6.オーウェン
「おいジル!呼び出しだって⁈お前何したんだよ!」
入口から、ホールに入った所で、明るい声が響いた。
「オーウェン、訓練終わり?」
声のした方を見ると、訓練終わりの兵達が、各々次の軍務に就くところだった。
その中に、同じ中隊のオーウェン・ミラーがいて、こちらにやって来る。
私は、特科連隊情報中隊の、偵察班に所属している。オーウェンは、特殊通信・補給小隊の分隊長だ。偵察班の兵は、単独で任務に当たる事もあるが、基本的には特殊通信・補給小隊に対して、偵察班1名から数名が行動を共にする。
私は、オーウェンの所属する小隊に割り当てられている、偵察班の兵になる。
オーウェンは軍の同期で、まだ幼い頃からの付き合いだ。何かと気にかけてくれ、私の飲み仲間でもある。訓練終わりに飲みに行くのはもちろん、任務の合間、隙を見て、野営中にも飲んだりする。
明るくあっけらかんとした性格だが、意外と頼りになる奴だと思う。
「あぁ!今日も疲れたぜ〜!今からでも飲みに行きたいけど、もしかすると呼び出しにあった誰かさんの慰め会をしないといけないかもしれないからな〜。まだ飲むのは待っておこうかな!」
オーウェンが笑いながら私の肩をバシバシと叩く。
「……いや、本当に今回は心当たりないんだ…」
「あれ?偵察班からの呼び出しじゃねぇの?」
「アイゼン大尉って人から…」
「アイゼン大尉?──って、あのアイゼン大尉?」
オーウェンが焦茶色の瞳を細めた。
「私知らないんだよね、その人の事…どこ所属?」
「そうか、まぁお前は前線に出ても裏方だからな。まだ知らないか。アイゼン大尉は第一師団普通科連隊長で、先月、隣から帰ってきたばかりだよ。たしか今度少佐へ昇進が決まったって聞いたな。」
「へぇ。連隊長なんだ。隣っていうと──グラノね。」
「あぁ、アイゼン大尉の戦果で、戦況はかなり有利らしい。ようやくこの戦も終わるのかもな。」
「この戦って……うちがグラノに仕掛けた侵略戦争だろうが。」
この国、リソーは、隣国のグラノと10年以上前から戦争中だ。リソーとの戦争前も、他の国と争っており、戦が絶えない。防衛の為の戦争もあったようだが、ほとんどは今回の様に、こちらから仕掛けている。
代々戦好きの国王なのだ。そういった血生臭い国王だから、過去にガルシア家に対して、嫡男を軍役に就かせると言った事をやり出したのかもしれない。全く良い迷惑だ。
そもそも、貴族であれば、軍に入って戦果を上げる事は最短で出世出来るルートの一つなのだから、わざわざ無理矢理軍人にせずとも、人員は確保出来るはずなのだ。
本当に憎らしい。
「お前な……あんまりでかい声で批判的な事言うなよな。あっ!そういう所が、お偉いさんの怒りを買って呼び出されたんじゃねぇの〜!」
「だとしたら、心当たりはあるな。オーウェン、冗談はさておき、そのアイゼン大尉の写真か何かある?全く知らないのも失礼だから、見ておきたくて。」
「あ〜!確か、隣からこっちに戻られた時の、軍の情報誌に載ってたな!って、お前情報誌位見ろよ!それで偵察班のエースなんだから、うちの軍も信じられねぇなー。あー、今回の戦ダメかもなー。早いとこ辞職するかなー。」
「情報誌見せてから辞職してよね。」
「いや本当信じられねぇわ。ふてぶてしすぎる。」
オーウェンはぐだぐだ言いながらも、自分の机に行き、情報誌を取って見せてくれた。この情報誌には、大した情報が無いので見ていなかったのだが、人事情報位はちゃんと見た方が良いのかもしれない。そもそも、この国のお偉いさんの人事情報なんか、全くもって興味ないのだが。
私は情報誌を開いて、アイゼン大尉の顔写真を見た。お偉いさん方は、写真が好きだよな。暇さえあれば撮るんだから。時間が掛かるっていうのに…
「どうだ?見覚えあったか?」
「───いや、ないな。」
「だろうなー!ちょっとでも見てたらぜってぇ忘れねぇもん!こんな整った顔!」
ため息をついて情報誌をオーウェンに返した。なにやら、何時に飲み屋で待ってるだの、かわいそうだの、お前ばかりもてて気に食わないだの、頭の上でぼんやりと聞こえていた。