時間になると、お客さんがひっきりなしに入って行く。


「よお!仕事か!」


 リー軍曹が、片手を挙げて返事をした。声を掛けてきた人も、とても綺麗なお姉さんだ。背が高くて、つやつやの長い髪、肩紐で結ばれたドレスを着て、腕組みをしてこちらを見ている。


「当たり前でしょ。仕事じゃなかったら、何なのよ。最近は、女将さんに店番も頼まれる様になっちゃって……忙しいんだから!」

「お前も大変だな。」

「そうよ。ウィリアム、あんた、たまにはこっちの店にも来なさいよ!同郷のよしみでしょ⁈売り上げに貢献しなさいよ。」

 お姉さんが、そう言いながら、私達に近づいて来た。


「バカ!お前、そんな金ある訳ねえだろ!同郷だったら分かってる事だろうが。」

「まあね。言ってみただけよ。」

 お姉さんは、ふん、と鼻を鳴らした。


「軍人を客引きするなら、高位貴族の連中を誘え。俺達みたいなのは金はねぇ!」

「でも、うちの店は良心的な方よ?そこまで高く無いと思うけど……まぁ、隣の酒場も系列店だから!そこで飲んでくれるなら、まあいいわ。私達も、交代で、そっちの酒場の厨房に入ったりしてるのよ!料理も美味しいでしょ?その店。」

 お姉さんは、にこりと笑った。


「ああ!ガキどもも、ここの料理が好きだからな。酒も美味いし、良く連れて来てる。」

 リー軍曹は、私とオーウェンの頭を、掌でポンポンと叩いた。


「そうなのね。あんた達、大きくなったらうちの店に来て、お金落としなさいね……あら、そっちは女の子なのね。その髪色……もしかして、その子が前に話してた──」

「ああ、そうだ。ジル、挨拶しろ。オーウェンもだ。」

 お姉さんは、目を丸くして私を見た。


「ジルベール・ガルシア二等兵です。」

「オーウェン・ミラー一等兵(いっとうへい)です。」

 私達は敬礼しながら答えた。

「そうなのね。私はロージーよ。よろしく。」

 ロージーは優しく微笑んでくれた。


「お前、今更だけど本名なのか?」

「はあ?違うわよ。」

 リー中尉とロージーは、仲良さそうに言葉を交わしている。


「あんたも苦労するわね、ウィリアム。えっと……ジルベールだっけ?あなた、そっちが嫌になったらいつでも言いなさい!私が女将さんに口利きしてあげるから!あんたなら、かなり稼げるわよ!」

 私を見ながらそう言うロージーに、リー軍曹がすぐに返事をした。


「ロージー、こいつは志願兵じゃねえんだ。」


「あら、そうなのね。………そうよね。そうじゃなかったら、あなたみたいな子がその歳で…ごめんなさいね。」

 ロージーは、少しバツが悪そうに目を伏せた。

「いえ、気にして頂く事ではありません、ロージーさん。」

 私がそう言うと、ロージーはまた優しい笑顔になった。

「じゃあ、お腹が空いたら、いつでも来なさい!ご飯位、食べさせてあげるから!隣の男の子も!」

「ありがとうございます。」

「ありがとうございます!」


 ロージーは、またにこりと笑うと、今から忙しくなるからと、隣のお店に戻って行った。

 綺麗で、優しくて、素敵な人だったな。


「リー軍曹、」

「ん?どうした?」

「ロージーさんがいる、隣のお店は、何のお店なんですか?」



 私がそう尋ねると、リー軍曹は──なぜかオーウェンも──目を見張った。



「隣は………宿屋さんだ。」

 リー軍曹は、私の方を見ず、向かい側の通りを見ながら答えた。



「宿屋さん…」

 そうか。宿屋さん。

 だから、夜になるとお客さんが沢山来るんだな。でも、店員さんが、皆綺麗なお姉さんって、すごい宿屋さんだ。でも、宿屋さんにしては、看板が可愛すぎる様な……


「ジル、だけどな……」

 考え込む私に、リー軍曹は言葉を続けた。


「ここの宿屋さんには…怖い人達も出入している。」

「えっ……怖い人?」

「そうだ。街で悪い事をした人が、連れ込まれて罰を受けるんだ。」

「そんな…でも、悪い事をしたら警察に連れていかれるのでは……?」

「……ここで罰を受けてから、警察に行くパターンもあるんだ。だから、お前はこの宿屋さんには、勝手に入ったら駄目だ。怖い人も居るかもしれないからな。危険だ。」

「そうなんですね。分かりました、リー軍曹。」

 まさか、ロージーさんのお店に、そんな役割があったなんて……オーウェンも怖かったのだろう、俯いて黙っている。


「よし!店に入るぞー!」

「やったー!俺、麦酒(ビール)!ジルもだろ?」

「うん──」


 私は、酒場と宿屋さんの間の路地に視線を移した。


 路地の向こうは、こちら側より賑やかな大通りだ。路地には大通りの雑音や、明かりが差し込んでいる。私は、ぼーっと、賑やかな明かりの差し込む路地裏を見つめた。



───ごめんなさいだと 馬鹿にしやがって

   小汚えリソー軍の犬が───


 

 終わってしまえば……案外呆気なかった。

 そして……あの人の、言う通りだ。


 あの人の、最後の言葉は、


 私の頭のてっぺんから、掌、足の先まで、

 染み渡るように


 体の中にスッと入って溶けて行った。


 だって私……私は……


 自分の命が大事だ。

 そして家族が。


 だから、野盗を狩らないと。

 私が死んだら、メイジーも軍に取られてしまう。


 そんなのは……嫌だ……



「お前、付き合い悪いぞーっ!下級兵の時から、いっつもこうだよなー!せっかく誘ってやってるのに!」



 その時、路地の奥から、人の声がした。

 はっとして、声のする方を見ると、大通りの方から、路地を通って、5、6人、人が歩いてくる。私服の人もいるけど、私と同じ、リソー国軍の軍服の人もいる。きっと軍人だ。


「勘弁して下さい…」

 皆楽しそうに歩いて来るけど、1人、軍服の後ろ襟を掴まれて、引きずられる様にして連れられている。

 路地から、わらわらと人が出てきて、私は一歩後退って避けた。


「お前またすぐ前線に戻るんだろ?今日位、楽しんどけよ!フィンレーからも、お前を連れて行って欲しいって頼まれてんだぞー!」

「くそっ……あいつ………」


 路地から出てきた人達は、私の方には全く気付かず、楽しそうに宿屋さんの入り口に向かって行く。

 後ろ襟を掴まれている人は、もの凄く顔をしかめている。将校の軍服だ。何か訴えている様だけど、他の人に頭を押さえ付けられた。


「うわあ、あんなに嫌がってる人を……リー軍曹の言う通りだ…この宿屋さんには、怖い人達も来るんだ……」

 襟首を掴まれている、紺色の髪の人は、何か悪い事をしたのかな……


 私がつい、そう呟くと、頭を押さえられている紺色の髪の人が私に気が付いた。

 そして、目を見開いて、何か私に言おうとしている。



「ジル!早く店に入れっ!」

「ノア!良い加減に諦めろっ!」



 紺色の髪の人が言葉を発する前に、私は酒場の中から、リー軍曹に腕を引っ張られた。紺色の髪の人も、他の人達と一緒に、宿屋さんに連れて行かれて入口から中に消えて行った。


「ジル!座れ!」


 見慣れた酒場の、壁際のテーブル席には、リー軍曹と、オーウェンと、私の分の麦酒が並べられていた。私の大好きな、厚切りのハムも並んでいる。


 さっき見た人達の事は、忘れよう。

 怖い人には、近付かない方が良い。あの宿屋さんには、優しいロージーさんが、ご飯に誘ってくれた時だけ、行けば良いんだから。


 私は、小走りでテーブルに座った。オーウェンが、早くしろよと文句を言ってくる。


「ジル、今日は本当に良くやった。軍事速達で、ガルシア家には、お前が耳を取れた事、連絡しといたからな。」

「ありがとうございます。」


 私はテーブルに座る、リー軍曹とオーウェンを見た。ガヤガヤと騒がしい酒場の中、私達の麦酒が、テーブルの上で金色に揺れている。


「よーし!乾杯だー!」

「ジル、おめでとう!」


 麦酒の入ったグラスがガチャンと合わさった。


「ありがとうございます、リー軍曹。ありがとう、オーウェン。」

 2人は笑っている。オーウェンの口には、麦酒の白い泡が付いてる。きっと、私にも付いてるだろう。


 ………

 ………

 ………


 ああ……


 麦酒、飲み過ぎたかな…


 眠くなってきた…


「ジル、麦酒お代わりいるかー?」

 遠くでリー軍曹の声がする。


「いります!まだまだ飲めるーっ!ハムもお代わり!」

 なぜか、私の声も遠くで聞こえる。


 私は眠くて、テーブルの上に腕を組んで顔を伏せた。テーブルの上に、私の銀色の髪が垂れている。


 私……こんなに髪の毛長かったっけ……


 眠い………眠っても、きっと、リー軍曹が連れて帰ってくれるだろう…


 まぶたが……重いなぁ……



⬜︎⬜︎⬜︎

⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎

⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎


 ここは………何だか……すごく良く寝た気がする…


 目を開けると、白い天井が見えた。そして、周りを、同じく白いカーテンで囲まれている。


 軍の医務室だな……


 ジルベールは、ゆっくり上体を起こした。身体に掛けられていた、医務室の白いシーツがずれ落ちる。そして、んーっ!と伸びをした。


 そうだ、私…リー中尉に殴りかかっちゃって…


 だんだんと、記憶が戻ってきた。


 だけど…何で医務室にいるんだろ。リー中尉には、懲罰房行きを命じられたはずだ。もしかして、懲罰を受けた後、誰かが医務室に…?いやでも、身体は全然痛く無いし…


 記憶と共に、視界もはっきりしてくると、ベッドの右横、木製の丸椅子に、誰か座っていた。



「アイゼン少佐……」



 少佐は腕組みして、下を向いている。紺色の前髪が、垂れ下がって、その顔を隠していた。


 眠っているのかな…呼吸に合わせて、軽く背中が上下している。


 ふと、少佐の膝の上に視線を落とすと、少佐の膝の上に、何か乗っている。軍服?みたいだけど…青色の軍服…下士官用の…少佐の物では無いような…

 そこまで考えた時、なんだか身体がスースーする事に気が付いた。


 ジルベールは、自分の身体に視線を移した。白い、タンクトップの下着が見える。


 私……上着を着ていない……!

 あれは……私の…⁈何で………


 ジルベールは、慌ててベッドの上を這って少佐の前まで来ると、膝の上の軍服に、そーっと手を伸ばした。やはり、少佐は眠っている様だ。まだ気付いて無い。今のうちに……軍服を掴んでこちら側に引っ張った───が、少し引っ張ると、少佐は跳ね起きる様に、ばっと顔を上げた。


「わぁっ!」

 私はびっくりしてベッドの上に尻持ちをついた。


「ジゼル……そうか……ここは──気が付いたのか?」


 そう言う少佐は、なぜか顔が赤い。口元を手で押さえて、パチパチと瞬きをしている。


「少佐、顔が赤いですよ?大丈夫ですか?」

「……大丈夫だ。君が起きるのを待っていたら、眠ってしまって……少し、夢を見ていた様だ。」

 少佐はそう言いながら、膝の上の軍服を広げて、私にさっさと着せた。少佐の顔は、もういつもの顔色に戻っている。


「あの……私、どうしてここに……」

「君は、錯乱してしまったのだと、リー中尉が言っていた。それで、正気に戻るまで、ここに寝かせていた。暑くて寝苦しそうだったから、上着を脱がせていたんだ。」

 少佐は、私の軍服の前ボタンを留めながら、淡々とそう告げた。


 そうだったのか。私……錯乱しちゃってたんだ…少佐は、私に付き添ってくれていたんだ。


 何て……親切な人なのだろう。


「ありがとうございます、少佐。ご心配をおかけしました。」


 私が、お礼を告げると、少佐は少し上目遣いに私を見た。

「君は…もう、先程の様には呼んでくれないのだな。」

「え?」

「いや、いい。仕方の無い事だ。君が、目が覚めて良かった。具合は悪くないか?」

 少佐は優しく気遣ってくれる。本当に、何て親切な人なんだ。忙しいはずなのに、部下1人のために……


「はい、もう大丈夫です。」

「そうか。では、食堂に行こうか。」

「食堂……?」

 確かにお腹は空いているけど…


「錯乱している時の記憶は、全く無いのだな。君は、錯乱していてもハムサンドが食べたいと答えていた。起きたら、好きなだけ食べさせてやると約束したんだ、ジゼル。」

 少佐は、少し笑いながらそう言った。


「そうだったのですね。すみません、覚えていなくて…」

「構わない。行こうか。」


 私は少佐に連れられて、医務室を後にした。医務室を出る時、なんだか他の傷病者から、遠巻きに見られていた気がしたけど…気のせいだろうか。


「君は、そんなに食堂のハムサンドが好きなのか?」

 食堂まで行く途中、軍の廊下を歩きながら少佐が尋ねてきた。

「えっ!まさか、少佐は食堂のハムサンド、食べた事ないのですか⁈」

 そんな人がいたなんて…にわかに信じ難い。


「食べた事は無いな。あまり、食堂で食べ物を買わないからな。」

「そうなのですね。ハムサンドは、すごく美味しくて!ふわふわのパンに、胡椒が効いた厚切りのハムと、厚焼き玉子と、トマトと、レタスと──」

「そうか。楽しみだな。」

 少佐は、食堂に着くまで、私の説明を頷きながら、聞いてくれた。



「着いたー!こんにちは!ハムサンド下さいっ!」

「いらっしゃい、ジルベール軍曹。申し訳ないんだけどねぇ、今日、ハムサンドは───」



 ハムサンドは、何者かに買い占められており、ジルベールは悔し泣きをした。

お読み頂き、ありがとうございます。

不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。


続きが気になる!と思って頂けましたら、

「★★★★★」をつけて応援して頂けると、励みになります!

どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ