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ジゼルの婚約  作者: Chanma
野営訓練
62/128

35.友情は有刺鉄線の下

「………リー中尉に言いつけますからねっ⁈」

「好きにしろ。」

「キーッ!!」




「あーあ………まただよ。」

「またって何?レオ。」


 軍内の訓練場、低い位置に有刺鉄線が隙間無く張り巡らされた地面の上を、レオは、ほふく前進で進みながら呟いた。隣のコースで、同じく有刺鉄線の下をほふく前進で進むアシェリー・マーティンが、レオの呟きを聞いて尋ねる。


「ルイス少尉が、またジルベール先輩を揶揄(からか)ってるんだよ、アシェリー。」

 レオは、うんざりした顔でアシェリーに答えた。

「あの人、いつもジルベール先輩を揶揄うんだ。髪の毛を執拗に褒めたり…結婚しようだとか、そんな事を言うんだよ。」

「えっ?それは本当⁈どうしてそんな……痛っ!」

 アシェリーは驚いた表情をして、レオに聞き返した。


「ジルベール先輩とか、リー中尉はさ。貴族出身って言っても、下級貴族で親しみやすいじゃない?ミラー伍長とかもさ。庶民的で、優しいでしょ?……ジルベール先輩とミラー伍長は、時々ちょっと頭おかしい気もするけど……とにかくね、ジルベール先輩を揶揄うのは、ルイス少尉みたいな高位貴族出の人からしたら、庶民の()を揶揄う感じでさ。反応が面白いんだろうって、皆言ってるよ。」

「えー…何だか信じられないな…ルイス少尉、そんな人には見えないけど……」

「本当だよ。確かに、ルイス少尉は、あの揶揄い癖さえ無ければ、凄く良い人なんだけどね。僕、嫌なんだ。ジルベール先輩が揶揄われてるの…」

 レオは、本当に嫌そうに、眉間に皺を寄せた。


「ルイス少尉が、本当にガルシア軍曹の事を好きだっていう可能性は無いの?」

「それは無いよ、アシェリー。僕は貴族じゃないから、詳しくは分からないけど、貴族同士の結婚って、家同士が取り決めるんでしょ?」

「まあ、一般的にはそうだね。……痛っ!」


「ちょっと!アシェリー!さっきから有刺鉄線に引っ掛かり過ぎじゃない⁈もっと頭を低くして…足も…そうそう……あ、それでね。本当にジルベール先輩の事が好きで、本気で結婚したいのならさ、本人に結婚してなんて、言う必要無いでしょ?ガルシア家に言いに行けば良いんだからさ。」

 レオは、隣のアシェリーに手を伸ばし、有刺鉄線に引っかかっている軍服の襟元を外した。


「ありがとう、レオ。確かに、考えたらそうだね……」

「でしょう⁈だからあの人は、揶揄ってるだけなんだよ。それに、この前話したけど、ジルベール先輩の家は、訳有りでしょ?」

「王命が掛けられているのだったね。」

「そう。ジルベール先輩は、家に掛けられている王命を撤廃したいんだ。だから、下手な相手とは結婚出来ない。可能性があるのは、ルイス少尉みたいな軍内の有力貴族家なんだろうけど……」

「ルイス少尉はそれを知ってるの?」

「知らない訳ないでしょ。ガルシア家の王命は、有名なんだから。それを知ってて揶揄ってるんだから、本当趣味が悪いよ。」

「そうなんだね……だとしたら……それは僕も、酷いと思うよ。僕は、ガルシア軍曹に命を助けられた。ガルシア軍曹には、幸せになってもらいたい。……痛っ!」

「だよね。ところでアシェリー、君さっきからルイス少尉に呼ばれてるよ。引っ掛かって無いで、早く行かなきゃ!」

「そうなんだけど……どうすれば引っ掛からずに…」


「おい!アシェリー!どこだっ!早く来いっ!!」


「ほらっ!アシェリー頑張って!」

「うん、痛っ!痛っ……!」



────────


 マシュー・ルイスは、訓練場の下級兵達を見ている。先程呼びつけた26番、アシェリー・マーティン二等兵が、なかなか出てこない。どこに……


 あぁ、あれだな。有刺鉄線の下から、中々出れない様だ。レオが隣のコースから、引っ掛かっている部分を外そうとしているが…何だか余計に絡まっている。


 ついに、オーウェンがアシェリーの所へ来た。オーウェンには、有刺鉄線を抜けた所で、剣で下級兵達の相手をさせていた。有刺鉄線を抜けて出てきた下級兵達を、オーウェンが次々に薙ぎ払っていく。多少渡り合える者もいるが、数分と持たない。あいつも、だいぶ手練になってきたな。

 オーウェンは、アシェリーが絡まっている位置の、横から剣を差し入れ、有刺鉄線を上に引っ張り上げる。その隙にレオが引っ掛かりを外すと、オーウェンの方へ、アシェリーがゴソゴソと脱出して来た。そして、急いでこちらへ走ってくる。


 アシェリー・マーティン……ジルベールがモリス准尉の隊から貰って来た兵だが……なかなか成長するまでに手が掛かりそうだな。とりあえず、この野営訓練中に、耳が取れる様になればいいが。アシェリーは、何か得意分野があるのだろうか。それを足掛かりに出来れば…



「お前訓練サボりたいからって、二度と下手な嘘つくんじゃねえぞっ!さっさと戻れ!」

「本当だもん!痛っ!!」

「早く戻れーっ!クソガキがっ!!」



 ウィルの怒鳴り声がする。



 ジルベールは、日頃の素行の悪さから、ウィルに言い分を信じてもらえないからな。歯軋りしながらこちらに戻って来る。そして、俺から数メートル離れた所に立ち、膨れっ面でこちらを睨んでくる。


「……ジルベール、悪かった。だけど、決して嘘ではなくて───」

「あっちに行けっ!!」


「ジルーーーッ!てめえ小隊長に向かって○×△※ーーっ!!」

 俺に反抗的な…にしては幼稚なセリフだったが、それを口にした事で、彼女はまたウィルに怒鳴られてしまった。ウィルがテント下から彼女を睨んでいる……ん?誰かウィルの方に向かって来るな。広報部の連中か?



「お、遅くなり申し訳ありませんっ!少尉!」



 テントの方を見ていると、アシェリーがやって来た。確かに、随分遅かった。


「遅くなったのは気にしないで良い、アシェリー。だがな……お前は、訓練の全項目、問題有りだ。」

「申し訳ありません…」

「ジルベールに指導してもらえ。」

「はっ、少尉。」


 アシェリーは、少し離れた所に居るジルベールの所に駆け寄った。



────────


 本当むかつく……くそ少尉……人の事馬鹿にして。リー中尉に蹴られたお尻も痛いぞ。


「ガルシア軍曹、お疲れ様です。」


 リー中尉に怒鳴られて戻って来ると、呼び出してもらっていたアシェリーが来ていた。


「ご指導願います、軍曹。」

 敬礼して私を見下ろすアシェリーは、軍服が所々破れている。有刺鉄線に引っ掛かったのかな?


 私は気を取り直して、アシェリーに向き合った。この子を、早急に一人前にしてあげないといけないのだ。


「アシェ───」

「うわぁ!ガルシア軍曹!髪の毛、綺麗ですねー!」


 私が口を開きかけた時、アシェリーは、笑顔で私の髪を褒めてきた。

 森で会った時もそうだったけど…この子は純朴な感じだなあ。リアムみたいに、本心から思ってくれていると思う。

 私は、うーんと目頭を押さえながらアシェリーを見た。ただ…今の流れで言うべき事では無いと思うのだ……


「…………」

「あ…すみません、軍曹。つい……その……手入れが上手だなあ、と……」

 私が無言だったからか、アシェリーは、はっとした顔をして、俯いた。私が自分の髪を嫌っている事を、誰かに聞いたのかもしれない。


「いいよ、アシェリー。それに、私がとかした訳じゃないし。」

 そう返すと、アシェリーは、優しい笑顔になった。本当に…良い子なんだなあ。志願兵なら、軍人なんか、辞めればいいのに。この子にも、辞められない理由があるのだろうか…


「そうなんですね。じゃあご家族に、とかしてもらったのですか?ガルシア軍曹は、ご家族に大切にされているのですね。」


「えっ…………」

 私は目を見開いた。アシェリーは、優しい笑顔でこちらを見ている。



「ちょ……ちょっとあんた何なのよっ!その言い方はっ!気持ち悪いわねぇ!!捉え方によってはただの痴漢じゃないのっ!!」

「キャーッ!!嫌ーっ!!」

「なんなのこいつっ!変態っ!」

「暴力振るったくせにっ!!ちょっとは愛想良くしたらどうなのっ⁈二度とジルベールちゃんに近づかないでよねっ!」



 アシェリーの言葉を聞いて、私の頭が何か考えようとした時、リー中尉のテントの方で叫び声がした。


「うわぁ!すごく綺麗な人達ですね!何だか…アイゼン少佐が取り囲まれてますけど…」

「あの人達は、広報部の人だよ。少佐に何の用だろうね?」

「広報部…何だか怒っていませんか?あっ!アイゼン少佐が怒鳴られながら連れて行かれてますよっ!」

「本当だー!!いつも、皆優しい人達なんだけど……怒ると怖いんだな……」

 アデル部長も、あんなに怒るなんて…一体……


 ジルベールとアシェリーは、二人同じ様に目を丸くし、口元に手を当て、叱責されながら連れて行かれる自分達の連隊長を見送った。


「それにしても、アイゼン少佐は、あんな綺麗な人達に囲まれても、表情一つ変えないですね。僕だったら戸惑っちゃいますよ!」

 少佐が見えなくなった後、アシェリーがこちらを振り返って言った。

「………そうだね。」



 少佐は……


 少佐は他の人にも、あの、穏やかに緩んだ瞳を向けるのかな……


 私…どうしてそんな心配を……


 心配?……何で……



「ガルシア軍曹、話を逸らしてしまって申し訳ありません。よろしくお願いします!」

「あ!そ、そうだね!ごめん。じゃあまずは…私が一番気になるのは、やっぱり足音なんだけど…そうだなぁ……」


 私はアシェリーの全身をしげしげと眺めた。


「アシェリー、君、何歳だったっけ?ちゃんと聞いてなかったから教えて?」

「はい、19歳です。軍曹。」


「えっ!!」

 私は、微笑みながら答えるアシェリーに向かって、目を丸くした。


「19⁈」

「はい、軍曹。」

「何だとっ⁈」

 アシェリー、まだ子どもっぽい感じがするから、年下かと思ってたけど…まさか…

 ああ、でも……一般市民の人は、人によっては若く見えるもんな。アシェリーは、まだ軍人っぽくないしなぁ。


「まさか年上とは…結構いってる……いや、それは良いんだけど……確か、10代前半には、基礎的な体幹は完成されるって言われた様な…今から間に合うのかな…ちょっと義母(はは)上に聞いてみるか…」

 ジルベールは、自分の顎に手を添えて下を向き、小声で呟いた。

「あの…ガルシア軍曹、すみません……僕の年齢、まずかったですか?」

 アシェリーは、眉毛をしょんぼりと下げて、尋ねた。


「ううん、大丈夫だよ、アシェリー。気にしないで!」

 私の答えを聞いて、アシェリーは胸を撫で下ろした。


 私は、またアシェリーをしげしげと眺める。

足音、はひとまず置いておくとして…他の全項目かぁ…


 全部って事は……


「アシェリー!」

 私は、人差し指を立てて、アシェリーに向き直った。

「はい、軍曹!」


「アシェリー、全項目引っかかっているけど……」

「はい。」


「上手くいかないときはね!私が思うに、そんなの、その日の気分だから!」

「えっ⁈」


「調子悪いなーって時はね、頑張ったって無駄なの!さっさと諦めて、昼寝でもした方が、よっぽど効率的だよ!沢山寝て、次の日になったら、バシッと決まったりするからさー!」


 ジルベールは、自信たっぷりに、笑顔でそう言うと、アシェリーの肩をポンポンと叩いた。


「え………えっと……」

「今日は調子悪いんでしょ⁈あんまり気にしないで!」


 アシェリーはジルベールの見解を聞いて戸惑っているが、ジルベールの自信が衰える事は無い。



「アシェリー、その理論は、彼女の様な、感覚で動く…………直感が鋭いタイプの人間のみに、通用する事だ。お前がどうなのかは、まだ良く分からないが……今日は俺が全項目見てやろう。来い。」



 戸惑うアシェリーを見かねたマシューが、少し離れた所から、そう告げた。ジルベールの機嫌を損ねてしまったため、近くまで寄れずにいる。


「え……っと………」

「アシェリー、ルイス少尉は君の小隊長なんだから、すぐに指示を聞かないとダメだよ?それに、君をオーウェンの分隊に入れる事を許可してくれたのだから。」

 ジルベールの言う事は、一切説得力が無いが、最もだ。


「は、はい、軍曹!よろしくお願いします、ルイス少尉。」


 手招きするマシューに連れられ、アシェリーは訓練へ戻って行った。



「ジル、」



「オーウェン。」

 訓練の合間に、オーウェンがジルベールに寄って来た。


「アシェリーの奴、有刺鉄線の下で絡まりやがってさぁ、」

「そうみたいだね。軍服がボロボロになってた。」

「わはは!ますますお前に似てるなぁ!お前の方が絡まり方が酷かったかもな!」

「うるさいなぁ……そんな事ないよ。」

「いっつも横から助けてやってただろ?忘れたのかよ!大変なんだぞ⁈這いつくばって、絡まった有刺鉄線を外すのは!」

「忘れてなんか無いよ………訓練中でしょ?戻らなくていいの?」


 オーウェンは、少し表情を曇らせた。


「お前、またルイス少尉に揶揄われたのか?」

「……本当むかつく。あいつ……」

「さすがに、お前の事揶揄い過ぎだと思う。上に言わねぇのか?今のお前なら、多少の言い分は聞いてもらえるだろ?」

「…………」


「ルイス少尉が、リー中尉と仲が良いからか?」


 ジルベールは、オーウェンの方は見ず、少し俯いて地面を見ている。


「………軍では、表向きは実力主義で、出自は関係無いとされてるけど、実際はそうじゃない。あの人、家柄良いんでしょ?育ち良さそうだし。」

 ジルベールは、地面を見たまま答えた。


「え?お前知らねえの⁈ルイス少尉はアイゼン少佐の従兄弟(いとこ)だぞ。ルイス家は軍内の高位貴族だ。お前、そういう情報知らなさ過ぎだろ?」


「えっ!!」

 ジルベールは目を見開いて、オーウェンを見上げた。


「そうなんだ……だったら尚更……ルイス少尉が、リー中尉と仲が良いのは、リー中尉にとってメリットが大きい。リー中尉の家柄を理由に、差別する人もいるからね。ルイス少尉がリー中尉の指示に賛同する構図は、そういう人達を黙らせるから。」


「だから黙ってんのか…」

「リー中尉には言ってる。信じてもらえないけど。それに、そのうち飽きるでしょ。私は、家も特殊だし、揶揄われるのには慣れてるから。」

「そうか……」


 オーウェンは、それ以上は何も言わずにジルベールを見た。

「アシェリーの弓、調整してやってくれるか?」


「分かった。話は変わるけど、オーウェン、今日の訓練終わり空いてる?話したい事があるんだけど。」

「………もしかして、この前の件か?」

「そう。詰所で話そう。」

「お前本当に────」



オーウェンとジル(ガキども)!真面目にやれーっ!」



 日除けテント下から、またリー中尉の怒鳴り声がする。かつては、テント下から聞こえる等、あり得ないと皆に思われていたその声を、ジルベールは背中で受け止めた。

お読み頂き、ありがとうございます。

不慣れな点が多く、時折改稿をしながらの投稿をさせて頂いています。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。


続きが気になる!と思って頂けましたら、

「★★★★★」をつけて応援して頂けると、励みになります!

どうぞよろしくお願いいたします。

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