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ジゼルの婚約  作者: Chanma
野営訓練
65/120

38.檻の中のノア


「あんた、悪いと思っているのなら、少しは申し訳無さそうにしたらどうなのっ⁈」

「そーよそーよっ!この暴力男っ!死ねっ!」

「ジルベールちゃんに謝りなさいよねっ!死ねっ!」

「本当、無愛想でむかつく!死ねっ!」


 軍の広報部部長、アデル・マルティネス公爵子息とその一派は、普通科連隊及び特科連隊連隊長、ノア・アイゼン侯爵子息を大声で罵りながら、罪人にするかの如く、軍の廊下を引きずって行く。


 ノアは顔をしかめてはいるものの、無言のまま、大人しく引きずられている。

 すれ違う者達は、皆一様に道を譲り、廊下の端に体を付けて、大騒ぎする集団が通り過ぎるのを待った。



───ガシャッ───


「今日一日、そこで己の愚行を反省するのね。芸術を愚弄する者には死を!独房で済んで運が良かったと思いなさーーいっ!」


 アデルは独房にノアを無理矢理押し込むと、鍵を掛けた。


「お待ち下さい、マルティネス部長。一日中ここに入れられていては……軍務に支障が出ます。」

 ノアは檻を掴み、訴えた。

「しつこいわよっ!無愛想少佐っ!良い加減あきらめ───」



「おやおや、何の騒ぎかな?」



「閣下…」

 私室棟の、向かい部屋の上官が、騒ぎを聞きつけたのか、独房にやって来た。ここに来るまでに、相当目立っていたからな…普通科の者が、連絡したのかも知れない…


「んー?貴方は、確か………」

「こちらの無愛想少佐の上官です、マルティネス部長殿。」

「あーー!そうなのね!これはどうも、閣下。芸術が分かりそうな方ね!」


 マルティネス部長は、サッと右手を差し出し、上官と握手を交わした。先程、リーと握手をしている時もそうだったが、マルティネス部長は、握手をする際に右手を差し出す速度が恐しく速い。有無を言わさぬ速度だ。


「恐縮です、マルティネス部長殿。あまりそちらの方面には精通しておりませんがねぇ、部長殿の作品、存じておりますよ。最近、街で流行りの…カフェですか?そこのメニューを手掛けなさったでしょう?家内が、友人のご夫人達と良く行っておりますよ。特に、飲み物に添えられた花が綺麗だと。」

 上官は、いつもの、人の良い笑みを浮かべている。


「あらー!!そうなのよ!閣下、分かってるじゃない!ご夫人方にも人気なのよー!ここの軍事基地の周りには、カフェや飲食店が立ち並んでいるでしょう?需要があるのよ!特に評判が良いのは、ベネット公爵家の、モニカちゃんから卸してもらっている、赤紫の異国の花ね!あの花を飾った紅茶の売れ行きは凄くて!飲み終わったら、お店で髪飾りにしてくれるのよー!」

「なるほど!確かに家内も持っておりましたなぁ!」

「そうでしょう?どうしてそこまで売れ行きが良いか…勘の良い閣下なら、お分かりかしら?」

「ああ……そういう事ですか……」

 上官は、ちらっとこちらを見た。


「そう!軍人令嬢ジルベール・ガルシアが、軍の広報ポスターでその花を付けているからよっ!」

 アデルは、ビシッと檻の中のノアを指差し叫んだ。


「あの花、ジルベールちゃんに似合ってましたよねー!部長!」

「赤紫の花は、ジルベールちゃんの髪色に映えますねっ!」

「その通りねっ!」

 広報部員達も、キャッキャとはしゃいでいる。


 確かに……その様なポスターもあったかも知れないが…


 彼女を認識してから、広報部のポスターに映る彼女についても、もちろん確認した。だが、ある程度の枚数見た所で、それ以上は見る事を止めてしまっていた。


 軍のポスターに映る彼女は──もちろん変わらず愛らしく思えるが──普段の彼女に比べると、その表情や仕草が、作られた物に見えた。

 不自然な感じがして、個人的にはあまり好みでは無い。


 そう、彼女にはもっと、のびのびとした、

 自然な……

 というか、大自然な感じの方が似合うと思う。


「ん?なあに?無愛想少佐。口を尖らせちゃって……まあ、とにかくね!それだけ、軍人令嬢ジルベール・ガルシアの経済効果は凄いのよ。もちろん、彼女に赤紫色の花を付けさせるに当たって、カフェ側から契約金を軍に貰ってるわ。でしょう?閣下。」

「確かに。そうですねぇ。」

「無愛想少佐、これは一例よ。他の企業とも、契約しているのだから!自分が何をしでかしたか、分かってくれたかしら?」

 マルティネス部長と、広報部員達は、腕組みをしながら各々ポーズを決め、檻の中のノアを睨みつけた。


「…………。何度も申し上げますが、彼女に対しては、本当に申し訳無い事をしたと───」

「私達に、これ以上の謝罪は要らないのよっ!大人しく独房に入って誠意を見せなさーいっ!」

「………しかし、軍務が……」



「マルティネス部長殿、」

 その時、やんわりと上官が口を挟んだ。


「何かしら?閣下。」

「私も、彼の上官として、例の騒ぎについては申し訳無く思っております。何より、ガルシア軍曹とご家族には多大な心労を掛けた事でしょう。」

「その通りね。でも、閣下。貴方がそこまで謝る事はないわ。こいつの独断でやった事だろうし。」

 アデルは、独房の檻を足でゲシゲシと蹴った。


「そうなのですがねぇ……お怒りになるのは重々承知しておりますが、ガルシア軍曹、彼女本人の為にも、愚かな部下を許してやって頂きたいのです。」

「………どういう意味?」


 上官は、広報部員には聞こえない様、マルティネス部長に、そっと耳打ちした。


「まだ、公にはしていないのですがねぇ………ガルシア軍曹……ノア君に…姻を結ばせると……内々に通達が……」


 マルティネス部長は、みるみるその黒い瞳を大きく見開きながら、こちらを見た。最後には、瞳が溢れ落ちそうな程に、見開かれている。


「……う……嘘でしょう?現実は小説より云々とは良く言ったものだけど、流石に信じ難いわ、閣下。」

「本当ですよ。私も、彼の兄から聞かされた時はびっくりしましてねぇ。ははは!そもそも、ノア君が人間の女性と結婚するなんて───信じられない、あはは!」

「笑い事じゃないわよっ!これが⁈ジルベールちゃんと⁈冗談でしょ⁈そもそも、ガルシア家は何て言ってるのよっ!」


 マルティネス部長は、上官の両肩をガシッと掴み、上官をぶんぶん揺さぶった。広報部員達は、一体どうしたのかと不思議そうにしている。


「あはは!まあ、落ち着いて下さい、マルティネス部長殿。ガルシア家には、まだ打診して無い様ですがね、その件でメリットがあるのはガルシア家の方ですから。断りはしないでしょうねぇ。」

 先程、しれっと俺に失礼な事を言った上官は、笑いながらマルティネス部長に答える。


「確かに……王命があるものね……その点でメリットがあるのは、理解出来るわ。」

「まあ、あとは、彼の父親と、ガルシア軍曹の父親は戦友ですからねぇ。仲が良い。あ!一応私も彼らとは戦友なのですが───」

「貴方の情報は良いのよっ!閣下!……だったら…だったら!こいつの家には何のメリットがあるのよ⁈言い方は悪いけど、高位貴族家にとったらジルベールちゃんの家は───」



「マルティネス部長、」



 アデルが檻の中を指差して叫んだ時、黙って聞いていたノアが声を発した。



「アイゼン家は……家の為の婚姻は、兄が済ませています。私は彼女と、家の為に婚姻を結ぶ訳ではありません。」



「ノア君……」

 笑っていた上官は真顔になり、マルティネス部長は、また溢れ落ちそうな程、目を見開いた。


「アイゼン少佐、」

 そして、マルティネス部長が、檻に顔を近づけ、手招きした。鉄格子に顔を近づけると、マルティネス部長は、こちらの左耳にそっと口を近づけ、小声で囁いた。




「む、か、つ、く。」




 ノアは身震いした。



「ふんっ。善人ぶってんじゃないわよっ!私はねぇ、善人ってものは、だぁいっっっ嫌いよっ!そんな奴等は深みに欠けるわ!それにあんたの主張を要約すると、小難しく言ってるだけで要するに、己の欲望の為って事じゃない!……まあ、どちらかと言えばその方が、人間臭くて私は好感がもてるけど。とにかく、今日はそこに居なさい!」


 マルティネス部長は、鉄格子の錆の匂いがついてしまった両手を、パッパッとはたき合わせた。

 そして、気が済んだのだろう、広報部員達に向き直ると、バッと両手を広げて笑顔で声を張り上げた。


「さあ、皆!ゴミは片付けたわ!今日も一日芸術の発展の為に、頑張りましょう!」

「はい!アデル部長!」

 そして、全員、腰に手を当て、小躍りしながら出て行った。


「芸術の神様は、傍若無人な私達を、いつも見ているわ〜!!神様の期待を裏切らない様に!誰よりも、気取って行くわよ!」

「はい!アデル部長!」

「閣下もご一緒にどうぞ!」

「閣下、腰に手を当てて!お上手です〜!」

「こうかな?あはは!」

「閣下、よろしければ、この後広報部で一緒にお茶でも?」

「あらら!よろしいのですか?光栄ですねぇ。」


「閣下!お待ち下さい!私をここから──!」


───バタンッ───


 ノアは鉄格子から右手を伸ばし上官に訴えたが、

上官も、マルティネス部長一派と一緒になり、楽しそうに踊りながら出て行ってしまった。


「…………はぁ………」


 ノアは深くため息を付き、檻の中で両膝を立て座ると、壁にもたれ掛かった。諦めた様に、軍服の左胸ポケットから、紫煙草(しえんそう)の箱を手に取り、右手で1本取り出し、口に咥えて火を付けた。そして鉄格子を見つめながら、煙を肺に入れる。

 生憎、箱の中は残り数本になっていた。空になる前に、ここを出れる可能性は低そうだ。

 

 彼の左耳には、アデル・マルティネスの囁きが、今も尚、こだましている。


「……チッ………」

 ノアは小さく舌打ちをすると、左耳をガリガリと掻きむしった。それでも、アデル・マルティネスの囁きは、騒ぎを知らないリーとジルベールが、この後独房に姿を現すまで、消える事は無かった。

お読み頂き、ありがとうございます。

不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。


続きが気になる!と思って頂けましたら、

「★★★★★」をつけて応援して頂けると、励みになります!

どうぞよろしくお願いいたします。

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